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使徒戦記  作者: タンバ
第二章 レグルス編
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第二話 王女の来訪


 二階の自室からセラたちを伴って客間に移動すると、そこでフィリスが優雅にお茶を楽しんでいた。


「お久しぶりでございます。フィリス殿下」

「久しぶりね。突然来てしまってごめんなさい。セラも。それと、アリシアとフェルトも奇遇ね」

「お久しぶりです。姫様」

「少し用があったものですから。お久しぶりでございます。殿下」

「お久しぶりでございますわ。フィリス殿下」


 フィリスは笑みを浮かべながら、アリシアやフェルトと言葉を交わす。


 その態度は非常に落ち着いていて、まさにお客様といった感じだ。


 アポイント無しで乗り込んできた二人も、このフィリスの態度を見習ってほしいものだ。


「しかし、フィリス殿下が直接来られるとは、王命ですか?」

「王命ならしっかりとした使者を立てるわ。私は……そうね。ちょっとした息抜きに来たの」

「息抜きですか?」

「ええ。マグドリアとの戦が終わってから、家臣たちが縁談の話を持ってくるようになって……」


 フィリスはため息を吐く。

 けれど、これに関しては何も言えない。


 フィリスは王女だ。

 その結婚は政治的に重要な意味を持つ。


 多分だけど、縁談相手はアークレイムやレグルスの重臣だ。

 マグドリアの脅威は去ったとはいえ、アークレイムはいまだに健在。

 ここでフィリスがアークレイムに嫁げば、両国は縁戚関係になる。


 逆にレグルスに嫁げば、レグルスとの同盟をより一層、強固なモノにできる。


「仕方ない、というような顔ね」

「い、いえ、そのようなことは」

「いいのよ。慣れているから。でも残念だわ。ユウヤは私がどこの誰とも知らない男に嫁いでもいいのね。女は政治の道具ということね……」


 よよよ~、と目に手を当ててフィリスは泣いた真似をする。

 すると、一気に周囲の女性陣の目が冷たくなった。


 あれ?

