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使徒戦記  作者: タンバ
第一章 アルシオン編
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第六話 厳しい状況

 リカルドの書斎へ急ぎ足で向かうと、そこには王都からの使者と思われる中年の男がいた。


「やぁ、ユウヤ。早かったね」

「遅れて申し訳ありません。戦争だとか?」


 リカルドに謝罪をしつつ、使者に問いかける。

 しかし、使者は戸惑ったように俺を見ている。


 ああ、俺が誰だか知らないのか。

 まぁ辺境貴族の息子の顔なんて知らないだろうな。


「いきなり失礼しました。私はリカルド・クロスフォードの長男、ユウヤ・クロスフォードです」

「ああ、御子息でしたか。よかった……」


 使者はホッと息を吐く。

 その目は椅子に座るリカルドの足に向いている。


 グルグルと包帯が巻かれたその足は、見ていて痛々しい。

 それに至った経緯はとても馬鹿らしいが。


「いやぁ、申し訳ない。娘に良い所を見せようとしまして」


 恥ずかしそうに頭の後ろに手を乗せて、リカルドは笑う。

 

 先日、イノシシを狩る際に、馬に乗ってイノシシを追い、見事に転落した際の負傷だ。

 やめればいいのに、周りの忠告を聞かず、無理をした結果だ。


 本当に恥ずかしい。


「この足ですから、戦には息子が名代という形になりますが、よろしいですかな?」

「御子息は今、お幾つですか?」

「十五になりました」

「そうですか。まぁ、十五で当主を継がれる方もおりますし、問題はないでしょう。では、ユウヤ殿も聞いていただきたい」


 そう言って使者は語りだす。


 南の大国、アークレイムが国境付近に軍を集結させ始めたという。

 その軍を率いるのはアークレイムの使徒であり、アルシオンとしては無視できない。


「陛下はすぐにウェリウス大将軍を出陣を命じました」


 ウェリウスというのは、この国の最高武官であり、公爵でもある老人だ。

 といっても、王の血縁というわけでも、大貴族の出というわけでもない。


 ガルデン・ウェリウスは下級貴族の家に生まれたが、使徒の力である神威を発現し、証である聖痕を浮かび上がらせたため、公爵の地位を手に入れ、武功により大将軍へと上り詰めた。


