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使徒戦記  作者: タンバ
序章
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第四話 妹ができた!?

 エリアール暦447年3月。




 十四歳になったばかりの春。

 妹ができた。


「美人でしょう? 将来は、国中の男が放っておかないわよ」

 

 アルシオン王国、クロスフォード子爵領。

 その中心的な町であるリースの中央には、やや大きめな屋敷がある。


 領主であるクロスフォード子爵家の屋敷だ。

 もっとも、ほかの家よりやや大きいというだけで、貴族の屋敷というには小さい。


 ただ、それで事足りるのがクロスフォード子爵家であり、クロスフォード子爵領なのだ。


 その屋敷の広間で、俺は二人の女と向き合っていた。

 片方は、亜麻色の髪をショートカットにした女性。たしか、今年で三十二歳だったはず。


 俺の母であるメリッサ・クロスフォードだ。

 腰に剣を帯び、動きやすそうな革の鎧を身に着けている。いかにも旅の剣士というような恰好だが、実際、昨日まで旅に出ていた。


 もう一人は俺よりも年下の少女。年齢は十二歳だという。

 腰よりも長いストレートの金髪に、アメジストのように輝く紫色の瞳。


 名前はセラフィーナ。

 

 儚げな容姿が印象的だけど、それ以上にセラフィーナの無表情が俺には気になった。


 まるで人形だ。顔が整っている分、余計にそう見える。


「リカルドは二つ返事で了承してくれたわ。あとはあなたが納得してくれれば、晴れてセラは私たちの家族ってわけよ」


 メリッサがそんな勝手なことを言う。

 

 俺の母、メリッサ・クロスフォードは凄腕の剣士だ。父と結婚するまでは傭兵として各地を回っており、俺が十歳になると、また旅に出るようになった。


 一月で帰ってくるときもあれば、半年以上帰ってこないときもある。

 けれど、人を拾ってきたのは初めてだった。


「母上……一体、なにがあったんですか? いきなり女の子を連れてきて、養子にするなんて……」


 戦場の厳しさをメリッサはよく知っている。

 戦災孤児を保護することはあっても、その孤児たちは皆、知り合いの孤児院に送っていたはずだ。


 わざわざ連れてきた以上、この子には何かがある。


「何もないわよ? 可愛いから連れて帰ってきちゃった」

「きちゃった、じゃなくて……」


 横にいるセラフィーナを抱きしめて、メリッサはそんなことを言う。

 それだけ見ていると、本当に可愛いから連れてきたのではないかと疑いたくなるが。


 メリッサはそこまでいい加減ではない。


「はぁ……少し父上と話してきます」

「いってらっしゃい~。それまで私はセラに家を案内しているわね」


 能天気な笑みを浮かべるメリッサに呆れつつ、俺は二階にある父の書斎へ向かった。






●●●






 屋敷の主であるクロスフォード子爵の書斎をノックし、俺は廊下で待つ。

 すぐに返事が返ってきたので、扉を開けた。


 書斎には眼鏡をかけた中年の男性が椅子に座っていた。ボサボサの茶髪に、灰色の瞳。背はあまり高くない。

 俺の父であるリカルド・クロスフォード子爵だ。


 全体的に細く、かけている眼鏡と手に持つ本の存在も相まって、学者という言葉が連想される。


 実際、リカルドはあまり体を動かすタイプじゃない。馬に乗るのも下手だし、剣の腕もお世辞にも上手いとはいえない。けれど、戦場には何度も出ており、そのたびに帰還している。


 その答えはリカルドの書斎にある。

 リカルドの書斎には、各地から集めた書物で埋め尽くされている。

 その多くは軍事的な書物だ。


 リカルドは武勇はないが、知識があった。そして知識を生かす頭脳も。リカルドは、それらを使って、戦場を生き抜いてきたのだ。


 ま、軍事的なことは今は関係ないけれど。


「やぁ、ユウヤ。朝からどうしたんだい?」


 穏やかな口調でリカルドが話しかけてくる。

 この穏やかさと落ち着きを美点という人もいるし、領主や貴族として威厳が足りないという人もいる。


 俺は美点だと思うけれど、この状況で落ち着いてほしくはない。


「どうしたじゃないですよ……」


 疲れたようにため息を吐く俺を見て、リカルドは微笑む。


 しかし、旅に出ていた妻が娘を連れてきたというのに、よくまぁ余裕でいられるな。


「あの子を本当に養子に迎え入れる気ですか?」

「メリッサが拾ったというんだから、家族として迎え入れようじゃないか。幸い、僕らは貴族で養う余裕はあるわけだし」

「そう言う問題じゃないでしょ!?」


 懐の深い発言をするリカルドを見て、俺は両手で顔を覆う。

 

