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使徒戦記  作者: タンバ
第二章 レグルス編
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第二十三話 行動開始

 呆気にとられる。


 そんな表現がしっくりくる反応をディアナは示していた。


 まさかこの状況で断られるとは思っていなかったのだろう。


 ここまで、ディアナは知略で戦う使徒らしく、完璧に場をコントロールしていた。

 素直に称賛に値する。


 だが、こっちにも立場というものがある。

 ディアナの思惑通りに応えるわけにはいかないのだ。


「それは決定をフィリス王女に委ねると言っているのか? ユウヤ」

「如何にも」


 エルトが少し厳しめの口調で俺に質問してきた。

 他人に決定を委ねることが気に食わないんだろう。


 だが、気に食わなかろうが、俺はアルシオンの貴族だ。

 王家がいる前で、他国の要請に首を縦に振るわけにはいかない。


「じゃあ、王女様が断ったらどうするつもりだよ?」


 レイナが鋭い視線を向けてくる。


 答えによってはただじゃおかない。

 そんな表情だ。


 だが、一々、それに怯えているわけにもいかない。


「もちろん、協力はできません」

「おい……てめぇはレグルスに借りがあるはずだぞ?」

「ええ、個人的に大きな借りがあります。ですが、それは私が個人で返すべき借りです。今は関係ない」


 俺はエルトに、そしてレグルス王国に借りがある。

 それは正しい。


 だが、今、レグルスが要請しているのは、親善大使という公的な立場を持つユウヤ・クロスフォードだ。


 俺の個人的な借りは関係ない。


 そして俺の上位者であるフィリスがこの場にいる。

 それを差しおいて、勝手な真似はできない。 

 

「まさか断るとはね。ちょっと驚いたよ」


 笑みを浮かべながらレヴィンが口を開いた。

 それに対して、俺は頭を下げて、謝意を示す。


 シルヴィアの問題もあるし、俺個人としてもレグルスには積極的に協力したい。


 だが、セラが危惧することにも一理あるのだ。


 俺がここで立場を明確にするのは、これからアルシオンで過ごす上で大切なことだ。


「だが、別におかしいことは言っていないね。王家がいる以上、王家に従う。貴族なら当然だ。むしろ、フィリス殿下を飛ばして、君に話を振った我々が無礼だったかな」


 レヴィンはそう言うと、フィリスへと視線を向ける。


 フィリスは俺の言動に驚いていたようだが、さすがにそれは表に出さない。

 まっすぐレヴィンを見返し、レヴィンの言葉を待っている。


「フィリス王女殿下。レグルス王国として正式に要請したい。ユウヤ・クロスフォードをお貸しいただけないだろうか?」


 レヴィンの言葉を受けて、フィリスは答えようとする。

 だが、横にいたセラがフィリスのドレスを引っ張る。


「セラ?」

「敵の狙いは王都。王の生誕祭に何かを仕掛けてくる気。そのためにいくつも陽動を仕掛けてきている。今、ユウヤを貸し出せば、姫さまを守る最大戦力がいなくなる。それでもいいの?」

「それは……」

「無用な心配だぜ。チビ。うちの王様といれば、あたしたちが守ってやるよ」

「小さい人にチビと言われたくない」

「なっ!?」


 レイナの言葉にセラが言い返す。

 まぁ、レイナもセラも背は小さいのだけど、場を考えてほしいかな。場を。


 特にセラ。

 相手は使徒なんだよ。公爵なんだよ。


 刺激しないでくれると、兄は嬉しいかな。


 そんなことを考えていると、セラはまっすぐ三人の使徒を見つめる。


「今、この状況じゃ、レグルスの使徒は当てにならない。敵はあの手この手を使って、使徒を動かしに来る。動かなければレグルスの民が死ぬような状況で、あなたたちは動かないでいられる?」

「その状況だと約束はできないな」

「普通はそう。姫さま。王都じゃ何があるかわからない。ユウヤを貸すのは危険だと私は思う」


 セラらしくないことを言う。

 ここで断るなんて選択肢がこちらにあるわけがない。


 それでも否定的な立場に立つのは。


 こちらの価値を引き上げるつもりか。


 危険を顧みず、重要な臣下を貸した。

 ただ貸すよりもよほどありがたく聞こえる。


 とことん、抜け目のない妹だ。

 ちょっと怖いわ。


「そうね。王都は危険かもしれないわね」


 フィリスは言いながらセラの頭を撫でて、笑みを浮かべる。


「けど、どこにいたって危険は付き物よ。それに本当に危険なのは私じゃなくて、レグルスの罪なき人々。自分の身の安全欲しさにできることをしないのは、王族のすることじゃない」

