閑話 ロベルト
8月19日。
フィリスとセラを連れて、エルトは王都の外れに来ていた。
狼牙族についての意見書を出したロベルトを訪ねるためだ。
「ロベルトの家にはセラと私だけで行く。王女は馬車の中で待っていてほしい」
「待機してろと?」
馬車の中でフィリスが聞き返す。
その顔は不満そうだった。
エルトはそんなフィリスを見て、ため息を吐く。
「安全のためだ。ユウヤに任された以上、あなたの身の安全は私の誇りと名誉にかけて守る。だが、私がいるからといって、危険には巻き込めない」
「人の家を訪ねるだけなのでは?」
「いきなり襲い掛かってくるかもしれない。できればセラも置いていきたいが、それじゃあセラの意見が聞けないからな」
「私は自分の身くらい自分で守れる」
「私も守れるわ」
セラの言葉にフィリスが乗っかるが、セラに真っすぐ見つめられて、その後の言葉は続かない。
「姫さまが傷つくとユウヤが悲しむ。だから大人しくしてて」
「その言い方は卑怯だわ……」
「まぁ、悲しむ理由は自分の首が飛ぶからだろうけどな」
セラの言葉にエルトが付け足す。
エルトの言葉を聞いて、フィリスはムッとした表情でエルトを睨む。
その睨みをエルトは平然と受け流す。
「ロードハイム公爵。余計なこと言わないで」
「む……悪かった」
もう少しでフィリスを丸め込めるはずだったのに。
そんな思いを垣間見せながら、セラがエルトに注意する。
エルトも自分の言葉が状況を悪化させたこと理解して、すぐに謝罪した。
そのやりとりを見て、フィリスは面白くなさそうにそっぽを向きながらつぶやく。
「わかったわ……大人しくしていればいいんでしょう」
「そうしてもらえると助かる」
エルトはホッと息を吐き、馬車の窓から外に視線を移す。
そんなエルトをフィリスは見つめる。
しかし、その視線にエルトは気づかない。
そんな二人の様子を見て、セラは小さくため息を吐いた。
●●●
馬車が止まったのは、かなり寂れた家の前だった。
人が住んでいる気配はなく、周囲も王都の中では最も人気の薄い場所だった。
「かなり怪しい」
「人嫌いという報告があったが、そのせいか?」
エルトは一枚の紙を取り出す。
そこにはロベルトという男の詳細が書かれていた。
年齢は三十で、数年前まで城に務める文官だった。
しかし、貴族の大臣とトラブルを起こし、文官を辞めて人を避けるようになった。
「城の文官がこの家に住むとはな……」
「転落人生」
「本人の前では言うなよ?」
「気を付ける」
言いながら、セラは後ろを振り向く。
視線の先には、エルトに付き従ってきたロードハイムの騎士たちによって護衛されている馬車があった。
「フィリス王女が心配か?」
「心配。今日の姫さまはいつもとは違うから」
「いつもと違う?」
エルトの言葉にセラは頷く。
そしてエルトを真っすぐと見上げる。
「姫さまは公爵に対抗しようとしてる。けど、公爵が眼中にないような態度を取るから、余計、力が入ってる」
「私に対抗? なぜ?」
「公爵がユウヤと仲がいいから。公爵も自分の部下が、自分よりも他国の重鎮と仲が良かったら気に食わないはず」
「それは……まぁ、そうだな。だが、私とユウヤは」
「友人だと姫さまも理解してる。けど、理解と納得は違う。たぶん、姫さまにはユウヤの忠誠を勝ち取れとか、公爵と距離を取らせろとか、そういう指示が出てる」
王女であるフィリスに指示を出せる人間はそうはいない。
父親か兄たちか。
それとも国の重鎮たちか。
誰が指示を出してもおかしくないとセラは考えていた。
それくらい、アルシオンにはユウヤの案件は重要だからだ。
これからのアルシオンを担う存在が、レグルスの使徒によって引き抜かれるなど目も当てられない。
実際にそうはならなくても、そうなる可能性があるだけで安心はできないのだ。
セラはエルトから視線を外し、ロベルトの家に視線を移す。
そのままゆっくりと歩き出した。
エルトはセラの言葉に一瞬、戸惑う。
「すべてお前の推測だろ?」
「そう推測。でも、合ってる自信はある」
「その根拠は?」
「妹の勘。ユウヤが関わってるからわかる」
エルトはそんなセラの言葉にため息を吐きつつ、先を歩くセラに追いつき、追い越す。
「たとえそれが正解だったとしても、元々聡明な王女なら無茶はしないだろう」
「そうだといいけれど。姫さまはとても負けず嫌いだから」
「まぁ、だろうな。普通は使徒に対抗しようとは思わない」
「普通の話をするなら、普通は王女に気を遣う」
セラの言葉にエルトは再度、ため息を吐く。
そのため息を聞き、セラが視線を上げる。
「私に気を遣えと?」
「普通は気を遣うという話。あんまり姫さまを挑発しないで」
「挑発してるつもりはないんだが……」
「じゃあ、言い方を変える。ないがしろにしないで。あなたは自分が認めてない相手を軽んじる傾向がある」
「そ、そうか? 私は普通に接しているつもりなんだが……」
「自覚なし。あなたの副官はいつも苦労してるはず。改めたほうがいい」
「今、思ったんだが……セラは私に気を遣わないのか?」
ずけずけと言いたい事を言うセラに対して、エルトは目を細めて訊ねる。
しかし、セラは気にした様子もなく、すぐに言葉を返した。
「私は家族以外の他人にどう思われようと気にしない。ただ、ユウヤや父さまに迷惑がかかるから、必要最低限の礼儀を払ってるだけ。あなたはそういうことを気にしない人だと判断していたけど、気にするの?」
