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使徒戦記  作者: タンバ
第二章 レグルス編
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第十四話 ディアナ・スピアーズ

 ゆっくりとディアナが俺に近づいてくる。

 その手には短剣。

 そして視線は俺に向いている。


 この瞬間、ディアナの存在に気づいているのは俺だけだ。

 セラもフィリスもディアナのことを認識できていない。

 幽霊みたいなものだ。騒いだところで俺が変人扱いされるだけだろう。


 しかし、いくらなんでも、大使の暗殺なんてするわけがない。

 わざわざ短剣をちらつかせているのは、おそらく脅し。


「ユウヤ? どうかしたのかしら?」

「いえ……扉が開いたことにびっくりしてしまって」


 フィリスの言葉にそう返す。

 ちょうどそのとき、俺の真後ろにディアナが立った。


「私の言葉は二人に届きません。会話を続けながら聞いてください」


 ディアナが平然とそう喋る。

 しかし、フィリスもセラも反応しない。


 姿を隠すだけじゃなく、音まで聞こえなくさせるなんて。

 さすがは神威というべきか。


 エルトの光壁も展開する範囲を絞れば、硬度が上がる。

 それと同様に、少数の対象だけなら何でも誤魔化せるのかもしれない。


「私の勘は非常に当たります。今回も嫌な予感がしてきてみれば、彼女たちは私の神威に近づきつつある。当然、あなたは察していることでしょう。泉での事といい、あなたは本当に碌な事をしませんね」


