第十三話 噂をすれば
次の日。
俺はフィリスに与えられている豪華な客室にいた。
レグルスに来てから、レグルスの貴族たちと会っていたフィリスの時間が空いたからだ。
「はぁ……レグルスの貴族は積極的で困るわ。普通、真顔で結婚を申し込むかしら、会ってすぐの女性に」
「姫様は王女だから。目的は地位」
「セラ。もう少し言葉を包みなさいな」
「けど、本当のこと」
フィリスとセラの会話を聞きながら、俺は氷の入ったお茶を口に含む。
あのあとシルヴィアにはお金を持たせて、宿屋に泊まらせた。
宿屋の主人には、俺の身分を明らかにして、俺の客人と紹介した。
これで余計な詮索はされないだろうし、万が一、魔族であることがバレても大事にはならないだろう。
一応、宿屋の主人には宿代以外にも結構、金を握らせた。
大事な客だから丁重にもてなすようにと。
だから、シルヴィアのことはどうにかなった。
もちろん、その場しのぎだが。
シルヴィアの目的は狼牙族たち様子を自らの目で確かめること。
そのためにはロードハイム公爵領にある里に向かう必要がある。
ただ、里はかなりわかりづらいところにある。
外的からの防御もかねて、隠れ里になっているのだ。
口で説明してシルヴィアが行くというのは難しいだろう。
そもそも、口で説明できるかも怪しい。
俺も一回行ったきりだし、地図を見てだいたいこの辺だと言うことはできるが、正確な道案内には自信がない。
しかも一番厄介なのは付近にはロードハイムの精強な騎士たちがいる。
彼らの目を潜り抜けるのは非常に難しいだろう。
シルヴィアは竜の魔族らしく、空を飛べるようで、それでこっそり王都に入ったらしい。
だが、今回の隠れ里は王都のように広くはない。
それだけ守備の網は密集しているし、見つかったら即国家間の問題になる。
シルヴィアが使徒であるという以前に、レグルスにおいて、狼牙族はデリケートな問題なのだ。
魔族が接触を試みたという時点で、どんな対応を取られるかわかったもんじゃない。
だが、いつまでもシルヴィアをレグルスの王都にいさせるわけにもいかない。
国境で問題が起きないかぎり、使徒たちは当分、王都にいる。
その理由は王の生誕祭だ。
厄介なことにもうじきなのだ。
まぁ、それに出席することも考慮して、俺たちもこの時期にレグルスに来ているわけだが。
その生誕祭が終わるまでは三人の使徒がこの王都にいる。
そんな王都にラディウスの使徒が潜入しているのだ。
発覚したら、即戦争だ。
エルトもレイナも血の気の多さは折り紙付きだ。
冷静そうなディアナも、本性はどうだかわからない。
現在の王都は火薬庫に近いのだ。
そこにシルヴィアがいるということは、火薬庫の中に時限爆弾が仕掛けられているようなものだ。
シルヴィアの存在が露見したが最後、大爆発が起きる。
そのとき、使徒たちを止める自信はないし、俺やアルシオンにも火の手が及ぶ可能性がある。
というか、ほぼ間違いなく俺には火の手が及ぶ。
なにせ匿っているのだから。シルヴィアを。
不法侵入した使徒を匿うなんて、レグルスに敵意ありと思われても仕方ない。
ああ、クロスフォード伯爵家の取りつぶしくらいで済むだろうか。
とりあえず、俺の首は飛ぶだろうな。
「ユウヤ? どうかしたの? 遠いところを見るような目をして」
「いえ、ちょっと未来を見てまして……」
「未来は見えない」
セラが真顔で俺の言葉を否定する。
本当に未来を見ていたわけじゃないのだけど、セラにはそういうのは通じないらしい。
「うん、まぁそうなんだけど……」
「何かあった? 今日はずっと上の空」
「いや、そんなことは」
「ユウヤが遠い目をするときは、いつも面倒事が起きたとき。また面倒事を拾ったの?」
セラが表情を変えずに的確な分析をする。
さすが妹というべきか。
見事に見抜かれた。
巻き込まれたではなく、拾ったという表現に、俺の性格を熟知している感じがにじみ出てる。