 これは俺が悪いパターンか。


「め、滅相もありません」

「本当?」

「本当です。望まぬ結婚などする必要はありません」

「その言葉、忘れないでちょうだいね? 私が望まぬ結婚を強いられたら、あなたのところに逃げて、守ってもらうわ」


 フィリスは満面の笑みでとんでもないことを告げる。

 フィリスに結婚を強いるなんて、三人の兄か国王くらいしかいない。


 それから逃げて来たフィリスを匿えば、クロスフォード伯爵家は逆賊として処罰されかねない。


「それは……できれば起きてほしくない未来ですね……」

「そうね。私も望まない結婚は嫌だわ。好きな人と結婚なんて高望みはしないけれど、せめて自分が納得できる人と結婚したいわ」


 それが難しいのが王女という身分なのだけど。


 フィリスがこの考え方を持つ限り、クロスフォード家というか、俺は爆弾を抱え続けるということだ。


 早々に何とかしなくては。


「まぁ、そんな話は置いておいて。あなたのところに来たのには理由があるわ」

「理由、ですか?」

「ええ。エリオット兄様に頼まれたの。あなたの様子を見てきてほしいって」


 エリオットはマグドリアとの戦争が終わってから、あちこちに引っ張りだこだ。

 今まで遊んでばかりいたのは、本当の実力を隠すためだったとか、二人の兄を刺激しないためだったとか、適当な話がクロスフォード伯爵領まで伝わってきている。


 本当のところはわからないが、今、一番人気のある王子であることには間違いない。


 そんなエリオットが俺の様子を気にするだろうか。

 たぶん、半分本当で半分はこじつけだろう。


 エリオットが妹思いだ。

 フィリスが外に出る理由に俺を使ったんだろうな。


「なるほど。では、エリオット殿下には元気にしているとお伝えください」

「ええ。わかったわ。それともう一つ、あなたに伝えることがあるの」

「もう一つですか?」


 なんだろう。

 いや、わざわざフィリスから伝えられるようなことと言えば。


 一つしかないか。


「あなたがお父様に願い出た親善大使の話だけれど、正式にあなたに任せることが決まったわ。その内、使者が来るでしょうけど、伝えておくわね」

「ありがとうございます」

「けれど、望めば大抵のモノは得られたというのに、わざわざ親善大使を願い出るなんて、欲がないのね」


 フィリスは呆れた様子で苦笑する。

 できれば、その親善大使も貰いたくなかったとは言えないな。


「高望みはしない性分なんです。今だって領地が増えてあたふたしているのに、これ以上、余計なモノを貰うわけにはいきません」

「国中の貴族に聞かせてあげたいわ。知っている? 今、王都じゃ貴族が集まって、褒美を少しでも良くするために工作しているのよ? 最も戦功のあったクロスフォード家、ブライトフェルン家、オーウェル家が大人しくしているから」


 チクリとフィリスが小言を言ってきた。

 ただ、ブライトフェルン家とオーウェル家の二つと俺たちを一緒にしないでほしい。


 俺たちは褒美を受け取った。

 だが、二つの家は領主不在の領地を受け取りはしたが、それ以外は受け取っていない。


「申しわけありません……。祖父は砦から出撃できなかったことを悔やんでいるようで……」

「私の父も同じですわ。当初の作戦を台無しにしてしまったと……」

「それでも二人の功績が大きいのは事実。その二人が遠慮するものだから、なら代わりに自分がってほかの貴族が手を伸ばしてきている。王家としては困ったものよ」


 そう言いながらフィリスはセラを引き寄せて、自分の膝の上に乗せる。

 そしてぬいぐるみを抱くようにして、ギュッと抱きしめる。


「ねぇ、セラ。どうすればいいかしら?」

「姫様。苦しい」

「答えてくれたらはなしてあげる。あなたならいい案思いついているのではなくて?」


 微かに顔をしかめながらセラが暴れるが、フィリスはセラをはなそうとしない。


 セラは抵抗を諦めて、仏頂面を作って俺を見る。


「ユウヤの名を使えばいい。最も戦功をあげたユウヤが基準だといえば、誰も大きな声じゃ文句は言えない。二人の侯爵もユウヤに気を遣って大きな褒美を貰っていないと言えば、自然とほかの貴族も気を遣う」