 ディアナは平坦な口調のまま、短剣を俺の首に当てる。

 ひんやりとした金属の感触に、どっと背中から汗が流れ出る。


 やっぱり泉で出会った少女はディアナだったか。

 確信はなかったのだけど、本人のご登場で確信できてしまった。


「私の神威なら今ここであなたを殺しても、気づかせないことも可能です。それを踏まえて、まずは話題を変えていただけますか?」


 脅しだ。

 そうわかっていても、従わないわけにはいかない。


 水浴びを覗かれたとき、ディアナは本気で俺を殺す気だった。

 今は脅しでも、気が変われば本気で殺しにきてもおかしくない。


「やっぱり幻を見せる神威?」

「ま、まぁいずれわかるときが来るだろうし、今は気にしないでおこう」

「? 気になるって言ったのはユウヤのほう」


 セラの言葉に少しだけ短剣が震える。

 ディアナが力を込めたのだ。


 怖ぇよ。なんだよ。この人。

 どんだけ秘密主義なんだよ。


「それはそうなんだけど……本人に聞かないかぎり真相はわからないし、考えるだけ時間の無駄かなぁと」

「今は味方だけど、もしかしたら敵になるかもしれない。敵の分析は必要」

「セラのそういうところは嫌いじゃないけど、言葉に気を付けような……。ここはレグルスの城だからさ。誰が聞いてるかわからないし」


 本人が俺の後ろにいて、聞いているとは口が裂けても言えない。


 さて、どうしたものか。

 そう思ったとき、フィリスが助け船を出してくる。


「それもそうね。使徒について嗅ぎまわっているなんて思われたら、私たちが来た意味がなくなってしまうわ」

「そうです! 俺たちは親善のために来たわけで、対レグルスのために来たわけじゃない。考察はまた今度にしましょう」

「ユウヤ、変」


 セラが疑いの眼差しを俺に向ける。

 できればその眼差しで、後ろのディアナを見つけてくれると嬉しいんだけどなぁ。


 無理な相談か。


「あら? もうこんな時間ね。セラ、ドレスを選ぶのを手伝ってもらえるかしら?」

「そういえば、夕食はレグルスの侯爵ととられるとか?」

「そうなの。私より一回りは上の男性よ。気が滅入ってしまうわ」

「それもお仕事。じゃあ、ユウヤは出て行って」


 フィリスとセラが立ち上がって動き始める。


 どうにか会話は立ち消えた。

 これで文句はないだろ。


「部屋を出てください」


 ディアナがそう告げて、短剣を引く。

 それを確認して、俺は小さく息を吐いてから立ち上がる。


「では、俺は失礼します。セラ、殿下をよろしく」

「任せて」

「また時間が空いたらお茶をしましょう」

「かしこまりました」


 礼をして、俺はその場を去る。

 俺に後ろにはピッタリとディアナがついてきていた。






●●●






 城の上階。

 そこにあるディアナの部屋に俺は連れられてきていた。


 ディアナの部屋にも護衛がついているし、上階にはレグルスの有力者が結構いる。

 俺がディアナの部屋に入るところを見られたら、噂になりそうなものだが、その点は問題ない。


 ディアナの神威によって、俺は姿を消されているからだ。声もディアナ以外には届かない。


「確かにこれなら誰にも気づかせずに殺せるな……暗殺向きだ」

「理解できているようでなによりです。私の軍と対峙して、不可解な死を遂げた将軍は多くいますから」


 冷たい眼差しを俺に向けながらディアナは告げる。

 なんとなく呟いただけだったのに、正解だったとは。


 しかし、実際、どうやって暗殺しているのやら。

 エルトの能力以上に攻撃力のない神威だ。


 ディアナ自身が短剣でぶすりとやっているのだろうか。

 あまり想像したくない絵だ。

 見えない敵に短剣で刺され、自分の叫びは誰にも届かないというのは、まさしく地獄だ。


「……余裕ですね」

「別に余裕ってわけじゃないけれど……」


 ディアナは目を細めて、俺の様子を観察してくる。


 今は剣を身に着けておらず、武器は携帯していない。

 そんな状況で慌てないことが不思議なんだろう。


 ただ、俺はディアナが本気で俺を殺す気がないことに気づいている。

 それが余裕に見えるのかもしれない。


「私の神威は極秘中の極秘。知っているのは私の側近と国王陛下くらいです。その意味がわかりますか?」

「国の極秘事項。その秘密に触れた以上、俺は無事では済まないと?」

「ええ、そのとおりです」

「そう言われてもなぁ。別に確証があったわけじゃない。そっちが出て来たから、結果的にわかっちゃっただけで」


 所詮、予想は予想。

 答え合わせがないかぎり、俺やセラの妄想に過ぎなかった。


 だが、神威を見せて、ここまで過剰な反応をされると嫌でもそれが本当なのだとわかる。


 ぶっちゃけ、自分で墓穴を掘っている。


「わ、私の早合点だと言いたいんですかっ」

「うん、まぁ、そうなるかなぁ。エルトもそうだけど、レグルスの使徒は意外に短絡的というか、衝動的というか」


 ディアナの顔が赤く染まる。

 自分でも失敗したなと、思っているらしい。


 ディアナは動くべきじゃなかった。

 どうせ、俺にバレたところでレグルスに大きな痛手はない。


 釘を刺す程度で留めておけばいいものを、刃物を出して、自分の部屋まで連れてきてしまったから、場の収めどころを見失ってしまっている。


 よほど自分のことを知られるのが嫌なんだろうけど、今はその性格が失敗を招いている。


「で? これから俺はどうすれば? 王の前に出て、洗いざらい吐けばいい? 予想してたら、拉致られましたって」

「それは困ります!」


 言っちゃったよ。困るって。

 自分から。


 いやぁ、どうしようかな。

 話をどう進めていいのかわからない。


 このまま帰らせてもらうっていうのも難しいだろうし。


「それじゃあ、どうしろと? ここで他言しないことを誓おうか?」

「あなたの言葉は信用できません! 喋らないという約束を破ったのはそっちです!」

