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使徒戦記  作者: タンバ
第二章 レグルス編
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第二十五話 接近

話が重複してました。

すみません。

 8月22日。


 夜になって、俺たちは中継地点と定めていた村にたどり着いた。


 ベッドと暖かい食事にありつき、微かな満足感に浸った騎士たちは、張り詰めていた緊張の糸を緩ましていた。


 それは致し方ないことだろう。

 人間ならだれしもそうなる。


 それに駄目だと思っているわけじゃない。


 おかげで、スムーズにシルヴィアに会うことができた。


「今日はそんなにお腹が空いていないのじゃ。大物を捕らえたからのぉ」


 そんなことを言いつつ、俺が持ってきた食事を次々に口へと運んでいる。


 流石は竜というべきか。

 底なしの胃袋を持っているようだ。


 目をつけられた大物とやらも可哀想に。


 シルヴィアという生態系の頂点に君臨するような魔族に目をつけられては、逃げようがない。


 哀れ。

 本来なら出会うはずがなかったのに。


「そういえば気になっておったのじゃが、お主たちの速度だと、あとどれくらいで里にたどり着くのじゃ?」


 最後に残っていた干し肉を飲み込んだシルヴィアは、持ってきた水を飲みながら聞いてくる。


 その顔は穏やかで、昨日の夜のような険しさはない。

 お腹がいっぱいで機嫌がいいんだろう。


 しかし、難しい質問だ。

 

 村には代えの馬が用意されていたから、今日までかなり走らせた馬を乗り代えることができる。

 それを考えると、三日目の夜にはもしかしたらたどり着けるかもしれない。


 まぁ、上手くいけばだけど。


「三日目の夜。もしくは四日目の朝くらいかな?」

「間に合うのか? 敵が狙っておるのじゃろ?」

「平気だと思うけどね。ただの賊がロードハイムの騎士たちを突破するなんて、非現実だ」

「それは敵もわかっておるのじゃろ? 何か策があるのではないか?」


 流石は使徒。

 こういう読みは鋭い。


 それこそが俺が派遣されている理由だ。


 ただの賊がロードハイムの騎士たちを突破できるとは思えない。

 その考えは誰もが持っていた。


 それゆえに、敵がただ仕掛けてくるとは思えなかった。


 実際、なんらかの手を考えているだろう。

 けど、里への襲撃は本命じゃない。


 策はあるかもしれないが、それは時間を稼ぐ策のはずだ。


「できるだけ王都から注意を逸らす。それが賊たちの役割のはずだ。行動をギリギリまで知られないためか、賊たちの連携も見られなかったし、大それたことはできないと思う」

「お主が行かぬともよいと? エルトリーシャ・ロードハイムの騎士たちが精強なのは妾も知っておる。だが、率いる将がおらねば、兵は精強さを発揮できん」


 兵隊は命令によって動く。

 ロードハイムの騎士たちの評価は、確かに将の能力を含めての評価だ。


 エルトがいない場合は、その力を落とすのは間違いない。


 間違いないけれど。


「それでも平気だと思う。エルトは多分、自分の留守中に何かある可能性を考慮してた。だから、最も信頼している者を領地に残したんだ」


 エルトの家臣は皆、優秀だ。

 なにせ、古くから続くロードハイム家を支えてきた者たちばかりだ。


 わざわざエルトの副官であるクリスが残らなくても、領地は問題なく回っただろう。


 だが、エルトはクリスを領地に残した。

 自らの仕事が増えるにも関わらず、だ。


 それはおそらく、騎士を率いる者が必要だと判断したからだ。


 保険のつもりだったのだろうけど、見事に的中してしまった。


 まぁ、だから俺は保険の保険というわけだ。


「エルトリーシャ・ロードハイムは先陣を駆けるのが好きだと聞く。そういう者の下には、武勇に秀でる者は集まるが、軍勢を指揮する者は集まりづらい」

「まぁ、確かに。ロードハイムの騎士たちは武勇に優れる者が多いけどね。でも、平気さ。エルトの副官であるクリスは万能だ。なんでもできる」

「万能とは大きく出たのぉ。まぁ、お主が大丈夫というなら妾は何も言わぬが、狼牙族が危険と判断すれば、妾は動くぞ?」


 それは警告に近い言葉だった。


 シルヴィアの存在を隠してきたのは、無用な混乱を避けるためだ。

 

 自国に他国の使徒がいると知れば、誰だって動揺し、そして考える。

 その使徒の目的を。


 不安や恐怖は思考を硬直させ、間違った答えを導き出してしまうことが多々ある。


 戦う意思のないシルヴィアに向けて、レグルス軍が動くことは大いにあり得る。


 それはアークレイムとマグドリアにとっては喜ばしいことでも、アルシオンには喜ばしくない。


 加えていえば。


「言うまでもないと思うけど……ここにシルヴィアがいるとわかれば、アークレイムは全力でラディウスを攻めるはずだ。それは承知してるな?」

「もちろんじゃ。妾の臣下も精強じゃ。アークレイムの使徒といえど、遅れは取らぬじゃろう。まぁ、本音をいえばそれは避けたいところじゃが」


 やや沈んだ表情でシルヴィアが呟く。

 同族を愛し、同族を見捨てない魔族としては、苦渋の選択だろう。


 狼牙族はラディウスに行くことを求め、マグドリア側につき、そして敗れた。

 その果てにレグルスに保護されているわけだが、シルヴィアとしては、そのことに責任を感じているのだろう。


 狼牙族はマグドリアに付かざるをえない状況だった。

 一族の滅亡か、はたまた戦争か。

 その二択を突きつけられたのだから。


 そうなる前に、何とかできたはずだった。

 そうシルヴィアは思っているのかもしれない。


 実際のところ、ラディウスとマグドリアの内陸部では距離が離れすぎている。


 そう簡単にラディウスの支援の手が届く位置ではない。


 わかっていても、助けられたか怪しいというのが、俺の見解だ。


 だから、シルヴィアが責任を感じることはないとは思うのだけど、シルヴィアはわざわざレグルスまで来た。


 アルシオンとの戦いで散った狼牙族の戦士たちのためにも、無事を確認し、できればラディウスに狼牙族を連れていきたいと思っているのだろう。


 そして、そのためには自分の命も、家臣たちの命も賭ける気だ。

 