 つまり、アルシオンの使徒というわけだ。


「軍の規模は?」

「国境守備に当たっている一万の騎士団と各地に駐屯している騎士団、総勢三万超になるかと」


 騎士だけで三万か。

 なかなかの軍勢だな。


 アルシオン王国には大きく二つの兵が存在する。

 一つは国境や重要拠点の守備につく騎士。彼らは王に忠誠を誓い、王か、王の代理の命令でのみ動く。


 もう一つは貴族兵。

 領地を貰った貴族たちが、自分の領地を守るために雇い、訓練している兵士たちだ。


 貴族は王からの招集命令があると、この貴族兵を連れて戦場へと赴く。


 国の主力は騎士団であり、大抵の場合は騎士団で解決するが、騎士団だけで対処しきれない場合は貴族兵が動員される。


 今回の話を聞く限り、騎士団だけで解決できる気がするけれど。


「貴族兵は後詰ですか?」

「いや、アークレイムの動きに乗じて、マグドリアが動く可能性があるから、マグドリア方面に備えるんじゃないかな」


 俺の質問に使者ではなくリカルドが答える。

 使者は驚いたように目を見開く。


「……さすがはブライトフェルン侯爵の知恵袋。御明察のとおりです」

「いやいや、大したことありませんよ」

「御謙遜を。すべて仰るとおりで、周辺の貴族はマグドリアに備えるために、マグドリアとの国境であるヘムズ平原に集結せよとのお達しです」


 ヘムズ平原は、マグドリアとアルシオンの国境に広がる広大な平原で、一部はレグルスの領土まで広がっている。


 マグドリアとレグルスは現在、戦争中であり、マグドリアの軍の多くはレグルス方面に展開している。


 アークレイムが動いたのを見逃さず、軍を動かすならば、この平原が主戦場となることは間違いない。


 ただし。


「しかし、ご安心ください。マグドリアに対して、レグルスは攻勢を仕掛けており、多くの軍が撤退し始めているという話です。また、レグルスを相手取っているため、大軍勢を回せる余裕はマグドリアにはないでしょう。多くて一万程度。対して、こちらは貴族の兵だけで三万を超えると思われます。国境守備の騎士団を加えれば、四万も超えるでしょう。勝ったも同然でしょう」


 使者の言葉にリカルドは視線を逸らす。

 使者の言葉に同意できないからだろう。


 それは俺も同じだ。

 戦う前から勝ったも同然なんて、相手をなめ過ぎだ。


 マグドリアは三人の使徒を抱えるレグルスと戦争を続けられる強国だ。


 一体、どんな戦術を戦場で使ってくるかわかったもんじゃない。


「……では、息子のユウヤを私の代理として、百の兵を出しましょう」

「百? もう少し出せるのでは?」

「私の足がこの様ですからな。領地に多少、兵を残しておかねば、領地の維持もままなりません」

「ああ、そうですね。気付かず申し訳ない。では、クロスフォード子爵は、息子であるユウヤ・クロスフォードを代理とし、百の兵を出すということで。十日以内にヘムズ平原に集結ください」


 そう言って使者は話を纏め、部屋から出ていく。


 部屋に残るのは、俺とリカルドだけ。

 しかし、しばらく俺もリカルドも口を開かず、窓を注視し続けた。


 窓から見えるのは、町の出口。

 そこを馬に乗った使者が通る。


「……危険な戦になるよ」

「はい……」

「こちらが多数であり、向こうが少数。たしかに四倍の兵力差はいかんともしがたい。ただし、使徒が出てくれば別だ。それに向こうが一万だけとは限らない」

「そうですね。油断せずにいきます」

「いや、それじゃ甘い。なにもしちゃいけない。所詮、百の兵にできることなど限られてる。後衛待機を命じられるはずだから、そのまま本陣が下がるのを見計らって、撤退だよ」


 いつになく真剣な顔でリカルドが忠告してくる。


 実際、どこの配置になるかは現地で決まるが、先鋒は貴族にとって名誉であると同時に功績を立てるために必須のポジションだ。

 弱小貴族には回ってこない。


 おそらく俺が任されるのは本陣が置かれる後衛の護衛か、伝令程度だろう。


 そうなると撤退時期というのは確かに見極めやすい。

 ただ、リカルドが撤退するということを決めつけているのが気になる。


「どうして、こちらが撤退すると?」

「先ほどは使者の手前、マグドリアが乗じると言ったけど、マグドリアが軍を動かしているときに、アークレイムが動くのはタイミングがよすぎる。おそらく、マグドリアがアークレイムを動かした、というのが正解だろうね」

「両国が裏で繋がってると?」

「ああ。もっとも証拠はないけどね。ただ、僕が敵の指揮官なら、レグルス方面に展開させている軍の内、いくつかを偽装撤退させて、アルシオン攻略に回す。さすがに使徒は回せないけれど、それはアルシオンも同じだしね。周到に準備された侵攻なら勝算があるんだと思う」


 それはあくまで予想だ。

 そのとおりになるとは限らない。


 だが、リカルドが口にすると現実味を帯びる。


「では、王都に伝令を派遣してはいかがですか?」

「無理だよ。さっきも言ったはずだ。証拠がない。加えて、辺境の弱小貴族の言うことなんて、だれも耳は貸さないさ」

「ですが、ブライトフェルン侯爵経由なら……」

「それも無駄さ。侯爵は確かに僕の言葉に耳を傾けるかもしれない。けれど、そこまでさ。今、アルシオンはアークレイムに対応し、マグドリアに対応している。相手が想像以上の可能性があるだけで、対応策自体は間違ってない」