「いやいや、喋ってないから。使徒ディアナの神威の話はしたけれど、そもそも泉で見た人が、使徒と同一人物だと思わないし。泉での一件に関しては誰にも喋ってない」


 しばしディアナが黙って、考え込む。

 難しい顔をしているが、別に難しい話をした覚えはない。


 どこらへんから俺たちの話を聞いていたかは知らないが、自分の神威の話をしていたから、勘違いしたんだろう。


 俺が泉での出来事を話し、その流れで神威の秘密がバレそうだと。


 まぁ、俺の中では繋がったからすべて勘違いというわけではないけれど。


「……」


 しばし呆然としたあと、ディアナが右手に持っている短剣を見て、汗を流す。


 幻術で姿を誤魔化しているのに、芸が細かいな。

 それとも姿は誤魔化せていても、本体が汗を流したり、血を流したりするのは隠せないのだろうか。


「さて」

「は、はいっ! なんでしょうか!?」


 いきなり声が大きい。

 しかも裏返ってるし。


 もう完全に動揺してるな。

 仕方ないか。行動が裏目に出ているわけだし。


「俺はこれからどうすれば?」


 ただ、ディアナの動揺とかはどうでもいい。

 問題なのは俺の今後だ。


 帰っていいなら帰りたい。


「……できればこのことは内密に……」


 短剣を机の上に置いて、ディアナが頭を下げる。

 言われるまでもない。


 使徒の不祥事なんて、歓迎するのは敵国だけだ。


 ここでわざわざ表沙汰にして、俺が騒いだところで、レグルス王の心証が悪くなるだけだろう。


 それに証拠がない。

 それだけディアナの神威は完璧だ。


 ただ、それを馬鹿正直に教えるのももったいない。

 ここは巻き添えを食ってもらうとするか。


「ディアナ・スピアーズ公爵」

「は、はいっ」

「あなたに短剣を突き付けられたとか、部屋に拉致されたとか、何度も脅されたとか、そういうことは他言しない」

「うぐっ……」


 俺の言葉にディアナがダメージを受ける。


 肩を落として、深刻な落ち込みを見せられると心が痛むが、今は情に流されている場合じゃない。


 幻術の神威は非常に使える。

 俺が今、抱えている問題を解決するのに。


「もちろん、泉の一件も他言しない。今の俺は親善大使だから。使徒に襲われたとか言ったら、大問題だ」

「はうっ……」


 グサリと言葉の矢が刺さって、ディアナが涙目になる。

 どうも幻術で地味な姿を見ているせいか、涙目が可愛いとは思えない。


 けど、実際は泉で見た姿が本当なのだろうし、どう反応していいのか困る。


「ただし、他言しないかわりに、今、俺が抱えている問題を解決するのに協力してほしい」

「問題……ですか? 私に協力できることならば」

「そう言ってもらえると助かる。では、これで失礼する」


 そう言って俺は一礼して、ディアナに背を向ける。

 言質は取った。あとは、ディアナに協力してもらって、シルヴィアを狼牙族の里に連れていけば万事解決だ。


 我ながらなかなかの機転といえるだろう。

 大逆転と言ってもいい。


 そんな意気揚々な俺に、ディアナが声をかける。


「ユウヤ・クロスフォード」

「なにか?」

「その……私がこのようなことに及んだ理由を聞かないのですか?」

「自分の秘密が他人に漏れるのが嫌だからでは?」

「それは……その通りですが……」

「まぁ、行き過ぎと言えなくもないけど。大なり小なり人には秘密がある。それを隠そうとするのは、別に悪いことじゃないさ」


 徹底的な秘密主義者。

 それがディアナ・スピアーズという人間なんだろう。


 その秘密の一端に触れたから、俺はディアナに目をつけられた。

 それだけだ。


 その秘密主義に至った経緯とか、そもそも姿を偽っている理由とかには興味はない。

 そもそも秘密主義者に質問するのも馬鹿らしい。


 そう思ったとき、俺はあることに気づいた。


「ああ、そういえば泉の近くに髪飾りが落ちてた。あれは君のだろ?」

「あれを持っているのですか!?」

「保管してある。協力の件を話すときに返すよ」


 やはりディアナの物だったか。

 しかし、予想以上に食いつきがいい。


 思っていた以上に大事な物だったのだろうか。


「それは……協力しなければ返さないということでしょうか……?」


 なんだか悲しみ一杯の表情でディアナが告げる。

 まるで人質でもとられたかのような表情だ。


 これはちょっと予想外だ。


「いや、そういうわけじゃ……なんなら今から渡すけれど」

「本当ですか!? 嘘偽りはありませんか!? あれは亡き母の形見なのです!」


 ディアナが俺の服を掴んで、迫ってくる。

 その表情は鬼気迫っていた。


 そのあまりの剣幕に俺は慌てて頷く。

 しかし、それだけではディアナは納得しない。


「では、すぐに案内してください!」

「わかった、わかったから。少し落ち着けって……」


 そう言って肩に手を置き、ディアナを落ち着かせようとしたとき、屋のバルコニーに小柄な少女が着地した。


 ここは城の上階。

 そのバルコニーに着地できるような人物は数人しかいない。


「ふぅ~。なんとか撒いた……ぜ……」


 風の神威を操るレイナだ。


 そのレイナは部屋の中にいる俺とディアナを見て、思考停止状態に陥っている。

 なにも事情を知らない人間からすれば、ディアナと俺は体を寄せ合っているように見えるだろう。


 しばし時が流れ、ようやくレイナが活動を開始する。


「お、お邪魔しましたっ!!」

「ちょっと!?」


 絶対、変な誤解をしている。

 拙い。これは止めねば。


 そう思って、レイナを引き留めようとしたが、さすがは風の神威を持つ使徒というべきか。

 風に乗って、レイナはどこかへと去っていってしまう。


「あー……変な誤解をされたな……」


 呟きは風に流される。


 俺はこれからのことを思い、深いため息を吐いた。


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