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使徒戦記  作者: タンバ
第二章 レグルス編
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第十七話 受難は終わらず

「私たちの一族は皆、普通の人間でした。ただ、一つ普通ではない点がありました」

「普通ではない点?」


 俺が聞き返すと、ディアナが押し黙る。

 まだ布団に包まったままだから、表情は窺えない。


 というか、いくら深夜で冷えているとはいえ、今は夏だ。

 布団に包まってて暑くないんだろうか。


「……私たちの一族は……美形が生まれやすかったんです」

「……は?」

「はぁ……なんとなくその反応は予想がつきました。深刻そうに話している自分が馬鹿みたいです……」

「いや、そう言われても……」


 勝手に話し始めて、俺の反応が気に入らないからといって、呆れないでほしい。

 俺としては眠いのを我慢して聞いているんだから。


「私たちの一族は〝魔性の黒〟と言われるような一族でした。別に全員が全員、傾国の美女というわけでも、女を虜にする美男子というわけでもありませんでした。ただ、そういう噂が外の世界では流れていた」

「あー、なるほど……」


 話のオチが見えた。

 とても胸糞悪いオチだ。


 傾国の美女ばかりの村がある。

 女を虜にする美男子ばかりの村がある。


 そんな噂が強欲な者たちの耳に入れば、どうなるかなんて明白だ。


「予想通りだと思いますが……今から十数年ほど前に、村は襲われました。あとで知ったことですが、アークレイムの貴族が率いていたようです。ただ、そのときは逃げるだけで精一杯でした」