「危ない目に遭うかもしれない。ううん、たぶん姫さまは狙われる。ここで姫さまが命を落とせば、アルシオンとレグルスの関係は悪化する。それは敵が望むこと」

「平気よ。私にはあなたがついているもの。それにユウヤもいる。私が危なくなったら助けてくれるかしら?」


 フィリスは悪戯っぽい笑みを浮かべて、俺のほうを見る。


 無茶なことを言う。

 今日中に出たとして、狼牙族の里につくのは三日後か四日後だ。


 つまり、着いた時点で王の生誕祭は始まっている。


 すばやく賊を片づけても、距離が俺に立ちふさがる。


 物理法則でも無視しないかぎり、間に合わないだろう。


 だけど。


「お望みとあらば」


 できませんとは言えない。


 初めてきた異国で、騒動に巻き込まれ、俺がいなくなる。

 不安でないはずがない。


 戦慣れしているだろうレグルスの者たちですら、状況が読めず、自分を落ち着かせるのが精いっぱいのような状況だ。


 それでもフィリスは笑う。

 アルシオンの王女として、醜態は見せまいと。


 それに応えないわけにはいかない。


「なら安心だわ。レヴィン陛下。アルシオンの銀十字をお貸しします。如何様にもお使いください」

「感謝する。殿下は我らも全力でお守りする。安心してほしい。ではユウヤ・クロスフォード」

「はっ」

「君にはロードハイム公爵領に向かい、敵を迎撃する指揮を執ってほしい。一時的にだが、ロードハイムの騎士たちを指揮する権限を君に与えよう」

「御意」


 短く答えると、レヴィンは俺から全体に視線を移して、立ち上がる。


「さぁ行動開始だ。これ以上、好き勝手にやらせるな!」

「はっ!」






●●●






「あの状況で断るなんて、信じられません」


 玉座の間を後にした俺は、自分の部屋で出発の準備をしていた。


 といっても、持って行くものなどあまりない。

 王都の民に混乱を与えないために、鎧は着て行かずに持って行く。個人の持ち物はそれくらい。あとは青のマントを羽織るだけだ。


 そんな俺の横にはディアナがいる。

 さきほどの文句を言いに来たのだろう。


 俺が準備をしている横で、文句を垂れ流している。


「俺にも立場があるんだ。そこへの配慮が足りないから、俺も断る羽目になった」

「私のせいだと言うんですか!?」

「配慮が足りないって言っただけだ。次からは相手の立場も考慮してくれ。あそこで承諾してたら、国に帰ったあとが面倒だった」


 ま、そこらへんを教えてくれたのはセラなのだけど。

 わざわざそんなことまで教える必要もない。


 俺は愛剣であるブルースピネルを抜き、状態を確かめる。


「い、いきなり剣を抜かないでください!」

「いきなり部屋に入ってくる人間に言われたくないね」


 驚きの度合いとしてはどっこいどっこいだろう。

 これを機に、黙って入ってくるという行動が、どれだけ相手の精神にダメージを与えるのかを理解してほしいものだ。


「文句は帰ってきたら聞くから、そろそろいいか? エルトに会っておかないといけないんだけど?」

「……エルトリーシャと何を話すんですか?」


 ジトーっとした目を向けながらディアナが訊ねてくる。

 そんなこと言われてもな。


 何を話すも何も。


「あいつの騎士を借りるんだ。陛下から許可と書状も貰ったけど、挨拶しなきゃだろ?」

「……それもそうですね。まぁ、そういうことなら、帰ってきたらたっぷりと私の文句を聞いてもらいますからね?」

「はいはい。シルヴィアへの連絡は任せた。王都を離れるまでは、幻術で姿を誤魔化しておいてくれ。その後は、勝手に後をつけてくるだろうから、俺がどうにかする」

「わかりました」


 腰に剣を差し、マントを羽織る。

 そして鎧を入れた袋を肩に担ぐ。


「……なんだか雰囲気がいつもと違いますね」

「いつもと違う? まさか。いつも通りだろ?」

「いえ、なんだか……少し頼りになりそうに見えます」

「それはいつも頼りなさそうってことか……まぁ、剣を身に着けてるしな」


