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使徒戦記  作者: タンバ
第二章 レグルス編
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第一話 新たな生活


 エリアール暦448年7月18日。


 マグドリアとの決戦からおよそ一か月が経ち、アルシオンは落ち着きを取り戻し始めていた。


 レグルスとも正式に同盟が結ばれ、国内も復興へと向かっている。


 戦で当主を失った家は、代わりの当主が選ばれ、主だった者がすべて戦死してしまった家は、王家から手厚い保護を受けるかわり領地を手放した。


 そして王家はその領地を戦で活躍した家に与えた。

 領地を治める力を失った貴族たちに領地をそのまま任せておけば、荒れるのは目に見えており、それへの打開策というわけだ。


 領地を取り上げられた家も家名はそのままで王家からかなりの報奨金が出ている。

 大抵は直系の者をほとんど失っている家ばかりなため、不満は出なかった。

 むしろ先の不安が解消されて喜んでいる家のほうが多いらしい。


 問題なのは領地を褒美として与えられた貴族だ。

 元々、大きな力を持っている貴族は、多少領地が増えたところで問題にはならない。

 だが、元々、そんなに力のない家は別だ。


 いきなり領地が増えればやることが増える。

 領地経営のために人を迎え入れる必要もあるし、領地の治安維持のために貴族兵を増員する必要もある。


 つまるところ、クロスフォード子爵家、もといクロスフォード伯爵家はいまだ落ち着かないというわけだ。


「前の六倍以上の領地か……」


 地図に広がる新たなクロスフォード伯爵領を見て、俺はため息を吐く。


 西部地方の貴族は、マグドリアとの戦争でかなりの痛手を被った。

 当主を失った家も多く、その大半は報奨金を得て、領地を王に返している。


 新たな当主を立てて、家を立て直す道を選んだ家もあるが、それはごく少数だ。


 というわけで、その領地の大半は西部地方の貴族の中では飛びぬけて活躍した二つの家に回ってきた。


 クロスフォード伯爵家とブライトフェルン侯爵家だ。

 元々、西部筆頭貴族であるブライトフェルン侯爵家はいいとして、領地が六倍以上に増えたクロスフォード伯爵家はてんやわんやだ。


 まず引っ越した。

 ある程度、栄えており、交通の要所でなければ領地を管轄できないからだ。

 というわけで、慣れ親しんだ町から、西部地方では指折りの都市であるテレジアという城塞都市へと俺たちは移った。


 続いて、人を雇い入れた。

 子爵時代の家臣だけではとてもじゃないが仕事を捌ききれないからだ。


 そして最後に貴族兵の増員だ。

 これが一番大変だった。


 なにが大変かといえば、募集に対して応募が異常に多かった。

 子爵時代の貴族兵は百人ほど。

 今回は広がった領地の防衛のために、新たなに五百人を募集したのだけど、応募はなんと千を超えた。


 クロスフォード家が此度の戦で一気に手柄を立てたため、国中から腕自慢が志願してきたのだ。


 その選抜が俺の役目だった。

 もう毎日毎日、剣を合わせて候補者を絞り、それでもまだ多いから最後は面接までした。


 どいつもこいつも戦で自分は活躍できるってアピールしやがるからたまったもんじゃない。

 俺は当分、戦に出る気なんてないのに。


 本音を言えば、もう一生出たくない。けど、多分、そうも行かないだろう。

 名が売れてしまった以上、俺は戦に狩り出される。


 けど、断じて戦に出たいわけじゃない。

 だからといって、兵を選ばないわけにもいかないから、とりあえず腕が立つ者を選んだ。


 不本意ではあるけれど。


「はぁ……」


 その不本意な面接も昨日終わった。

 そして今日はひさびさの休みだ。


 いまだに慣れない広い自室の中央にある椅子に腰かけ、俺は深くため息を吐く。