「十数年前? それならまだ子供だっただろうに、よく生き延びられたものだな」


 思わず口からこぼれた言葉だった。

 殺戮が目的なら兵士たちの目を盗んで逃げることもできるだろうが、この場合はどう考えても人攫いが目的だ。


 一人も逃さないようにと目を光らせている兵士たちから逃げられたのは、幸運以外の何物でもない。


「ええ。まぁ、死にかけましたが。兵士に追われて崖から落ちたんです」

「……よく生きてたもんだ」


 崖から落ちると簡単に言うが、兵士が追うのを諦めるくらいの崖だ。

 相当な高さだろう。


 そこから落ちて生きているなら、もう幸運じゃすまない。

 奇跡だ。


「そのあと、私はボロボロの体をひきずって逃げ続けました。そして、疲労で倒れたところをレグルスの兵士に助けられたんです」

「命の恩人か」

「ええ、今では巡り巡って、私の部下ですが。ただ、その頃から私は神威を使えるようになっていた。自らを偽り、他者を欺く神威を」


 まぁそうだろうなと思ったけれど。

 神威に目覚める条件は死にかけること。


 ディアナは壮絶な逃避行の果てに神威を得たわけか。


「神威はその人間の願いを反映します。私は自らの姿を隠したいと願った。この呪われた顔を誰にも見せたくないと。そうして得たのが幻影ファントムの神威です」

「それがディアナさんの秘密主義につながるわけか」


 容姿が整っているというだけで狙われ、逃げ続けたのなら、誰にも自分の素顔を見せたくないと思っても不思議じゃない。

 その延長線上で、自分に関わる全てを秘密にするのもわからなくもない。


「母も父も、村の人々もどうなったのかわかりません。私に残されたのは、母がつけていた髪飾りだけ。逃げる途中、どういうわけかこれだけは肌身離さず持っていました」

「そんな大事な物なら落とすなよ……」

「あなたがいきなり現れたから、慌てていて……。あの森は幻覚で見えないようにしていたはずなのに……」

「ああ、なるほど。どうりでぼやけて見えたわけだ」

「……やはりあなたには私の神威が効きにくいようですね……。とにかく、原因はあなたですが、この髪飾りを持ってきてくれたことは感謝しています」


 いまだにディアナは布団から出てこないが、そう礼を言ってくる。

 その礼を言うためだけに、過去話をしたんだろうか。


 まぁ、どれだけ大切な髪飾りかはわかったけれど。

 秘密主義なのに喋りすぎだろ。


 神威を得た理由なんて、おいそれと人に話すようなものじゃないはずだ。


「感謝の証がその話? そっちから話したわけだし、もう短剣突き付けるのは無しね?」

「……デリカシーがないと言われませんか?」

「夜中に人の部屋に来て、人のベッドを占領している人にデリカシー云々を言われたくないね」


 できるだけ軽い調子で言葉を返す。


 あまり重苦しい空気は好きじゃない。

 重い話を聞いて、気分を重くしてたらなにも始まらない。


「あなたは……不思議な人ですね。使徒である私に物怖じしない」

「エルトでもう慣れた。露店で買い食いする姿を見てたら、使徒だからって気を遣うのも馬鹿らしい」

「私はエルトリーシャじゃありませんよ?」

「確かに。けど、秘密主義が行き過ぎて、他国の大使を脅したり、他国の大使の部屋に忍び込んで、ベッドを占領したりする……ちょっと常識知らずな女の子だ。使徒と崇め、尊敬するには失敗が多すぎる」

「あうっ……」


 自身の失敗を指摘され、ディアナが小さく声を上げる。

 自分でも使徒らしい行動ではないという自覚はあるらしい。


「まぁ、尊敬して欲しかったら、もうちょっとそれに足る行動をしろってことだ」

「……別に尊敬が欲しいわけじゃありません。好きで使徒をやってるわけじゃないんです……。神威を得てしまったから、使徒にならざるを得なかった。それだけです。戦いが好きなわけじゃありません」

「へぇ。奇遇なことで。俺も好きでアルシオンの銀十字なんて呼ばれてるわけじゃない。戦いなんて二度としたくない」


 まさか使徒とこの点について共感できる日が来るとは。

 意外だ。


 俺が特別だと思っていたけど、使徒が等しく好戦的というわけでもないらしい。


「意外です。エルトリーシャと仲がいいので、あなたも戦闘狂の気があるのかと」

「酷い勘違いだ。俺は平和主義者だ。俺や身内に降りかかる火の粉を払いのけてたら、英雄だとか言われるようになっただけ。別になりたかったわけじゃない。爵位にも名誉にも興味ないし。金は必要なときに必要なだけあれば十分だし」

「……欲がないんですね。だから私を見ても何とも思わないんですか?」

「ずっと思ってたけど、凄い自信だよな? よく恥ずかしげもなく自分が美しいアピールできるね?」


 まぁ確かに美しい。

 それは認める。


 魔性という言葉にも納得がいく。

 ただ、それを自分で積極的に口に出すのはいかがなものだろうか。


「なっ!? 別に私が言ってるわけじゃありません! 私の素顔を見た人はみんな、私の素顔は男を惑わす魔性の魅力があると……」

「そんなに素顔を見た人がいるの?」

「……神威を得てから私の素顔を見た人は私が知る限りでくは、あなたを含めて四人だけです」

「少なっ。誰?」

「私の命の恩人、私の副官、それと陛下です。その内、副官だけが女性です」


 男は二人だけか。

 あまり当てにはできないような気がするな。


 過保護な人たちなら、いろいろと吹き込んでてもおかしくはない。


「はぁ……どれだけ綺麗で美しく、自分好みな女性だったとしても、その場で求婚したり、襲ったりなんてしない。少なくとも俺は」

「……意気地なし?」

「節度があるって言ってくれない?」


 会ったばかりの女性に求婚したり、ましてや襲い掛かることが意気地のある男のすることなら、俺は意気地なしで問題ない。


 まったく、何の話をしているのやら。


「少なくとも、俺は君をどうこうしようとは思わない」

「本当に?」

「父と母と妹に誓って」

「……ならあなたの前では私は幻覚を解きます。問題はありませんよね?」

「どうぞ、どうぞ。ただ、偶発的にほかの人間に見られても俺は責任を取れないから、そこだけはご了承くださいね」

「平気です。あなたに対する幻覚だけを解きますから」


 ずいぶんと器用なことができるものだ。

 つまり、俺以外には今までどおりというわけか。


「まったく……抜け目ないことで。あと言いたいことはありますか? ないならもう」

「お願いがあるのですが……」

「まだあるのかよ……面倒じゃないことならどうぞ」

「なら平気ですね。その、今日はここで寝てもいいですか?」

「何を言っとるんだ、おのれは」


 思わず素で言い返してしまう。

 それくらい問題のある発言だった。

 