「それだけでどうにかなるかしら?」

「それでも褒美をつり上げようとする貴族は、ほかの貴族から白い目で見られる」

「でも、それだとほかの貴族からユウヤが恨まれないかしら?」

「若い事を理由にすれば、みんな納得する。十五歳の大貴族なんて、誰も望まないから」


 セラの言葉にその場の全員が感心したように頷いた。


 自分の褒美が多くなったとしても、若輩者の台頭は誰だって面白くない。

 それならば自分の褒美が少なくても、若輩者が若輩者らしくしているほうが気分がいいものだ。


 深読みする者ならば、王家が俺やクロスフォードの影響力を考慮したと考えるかもしれない。

 それゆえに他の者への褒美も相対的に低くしているのだ、と。


「うんうん。いい案だわ。帰ったら早速実行するわね。ありがとう、セラ。今度はお礼にお菓子を持参してくるわ」

「お菓子より本がいい」

「そういえばそうだったわね。それなら私と一緒に王都に行きましょうか? それならいくらでも本を読めるわよ? 一層、私の妹にならないかしら?」

「嫌。私はクロスフォードの娘」


 そう言うと、セラは身をよじってフィリスの拘束から逃れる。

 そのまま肉食動物から逃げる草食動物のような俊敏さで、フィリスから離れて俺の背に隠れる。


 フィリスは残念そうにセラを見つめながらため息を吐く。


「私、妹が欲しかったの。セラみたいな可愛い子」

「似たようなことをエリオット王子も言ってましたね。俺みたいな弟が欲しかったそうです」

「あら? そうなの?」

「え、ええ。もちろん、そこまで本気ではないでしょうが」


 そう付け加えつつ、あのときの会話を思い出す。


 エリオットは割りと本気だと口にした。

 割りと本気でフィリスと俺をくっ付けようと思ったというわけだ。


 フィリスは美人だし王女だ。

 けど、十五で人生が決まるのは遠慮したい。


 できればエリオットの気まぐれであってほしいものだ。


「じゃあ、私とユウヤが結婚すればエリオット兄様と私の願いが叶うわね。セラは私の妹になるわけだし、ユウヤはエリオット兄様の弟になるわ」


 本当にこの兄妹は気まぐれだな。

 どこまで本気で口にしているのやら。


 王族の冗談は時に冗談ではなくなる。

 周りの者が過敏に反応するからだ。


「駄目」

「駄目ですよ! 殿下! 殿下にはもっと相応しい男性がいるはずです!」

「た、確かにユウヤ様は素晴らしい殿方ですわ! ですが、王女と結婚となれば周りの者が納得しませんわ!」


 三者三様の反応だが、とりあえず否定的なのはありがたい。

 ここで賛同されたら俺の人生が終わる。


 せっかく褒美で楽な親善大使を選んだのに、王都で面倒な政治に巻き込まれるのはごめんだ。


「三人ともなんだか必死ね。ただの思いつきなのに」

「周りを振り回す思いつきはやめてください……」

「あら? ユウヤは乗る気じゃないのね。やはりエルトリーシャ様と比べると私は魅力不足かしら?」

「どうしてそこでロードハイム公が出てくるんですか……」

「彼女はあなたにご執心よ? 早くレグルスに派遣しろと手紙を送ってくるほどだもの。位は私のほうが上だけど、向こうは使徒だものね。やはり男としてその希少価値には魅力を感じるのかしら?」

「ご用件が済んだなら帰っていただいてもいいですか?」


 もう付き合うのも馬鹿らしい。

 ため息を吐きながら客間の扉を開いて、退室を促す。


 するとフィリスはクスクスと笑って謝罪を口にする。


「ごめんなさい。怒らせちゃったかしら?」

「怒ったんじゃなくて、呆れたんです」

「次からは気を付けるわ。そういえば、アリシアとフェルトはこの後、予定はある?」


 この後、予定があるか、という質問は非常に答えにくい質問だ。

 大抵、そういう質問をする場合は、質問者には何かに付き合わせようという意思がある。


「それは……殿下はこのあと何かご予定が?」

「ええ。一応、王族だから、西部方面の様子を見て回ろうと思うの。二、三日。付き合ってくれないかしら?」

「それは……」

「アリシアはクロスフォード伯爵領の視察が目的」

「せ、セラ!?」


 突然のセラの裏切りにアリシアはうろたえる。


 そのセラの言葉にフィリスは笑みを深める。


「じゃあ、一緒に視察しましょう。フェルトは?」

「わ、私はユウヤ様のお家に遊びにきましたので、もう少し滞在したいと思いますわ」

「フェルトはアリシアのお付き。アリシアの馬車もフェルトの物だから、アリシアが移動するならフェルトも一緒」

「そうなの? なら仕方ないわね。フェルトも一緒に行きましょう」


 邪魔者はいなくなったとセラが自信満々に俺を見上げてくる。

 いや、まぁうるさいのはいなくなるわけだけど。


 フィリスはジッとセラを見ている。

 フィリスの性格的にセラを置いていくとは思えない。


 抗議を聞きいられず、傷心の二人を連れてフィリスは客間の扉に近づく。


 見送りのために俺たちもついていくと、フィリスの腕がセラを捕まえた。


「セラも一緒に行きましょう。私はこの地には不慣れだから、案内が必要だわ」

「!? 私も来たばかりで不慣れ……!」

「セラの探知魔法があれば迷わないし、襲われる心配はないわ。それに王族を接待するのも貴族の務めよ。クロスフォード伯爵公女」


 そう言ってフィリスはセラを抱えて客間を出て行ってしまう。

 早業だった。


 セラも何が起きたかわからず、連れていかれたに違いない。


 玄関のほうで騒いでいるけれど、ここは行かないほうが身のためだろうな。


 下手したら俺までつき合わされかねない。

 女四人に男一人とか拷問以外に他ならない。


 セラには尊い犠牲になってもらおう。


「……父上とチャトでもやるか」


 男は男同士、女は女同士で仲良くやるのが一番平和的だ。

 玄関から聞こえてくるセラの声を聞こえない振りをしながら、俺はリカルドの部屋へと向かった。



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