「あら? 他国でも面倒事? 飽きないのね」
「俺がいつも面倒事に関わっているみたいな言い方はやめてください。少なくとも、先の戦争以外で大きな面倒事に関わった覚えはありません」
「戦争に関わってれば十分。戦争ほど面倒なことはないから」
ぐっ。
またセラに言葉を返されてしまう。
そう言われると返す言葉もない。
「今回はどんな面倒事かしら? レグルスの女性に求婚でもされた? それともレグルスの貴族に難癖をつけられた?」
「違います! そんな大したことじゃないですから、忘れてください」
興味津々な様子で目を輝かせるフィリスにそう言って、俺はこの場を収めようとする。
だが、それを許さない存在がいた。
セラだ。
「姫さま。甘い」
「あら? そうかしら? たぶん、女性問題だと思うのだけど」
「そうかもしれない。けど、それだけじゃない。ユウヤは大抵の面倒事は一人で解決できる。そのユウヤが遠い目をしたということは、解決できない、もしくは解決が難しい面倒事だということ」
「だから、女性問題なのよ! ユウヤなら途方に暮れてもおかしくないわ!」
フィリスがそう断言する。
胸を張って、ドヤ顔を浮かべているあたり、相当自信があるらしい。
どこからその自信が湧いてくるのか。
そもそも、フィリスは俺のことをなんだと思っているのか。
まぁ、女性が絡んでいるという点はあっているけれど。
「確かにユウヤは女に弱い。それは認める。けど、その辺の女に求婚されたなら、気持ちは嬉しいですが、とか言って煙に巻くに決まってる。貴族に女性絡みで難癖をつけられたとしても、決闘なり交渉なりで方をつけるはず。そうやって解決策が出ないということは、ユウヤ個人より力の大きい者が関わっているということ」
「なるほど。でも、ユウヤは伯爵の息子で、先の戦の英雄。しかも今は親善大使の肩書まであるのよ?」
「その通り。だから自ずと絞られる。そしてユウヤ・クロスフォードという人間の特性を考えると、関わってくる者は導き出すのに苦労はしない」
セラの目がだんだんと鋭くなっていく。
なんだろう。この感じ。
妹に心の中を見透かされている気がする。
「特性?」
「ユウヤは異常に使徒と縁がある。先の戦では敵の使徒に命を狙われ、エルトリーシャ様に助けられた。二人の使徒とかかわりを持つなんて、小貴族の息子としてはありえない。今回もレイナ様がユウヤを気に入った様子。そこを考慮すると……」
「すると?」
「今、ユウヤが抱える面倒事には使徒が関わってる」
大正解。
ここまで読まれると、監視でもされてたんじゃないかと思ってしまう。
セラが表情を変えずに、視線で正解かどうかを訊ねてくる。
ここで正解と言えれば苦労はしない。というか言ってしまいたい。
だが、フィリスを巻き込めば、その時点でアルシオンという国がシルヴィアを匿っていたことにつながる。
それは避けたい。
だから俺は別のことを持ち出した。
嘘をつけばバレる。そういうところの鋭さを二人は持っている。
「はぁ……ディアナ・スピアーズ」
「三人目の使徒ね。彼女が関わっているのかしら?」
「いえ、関わっているというか、どうにも彼女を見ると違和感がありまして。それが気になって、頭から離れないんです」
事実である。
そこまで大した悩みじゃないが、いかにも気になっている風を装う。
ディアナは謎の多い使徒だ。
神威も知れ渡っていないし、アークレイム軍と戦っても際立った戦果を挙げているわけじゃない。
だが、確実に追い返している。
それだけの力量があるのに、神威については全くの謎。
エルトすら知らないというし、王都に来るのもかなり久々だという。
エルトやレイナとはまた違った意味で注目を集めている使徒である。
隠れ蓑にするにはちょうどいい。
「違和感? それはどんなもの?」
「うまく口ではいえない。だから気になるんだ。けど、ほかの人を見ている時とは違った感じがある」
