第十一話 王都観覧
8月16日。
王都イザーク。
王への挨拶も済み、俺は王都イザークを歩いていた。
もちろん、親善大使としてレグルスの王都を知るためだ。
そう親善大使の役割なのだ。
悲しいことに。
「おー! こうも露店が多いと目移りしてしまうな! ユウヤ!!」
この食い意地の張った使徒のお守りが。
白いワンピースに麦わら帽子という夏らしい服装で、エルトは露店を見まわしている。
その光景を見ていると、三年前を思い出す。
あの日もこうして連れまわされた。
発端は今朝のことだ。
朝早くに叩き起こされたと思ったら、お忍びで王都の町に出るエルトのお守りを命じられた。
もちろん、エルト本人に、だ。
これも親善大使の仕事だと言われて、どうしても断れなかった。
歯止め役のクリスがロードハイム領にいるため、エルトはここぞとばかりに勝手をしはじめている。
エルトと共に王都に来た騎士たちも、エルトの居場所さえわかっていれば問題ない、というスタンスのため役に立たない。
今も物陰に隠れてこちらを警護しているが、エルトを制する素振りは見せない。
あー、まさか、クリスに会いたくなる日が来るとは思わなかった。
「エルト。別に買い食いは構わないが、ほどほどにしておけよ」
「わかっている。というわけで」
エルトは右手を差し出してくる。
それは何かをねだるような動作だ。
エルトは使徒であり、公爵だ。
他人に何かをねだるほど、不自由な生活を送っているはずがない。
そうなるとこの行動は非常に疑問だ。
こちらを微かに見上げてくるエルトに対して、俺は首を傾げる。
何を求められているのか、ちっとも検討がつかない。
しかし、エルトは焦れたように手を何度も振る。
そこらへんでようやく俺はエルトが何を求めているのか気づいた。
「エルト……お前、まさか……」
「勘違いするな。今回は前回とは違う。財布を落としたんじゃない。持ってこなかったんだ。クリスに没収されて」
「結果は同じだ! だから俺を連れだしたんだな!? 初めから財布にする気だったのかっ!!」
「男が女と町に出かけるんだぞ! 費用は男持ちに決まってるだろ!」
「無理やり連れだしといて、なにとち狂ったことを言ってるんだ!?」
そう言って俺はエルトの額にデコピンをする。
あうっという可愛らしい声を上げたあと、エルトが額を押さえて睨んでくるが、気にしない。
気にしたら負けだ。
「帰るぞ」
「あー! 待ってくれ! 私が悪かった!」
腕にしがみ付き、エルトが俺を引き留める。
流石は使徒というべきか。思いっきり引っ張ってるのに、ビクともしない。
「離せ! このくそ暑いのに、お前の露店巡りに付き合うのは御免だ!」
「せっかく来たんだから少しくらい見ていこうじゃないか! 王都では日々新しいお菓子が作り出され、露店に並ぶんだ!」
「どうでもいい! そんなに欲しいなら自分で取り寄せろ! それくらいできるだろ!」
「良し悪しがあるのが露店だ! 外ればかり引いたお前ならわかるだろ!」
「うっ……それは」
確かに三年前、俺は外れのお菓子ばかり買っていた。
他人に任せるとそういう可能性がある。
だが、それはそれだ。
「ほらっ! いい匂いがしてきたぞ! お腹が空いてきたんじゃないかっ!?」
「全然空かん。王都の町を見回るのは、お前と一緒じゃないときだ! お前の財布役なんて、中身がいくらあっても足りないだろうが!」
アルシオンからレグルスに来る際に、俺の手元にはかなりの金額が入ってきている。
大使として好きに使っていいお金だ。
加えて、リカルドからもそれなりの金額を貰っている。
だから遊ぶ金はある。
しかし、他人に奢るのは別の話だ。
「そう言わずに私を助けると思って! 何度も命を助けてやっただろ!」
「こんなところで借りを持ち出すな! 恥ずかしくないのか!?」
「私にとってはそれだけ重要なんだ! 今を逃せば、町に繰り出せなくなってしまう!」
「お前、この前もそんなこと言って、俺を城中引きずり回しただろ! 誰が信じるかっ!」
ずるずるとエルトを引きずる形で、俺は城へと戻っていく。
流石にエルトも戦場のときのような馬鹿力は出してこない。
まぁ出してきたら速攻で逃げるが。強化を使って。
「頼む! お願いだ! 今日だけ! 今日だけだから!」
「い・や・だ!」
「一生のお願いだ! 本当に明日から忙しくなるんだ! 息抜きができるのは今日だけなんだ!」
「なら自分だけでしてろ!」
「お前! それでも友人かっ!?」
エルトが突然、手を離す。
そのせいで、転びそうになるのをぎりぎり堪える。
エルトを見ると、まるで夜叉のような表情で俺を睨んでいる。
どう考えても理不尽な怒りだ。
「友人として忠告しといてやる。仕事しろ」
「仕事をしてないみたいに言うな! なぁ、ユウヤ~。頼むよ~。私からのお願いだから! あとでお前のお願いも聞いてやるからぁ~」
エルトが半泣きで俺の腰にしがみ付いてくる。
これが大陸に名を轟かせる白光の薔薇姫とは誰も思うまい。
しかし、こうも密着されると胸が押し付けられる。
魅惑的な光景が眼下に広がるが、それを楽しむ余裕はない。
なぜなら。
「あらあら。最近の若者は大胆ね」
「白昼堂々と抱き合うなんて」
ここは露店が多く集まる大通り。
当然、人通りも多い。
先ほどまでのやりとりで結構目立ってたのに、エルトが腰にしがみ付いたことでより一層、注目を浴びてしまう。