 戦争が終わったというのに、平穏がいまだに訪れない。

 むしろ戦争前より忙しいとはどういうことだ。


「あー、面倒くさい……」

「なにが?」


 独り言のつもりだったのに返事が返ってきた。

 横を見れば、セラがいつの間にかいた。


 椅子のひじ掛けに両手と顎を乗せて、寄りかかっている。


「……ノックした?」

「した。返事がないから入った」

「もう一回ノックするって選択肢はなかったのかな?」

「ない」


 間髪入れずにプライベートを否定された。

 今回は良いけど、入られたら困る状況というのが存在する。


 できれば気を使ってほしいものだ。


「それより、なにが面倒なの?」

「そうだなぁ……仕事?」

「私のほうが仕事してる。父様の手伝いは、全部私がしてるんだから」


 不満そうにセラは頬を膨らませる。

 まぁ、その通りなんだけど。


 俺がしてたのは兵の選抜であって、領地経営に関する諸々の面倒事はすべてリカルドとセラが行った。

 俺は家族の中で一番、仕事をしていない。

 というか、事務仕事とか向いてないからできない。


「それはそうだ。ごめんごめん」


 そういいながら膨らんだ頬を突く。

 プニプニと柔らかい頬の感触が指に伝わる。


 餅みたいだなぁ、と思っていると、扉がノックされた。


「若様。お客様でございます」


 専属のメイドの声だ。

 まさかリアルにメイドさんを雇うことになるとは思わなかったけど、漫画やアニメと違って、普通に年配のメイドさんだ。


 美少女メイドとかは夢のまた夢なのだ。


「客? 誰ですか?」

「アリシア様とフェルト・オーウェル様です」


 俺は一瞬、言葉の意味が理解できなかった。

 けれど、一瞬だ。


 すぐに頭を回転させるために目を閉じて、思考に集中した。


 アリシアとフェルトが来るだなんて聞いていない。

 アポイントのない客人だ。


 断っても非礼には当たらないだろう。


「いませんと言ってください」

「ですが……その……」

「大丈夫です。その二人なら」

「その二人なら、なに?」


 扉越しから聞こえてきた声に、俺は体を震わせる。


 聞きなれた声だ。

 そして厄介なことに機嫌が悪い時の声でもある。


 扉がゆっくりと開かれる。

 そこには般若のような顔のアリシアがいた。


 いや、別に顔が般若かといえば、そういうわけじゃない。

 顔は普通に笑顔だ。

 ただ、その笑顔の裏に般若が見えるというだけで。


「……なぜここに……?」

「リカルド叔父様が入っていいって言ったの」


 そう言ってアリシアはズカズカと俺の部屋に入ってくる。

 見られて困るモノを置いているわけでもないし、別にいいのだけど、一歩近づいてくるたびにアリシアが放つ言い知れぬ威圧感が増していく。


「さて、ユウヤ。どうして居留守を使おうとしたのか、教えてもらえる?」


 ニコッと笑うが、その笑みが怖い。

 笑顔で隠しているつもりでも、怒りの炎が漏れ出ている。


「いや、その……疲れてて……」

「そうなの。へぇ~、私と会うのが億劫なくらい疲れてたの?」

「そうなんだよ……。最近、いろいろと立て込んでて」

「ブライトフェルン侯爵家は、クロスフォード伯爵家に人材と金銭の援助をしてるのよ? 誰が何をやっているのか把握してないとでも思ってるの?」

「……」


 しまった。

 そうだった。

 親戚であり、西部で絶対的な力を持つブライトフェルン侯爵家に、クロスフォード伯爵家はさまざまな援助を貰っている。


 それがなければいまだに統治の形すら整っていなかったはずだ。


 そのブライトフェルン侯爵家の次期当主であるアリシアなら、俺の仕事くらいすぐに知ることができるだろう。


「ユウヤがやった仕事は、兵の選抜だけよね? 兵士の力量を調べて、選抜するぐらい、アルシオンの銀十字には造作もないことだと私は思うのだけど、まさか、本当にまさかだけれども、その程度で私に会えないほど疲れたの?」


