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使徒戦記  作者: タンバ
第二章 レグルス編
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第十五話 悩みは尽きず



「ディアナ・スピアーズとお前が抱き合っていたという情報が私の耳に入ってきたが、弁明はあるか?」


 満面の笑みを浮かべながら、エルトが質問してくる。


 ここは城の中にあるエルトの部屋だ。

 時刻は夕暮れ。


 レイナは動きだけじゃなく、口も結構軽いらしい。

 一日も経たずに城中に噂は広まった。


 エルトの耳に入ったのもその噂だろう。


 その噂を聞きつけるや否や、俺はエルトの部屋に拉致され、正座させられている。


「弁明か……うーん」


 俺は首を傾げて悩む。

 素直に告白するわけにもいかない。

 ディアナに短剣を突き付けられたとか、部屋に拉致されたとかは他言しないと約束したからだ。


 そもそも、エルトに弁明するというのもおかしな話だ。

 これがフィリスならわかる。


 親善大使なのだから、しっかりしろと言われれば、すみませんでしたと謝るだろう。


 たとえ事実じゃなくとも、よろしくない噂になったのは俺の責任だからだ。


 しかし、目の前にいるのはエルトだ。

 正直、弁明する相手が違う気がする。


「ないのか?」

「ないわけじゃない。お前が聞いた噂は間違ってる」

「どんな風に?」

「二人で話してたのは本当だ。ただし、抱き合ってはいない。向こうが鬼気迫った様子で距離を詰めて来たから、咄嗟に肩を押さえた。その瞬間を、オースティン公爵に見られた。だから、その噂はそもそもオースティン公爵の勘違いから始まってる」


 エルトがジト目で俺を見る。


 そんな目で見られても、ほぼほぼ事実だ。

 どうしてそうなったとか、細かいところはしゃべっていないけれど、嘘はついていない。


「本当か?」

「本当だ。なんならスピアーズ公爵に確認してみろ」

「どうしてディアナがお前に鬼気迫る様子で距離を詰める?」

「俺が彼女の母の形見である髪飾りを拾ったからだ。持ち主を探してたら、彼女だった。そんでもって、今どこにあるのかと聞かれたんだ。鬼気迫る様子で。ほらみろ、俺に非はない」


 これも嘘じゃない。

 話してないことがあるとはいえ、嘘を言っているわけじゃない。

 八割くらいは本当だ。


「怪しいな……」

「はぁ……じゃあ、好きなだけ怪しんでろ」


 ため息を吐いて、俺は立ち上がる。

 いい加減、正座は疲れた。


「おい! 誰が止めていいと言った!?」

「俺の中の小さな自分だな」

「私が良いというまで続けろ! 反省が足りないぞ!」

「反省するようなことがないことはわかっただろ? 噂に踊らされるなんて、エルトリーシャ・ロードハイムの名が泣くぞ?」


 うっ、とエルトが言葉に詰まる。


 エルトは誇り高い。

 だから、家名やら誇りなんかを持ち出せば、なかなか反論できない。


 もっとも、反論しない場合は、自分の行いが家名や誇りに反すると理解している場合だけだが。


「そ、そもそも、私以外の使徒と仲良くなるのが気に入らない!」

「エルト、お前は本当にわがままだな……」


 気に入らないとか、もう完全に個人的な思考じゃないか。

 まぁ、エルトらしいが。


「私がわがままなのは今に始まったことじゃない!」

「ごもっとも。じゃあ、そんなわがままで尊大なエルトリーシャ様に言わせてもらうが、俺は親善大使だ。レグルスの有力者と仲良くなり、アルシオンにいい印象を持ってもらうのが仕事だ。使徒と仲良くなるのも仕事の内だと思うが?」

