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使徒戦記  作者: タンバ
序章
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第五話 戦の気配

 エリアール暦448年5月初旬。




 その日も、クロスフォード子爵領は穏やかだった。


 十五の誕生日を迎えた俺は、子爵の後継者として積極的に兵の統率を任されるようになっていた。

 あまり気が進まなかったけど、これも貴族の息子として生まれてしまった代償というところだろう。


「一! 二! 三!」


 五十名の兵士たちの前に立ち、号令を掛けながら素振りをする。


 彼らはクロスフォード子爵領の治安維持を担う兵士たちだ。

 戦の際には、徴兵された兵を指揮する役割も持つ、専業の軍人だ。


 当然、その技量も高く、いまだに剣の技術だけじゃ勝ち越せない者がほとんどだ。


 五十回の素振りを終えると、俺はひとまず休憩を告げる。


「各自休憩。最後に試合をして終わろう」


 あちこちから、了解、という返事がとんでくる。

 それを見て、俺は一つうなずくと、塀の近くに置かれている水筒を手に取る。


 今の場所は町のすぐ外。

 昼前ということで、外で作業していた者たちが戻ってきては、こちらに声をかけてくる。


「精が出ますな! 若!」

「ああ。これが仕事だからな!」


 町の若者が汗だくの俺を見て、からかい交じりの表情で声をかけてきた。


 答えつつ、俺は水筒の中の水をグッと飲む。

 しかし、元々量が少ないせいか、すぐに飲み干してしまう。


「仕方ないか……ん?」

「はい。新しい水筒」


 目の前に差し出された水筒を見て、俺は首を傾げる。


 声の主はやや平坦な声で、その水筒が俺のモノだと告げる。


「セラ? わざわざ届けてくれたのか?」

「ユウヤはよく水を飲むから。父様が持って行ってあげなさいって」

「さすが父上。じゃあ、遠慮なく」


 俺が水筒に手を伸ばすと、水筒が遠ざかる。

 セラが自分のほうに引き寄せたのだ。


「……俺のために持ってきたんじゃないの?」

「そうだけど、持ってきた私にありがとうを言わないからダメ」


 不服そうな顔をして、セラは水筒を自分の背へと隠す。

 それを見ていた兵士たちが一斉に笑いだす。


「そりゃあそうだ! 若様が悪い」

「セラお嬢様に届けてもらったってのに、ありがとうが言えないなんて紳士的じゃないですぜ!」


 あちこちからセラを擁護する声が上がる。

 これは完璧に悪者だな。


「悪かった。届けてくれてありがとう」

「……渡してもいいけど、条件がある」

「ありがとうじゃ許してはくれないわけか……それで? どんな条件?」

「新しい本が欲しいの」

「新しい本? この前、母上が送ってきただろ?」

「もう読んだ」

「もう? 父上の書斎の本は」

「もう読んだ」

「……」

「新しい本が欲しいの」


 この一年でだいぶセラと打ち解けた。

 その中でわかったことは、セラはとても頭がいいということだ。


 メリッサが送ってくる他国のよくわからない本も、リカルドが持っている小難しい軍事関連の本も、どれもあっさりと読んで理解してしまう。


 おかげで、この一年でクロスフォード子爵家の本の量はかなり増えている。

 何かあるたびに、セラが本をねだるからだ。


「はぁ……今度、商人が来たら見てみよう」

「うん! じゃあ、はい」


 交渉成立とばかりにセラは水筒を俺へと差し出す。

 その水筒を受け取り、口をつけながら、俺は動かないセラに問いかける。


「見ていくのか?」

「うん。ユウヤが負けるとこ」

「……負けるとこ見て楽しい……?」


 コクリとうなずくセラを見て、俺は顔を引きつらせる。

 どうもセラの感性はよくわからん。


 まぁ、見たいというなら見させておこう。


「二人一組で試合だ。それが終われば、今日は解散!」


 号令をかけると、返事と共に兵士たちが動き出す。


 武器は木剣、防具は革の鎧。

 力の強い兵士たちとやれば、掠っても怪我をする可能性がある。


 ちょっと気持ちをいれないとな。


「では、若の相手は私がしましょう」

「エドガーか……頼むよ」


 俺に試合を申し込んできたのはエドガー。

 二十代後半の男で、元々は傭兵だった。


 大柄な体に禿頭。くわえて厳つい顔のため、怖がられることも多いが、気さくでいい奴だ。

 それに兵士の中じゃ断トツの腕前を持つ。


「ハンデはいりますか?」

「いらないさ」

「貰ったほうがいいと思う」

「……」


 近くの石に腰掛けたセラが余計なことを言う。

 エドガーが視線で、問いかけてくるが、俺は首を振ってハンデを断る。


 そろそろエドガーともやりあえるようにならないと、いざ戦になったら命を落としてしまう。


 貴族である以上、戦は避けられないのだから、せめて死なないような腕前にならないと。

 ノーブレス・オブリージュなんて持ち合わせていないけれど、二度も十代で死ぬなんて御免だし。


 いざというときは、俺には強化の神威があるけれど、あれは長時間使えないうえに反動もある。さらに武器に使えばほぼ壊れる。

 戦場で武器を失うなんて、太平洋のど真ん中に身一つで取り残されるようなものだ。絶対に嫌だ。


 だから、強化にばかり頼れない。それに技術が身につけば、それだけ強化時の戦闘力も向上する。


「では、どこからでもどうぞ」


 エドガーはだらりと腕を下げたまま、俺に攻撃を促す。

  

