表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
使徒戦記  作者: タンバ
第二章 レグルス編
56/147

第八話 二人目の使徒

 8月14日。


 レグルス王国の王都イザーク。


 アルシオンの王都アレストに匹敵する大都市であり、中央には巨大な王の城が建っている。


 その城へ向かうための大通り。

 かなり広く、正門から一直線で城まで伸びるその道は、綺麗に塗装されており、一種の造形美すら感じる。


 しかし、今はそれを楽しむ余裕はない。


「どうした、ユウヤ。もっと自然に笑え」

「無理だ……」


 引きつった笑みを浮かべながら、俺はエルトと肩を並べて馬を進める。

 別にエルトの隣にいるのが嫌なわけじゃない。


 今、嫌なのは外野だ。


「アルシオンの銀十字だ!」

「クロスフォード伯爵公子!」

「思っていた以上に若いな!」

「馬車に乗っているのはフィリス王女殿下だ!」

「綺麗なお方だ! 今回は縁談のために来たという噂だぞ!」

「なに!? ということは、アルシオンとレグルスは縁戚関係になるわけか! そりゃめでたい!」


 大通りには多くの民が押し寄せていた。

 目的は俺やフィリスといったアルシオンからの客人と。


「エルトリーシャ様!」

「ロードハイム公爵!!」

「今日も綺麗ねぇ」

「本当にお美しい。それでいって強いんだからなぁ。レグルス人で俺は良かったぜ!」


 使徒であるエルトだ。


 戦場と領地を行ったり来たりするエルトが、こうして王都に来るのは珍しいことらしい。

 加えて、最近、同盟国になったアルシオンから親善大使と王女がやってくると知って、レグルスの王都はパレード状態だ。


 まさかこんなことになると思ってもいなかったし、聞いてもいなかった。


 こんなことなら馬車に乗っていればよかった。


「手でも振ってやれば喜ぶぞ?」

「無理……本当に……」


 エルトの言葉にそう返しつつ、俺は視線を城に固定する。


 元々、目立つことは得意じゃない。というか、苦手だ。


 兵士の前に立つときも緊張するが、今はもっと緊張する。

 理由は明白で、兵士たちの前に立つときは指揮官として立つわけであり、兵士たちも真剣な顔立ちだ。


 しかし、現在は見世物状態。

 民たちは俺を好奇の視線で見つめており、好き勝手な感想を口にしている。


 エルトは慣れているのか、笑顔で手を振ったり、駆け寄ってきた子供から花束をもらったりとやりたい放題だが、とてもじゃないが真似できない。


「親善大使なんだから、もっとレグルスの民に好かれる努力をしろ」

「本当に勘弁してくれ……。俺はお前みたいに何事にも動じない鋼のような精神を持ち合わせていないんだ……」

「大げさな奴だなぁ。批判を浴びてるならまだしも、歓迎してくれているんだぞ? 隣国の新たな英雄に興味津々といった感じだ。剣でも抜いてやれば大いに沸くぞ」


 隣で面白そうに笑うエルトを俺は無視した。


 どう考えても悪魔のささやきだ。

 そんなことをしたら、アルシオンでどんな噂が立つことやら。


 今だけの恥じゃなくて、一生言われかねない。

 そんなことになったら、心が死ぬ。


「自分を大きく見せる気もないし、こんなところでレグルスの民の人気を獲得する気もない」

「本当にいいのか? ここで何かやってインパクトを残せれば、あとあと有利に働くかもしれないぞ?」

「どうして俺にパフォーマンスをさせたがる?」

「私が面白いからだ」


 しれっと告げるエルトを軽くにらみつつ、俺は視線をエルトから外す。

 このままだと冷静な判断力を失って、エルトに言われるがままに恥ずかしいことをしてしまいそうな気がする。


 しかし、城はまだまだ遠い。

 そして道はまだまだ長い。


 どこから湧いてくるんだと思ってしまうほど、人が大勢いる。

 見ているだけで酔いそうだ。


「あ~……帰りたい」

「来たばかりじゃないか。我がレグルス王国をしっかり満喫していってくれ」

「いや、もう十分だ……」


 そう答えつつ、ため息を吐きそうになるのを堪えて、俺は引きつった笑みを浮かべなおした。






●●●






 どうにか城にたどり着いた。

 そのころには、俺の疲労はピークに達していた。


 ただ馬に乗って大通りを歩いただけだが、戦場を駆けたときなみに疲れた。


 唯一の救いは、レグルス王へのあいさつが明日に回ったということだ。


 疲れているだろうからと、レグルス王は休むことを優先させてくれた。


 おかげで堅苦しい挨拶をせずに、客人用の部屋に入れた。


「あ~……死ぬ」

「情けない奴だなぁ」


 ベッドの上に大の字に寝転がり呟くと、エルトが呆れたように首を左右に振る。


