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使徒戦記  作者: タンバ
第二章 レグルス編
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第六話 エルトの想定


「被害は?」

「三人が負傷しましたが軽傷で、命に別状はありません」

「よし。逃走者は?」

「少なくとも四、五人には逃げられました。死体の数が合いませんので」


 村の西側での戦闘はすでに終了していた。

 ほぼ同数で始まった戦闘は、こちら側の圧勝だった。


 騎馬での突撃とそもそもの気構えの違いが勝負の分かれ目と言ったところか。


 百人の中から数人逃がしたのは仕方がない。

 すべてを捕らえようとして、被害が出るよりはよほどいい。


 村人の被害もないようだし、考え得る限り、最高の結果だと言えるだろう。


「大使。村長がお会いしたいと言っています」

「わかった」


 村人への説明をしていた騎士が、俺を呼びに来る。

 どうやら村人たちも落ち着いたようだ。


 戦闘の終わった自警団が合流したのも大きな要因だろう。


「敵意はあるか?」

「話してみたかぎりではありません。ここ数十年、戦争がなかったのが幸いでしたね」

「まったくだ」


 俺は騎士の言葉に頷く。

 援軍として来たが、俺たちは余所者だ。


 敵意を持たれて、話すらできない場合もある。


 そうならなかったのは幸いだ。


「大使。この老人が村長のリガン殿です」


 案内されたのは教会の前。

 そこには自警団を含めた村人が勢ぞろいしていた。


 村人たちの前に出てくるのは、小さな白髪の老人だ。


「お初にお目にかかります。リガンと申します」

「アルシオン王国クロスフォード伯爵公子、ユウヤ・クロスフォードと申します。村人の方々にお怪我はありませんか?」


 安心させるために笑顔を浮かべて、丁寧な口調を心掛ける。


 村を襲われたばかりであれば、剣を持つ者に恐怖を覚えるものだ。

 俺も実際、彼らの前で人を殺している。


 戦とは無縁の生活を送っていれば、たとえ助けてもらったとしても恐怖して当然だ。


 それをできるだけ取り除く。

 親善大使として来た以上、アルシオンにマイナスイメージを与えることはできるだけ避けたい。


「皆、無事でございます。それもすべて公子様のおかげでございます」


 リガンは深々と頭を下げる。

 それと同時に村人たちも一斉に頭を下げた。


「頭を上げてください。当然のことをしたまでです」

「公子様は立派な方だ。偉ぶりもしないなんて……」


 リガンはそう言ってさらに深く頭を下げた。

 どうやら、今の言葉に感銘を受けたらしい。


 実は社交辞令とは言えないし、実はレグルス軍に任せておけと最初は言ったとも言えない。


 なんだかとっても居心地が悪い。


 そんなときだった。


「大使! こちらに近づく一団があります!」

「敵か?」

「いえ、旗は確認できませんが、統率の取れた騎馬団なのでレグルスかと」

「来たか。村長、少し失礼します」


 そう言って俺はその場を離れた。






●●●






 近づく騎馬団の数はおよそ二百。


 掲げる旗はレグルス王国の獅子が描かれた旗と戦女神が描かれた旗だ。


 先頭には鎧を身に着けた薔薇色の髪の少女。

 いつも通り威風堂々した様子のエルトがいた。


「やはりユウヤだったか。久しぶりだな」

「久しぶり、エルト。悪いな。見せ場は貰ったぞ」

「大いに結構だ。自発的に戦場に赴くなんて、ついに心境が変化したか?」


 エルトは馬から降りて、笑顔で俺に手を差し出す。

 その手を握り返しつつ、俺は首を横に振る。


「まさか。村を見捨てたらエルトに何をされるかわからないっていう強迫観念があったから、それに突き動かされたのさ」

「むっ。私をなんだと思ってるんだ」

「じゃあ、俺が村を見捨てたらどうしてた?」


 俺に質問にエルトは胸を張り、笑顔を見せる。

 こういうときのエルトの答えを非常に予想しやすい。