 何をどう解釈したら、そういう発言に繋がるのやら。

 

「眠くなってきてしまって……」


 そりゃあ、夜にベッドの上で横になってたら眠くもなる。

 ただ、問題なのはこの部屋は俺の部屋で、ディアナが横になっているベッドは俺のベッドということだ。

 

 いや、そもそも若い女が男の部屋で寝泊まりする事が問題だ。

 

 というか、俺はどこで寝ろと?

 大使としてそこそこいい部屋を割り当てられているが、ベッドは一つしかない。

 

 ディアナにベッドを占領されては、俺はソファーか床かの選択を迫られることになる。

 

「元々、この部屋はレグルスのモノですから問題ありません」

「問題しかないことに気づけ……明日の朝、どう誤魔化す気だ!」

「平気です。私の姿が見えないようにしますから」


 もうかなり眠いのか、ディアナの声ははっきりしない。

 そろそろ意識が途切れ出している頃か。

 

 微睡みの中で、無理やり目を覚ます億劫さは俺にもわかる。

 だが、場所も時期も悪い。


 今はディアナと俺が噂になったばかりだ。

 誰かに部屋から出るところを目撃でもされたら終わる。

 

 誰もが俺とディアナとの関係を疑わないだろう。

 そうなったら、俺は終わる。

 

 例え誤解でも使徒との関係を疑われるなんて、あってはならない不祥事だ。

 

 責任を取ってレグルスに婿入りする事になっても文句はいえない。

 

「おいおい、勘弁してくれ! 俺が襲うとか考えないのかっ!?」

「父と母と妹に誓って、私には何もしないのでは?」


 むくりと布団から顔を出し、ディアナは先ほどの俺の言葉を突きつけてくる。

 何かニュアンスが違う気もするが、言ってることは間違ってない。

 

 かなり眠たいのか、トロンとした目を俺に向けながら、ディアナはしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべる。


「父と母と妹を裏切っていいならどうぞ、手を出して見てください。私の神威であなたを発狂させますから」

「さらりと怖いこと言うなよ……」


 どんな幻影でも見せることができるなら、確かに発狂させることも可能だろう。

 対象が最も恐ろしいと思っているモノや、恐れている状況を体験させればいいのだ。

 

 例え幻影でも精神を正常には保っていられない。


 そう考えると随分と恐ろしい神威だ。

 使用者は若干、ポンコツだが。


「今、失礼なことを考えましたね?」

「ああ、使用者がポンコツじゃなきゃ、かなり強力な神威なのにって思ったよ」

「ぽ、ポンコツ!? 言うに事欠いて、私がポンコツ!?」


 抗議しようとディアナが体を起こす。

 よし、狙い通りだ。

 

 このままこいつをベッドから引きずり出して、部屋から追い出してしまおう。

 

 そう考えて、俺はディアナの腕を掴む。

 

「なっ!? 何をするんですかっ!」

「良いからベッドから出ろ! というか、部屋から出ろ! そして自分がどれだけポンコツか冷静に考えろ!」

「また言いましたね!? どうして一晩くらいベッドを貸してくれないんですかっ!?」

「俺が使うからだ! 大体、部屋もベッドもここより良いモノを与えられてるだろ!」


 そんな言い合いをしていると、窓を叩く小さな音が聞こえてくる。

 そちらを向くと、そこには黒い羽を広げているシルヴィアがいた。

 

 一瞬、目を背けて、もう一度窓を見る。

 

 やはり見間違いじゃない。

 窓の向こう側にはシルヴィアがいた。

 

 ディアナは背を向けているため、気づいていない。

 

 俺の受難の夜はまだまだ終わらないらしい。

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