 こういうときに攻撃ばかりを考えるとすぐにやられる。

 向こうは俺の隙をついてくるだろうから、その攻撃をさらに避けて、一撃をお見舞いしよう。


 攻撃の算段を終えた俺は、ゆっくりとエドガーの周りをまわる。

 直線的攻撃はカウンターの的だ。できるだけ死角から攻撃しなければ、とてもじゃないがエドガーには勝てない。


「相変わらず、真っ向勝負がお嫌いですかな?」

「お前と真っ向勝負をして、勝てるなら真っ向勝負も悪くないけどな。あいにく、この体格さだからな」


 俺の身長は百六十後半くらい。

 対して、エドガーは軽く見積もっても百八十はある。真っ向勝負なんて御免だ。


「はっ!」


 エドガーの周りをまわっていた俺は、唐突にエドガーの間合いに踏み込み、突きの体勢で突っ込む。

 ゆっくりとした動きに慣れていたエドガーの反応は遅れる。


 ここまでは狙いどおり。

 俺の突きを弾こうと、エドガーの剣が下から振り上げられる。


 それをさらに下に潜り込んで俺は躱す。


 ここが好機!


 懐まで潜りこんだ。

 あとは突くだけ。


 そう思ったとき、俺の足は地面から離れていた。


 蹴りだ。

 エドガーの足が俺の体を蹴り上げていた。


「がっ……!」

「惜しかったですな」


 息が止まる。

 なんとか息をしようするが、なかなか上手くできない。

 そのまま俺は体勢を崩して、地面に座り込んだ。


 攻撃に意識が行っていて、まったく防御できなかったせいでダメージがでかい。


「私の勝ちということでよろしいですか?」

「……はぁ、はぁ……なんでわかった?」

「最初の踏み出しに勢いがありませんでしたから。私の返し技をさらに返す気なのだと、すぐに気づきましたよ。フェイントも全力でやらねば、敵は騙せませんよ」

「ユウヤの負け」


 後ろからセラが俺を支えてくれる。

 けれど、耳元で敗北宣告するのはやめてほしい。


「では、今日の訓練は終わりということで」

「ああ、ありがとう。みんなもあがってくれ!」


 もうほかの試合は終わっていたのか、周りは観戦ムードだった。

 そんな兵士たちに号令をかけて、俺は痛む腹をさすりながら立ち上がる。


「痛い?」

「だいぶ」

「でも攻めの組み立ては悪くなかった。前よりは進歩」


 励ましのつもりなのか、そんなことをセラが言ってくる。

 苦笑しながらセラの頭を撫でて、俺は屋敷へ足を向けた。






●●●






「ユウヤ……弱い」


 俺の向かい側に座るセラが、不満を隠そうとせずに表情に出す。


 来たばかりの頃は表情を変えず、感情もあまり出さない子だったから、喜ばしい変化なんだろうけど。

 義理とはいえ、妹に弱いと言われるのは心に来る。


「セラが強すぎるんだろ……」


 俺とセラの前にはチェスの盤が置かれている。

 どこの世界でも似たようなゲームが発達するということだろう。

 ただし、ビショップはウィザードになっているし、呼び方もチェスではなくチャトだけど。


 このチャトがセラは異常に強い。

 俺が知る限り、チャトじゃ負けなしのリカルドも破るほどだ。


 末は稀代の軍師にでもなるのかと思うほどの腕前だ。


「ユウヤと遊んでもつまらない。なにをやっても私が勝つもん」

「いやいや、勝手に決めるな、妹よ。屋内の遊びなら確かに俺の勝ち目はないが、屋外なら」

「外で遊ぶのは嫌い」


 プイッと顔を背けて、セラはチャトの駒を揃え始める。

 どうやら、もう一回やるらしい。


「俺とやっても楽しくないんじゃないのか?」

「次は頑張って。攻めと守りのバランスを考えれば、もうちょっとやれるはず。いずれは指揮官なんだから、しっかりしないとダメ」

「はいはい。努力はしますよ。努力は」


 言いながら、俺は駒を並べる手を止める。

 階段を急いで上がる音が聞こえてきたからだ。


 こんな慌ただしく屋敷に入ってくるということは。


「急ぎの伝令か。セラ。再戦はまた今度だ」

「……わかった」


 やや不満そうだが、わがままは言わない。

 言えば俺が困ることを承知しているからだろう。


 セラが駒を片づけ始めたとき、部屋の扉が開く。


 やや慌てた様子で入ってきたのは、屋敷の一切を任せている年配の侍女だ。


「何事ですか?」

「若様! 大変です! なんでも戦争が起きるとかで使者の方がいらっしゃってます!」

「……戦争……」


 小さな声でセラが呟く。

 その顔には不安そうな表情が浮かんでいる。


 安心させるために、セラの頭を撫でる。


「大丈夫だ」

「本当?」

「ああ。この国は陸上交通の要所だ。どこの国も狙っているけれど、それを跳ね除ける軍事力を持ち合わせてる」


 言いながら、それは必ずしも正しくはないとわかっていた。

 セラにもそれはわかるだろう。


 このエリアール大陸において、使徒を何人保有しているかというは、核兵器を持っているかどうかというレベルで重大だ。


 その使徒が今のアルシオンには一人しかいない。

 南のアークレイムは二人、西のレグルスに至っては三人もいる。

 西北のマグドリアは同じく一人だけど、他国が協力すればアルシオンは持たないだろう。


 けれど、それはアルシオンも承知の上だ。

 だからこそ、慎重な外交を心掛けていた。


「アルシオンから攻め込むということはないだろうし、どこが動いたかわかりますか?」

「はい。話によると……アークレイムだとか」

「アークレイムか……まったく、相変わらず碌なことをしない国だな」


 そう言い捨てて、俺はセラの頭から手を離して、部屋を出た。

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