「お前が弱者を見捨てるなんてありえないが、もしもそんなことをしたら、もちろん剣を抜く」

「ほら見ろ。過去の俺の判断は賢明だったな」


 そんな軽口を叩きながら、俺とエルトは村へと向かう。

 途中、死体の片付けや壊れた家の修復をしているアルシオンの騎士たちを見つけて、エルトが自分の騎士たちに手伝うことを命じた。


「さすがにアルシオンの騎士だけにレグルスの村を直してもらうわけにはいかないからな」

「いいのか? レグルスの騎士は使徒直属の精鋭の証だろ? 村の修繕なんて騎士の仕事じゃないとか言われないか?」

「平気だ。私の騎士は雑用をすることに慣れてるからな」


 それはそれでどうなんだろう。

 騎士として。


 騎士道精神に満ち足りた騎士というのもちょっと遠慮したいが、雑用にせっせと勤しむ騎士というのも見たくない。


「まぁ本人たちがいいならいいか」


 エルトの命令とあって、作業に取り掛かる彼らの顔には、自分の仕事を悲観する様子は見受けられない。


 慣れたのか、エルトの命令なら何でもいいのか。

 多分、後者な気がする。


「村人は皆、無事か?」

「ああ。敵さんも数人以外は討ち取った。ただ、念のため護衛の小隊くらいは村に駐屯させといたほうがいいだろうな」

「わかった。ここは私の領地じゃないが、まぁいいだろう。私の騎士を村に置く。さて、村長に挨拶したらすぐに出発するぞ」


 エルトは歩きながらそんなことを言う。

 死体の片付けも村の修復もまだ済んでいない。


 駐屯する小隊にだけやらせるには、少し仕事量が多い気がするが。


「私がいると村人が緊張する。いつだったか、小さな村に立ち寄ったら気絶された。あんまりこういうところには居たくないんだ」


 なるほど。

 使徒はどこに行っても敬われる。

 特にレグルスは使徒が多い国だから、そういう傾向も強い。


 使徒故の悩みというべきか。


「わかった。準備する」

「済まないな。戦いが終わったばかりなのに、休ませてやれないで」

「いいさ。その代わり、国境で少し休憩させてくれ」


 俺はそういうとその場を離れて、馬があるほうへと向かった。


 村の教会のほうから悲鳴のような声が続々と聞こえて来たのは、その後、すぐのことだった。






●●●






 国境にいるフィリスたちのところへ向かう途中。

 俺はエルトに教会にいたフードの少女の話をした。


「とにかく変わった容姿の子だった。村の人間でもないのに、あそこにいたのはおかしい」

「旅人だったんだろうさ。別にそんなに気にするほどのことか?」


 エルトは気にした様子もなく、俺の話を左から右に受け流す。

 真面目に取り合ってもらえない。


 くそっ。

 どう言ったらいいんだろうか。


 俺自身、根拠があるわけじゃない。

 ただ、普通じゃないと感じた。

 エルトと同じように。


「銀髪にオッドアイだぞ? 綺麗な顔立ちだったし、一人旅なんておかしいと思わないか?」

「やけに気にすると思ったら、綺麗だったからか? お前も男だな」

「茶化すな。あの子は絶対に怪しい。敵かどうかはともかく、トラブルを起こしそうな予感がする」


 俺の言葉にエルトはため息を吐く。

 どうやら呆れているらしい。


 だが、ここで引き下がるわけにはいかない。


「予感がすると言われても、私にはどうすることもできないぞ? その少女が本当に怪しかったとして、私にどうしろって言うんだ?」

「それは……捜索隊を出すとか」

「トラブルを引き起こしそうな奴をわざわざ探すなんて御免だ」

「だけど、もしもお前の知らないところでトラブルが起きたらどうする?」


 エルトは首を横に振って、肩を竦めた。

 そして俺を真っすぐ見つめてくる。


 青灰色の鮮やかな瞳が俺を貫く。


「私の知らないところでのトラブルなんていくらでもある。それをすべて解決しようとしていたら、私もお前も持たないぞ?」

「うっ……」

「ただまぁ、お前が厄介だと感じたなら、その少女は普通ではないんだろう。だから想定だけはしてやる。もしも、その少女が他国、もしくは世に出ていない使徒だったとしよう」