「子供らしくない子供だな……憎たらしいとか、生意気とか言われないか?」
「その子供の力を借りようとしてる人に言われたくない」
「確かにな。まぁ、礼儀には無頓着だから好きにしてくれ。ユウヤにしろ、セラにしろ、気を遣わないでくれる相手は貴重だからな」
「……やっぱり使徒は大変?」
セラの唐突な質問にエルトは首を傾げる。
質問の意図が掴めなかったからだ。
「それは……戦うのが大変ということか?」
「ううん。質問が漠然としてた。周りと違うことは大変?」
「そういうことか。まぁ、そうだな。使徒は大陸でもごく僅か。公爵という地位以上に持ち上げられることも多い。正直、大変だ」
「ほかの人もそうだと思う?」
「ほかの人? ああ、残りの二人か? まぁ、レイナは単純だし、ディアナは謎だから何とも言えないが……そうなんじゃないか?」
「そう」
エルトの言葉を聞いて、セラは城に視線を向ける。
その視線には呆れが混じっていた。
「どうした?」
「何でもない。ただ、妹として忠告すると、あなたの一強時代は長く続かないかもしれない」
そう言って、セラはロベルトの家をノックした。
●●●
「これはこれは。エルトリーシャ様と伯爵令嬢が直々に来られるとは。恐悦至極に存じます。しかし、エルトリーシャ様は間近で見るとさらにお美しいですな。伯爵令嬢もあと数年すれば、男どもが放ってはおかないでしょう」
ロベルトは薄汚れた服を身にまとった男だった。
背は割りと高く、しかし病的なほど痩せすぎであり、骨と皮にしかエルトとセラには見えなかった。
「そういうのはいい。お前が書いた意見書は興味深かった。直接、話を聞かせてほしい」
「かしこまりました。さっそく解説いたします」
そう言ってロベルトは散らかっている机を片付けると、そこに薄汚れた地図を広げる。
それは大陸中央部の地図だった。
「ご存じのとおり、我がレグルス王国はマグドリアとアークレイムによって上下から挟まれています。しかし、前回の戦でマグドリアは大きく弱体化しました。アークレイムもラディウスの使徒にこっぴどくやられたとか。そのため、両国は積極的な軍事行動には出れません」
ロベルトはしきりにエルトとセラの顔を見ながら質問する。
しかし、二人の視線は地図に固定されていた。
「続きを」
「はっ。積極的な軍事行動には出れませんが、レグルスは戦力を保持しています。国王陛下の生誕祭が終われば、時期を見て侵攻するのは明白。狙うは弱体化したマグドリア。しかし、アークレイムとしてはマグドリアがやられるのは困るのです。レグルスにこれ以上、国力をつけられては、アークレイムの立場も危ういですからね。双方の思惑は一致しています」
ロベルトはマグドリアとアークレイムを指で結び、そしてその後にレグルスを指さす。
「レグルスの妨害です。しかし、生半可な妨害ではレグルスは止まらない。ですので、最も突かれたくはない急所を狙うのです。公爵が保護した狼牙族です」
「ようやく本題……」
「もっと簡潔に説明できないのか?」
「いや、失礼を。努力いたします。それで、どういうやり方が一番、レグルスにダメージを与えられるか、ということで、考えられるのはレグルス兵、もしくはレグルスの民を装い、狼牙族を襲うのです。レグルスが狼牙族を排除しようと思わせるわけです」
ロベルトの説明を聞き、エルトは頷き、セラを視線を移す。
セラは顎に手を当てて、なにやら考えている様子だった。
「セラ?」
「あり得る……と思う」
「そうでしょう! では、すぐに警備を強化しましょう!」
「まぁ、待て。まだ可能性の一つだ」
エルトがそういうと、ロベルトは先ほどまでの勢いを失い、両肩を落とす。
しかし、すぐに調子を取り戻し、笑顔を浮かべる。
「わかりました。それとエルトリーシャ様。私を部下にしていただけませんか?」
「私にわざわざ意見書を送ったのはそれが理由か?」
「貴族の不正を訴え、私は文官の職を追われました。しかし、国のために働きたいという思いはいまだに抱いております! エルトリーシャ様の下でもう一度、レグルスを守るお手伝いをさせていただきたいのです!」
「……考えておこう。まだお前の予測が当たっているとは限らない」
そう言ってエルトは踵を返した。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
礼を口にしながら、ロベルトは何度も頭を下げる。
そんなロベルトをセラは胡乱げな目で一瞥すると、エルトに従ってロベルトの部屋を出た。
それなりの距離を取ってから、エルトはセラに問いかける。
「どう見る?」
「怪しい。けど、言ってることは正しい。マグドリアやアークレイムが打ってきそうな手」
「怪しいのにこっちに利することを言っている。なお怪しいな」
「ただ単に言動が怪しそうな人の可能性もぬぐいきれない。今は泳がせるのが一番」
そうは言いつつ、セラはロベルトの怪しさに確信があった。
しかし、それをエルトには告げはしなかった。
まだ他人に話せるほど自信があったわけじゃないからだ。
「王都内に怪しい奴がいるし、狼牙族は狙われている。面倒事が増え始めたな」
「一つずつ解決するしかない。まずはロベルト以外に怪しい奴がいないのかの調査。表立ってやるとバレるから内密に」
そう言ってセラは駆け足で馬車に向かう。
そして、馬車を開けて中にフィリスがいることを確認すると、ホッと息を吐いた。