 エルトにも休息が言い渡されているはずなのに、そんなの関係ないと言わんばかりに、エルトはピンピンしている。


 とりあえず、俺の部屋から出て行って欲しいんだけど。


「ん? どうした?」

「いや……何の用かなって」

「城を案内してやろうと思ってな」

「明日にしてくれ……」


 俺は間髪入れずにそう答える。

 正直、こんな巨大な城を歩くほど体力は残っちゃいない。


 しかもエルトの案内となれば、相当なペースで回ることになるだろう。


 どう考えても無理だ。


「明日じゃ私の予定が悪い。ほら立て!」


 ベッドでぐったりしている俺を、エルトは細腕のどこにそんな力がと、思ってしまうほどの怪力で立たせる。


 そしてそのまま部屋の外まで引きずり出された。

 どうやら、本気で城の案内をする気らしい。


「勘弁してくれよ……」

「まずは……練兵場でも見に行くか?」

「選択肢があるなら、部屋で休むっていう選択をしたいんだけど……」


 人の話を聞かないエルトに呆れながら告げるが、エルトは俺の言葉を無視した。


 都合のいい耳をお持ちのようだ。


「さて、特に意見もなさそうだし、私のおすすめスポットを巡るとしよう」

「話聞けよ……」


 動くのが億劫なので、その場でしゃがみ込む。

 しかし、エルトは気にした様子もなく歩き始める。


 絶対にこの場を動かないという意思を固めた俺だったが、なぜか体が動き始めた。


 いや、体が動いたんじゃない。

 床が動いたんだ。


「うわぁ!?」


 正確には床じゃない。

 俺が僅かに浮いていた。


 俺の周囲には光の粒子が漂っている。

 エルトの光壁だ。


 それが俺を下から持ち上げているのだ。


「さぁ、行くぞ!」

「こんなことに神威を使うなよ……」


 ここまでしょうもない事に神威を使う使徒は、エルトくらいだろうな。


 というか、これじゃ犬の散歩だ。

 こんな姿をレグルスに重鎮たちに見られたら、親善大使としての威厳がなくなる。


「自分で歩くから解除してくれ」


 諦めてエルトにそう言うと、エルトは勝ち誇った顔で神威を解除した。

 少しだけ浮いていた体が床に着地する。


 できれば今すぐ部屋に戻りたいが、なぜだかハイテンションなエルトをやり過ごすことはできないだろうし、付き合うしかない。


 適当なところで切り上げて、被害を最小限に抑えるとしよう。


「あんまり遠くには行かないでくれ。疲れてるんだ」

「考慮はしよう!」


 考慮だけかよ。

 そう心の中で突っ込みつつ、俺はスキップでもしそうなエルトについて行った。






●●●






「おい、エルト……」

「ん? どうした?」

「いつまで案内は続くんだ……?」


 もうかなり城を回った。

 ある程度、頭に入ったし、もう十分というのが正直な感想だ。


「これからメインディッシュだ。城の上階は大臣とかしか行けないんだが、私の特権で連れて行ってやる!」

「いや、もういいんだけど……」

「なんだ? ノリの悪い奴だな。バルコニーから見る景色は絶景だぞ?」


 そう言ってエルトは俺を促す。

 気持ちは嬉しいんだけど、もうちょっと俺の体力を考慮してほしかった。


 長旅で疲れてるから、久々にベッドでゆっくりしたかったのに。


「はぁ……」

「さぁ、行くぞ! ここの階段を上がればすぐ……!?」


 エルトは途中で言葉を切って、何やら険しい表情を浮かべた。

 その表情を見て、俺は何か嫌な予感がする。


「嫌な風だ……」

「嫌な風?」


 言葉の意味が分からず、俺は聞き返す。

 そのとき、一筋の風が吹き、


「退け!」


 階段から誰かが降ってきた。


 小柄な少女だ。まだ顔には幼さが残っている。

 金髪を肩あたりまで伸ばしており、後ろで短い一本結びを作っていた。

 それが少女の快活さを強調している。


 服装は軽装で、短いズボンにタンクトップ。

 どう見ても王の居城にふさわしい恰好には見えない。


 せいぜい、忍び込んだ盗賊と言ったところか。


 そんなことを思っていると、空中で少女の金色の瞳と視線が合う。

 その不思議な輝きに惹かれて、動きが一瞬止まる。


 それが致命的だった。


 降ってきた少女は徐々に俺のほうに近づいてきて、猫のように空中で体を捻って、俺に足を向ける。


「ぐうぇっ!?」


 少女の両足が俺の顔に叩き込まれる。

 潰されたカエルのような声を出して、俺は思いっきり吹き飛んだ。


「悪いな! そこにいた自分の運命を恨んでくれ!」


 綺麗に着地を決めて、少女は告げる。

 その顔には人好きのする快活な笑みが浮かんでいた。


 だが、それはすぐに不機嫌なモノに変わった。


「レイナ・オースティン! なぜお前がここにいる!?」

「あん? エルトリーシャじゃねぇか! てめぇこそ何でここにいるんだよ!」