「私は何も感じなかったわ。ユウヤの気のせいじゃないかしら?」
フィリスの言葉に俺は頷く。
ここで話を広げても意味ないからだ。
俺の気のせいだったということで落着すれば、俺の悩みは解決したも同然になる。
これから俺が悩んでいようと、まだ俺が気にしているだけ、という風に見てもらえる。
我ながら上手い考えだ。
これで。
「もしかしたら、ディアナ・スピアーズの神威が関係しているのかもしれない」
「やっぱり俺の気のせい……ん?」
「神威? 彼女の神威は謎に包まれているというけれど?」
終わるはずだった話が予想外の方向に向かう。
あれ、ディアナの神威について考察が始まったよ。
どうしよう。
「そもそも使徒の神威は派手。敵が見たら、間違いなく印象に残るはず」
「それもそうね。でも、ディアナ様の神威が噂になったことは一度だってないわ。エルトリーシャ様やレイナ様は戦いぶりといい、神威といい、かなり噂にはなるけれど」
「そこがおかしい。エルトリーシャ様のように壁を作り出したり、レイナ様のように風を操ったりすれば、必ず目につく。使徒と魔導師の最大の相違点は発動範囲の違い。魔導師も盾を作り出せるし、風の魔法を使える。けれど、使徒は規模が違う」
そのとおりだ。
使徒の真似事ができる魔導師はいる。
エルトの光壁だって、言ってみればただ壁を作り出してるだけだ。
魔導師なら似たような障壁を展開できるだろう。
ただし、あれほどの硬度と軍全体を覆う規模で展開するのは不可能だ。
だからこそ、使徒は軍を率いることを求められる。
味方も敵も大勢動員される大規模戦闘でこそ、力を発揮するからだ。
「考えられるのは二つ。神威をまったく使っていないか、そもそも神威を使ったことに気づかせていないか」
「神威を使っていないというのは、考えづらいわ。アークレイムは使徒を投入しないまでも、レグルスにかなりの大兵力を送り込んでいるわ。何度も自分より多い敵と戦っておきながら、神威を使わずに追い返すというのは無理があるわ」
「なら、気づかせてないというのが正解」
そのとき、俺は気づけないという言葉であることを思い出した。
狼牙族の里の近くで、俺は少女の水浴びを覗いてしまった。
そのとき、俺は少女に幻術をかけられ、あるはずのない矢に追われ、目の前にある木に気づけなかった。
思い至った瞬間。何かがそこでつながる。
そんな神威があっていいのかどうか。
しかし、神威とは人知を超えた力。いってみればチート能力だ。
文字通りなんでもありだ。
幻術の神威があっても不思議じゃない。
「なにか五感に影響を与える神威かもしれない。それか記憶を操作する神威」
「そんな神威があるのかしら?」
「神威は何でもあり」
どうやらセラは正解に近づいているらしい。
俺のようにヒントがあったわけじゃないのに、大した子だ。
しかし、そうなると問題がある。
あの泉でのことは誰にも言うなと言われている。
素顔を見られたことに動揺していたし、素顔を見られたくないのだと思っていたけれど。
もしも素顔だけでなく、神威を含めたすべてを隠しておきたいと思っているならば。
俺は今、非常に拙い話題を選択したことになる。
そのときだった。
「あら?」
扉が開いた。
外で護衛をしていた騎士が、不思議そうな顔で入ってきて、謝罪をする。
「申しわけありません、扉が勝手に……」
「構わないわ。しっかり閉めていなかったのかもしれないわね」
そうフィリスは笑顔で言う。
セラも興味を失い、そちらから視線を移して、またディアナの神威について考え始める。
だが、俺は扉のほうから視線を離せなかった。
なにせ、扉の近くにはディアナがいたからだ。
その姿をフィリスもセラも認識できていないらしい。
「っ!?」
問題なのは、ディアナの手に短剣が握られていたことだ。
ちくしょう。
怖ぇ。
どんなホラー映画だよ。