 確かに。

 侵攻の可能性があるというだけで、四万以上の兵を集めているのだ。

 アルシオンも相当警戒している証拠だ。


 気持ちが多少浮ついていようと、対策は間違ってない。


「今から打てる手は少ない。けれど、ないわけじゃない。なんだかわかるかい?」

「……兵をさらに集めることですか?」

「それも一つの手だ。しかし、この状況じゃ最善手じゃない。アークレイムは魔族の国、ラディウスとの戦で忙しい。国境付近に軍を展開しても、攻め入ることはしない。けれど、マグドリアはアルシオンの領土が欲しくて仕方ない。なぜなら、長年の仇敵であるレグルスの側面をつけるからだ。ここまで言えばわかるかな?」

「なるほど。レグルスに援軍を求めるわけですね?」

「そのとおり。しかし、レグルスとアルシオンは数十年間、戦がないとはいえ、同盟国というわけじゃない。いきなり援軍というのも難しいだろうね」


 リカルドはそう言いつつ、ペンと紙を取り出す。

 それが役に立つと言いたいんだろう。


 さすがにこの流れなら言わんとすることはわかる。


「クロスフォード子爵領は、レグルスの商人たちの通り道。その伝手を使って、レグルス側に働きかけるわけですね?」

「正確には情報を流すだけだけどね。僕にレグルスを動かす影響力はないからね。レグルスに、アルシオンがマグドリアを舐めて痛い目を見そうだと噂を流せば、レグルスとしては黙っていられないだろうさ。マグドリアにアルシオンを奪われれば、国の側面を突かれるうえ、アルシオンという貿易相手を失う」

「アルシオンの援軍要請にレグルスも動きやすくなるというわけですか。さすがですね。兵を絞ったのは、噂をレグルスに伝えるためですね?」

「御名答。ただし、あくまでこれは予想さ。アルシオンが負けないかもしれないし、レグルスは動かないかもしれない。けれど、打てる手は打たないとね。だから、危なくなったら撤退するんだ。いいね?」


 仰るとおりにします、と俺は礼をしながら言う。


 そんな俺の様子を見て安心したのか、リカルドは真剣な表情を解き、いつもの穏やかで気の抜けた表情に戻る。


「じゃあ、百人の兵を選抜しようか。僕のほうで選抜するから、ユウヤは戦の準備をするんだ。初陣だからね。準備は入念にしたほうがいい」

「わかりました。では、失礼します」


 クロスフォード子爵家が持つ専属の兵士は、百人に満たない。

 百人を集めるためには、領民の中から徴兵する必要がある。


 だれも戦には出たくはないだろうけど、国王からの要請だ。逆らえない。


 だから、言えばだれもが戦に行くだろう。

 けれど、それでは不満が残る。そういうところの気配りがリカルドは上手い。

 それに領民に慕われているリカルドの要請とあれば、領地の男たちは、我こそはと手をあげるだろう。


 この仕事は俺にはできない仕事だ。


「ああ、ユウヤ。それと」

「はい。なんでしょうか?」

「セラには今の話は内緒だよ。不安にさせちゃいけない。ただでさえ、君が出陣するというのに、その戦が負け戦になる可能性があるなんて知ったら、なにをするかわからないからね」

「わかってます。セラには俺のほうで上手く伝えます。不安にさせることは言いませんよ」

「……すまないね。僕が行くはずの戦なのに」

「気になさらず。ただ、悪いと思っているのなら、次からは無理はせずに。良い所なんて見せなくても、セラは父上を慕っていますから」

「本当かい? それは朗報だ。じゃあ、次からは無理は控よう」


 そう言ってリカルドは笑う。

 それにつられて俺も笑う。


 戦に出れば、こうやって笑えなくなるだろう。


 だから俺はできるかぎり笑った。

 リカルドとこうして笑いあえるのは、これで最後になるかもしれないのだから。


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