 もうこの夫婦はなにか致命的に間違ってる。わかっていたけど、こうもぶっ飛んでると頭が痛くなる。


「俺もあの子を家族に迎えることは反対じゃありません。ただ、母上が孤児院ではなく、こっちに連れてきた。その意味がわからない父上じゃないですよね?」

「まぁ、なにか特別な事情を抱えているんだろうねぇ。しかしだよ? あの子はまだ十二歳だという。メリッサに拾われ、ここまで来たというのに、受け入れないというのは……あまりに勝手じゃないかな?」


 リカルドの言葉は非常に耳に痛い。連れてきたのは俺じゃないのに、なぜか俺の耳が痛い。

 たしかに、ここで受け入れなければ、俺たち家族はかなり最低の分類に入るだろう。


 だけど。


「あの子が抱える事情が、俺たちの手に余るならば、他の家に預けるべきです。こう言ってはなんですが、クロスフォード子爵家では力不足になる場合も多いでしょう」

「ユウヤ。僕はかねてから思っていたんだけど、君は面倒事、厄介事を避ける傾向にあるね。悪いことではないけれど、それでは大切な物も掴めないよ?」


 リカルドは呆れた様子で俺に言うけれど、自分たちの許容範囲以上のモノを抱え込めば、その重さでこちらが押しつぶされてしまう。


 あの子が抱える事情がなんなのかにもよるが、もっと力のある家に預けるのが最善だと俺は思う。


 そう思っていると、俺の背後から扉の開く音が聞こえてきた。

 振り向くと、そこにはセラフィーナが立っていた。


 無機質な瞳が俺を真っすぐ見つめてくる。

 やがて、無表情だった顔にわずかな変化が現れた。


 微かに悲しげな表情を浮かべると、セラフィーナは走ってどこかへ行ってしまった。


「追いかけないの?」


 スッといつの間にか部屋に入ってきていたメリッサが、俺に訊ねる。


 追いかけないの、と言われても、セラフィーナは傷ついた様子だった。俺が追いかけるのは逆効果だろう。


「母上が追いかけてくださいよ。俺じゃ逆効果です」

「嫌よ。どんな言葉をかけろというの? 私はここに来るまであの子にあんたの話をずっとしてたのよ?」

「俺の話?」

「そう。私はあんたがいるから、あの子を連れてきたの。ほかの家に連れていくことも考えたわ。けど、あの子には幸せになってほしい。強い力を持つ家に預ければ、それだけ利用される可能性も高くなる。その点、ここならその心配はないわ。リカルドもあんたも立身出世に興味がないもの」


 しばらく沈黙が部屋を支配する。


 メリッサの言葉通りなら、セラフィーナは利用価値のある少女ということだ。

 だから、メリッサはここに連れてきた。

 あの子を守るために。


「あの子は……セラフィーナは何者です?」

「……南の大国、アークレイムで禁術を用いて魔導師を強化する計画があったの。その実験の生き残りよ。もっとも、アークレイムの連中は死んだと思っているでしょうけど。私が立ち寄ったとき、研究所は壊滅状態。瓦礫の中であの子は倒れていたわ」

「強化魔導師といったところかな……。大国アークレイムらしいね。たしかに、ほかの貴族に渡せばその力を利用するかな」


 リカルドはそう言って、手に持っていた本を本棚へと戻す。

 

 そのまま新しい本を取り出しながら、リカルドは言う。


「それでもほかの貴族に彼女を預けるかい?」

「……ですけど……もしもアークレイムが本腰を入れて、あの子を奪還しに来たら、この家じゃ守りきれません」

「それは何年も先のことよ。今は研究所が壊滅したことで、アークレイムもバタバタしてるから。だから、あと数年であんたがあの子を守れるようになれば、問題ないってわけよ。有力な人間と知己になり、あんた自身も強くなる。これですべて解決ね」

