第五話 再び剣を取る
約一か月半。
たった一か月半しか先の戦争から経ってはいない。
それなのにまた剣を持って、敵と対峙することになるとは。
人生は思ったように行かないものだ。
「村まであと少しです!」
兵士の一人が見えて来た村を指さす。
村の西端。
そこに人が集まっている。
どうやら、村の自警団がしぶとく抵抗しているようだ。
「間に合ったか。突撃体勢。突っ込むぞ」
「はっ!」
俺を先頭に騎士たちが後ろに並ぶ。
敵が待ち構えているならば、矢を避けるために盾を構えるところだけど、敵さんは目の前の村に夢中だから、俺たちに気づく素振りすら見せない。
とはいえ、マグドリアで訓練を受けた兵士であることは間違いない。
油断は禁物か。
「自軍強化」
敵の数は百人ちょっと。
こちらと数はほぼ同数。
ならば強化さえかけておけば負けることはないだろう。
自分にも強化を掛けて、俺は大きく剣を掲げる。
「突撃!!」
騎士の一団が一塊となって、自警団を突破しようとしているマグドリアの敗残兵たちに突撃する。
その先頭で剣を振るいながら、俺は村の自警団へ視線を走らせる。
マグドリアの敗残兵が鎧を身に着けていることもあり、誤って自警団の人間を斬るようなことはないだろうが、いつまでも自警団に前線にいられても困る。
「アルシオン王国のユウヤ・クロスフォードだ! 自警団の者は下がれ!」
自警団とマグドリアの敗残兵の間に入り込むようにしながら、俺は簡易の柵の向こうで粗末な武器を持つ自警団に告げる。
突如現れた援軍に自警団の者たちはポカンとしている。
戦の素人だし、反応が鈍いのは仕方ないか。
一方、さすがに元々は軍の兵士だった敵側は反応が早い。
もっとも、適切な反応ではないが。
「あ、アルシオンの銀十字だぁ!?」
「どうしてここに!?」
「くそっ! 悪夢だ!!」
「助けてくれ! 俺はまだ死にたくない!」
叫びながら何人かが逃走を図るが、それを騎士たちが討ち取っていく。
騎馬の突撃で陣形は崩れ、俺の存在で戦意が削がれた。
そもそも、彼らは戦いに来たわけじゃない。
弱者から略奪しに来たのだ。
戦に臨む強い決意など初めからないのだ。
少し突けば、簡単に崩れ去る。
ただ、ここで逃がせばまた村が襲われる。
それがわかっているのか、騎士たちも徹底して敵を逃がさないように立ち回っている。
「き、騎士様!」
最初は誰を呼んでいるのかわからなかった。
なにせ、この場にいる者は全員、騎士だからだ。
けれど、声が俺のほうに向いているのに気づき、振り向くとそこには若い男がいた。
「騎士様! 村にも何人か侵入してるんです! 助けてください!」
「突破されてたのか……。掃討を続けろ! 村人の安全を優先しつつ、できるだけ逃がすな! 五人ついてこい! 村の敵を排除する!」
「みんなは教会にいます!」
近くにいた者たちに声をかけ、俺は柵を迂回して村の中へと馬を進める。
そこまで大きな村じゃない。
教会はすぐに見つかった。
なにせ、扉を五人ほどの男が壊そうとしている。
恰好から見ても、奴らが入り込んだ敵だろう。
斧を持った大柄な男が、思いっきり斧を振り下ろして、扉を破壊する。
間に合うか微妙なタイミングだ。
「強化……駆けろ! どの駿馬よりも速く!」
馬に強化をかけて、俺はその場に急ぐ。
後続の騎士たちを引き離すことになるが、仕方ない。
ぐんぐんスピードを上げる馬はいとも簡単に教会の前までたどり着く。
ただ、一人がもう教会に侵入している。
馬じゃ小回りが利かない。
そう判断して、馬から飛び降りる。
外にいた一人が俺の存在に気づき、ギョッとした表情を浮かべる。
いきなり現れた男が馬から飛び降りれば、誰だって驚くだろう。
ただ、それが命取りだ。
「がっ……!」
「一人!」
着地と同時に男の首を斬り飛ばす。
外にいるのは残り三人。
向こうも迎撃の構えを見せる。
俺を囲もうとして、二人が左右に分かれる。
ただ、俺はその二人を無視して、正面の奴に真っすぐ突っ込む。
不意を突かれた正面の男は、俺の突撃に対処が遅れる。
その遅れを見逃さず、すれ違いざまに切り捨てると、俺は二人の敵を置いてけぼりにして、教会に飛び込む。
そこではフードをかぶった小柄な少女が、斧を持った男と対峙していた。
「ちっ!」
舌打ちをしながら、転がるようにして男の横から体当たりをする。
俺に気づいていなかった男はバランスを崩して、よろめく。
「なんだ!?」
男が野太い声で叫ぶ。
周りから短い悲鳴が上がった。
教会の奥には村人たちが肩を寄せ合い、固まっている。