エルトもそれに気づき、さらに密着してくる。
「アルシオンの銀十字が女を連れて昼間から遊んでいるという噂を立てられたくなかったら、私の願いを聞いたほうがいいぞ?」
「バレて困るのはお前のほうだと思うが?」
「私には帽子があるからな。お前も顔見せをしているわけだし、いつバレるかわからないぞ? 親善大使として、それでもいいのか? フィリス王女の耳に入ったら大変だぞ?」
ほとんど脅しだけど、被害を受けるのはおそらくエルトのほうだ。
他国の親善大使よりも、使徒のスキャンダルのほうが噂になるに決まっている。
そんなこともわからないくらい、必死らしい。
だいたい、お忍びなのに目立ってどうするんだ。
まったくもう。
「はぁ~……わかった。だから離れろ」
「本当か!? 我が魅力の大勝利!!」
「断じて違う! 問題を起こすとレグルス王が可哀想だからだ」
「?」
意味が分かってないのか、エルトが小首を可愛らしく傾げた。
王の苦労を理解できないらしい。
使徒がお忍びで、しかも男と一緒に歩いていたなど、醜聞以外の何物でもない。
王は全力でもみ消しにかかるだろう。
その苦労を考えると、これ以上、目立つのは避けたい。
「まぁいい。さぁ行こう! すぐ行こう!」
そう言ってエルトは俺の腕を引っ張って走り出した。
●●●
「ユウヤ! 次はあれが食べたい!」
「駄目だ」
露店を回りつつも、王都の様子を観察している俺の横で、エルトが露店を指さしてはしゃぐ。
間髪入れずに駄目だしすると、エルトが眉をつり上げて抗議してくる。
「なぜだ!?」
「三軒前に似たようなの買っただろが!?」
エルトの手元には大量の食糧が抱えられている。
甘い物もあれば、辛い物もある。
正直、よくもまぁそこまで食えるものだ。
加えていえば、エルトが持ちきれない食糧の一部を俺が持っている。
「んー? そうだったか?」
言いながらエルトが手元の食糧を探る。
とりあえず、食い終わってから買うという発想はないんだろうか、こいつには。
「ないぞ?」
「お前の腹の中だからだ」
呆れてそれ以上、何も言えない。
まったく、三年前より食べる速度も量も上がってるぞ。
「おー! あれは氷菓子じゃないか!」
「駄目だ」
「なぜだぁ……」
見るからに落ち込んだ様子を見せるエルトに、俺は自分の手にあるお菓子やら串物やらを見せる。
「全部食ってからだ!」
「ユウヤが持ってるのは城に帰ってから食べる用だぞ?」
「人の金で土産まで買うな!」
何言ってるんだ、こいつは、みたいな目で見られたけど、どう考えても正常なのは俺のほうだ。
というか、さすがは使徒で公爵だ。
金使いが荒い。
かなり潤沢だった俺の財布がみるみる悲しいことになっていく。
このままだとガチ目に破産が見えてくる。
「まぁいい。今あるのを食べれば買ってもいいのだろ? お安い御用だ」
「……マジか」
「ただちょっとお菓子に偏りすぎてるな。串焼きか何かを買ってきてくれ。私はあそこにいるから」
エルトが近くにあるカフェを指さす。
ここは王都の大通り。
露店も多く出ているが、露店以外の店も多く立ち並んでいる。
エルトが指さしたのはその一つだ。
オープンカフェのようで、外にテーブルと椅子が並んでいる。
「お前は俺を召使いか何かと勘違いしてるんじゃないか……?」
そうは言いつつも俺も何か食べたかったところだ。
飲み物はカフェで注文して、食べ物は露店で買うとしよう。
そういう客も大勢いるようだし。
それにお菓子が多いとはいえ、かなりの量だ。
食べればエルトも落ち着くだろう。
そう判断して、俺はエルトの提案を受け入れる。
「わかった。買ってくるからそこにいろ。動くなよ?」
「わかってる。わかってる」
何とも信用ならない口調でエルトは答える。
まぁ、さすがに迷子にはならないか。
そう思い、俺はその場を後にした。
●●●
「いねぇし……」
両手に二本の串焼きを持って戻ってきたら、エルトが座っていたはずの席にいない、
店名は合っているし、俺が間違えているということはない。
「あいつ……」
動くなよと言ったのに。
くそっ。
まいったなぁ。
探そうにも土地勘がない。
近くにいるとは思うし、そのうち戻ってくるだろうか。
「無暗に動いてミイラ取りがミイラになるわけにもいかないか」
ここはレグルスだ。
使徒であるエルトが危険に巻き込まれることはないだろう。
それに数人の騎士が俺とエルトの後をつけていた。
彼らがついていれば、問題はないはずだ。
「ここらで息抜きと行くか」
考えようによってはエルトのお守りから解放されたわけだ。
どうせ金を持ってないし、食べたい物があったら戻ってくるだろう。
そう思って俺はカフェの席を取ろうとして、視線を感じた。
強い視線だ。
その方向を振り向くと。
「……」
「……」
路地裏の陰からこちらを見ている人物がいた。
白いローブを身にまとい、フードを頭まで被っている。
微かにこぼれる髪の色は銀色。
こちらを見つめる瞳の色は赤紫と青のオッドアイ。
国境付近の村で出会った不思議な少女だ。
「君は……」
「アルシオンの銀十字……。ここで会ったのも何かの縁じゃ……」
そう言いながら少女がよろよろと力ない足取りで近寄ってくる。
どう見ても体調がいいとは言えない。
何かあったのだろうか。
そう思っていると、少女が両手を俺に差し出してくる。
「妾に食べ物を恵んでほしいのじゃ……」
「……」
なんかデジャブだ。