「他人事のように言わないでくださいよ……人生、そう上手くいきませんから」

「子供が人生語るんじゃないわよ。もうあんたがあの子を守ることは決定なの。この話を聞いて、それでもあの子を他所にやろうだなんて、考える子に育てた覚えはないわ」

「いや、まぁ。本当に育てられた覚えはないですけど……ほぼ育児放棄でしたし」


 言いながら、俺は頭を掻いて、考えを整理する。

 といっても、考えなんてもう整理されている。


 面倒事は嫌いだし、抱えたくなんてない。

 背伸びをすれば痛い目を見るというのも、前世で学んでいる。


 だけど。


 自分よりも年下の少女を見捨てるのは、なんというか、後味が悪い。

 ここで見捨てたら、俺はこれから後悔に苛まれる気がする。


 そんな生き方は御免だ。


「行くだけ行きますけど、期待しないでくださいね?」

「期待してるわ。しっかりお兄ちゃんをやってきなさい」


 そう言ってメリッサはヒラヒラと手を振って、俺を送り出した。






●●●






 屋敷を探してもセラフィーナの姿はなかった。

 それならと、俺は外に出たのだけど、一向に見当たらない


「これは町の外か……?」


 リースの町はそんなに大きくない。

 それに今は昼前だ。


 結構な数の人が外に出ている。セラフィーナが町の外に行けば、誰かが気付くだろう。


「あの、すみません」

「うん? おお、若様。どうされましたか?」


 露店を出している野菜売りに、セラフィーナの特徴を伝えて、どこに行ったか聞く。


 すると。


「あの金髪の子ですか? 町の外のほうへ行ったと思いますけどね」

「そうですか。ありがとうございます」


 お礼を言うと、俺は駆けだす。

 外に獣の類は居ないが、町の外では何があるかわかったもんじゃない。


 走っていると、すぐに町の外周部に出る。

 そのまま町の入り口を警護する衛兵に聞き込みをする。


「すまない。長い金髪の子供が来なかったか?」

「はっ。その少女なら丘のほうへ向かいました」

「わかった。ありがとう」

「捜索が必要ならばお手伝いしますが?」

「いや、いい。うちの家族の問題だしな」


 そういうと、衛兵が首をかしげる。

 少なくとも、少女と俺の家族が繋がらなかったのだろう。


 苦笑を浮かべながら、俺は南へ視線を向ける。

 この町の近くにある丘は一つ。子供の頃、よく遊び場にしていた場所だ。


 そこは俺にとって勝手知ったる場所だ。


 走ること五分ほど。

 いきなり走ったせいで、脇腹がちょっと痛い。息も上がっている。


 けど、どうにか丘までたどり着いた。

 昔はよく、町の子供たちとここまで競争したものだ。


 懐かしさに浸っていると、丘の頂上。

 そこにある木の下に人影を見つける。


 長い金髪。

 セラフィーナだ。


「……屋敷を勝手に出ると危ないよ?」

「……」


 丘を登りながら声をかけるが、セラフィーナはこちらを見ない。

 無視か。


 仕方ないか。この子の目には、俺は好意的には映らなかっただろう。


「隣座っても?」

「……私の場所じゃないから」


 鈴の音のような声が響く。

 ただし、声に親しみはない。


 私の場所じゃないから、座っていいのか。それとも座っちゃダメなのか。


 判断に困るところだけど、座って話しをしないと始まらない。


 俺は座っていいと判断して、セラフィーナの隣に腰掛ける。


「なにをしてたの?」

「……景色を見てたの」

「景色? ありふれた景色じゃない?」


 丘の上から見えるのは、なんの変哲もない草原で、それはどこを見ても変わらない。


「……私には特別。もういいでしょ? 帰って。私は別のところに行くから」

「行く当てがあるの?」

「……ない。けど、あなたは私にいてほしくないと思ってる」


 セラフィーナは俺のほうを見ようとはしない。

 ただ、目の前で微かに風が吹く草原を見ている。


「いてほしくないわけじゃない。ただ……守れるか不安だって話をしてたんだ」

「……メリッサから聞いたの? 私のこと」

「聞いたよ」

「……なら、尚更。私は別のところに行く。メリッサにこれ以上、迷惑はかけられないから」

「もう知ってしまったし、遅いよ。それにさっき家族会議で決まったんだ。君を家族にするって」


 俺がそういうと、初めてセラフィーナが俺に顔を向けた。

 その顔には、驚きの表情が浮かんでいる。


「家族……?」

「そう。君はセラフィーナ・クロスフォードになる。俺の妹だ」

「……妹……。でも、あなたは私を邪魔だと思ってる……同情や誰かに強制された家族なんていらない……」


 セラフィーナは足を抱えて俯く。

 その声は微かに震えていた。


「同情がないわけじゃないけど、別に強制されたわけじゃない。君を受け入れると決めたのは俺だ」

「……本当?」


 こちらを探るような視線をセラフィーナは送ってくる。

 その目はなにかおびえているようにも見えた。


 アークレイムの研究所にいたということは、この子は普通の家族を知らないはずだ。

 そんな真っ当な暮らしをさせる研究所なら、そもそも禁術を使うなんてことはしない。


 そんなこの子が家族に憧れ、期待するのはわかる。

 俺はそれを裏切ってしまった。


 だから。


「本当だよ」


 俺はセラフィーナの頭に手を乗せて撫でる。

 セラフィーナは驚いたように目を見開くが、俺の手を払うようなことはしない。


「君は俺の妹で、リカルド・クロすフォードとメリッサ・クロスフォードの娘だ。約束するよ。なにかあれば必ず守ってあげる。家族として、君の力になる」

「……信用できない」

「なら、その信用はこれから作っていこう。すぐに打ち解けられるとは思っていないから」


 そういうと立ち上がって大きく空に向かって伸びをする。

 そろそろ昼頃だ。


 ろくに朝飯も食っていないから腹も空いてきた。


「戻ろう。セラ。お腹空いただろ?」


 俺はそういうと、右手をセラに差し出す。

 セラは微かに躊躇ったあと、恐る恐る俺の手を掴んだ。

 


 

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