とりあえずまだ無事なようだ。
さきほどのフードの少女も距離を取っている。
中々どうして、冷静な判断ができる子だ。
「てめぇ! 何者……」
男は俺の姿を見て言葉を失う。
目を見開き、体を震わせているところから見るに、俺の正体に気づいたらしい。
当たり前か。
青地に銀十字のマントをしっかりと身に着けているのだから。
「青いマントに銀十字!? アルシオンの銀十字がどうして!?」
「お前たちが村を襲わなきゃ来なかったさ」
「この! ちくしょう! やってやる! 俺はお前のせいで戦友たちを失ったんだ! こんなところで盗賊やってるのも、全部お前のせいだ!」
村人たちのほうに行かせないように距離を取りつつ、俺は男に剣を向ける。
向こうもやる気になったらしく、斧を両手で構える。
その構えを見れば、だいたいの実力はわかる。
多分、強化がなくても負けることはないだろう。
「うおぉぉぉ!!」
男が思いっきり斧を振りかぶる。
真上から振り下ろされる斧を、俺は横に軽くステップして避ける。
大振りだ。しかも勢い余って体勢を崩している。
「お互いさまだ。俺もお前たちのせいで人生設計が無茶苦茶だ」
言いながら胸を貫く。
首を刎ねるのが一番簡単なんだけど、村人の中には子供もいる。
さすがに首が飛ぶのはショッキングすぎるから、鎧の隙間を縫って、胸にした。
男が絶命し、床に崩れ落ちる。
外にいた二人の敵も、騎士たちが倒したようだ。
「ふぅ……怪我はないかい?」
村人たちは状況が理解できず、いまだに怖がって身を寄せ合っている。
今、声を掛けるのもあれなので、平気そうなフードの少女に声をかけた。
「うむ。問題ないのじゃ」
おや。
おかしいな。村娘にしてはずいぶんと変わったしゃべり方だ。
それに目の前で人が死んだのに、欠片も動揺した素振りを見せないというのはおかしい。
普通は死体に目が行くか、意識して視線を逸らす。
けれど、少女にはそれがない。
そこでようやく俺は少女の顔を見た。
綺麗な顔立ちの少女だ。年はセラと同じくらいだろうか。十代前半なのは間違いないだろう。
髪は銀色のようで、フードの中から少しだけ出ている。
それだけでもかなり特殊だが、少女の瞳の色は左右で違っていた。
左が赤紫で、右目が青。
オッドアイなんだろうけど、初めて見た。
それだけ珍しいということだ。
銀髪も滅多にいない。
こんな特殊な組み合わせで、しかも顔は人形みたいに整ってる。
どう見ても普通じゃない。
三年前、王都でエルトを見かけたとき以上の違和感が俺の中で沸き起こる。
この子はあのときのエルト以上に怪しい。
「しかし、よいところで来たのぉ。おかげで目立たずに済んだのじゃ。礼を言うぞ」
「命を助けたことの礼じゃないんだな……」
この子の言い方だと、自分だけでもどうにかできたと言う意味に取れる。
ただ、目立ちたくなかったから助かったと、礼を言っているのだ。
「奇妙なことを言うのじゃな。妾に助けが必要なように見えたか?」
「とても、ね。ただ、それが勘違いだったって今、認識を改めたよ」
「ならばよい。侮られては一族の誇りに傷がつくのじゃ。さて、そろそろ失礼するのじゃ。この礼はまた今度じゃ。今の妾にはやるべきことがあるのでな」
そう言って少女は教会の外へ歩いていく。
途中、兵士の死体から流れた血だまりがあったのだけど、気にした様子もなく血だまりを踏んでいく。
やっぱり普通じゃない。
どう見ても普通じゃない。
そんな子がレグルスにいるということも普通じゃない。
「君は何者?」
「想像にお任せするのじゃ。アルシオンの銀十字。他国の村人を救う心意気は良しじゃ。その心意気を忘れないで欲しいものじゃ」
そう言うと少女は完全に教会から姿を消した。
後を追うことも考えたけど、なんとなく後を追っても、追い付けない気がしたからやめた。
「……面倒事はごめんだぞ……」
あの少女からはどう考えても面倒な予感しかしない。
しかも少女はまた今度と言った。
また今度会うかもしれないということだ。
少なくとも、あの少女はその可能性を感じていた。
正直、俺が親善大使としてレグルスにいる間は会いたくはない。
楽な仕事を選んだはずなのに、予想外な面倒事でハードモードに切り替わるのは御免だ。
「あー、さっそく帰りたくなったぞ……」
呟きながら、俺は後ろを見る。
そこではいまだに村人が身を寄せ合っている。
彼らへの説明も必要だし、外の様子も把握しなくちゃいけない。
「はぁ……」
ため息を吐きつつ、俺はついて来た騎士に村人への説明を命じ、教会の外へと出た。