 二人は一瞬で距離を詰めて、一種触発の状態に陥る。


 ひりひりする顔を撫でながら、俺はその様子を不思議な気分で見ていた。


 エルトに対してこうも喧嘩腰の人間を見たことがなかったからだ。


「私は王に呼ばれたからだ! 国境はどうした? まさか負けておめおめと逃げ帰ってきたのか?」

「てめぇと一緒にするな! あたしが負けるわけねぇだろ! マグドリアが退いたから、王に呼び出されたんだよ!」

「ふん、私なら間髪入れずに攻め込んで領土を奪ったものを。やはり将としての技量に問題があるんじゃないか?」

「はっ! 笑わせるぜ! おめおめと敵将に逃げられた癖に!」

「なんだと!? そもそもお前がすぐに攻め込んでれば、テオドールは私のところには来れなかったんだぞ!」

「知るかっ! それを言うなら、てめぇがヘムズ平原を封鎖してればマグドリア軍を分断できて今頃、侵攻できてたんだ! 戦略って言葉を知らねぇのか! 脳筋女!」

「いつも好機を流すお前に戦略を語られたくないな! 臆病娘!」


 お互いに売り言葉に買い言葉。

 これはもう完全に喧嘩だ。


 このままだと互いに獲物を取り出しかねない。


 エルトへのあの態度を見るに、金髪の少女、レイナも使徒なのだろう。


 会話の流れ的にエルトが言っていた仲の悪い使徒のほうだろうな。

 マグドリアの話も出て来たし。


 まさか、こんなところでもう一人の使徒と会うことになるとは。

 というか、親善大使なのに使徒に顔面キックを貰うって拙くないだろうか?


「上等だ……! 久々にボコボコにしてやる!」

「記憶障害でも起こしたか? 私がいつお前にボコボコにやられた? 私の記憶では逆だったはずだぞ?」


 互いの空気が張り詰めたものに変わる。

 どんだけ短気で好戦的なんだよ……。


 ここは王都の中心。

 王がいる城の上階だぞ。


 こんなところで使徒が暴れたら城が崩壊してもおかしくない。


「ストップ! ストップ!!」


 俺は二人の間に割って入る。

 そのままエルトを抑えて、レイナと距離を取らせる。


「あん? あんた誰だよ。あたしとエルトリーシャの喧嘩なんだ。引っ込んでろ!」

「そうだ! 退いてろ! ユウヤ! 安心しろ! 私が勝つから!」

「勝ち負けじゃなくて、場所が問題なんだ! やりたいなら外でやれ!」


 俺は二人の怒声に負けないように大声で叫ぶ。


 俺の言葉を聞いて、二人が黙り込む。

 互いに睨み合い、何かあれば動き出しそうな気配はあるが、このまま沈静化しそうな流れではある。


「ユウヤ。離せ」

「暴れないか?」

「今日はユウヤに免じて見逃してやる」

「おいおい、調子乗んな。見逃してやんのはあたしの方だ」


 その言葉で、二人とも唸るようにしてまた距離を詰めようとする。

 それをどうにか抑えて、俺は再度二人を引きはがす。


「勘弁してくれ……」

「ユウヤって言ったな? あんたが噂のアルシオンの銀十字か?」

「如何にも。アルシオン王国クロスフォード伯爵公子、ユウヤ・クロスフォードです。今回は親善大使としてレグルスに参りました」

「へぇ、エルトリーシャのお気に入りの割には礼儀正しいじゃんか。あたしはレイナ・オースティン。マグドリア方面を担当する使徒で、公爵だ。エルトリーシャと縁を切るって言うなら仲良くしてやってもいいぜ?」


 そう言ってレイナは笑う。

 しかし、すぐにその笑みは引きつる。


 声が聞こえて来たからだ。

 しかも多数の。


「レイナ様! レイナ様!」

「やべっ! もう来やがった! てめぇのせいで追い付かれたじゃねぇか! エルトリーシャ!」

「勝手に私のせいにするな! どうせまた物を飛ばして説教を受けていたんだろ? 大人しく説教を受けろ! お前にはピッタリだ!」

「なんだと!?」

「理由はわかりませんけど、逃げるほうが優先では?」


 また争い出しそうな勢いを見せたレイナに、俺は冷静に助言を与える。

 先ほどの声はこちらに近づいてくる。


 逃げているなら急いだほうがいいだろう。


「くっ! おい! ユウヤ・クロスフォード! 誤魔化しといてくれ!」


 そう言ってレイナは脱兎のごとく走り出した。

 残されたのはいまだに怒り冷めやらぬといった様子のエルトと、


「レイナ様! レイナ様!」


 レイナを呼ぶ大量の侍女たちだった。

 これを誤魔化すのは苦労するぞ。


 そんなことを思いつつ、レイナが逃げた方向を告げようとするエルトを抑えながら、俺はレイナが逃げた方向とは別の方向を指し示した。


 使徒に恩を売っておくのは悪くない。

 こんなことで売れる恩なんて、大したことないかもしれないけれど。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