「うっ……」


 エルトがまたしても言葉に詰まる。

 この言い合いでエルトが勝てるわけがない。

 どう考えても言いがかりだからだ。


「ま、次からはお前を通して会うとするよ。それでいいか?」


 エルトとしても、俺が自分勝手にレグルスで動くのは面白くないだろう。

 最初に俺に協力してくれたのはエルトだ。


 そのエルトを通じて、レグルスの有力者と会うならば、エルトをないがしろにしたことにはならない。


「それなら、まぁ……けど、あんまり仲良くなるな。お前は私の客人なんだ。私を優先してしかるべきだ」

「はいはい」


 言いながら、頭を掻く。

 今回に限っては、エルト個人の客人というわけじゃない。


 正式な親善大使である以上、レグルスの客人というべきだろう。


 まぁ、エルトにとっては似たようなものなのかもしれない。


「さて、話は変わるが、先日、私を置いてけぼりにした件について、謝罪してもらおうか?」

「お前の頭は本当に都合がいいな。俺の記憶では、お前が勝手に場所を動いたはずだが?」


 置いてけぼりを食らったのは俺のほうだ。

 まぁ、シルヴィアと出くわして、その場を離れたことは俺にも非があるけれど。


「それは……ちょっと先で人だかりができてる露店があったから……」

「はぁ……お前に待てっていうのを期待した俺が馬鹿だったか」

「ひ、人を犬みたいに言うな!」


 顔を赤くしてエルトが声を上げる。


 ただし、勢いはない。

 自分に非があることは自覚できているらしい。


「あのあと、合流できなかったのは悪かった。それは謝る。けど、俺も大変だったんだ」

「そうだ! なんだか子供とどこかに行ったと周りの者が言っていたぞ?」

「迷子に遭遇して、その親探しをしてたんだ。その後、お前も探したけど、合流できなかった」


 間違ってはいない。

 迷子といえば迷子だ。


 国すら超えた盛大な迷子ではあるけれど。


「私より迷子優先か!?」

「当たり前だ。お前には騎士たちがついてただろ。それとも、親と逸れて、心細くて泣きそうな子供を放っておけとでも?」

「それは……仕方ないな」


 何か言おうとして、しかしエルトは納得する。

 ここで否と言うのは、さすがに大人げないと判断したのだろう。


 まぁ、その迷子がラディウスの使徒だとわかれば、噴火した火山のように怒り出すだろうけど。

 今はまだ黙っておこう。


「さて、要件が以上なら俺は帰るぞ」

「いや、お前には手伝ってほしいことがある」


 今日はいろいろあったから疲れたんだが、エルトは俺を引き留める。

 手伝ってほしいことというからには、エルトだけだと荷が重い仕事だろうか。


 クリスがいないため、エルトの仕事は結構多い。

 まぁ、領地にいる頃と比べれば、少ないほうらしいが。


「王都の民からの意見書だ。内容はすべて狼牙族に関するものだ」

「保護に反対する民の声ということか……」

「そうだ。ただ、感情的なものも多い。そういうのは省いて、それなりに見るものがある意見書だけ、私に渡してほしい」


 嫌だとは言えない。

 狼牙族については、俺も他人事というわけにもいかない。


 それにシルヴィアとのこともある。

 レグルスの人間が狼牙族を、魔族をどう思っているのか知るいい機会だ。






●●●






 作業を続けていくと、気分が滅入ってくる。

 意見書のほとんどが根拠のない感情論だ。


 魔族など保護する価値がないとか。

 凶暴な魔族が国にいると思うと安心して眠れないとか。

 そういうモノがほとんどを占める。


「なぁエルト」

「なんだ?」


 少数の目を通す価値のある意見書をじっくりと読みながら、エルトが返事をする。


「どうしてレグルスの人は……いや、大陸の人は魔族を嫌うんだ?」

「唐突だな」


 意見書を机の上に伏せて、エルトは俺のほうを見る。

 俺の手元にあった数十の枚の意見書はもうすべて目を通してある。


 ぶっちゃけ、あとはエルト次第で俺のできることはないのだけど、どうしても聞いておきたかった。


「魔族と人との争いは四百年前から三百年前くらいに起こったと言われてる。当時、大陸にあった国々が連合を組み、魔族を東方の島へと追いやった」

「やっぱりそれが原因なのか?」

「……人は自分たちと違う姿、そして巨大な力を持つ魔族を恐れ、排除しようとした。そして魔族はそれに真っ向から反発した。問題なのは、魔族は長命で、当時のことを知っている者がまだ生きているということだ。だから、人は魔族をより一層、恐れる。報復されるかも、とな」


 恐れ。

 結局はそこに行きつくのか。


 人は臆病な生き物だ。

 だから、おいそれと自分と違うモノを許容できない。


 同じ人同士ですら戦いあっているのだから、姿が違う魔族と分かり合えないのは必然といえるのかもしれない。


「仕方ないことなのかもしれないな。私やお前だって、信頼の置けない者を傍に置くことはしない。それは攻撃されるかもしれないという恐れがあるからだ。多くの民にとって、魔族は攻撃してくるかもしれない種族なんだ」

「……理解しようともせず、一方的に拒絶する人たちと自分を同列に語るな。少なくとも、エルトは違うと俺は思う」

「そう言われてもなぁ……。人は臆病な生き物だと父が言っていた。恐れを抱き、他者を排除してきたからこそ、生存競争に勝ってきたのだと。今でこそ、使徒は崇められているが、ずっとずっと昔には、迫害の対象だったと聞く。魔導師も同じだ。人は自分と違うモノを許容できないんだ」


 エルトにしては悲観的な意見だ。

 自分が使徒で、周りとは違うことを意識しているからこその意見なんだろうか。


 だが、エルトは言葉を続ける。


「けれど、魔導師も使徒も人の中に溶け込み、立場を得た。魔族だって同じようにできるはずだ。狼牙族のことは偶然だったが、私はこれを機会として、魔族と人との融和を図る。昔のことはわからないし、時間もかかるだろう。けど、歩み寄れるのも人の良い所だと私は思うんだ」