 勝手といえば勝手だろう。

 シルヴィアはラディウスの剣にして盾だ。


 剣も盾も勝手に動いてはならない。

 持ち主が危険に晒されるからだ。


 だが、シルヴィアは動いた。

 ラディウスにいる魔族たちと同様に、狼牙族も守るべき者たちと思っているから。


「大丈夫。シルヴィアが動くような状況にはならない。いや、させない。そのために俺は行くんだから」

「気遣うか……妾を、ラディウスを。妾がもしもお主の立場なら、妾の情報を密かにアークレイムに流す。そのうえでアークレイムと強固な同盟を結ぶ。人と人との同盟じゃ。不自然でもなんでもない。対魔族の同盟となれば、レグルスとて嫌とは言うまい。そうすれば敵はマグドリアだけじゃ。アークレイムにとって、妾たちラディウスの魔族は目の上のたん瘤。どうあっても、倒したい敵じゃ」


 シルヴィアは膝を抱えて語る。

 それはありえたかもしれない未来だ。


 いや、今からでもあり得る未来だ。


 共通の敵は団結を呼ぶ。


 魔族を敵に仕立て上げれば、上手くアークレイムをこちら側につかせることができるだろう。


 そしてラディウスとアークレイムを潰し合わせ、その間にレグルスと合同でマグドリアを潰す。


 その後は疲弊したアークレイムを攻める。


 まぁ、妥当な策だ。

 面白味の欠片もなく、打算で動く人間が好みそうだ。


 けど、それはしない。したくない。


 それをしてしまえば、俺は他者を売ることを躊躇わなくなるだろう。

 人は慣れる生き物だから。

 たとえ、どんな残酷な行為でも、慣れる。


 同族同士での殺し合いですら、慣れた。


 最初に人を殺したとき、自分を嫌悪した。

 けど、領内を荒らした盗賊だと納得した。


 それで俺は慣れた。

 相手は敵だと割り切れば、それで人を殺せるようになった。


 それと同じように、敵だと割り切れば、平気で裏切れるようになるだろう。

 一度でも裏切り、誰かを売ってしまえば。


 だから俺はシルヴィアをアークレイムに売ることはしない。


 おそらくディアナもシルヴィアを売ることはしないだろう。


 ディアナにとって、アークレイムが不倶戴天の敵だ。

 だが、ディアナは国としてのメリットを計算できる人間でもある。


 自分を押し殺し、アークレイムと手を組むこともできるだろう。

 ただ、それは真っ当な同盟の場合だ。


 わざわざ身分を隠し、ただ同族の安否を気にする少女を売るなどもってのほかのはず。


「誰にだって譲れないものがあるし、したくないことがある。俺はそれなりに親しくなった奴を裏切るのは御免だ」

「お主の主君が命令してもか?」

「しつこいぞ。嫌なものは嫌だ。まぁ、命令されたら、上手く切り抜けるさ。そんな命令をする奴に仕えるのは御免だけど」


 そう言って俺は立ち上がる。

 外を歩いてくると騎士たちには伝えてあるが、あんまり遅くなると探しにくるかもしれない。


 そろそろ帰らなければ。


「まぁ、レグルス領内にいるうちは、俺がなんとかするさ。神威は使うな。最悪、魔族とバレても誤魔化しがきくけど、使徒とバレたら誤魔化せない」

「それは狼牙族が危険に晒されてもか?」

「そうだ。なんとかするから信用しろ」

「……お主が危ない目に遭ってもか?」

「賊に遅れを取るなんてありえない。これでも結構強いんだぞ? まぁ、もしも、そうなったとしても手を出すな。どんな状況でもなんとかするから」

「お主の腕がそれなりなのは認めるのじゃが、それでも不安はぬぐいきれん。絶対に安心できる保証はないのかの?」


 無茶のことを言う。

 安心とは信頼できるということだ。


 信頼は簡単には生まれない。

 ましてや命のやり取りに関する信頼なんて、共に戦う以外に生まれないと思う。


 まぁ、できないわけではないけれど。

 ただ気は進まない。


「これは言いたくないんだけど……」

「ほぅ? 保証できるのか?」

「まぁ気休め程度かな? 使徒の神威で強くなった狼牙族の戦士長より俺のほうが強い。そういえば、少しは安心できるんじゃないか? 魔族の強さはシルヴィアがよく知っているだろう?」

「うむ。それは確かに信頼できる情報じゃ。ただ、どうやって倒したのか、というのは非常に気になるがのぉ」


 そう言ってシルヴィアが目を細める。

 まるで俺の隠し事を見透かすように。


 だが、俺はそれを真っすぐ見返して、肩を竦める。


「運が良かったのさ」

「……それならそういうことにしとくかのぉ。食料はありがたかった。では、また明日じゃ」


 そう言ってシルヴィアは引きさがり、闇の中に消えていく。

 それを見て、俺も踵を返す。

 

 危ない危ない。

 さすがは竜の魔族だ。


 勘が良い事で。


 ホッと息を吐きつつ、俺は村へと戻った。

 











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