 いつもとの違い。

 けれど決定的な違いだ。


 武器を身に着けているかどうか。

 それでだいぶ心持ちは変わる。


「さて、行って来る。じゃあ、殿下と妹を頼む」

「はい……はい?」


 ディアナが怪訝な表情を浮かべる。

 そして俺の言葉を繰り返す。


「殿下と妹?」

「あれ? 言ってなかったか? さっき玉座の間で喋っていた子。あれは俺の妹だ。聡いんだけど、聡すぎるから無茶をしかねない。頼むよ」

「い、妹がいたんですね。そうですか。じゃあ、お任せください。私が全力で守りましょう!」

「いや、殿下のほうも頼むよ……?」


 なんだか気合の入ったディアナに不安を感じつつ、俺はディアナと別れてエルトの部屋へと向かった。






●●●






「ちょっと待っててくれ」


 エルトの部屋に入ると、エルトが机に向かっていた。

 何かを書いているらしい。


 この状況じゃ、書いてるものなんて一つだけだ。

 おそらく領内にいるクリスへの手紙だ。


 俺が自分の代わりにいくから、面倒を見ろとでも書いているんだろう。


「よしっ! 完璧だ!」

「クリスに文句を言われないか?」

「そこは気を遣っている。誰がどう見ても完璧だ」

「そうかい。じゃあ、クリスの反応を楽しみにしとく」


 手紙に封をして、エルトが俺に渡してくる。

 説明はない。

 というか不要だ。


 わざわざ説明するまでもない。


「気を遣うといえば、フィリス王女に気を遣うなんて珍しいな」

「セラの入れ知恵だ。アルシオンに帰ってから面倒に巻き込まれるのも御免だからな」

「なんだ。アルシオンに帰る気でいたのか?」

「当たり前だろ? 俺が亡命するとでも思ったか?」

「充分にあり得ると思ってたぞ」


 真顔で返された。

 こういう反応をされると、どう返していいかわからない。


 視線を逸らして、小さくため息を吐く。


「レグルスが俺にとって楽園のような場所だったら亡命を考えたかもしれないな」

「楽園だろ? 私がいる」

「その自信はどこから来るんだ……。俺の理想は戦争に駆り出されず、のんびり老後を過ごすことだ。レグルスじゃ無理だ」

「覇気のないことを言う奴だな。まぁ、そんなこと言いつつ、今から戦場に向かうんだから、不思議な奴だよ。お前は」


 エルトは笑いながら告げる。

 だが、少しして視線を伏せる。


「……すまないな。こんなはずじゃなかったんだ」

「エルトのせいじゃない。それに俺はお前に借りがあるからな。それを返すいい機会だ」

「……この程度で返済できると思ってはいないだろうな?」

「いやいや、これで貸し借りなしだろ!?」

「お前の命は随分と安いんだな」


 そう言われるとぐうの音も出ない。


 エルトには命を何度も救われているし、それを考えれば返済は難しいだろう。


 なにせ、エルトがピンチになる場合よりも俺がピンチになる場合のほうがどう考えても多い。


 そのたびに助けられていては、借りは積み重なる一方だ。


「はぁ……じゃあ行って来る」

「ユウヤ」

「うん?」


 踵を返したら呼び止められた。

 振り向くと、そこには真剣な顔つきのエルトがいた。


「フィリス王女とセラは私のすべてにかけて守る。だから安心して行って来い」

「なんだ。そんなことか。それは心配してない。お前の傍なら安心だ。ただ、お前自身、あんまり無理するなよ? 俺は助けられないからな」

「はて? 私がお前に助けてもらったことなんてあったか?」

「都合のいい頭だな。初めてあったとき、飢えから助けてやっただろうが」


 そんな軽口を叩きつつ、俺とエルトはひとしきり笑う。

 やがてどちらともなく笑うのをやめる。


「……武運を祈る。私の領地を、領民たちを。頼んだぞ」

「任せろ。そっちも気をつけろ」


 そう言って俺は今度こそエルトに背を向けて、部屋を後にした。

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