 そう言ってエルトは笑う。

 晴れやかな笑みだ。


 そういう結論に達しているなら問題はないか。

 柄にもなく、落ち込んでいるのかと思った俺が馬鹿だった。


 エルトが落ち込んだだけで終わるわけがないのだ。


「俺も、少しは協力する」

「少し? 私はレグルスを変えるから、お前はアルシオンを変えろ。それくらいして、当然だ」

「待て待て。どうしてアルシオンが出てくる?」

「アルシオンがラディウスとの玄関口になるからだ。ゆくゆくは、レグルス、アルシオン、ラディウスの三カ国で同盟を結びたいところだ」


 話がデカい。

 しかもかなり無理がある。


 ラディウスと国交を保っている国なんて、大陸には存在しない。

 そんな国と同盟を結ぶなど、夢物語だ。


「無茶苦茶なことを言っている自覚はあるか?」

「私はわがままだからな。やるといったら必ずやる。そのためにも、狼牙族の扱いは慎重にならなければいけない」


 そう言ってエルトは机に伏せていた紙をもう一度見る。

 そこに書かれている内容は、狼牙族を他国に利用される危険性についてだ。


 狼牙族が裏切る可能性から、狼牙族が攻撃を受けて、その責任をレグルスが負う可能性。


 そして。


「敵国がレグルスの兵士や民を装い、狼牙族を攻撃。それが引き金となり、ラディウスがレグルスに敵対する可能性がある、か。ずいぶんと上手くまとめたものだ」

「書いたのは誰なんだ?」

「名前はロベルト。それ以外はわからないから、明日調べさせる」

「自分の部下に迎えるつもりか?」


 狼牙族を利用した敵国の戦略。

 それに思い至るあたり、かなり視野が広い。


 まだ世が知らない逸材の可能性もある。


「さぁな。それは調査が終わってからだ。それに今は人材登用の時じゃない。アークレイムとマグドリアが揃いも揃って沈黙している以上、なにか裏がある。本当に狼牙族を狙っているのか、それとも王の生誕祭を狙ってくるのか。考えればキリがない」


 アークレイムもマグドリアも戦力の回復が最優先事項だ。

 だが、黙って回復させるほどレグルスは甘くはない。


 王の生誕祭が終わったあと、軍の再編成を行い、攻め込む気だろう。

 その戦略を練る意味も込めて、三人の使徒は呼び集められているはず。


 だから、アークレイムにもマグドリアにも時間はない。

 何か行動を起こすとすれば、生誕祭前後のはずだ。


 表立っての戦にはならない。

 少数での攪乱が始まる。


 被害はそこまで広がらないだろうが、その分、対処が難しい。

 見えない敵との戦いになるだろう。


「私には狼牙族を保護した責任がある。決して、傷つけさせないし、彼らの平穏も崩させない。彼らはもう私にとって、守るべき領民だ。断じて、ラディウスとレグルスとの戦争の引き金になどさせない」

「そうだな。彼らは加害者である一方、被害者だ。もう利用されるのは見たくない」


 彼らは俺の仲間たちを殺した。

 そしてそんな彼らを俺は殺した。


 殺らなければ殺れる戦場だった。

 それについては文句を言うつもりはない。


 だが、その戦場に彼らを引きずりだした者がいる。

 そしてまた、彼らを利用しようとする者がいる。


「どう仕掛けてくるか、だな。マグドリアにしろ、アークレイムにしろ、馬鹿正直には攻めてこないぞ?」

「わかってる。ただ、いつもの戦とは勝手が違う。敵も見えず、敵の目的もはっきりしない。そこが難問なんだ……」


 戦となれば、敵軍がいる。

 そして敵軍には防衛目標か攻略目標が存在する。


 だが、今は敵も見えず、目的もはっきりしない。


 ゲリラ戦を仕掛けられるようなものだ。

 王の生誕祭は国をあげての行事だ。


 多くの民が王都に集まり、また諸外国からも商人がやってくる。

 それらに扮されては、潜入を止められない。


「ふむ……軍師が必要だな」

「軍師ねぇ」


 呟き、俺はアルシオンにいるリカルドを思い描く。

 駄目だ。

 新たな領地で手いっぱいなのに、呼び出すわけにはいかない。


 となると。


「なぁ、ユウヤ。セラを貸してくれないか?」


 そうなる。

 我が尊敬すべき父の後継者というべきセラは、下手な軍師よりも軍師らしい。


 問題があるとすれば。


「殿下がセラを手放すとは思えない。説得には骨が折れるぞ?」

「そこをなんとか。今の私には知恵袋が必要なんだ」


 エルトが頭を下げてくる。

 そうまでされると断りづらい。


 こうして俺の悩みはまた一つ、増えることになった。


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