 俺の頭にあった予感。

 それをエルトは口にする。


 使徒には二種類いる。

 単体でも強い使徒と、大軍を率いることで力を発揮する使徒だ。


 前者はエルトで、後者はレクトルだ。

 ただし、いくつもの戦を超えてきた使徒は単体でも強い。


 たとえレクトルのような神威を持つタイプでも、だ。

 そういう意味では、俺もレクトルも半人前の使徒だった。


 一人前の使徒はどのような状況下でも強い。

 エルトもテオドールも単体での強さ、そして指揮官としての強さを持っていた。


 だからこそ、そんな使徒が自国内に入り込んでいるということは見過ごせないはずだ。


 はずなのだけど。


「結論から言えば問題ない、だ」

「……は?」

「その少女が使徒でも問題ないと言ったのだ」

「……使徒だぞ? いや仮定ではあるけれど……」

「問題ない。わざわざ身分を隠して潜入したなら、それ相応の目的があるんだろう。そして使徒がわざわざ潜入してくる以上、表立って動くことはない」


 エルトは自信満々にそう言う。

 けれど、俺にはとてもじゃないがそうは思えない。


「軍事施設の破壊や要人の暗殺。使徒ならやろうと思えばなんでもできるぞ?」

「そうだな。やろうと思えばできる。けど、どうしてどこの国もやらないんだろうな?」

「それは……使徒が貴重だからか?」

「半分正解だ。少数での潜入による破壊工作は危険を伴う。使徒にそんな役目をやらせるのは危険というのも理由の一つだが、大きな理由は自国が手薄になるからだ」


 エルトはそう言って、握りこぶしを二つ作る。

 それを俺に向けた。


「片方がアークレイムの使徒で、片方がアルシオンの使徒としよう。アルシオンの使徒がアークレイムに侵入した場合、アークレイムの使徒はどう動くと思う?」

「アルシオンに攻め込む」

「その通り。使徒のいない国なんて落とすのは簡単だからな。しかも肝心の使徒はアークレイム内で孤立している。使徒は単体でも強いが、無敵じゃない。神威を使いすぎれば疲れるし、心臓を貫かれれば死ぬ。こういう危険性があるからどこの国も使徒を潜入させない」

「お前は潜入してたけどな」


 俺の言葉にエルトはニヤリと笑う。

 そしてそのまま大きな胸を偉そうに張る。


「レグルスには三人の使徒がいるからな。それでも潜入して工作まではしない。私が動けたのもアルシオンだからだ」

「危険度が低かったからか……」

「その通り。まぁ潜入してもバレなきゃ問題ないわけだが、バレる危険性があるからどこもやらない。使徒は攻撃の要であると同時の自国防衛の要だからな」

「けど、そう思わせといて使徒が入り込んだらどうする? レグルスは強国だ。普通のやり方じゃ崩れない」


 俺の言葉にエルトは意外そうに目を丸くする。

 そして馬を近づけて俺の頭に手を乗せる。


 頭を撫でられた。


「少し見ない間に頭が良くなったな」

「おい」

「ああ、悪い悪い。冗談だ。まぁ、平気だ。レグルスの防御は堅い。使徒でも重要な拠点には攻撃できない。使徒であろうとなかろうと、レグルス国内でできるのは攪乱くらいだ。そして使徒で攪乱するなんて勿体無いだろ?」

「それもそうだけど……本当に大丈夫か?」

「くどいぞ。平気だ。それに、もしもその少女が使徒で、レグルスに不利益をもたらそうとするなら、この付近にいるわけがない。だから少女は少なくとも敵ではない」


 エルトは確信があるのか断言する。

 たしかにこの付近に重要拠点はない。


 ずっと戦のなかったアルシオンとの国境だからだ。

 ここでいくら動こうと影響は少ない。


 ただ、アルシオン経由で入り込んだという可能性はある。

 レグルスの国境で最も手薄なのは間違いなく、ここだからだ。


 ただ、それを踏まえてエルトは敵ではないと断言した。


「その根拠は?」

「レグルスで最も強い使徒である私の領地が近い。何かあればすぐ私が駆けつけられる場所で、騒ぎを起こすはずがない」

「……」


 根拠のない自信とはこのことか。

 たしかにエルトは強い。それは認める。


 だからってそれはない。

 逆に考えれば強力な使徒であるエルトを狙っていることだってありえる。


 まぁ負けると思っていないんだろうから、その考え自体がないか。


「なんだ? おかしなことを言ったか?」

「いや、気にしないでくれ。お前に聞いた俺が馬鹿だった……」


 呆れて物も言えない。

 レグルスの使徒はみんなこんな感じなんだろうか。

 できれば違ってほしいな。


 こんな自信の塊みたいな使徒はエルトだけで十分だ。


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