 怖っ。

 目が怖い。


 この質問にうなずいたら、自分がどんな目に遭うのか想像するのも嫌だ。


 けど、ここで首を横に振れば、俺が面倒だから会わないようにしようとしたということを認めることになる。

 それはそれで恐ろしい。


「さぁ、答えてもらいましょうか? ユウヤ・クロスフォード伯爵公子」

「ユウヤは私と遊んでた。だから、アリシアは後回し」


 答えに詰まる俺を見かねて、セラが助け船を出してくる。

 アリシアが視線を俺からセラに移す。


「兄を庇うなんて偉いわね。セラ。でもそんなことしなくてもいいのよ?」

「別に庇ってない。本当にユウヤと遊んでたのに、アリシアが邪魔をした。せっかく兄妹水入らずだったのに。久しぶりだったのに」


 なんとなく悲しそうな雰囲気をセラが醸し出す。

 元々、感情表現の薄い子だから、あんまり普段と差はないけれど。


 だが、アリシアはそんなセラの言葉に動揺する。


「え? えっ!? 私が悪いの!?」

「アリシア。空気読めない。ね? ユウヤ」

「いや、まぁ……」


 セラと遊んでいたというか、久しぶりにゆっくり喋っていたことは事実なため、それをぶち壊したアリシアは空気が読めないと言ってもいいの……かな?


 俺が戸惑っていると、アリシアがショックと受けたように二、三歩後ずさる。


 よし。

 これで帰ってくれるかな。


 そう思ったとき、部屋の外から特徴的な高笑いが聞こえてきた。


「おーほっほっほっ!! ざまぁありませんわね! アリシア!」

「面倒臭いのが来た」


 セラが口調は淡々と、顔には渋い表情を浮かべながら告げる。

 セラが表情まで変えるのは珍しい。

 よほどフェルトが面倒なんだろう。


 部屋の扉に視線を戻すと、フェルトがなぜか回転しながら入ってきた。

 この人は目立たないと気が済まないんだろうか。

 できれば、そういうことは自分の家だけにしてほしい。


「ぐっ……フェルト……」

「あらあら。邪魔者扱いなんて可哀想ですわね! 私、言いましたわよね? 大人しく待っていたほうがいい、と!」

「それは……」

「戦場での長い逃避行! そして久方ぶりの再会! にもかかわらず、戦は続き、戦が終わっても問題は山積み! その中で得た僅かな兄妹の時間を引き裂くなんて、外道にも程がありますわ!」


 私、なんて良いこと言ってるんでしょう、って顔してるけど、全力でブーメランだってことに気付いてほしい。


 セラを見れば、フェルトが鬱陶しいのか、俺の背中側に場所を移していた。


「フェルト」

「何かしら? セラ。待っていてくださいね。私が今、お邪魔虫を」

「邪魔」


 ガーンって効果音がつきそうなほどフェルトがショックを受けた。

 その横でアリシアがざまぁみろって顔をしてる。


 本当にこの二人は仲がいいのか、悪いのか。


「はぁ……二人とも今日は何の御用で?」

「新しい屋敷を見に来たのよ。この女はついでね。どうしてもついて来たいって言うから、仕方なく連れて来たの」

「あら? 心外ですわ。馬車を用意したのも、移動ルートを確保したのも私ですわよ? ついでというならあなたではなくて?」

「あんただけだったら、どう考えても屋敷にいれてもらえなかったでしょうが!」

「あなたが居ても同じだったではありませんの!」


 わいわいと騒ぎ始める二人に対して、俺とセラは同時にため息を吐いた。


 騒ぐならよそでやってくれ。


「つまり……大した用事はないわけだな?」

「なによ。用事がないと来ちゃいけないわけ?」

「普通、ブライトフェルンからここまで来るのに、用事がない奴とかいないから」

「一応、視察も兼ねてるわよ? お爺様の代わりにしっかり、ユウヤが働いてるかチェックするんだから!」

「俺限定かよ……」

「アリシア。視察が目的?」


 セラが唐突に質問する。

 なんだか裏がありそうな質問だな。


 けれど、アリシアは笑顔でセラに答える。


「ええ、そうよ」

「じゃあ、ユウヤの前にブライトフェルンから派遣されてきた人を視察するのが筋。というわけで、行ってらっしゃい」

「せ、セラ!?」

「あらあら、可哀想ね。アリシア。でも、仕事はしないといけないものね! それが目的なんですもの! ご安心なさいな! ユウヤ様のおもてなしは私がきっちりやらさせて頂きますわ!」


 どうして、我が家で俺がおもてなしされるんだろうか。

 フェルトの言葉に疑問を抱きつつ、セラを見ると、なんだか深く考え込んでいた。

 フェルトを追い出す策でも考えているんだろうな。


 そんなことを考えていると、またドアがノックされた。

 見れば、開きっぱなしの扉の近くにメイドさんが立っていた。


「若様。お客様でございます」

「また!? 今度は誰ですか……?」

「それが、その……」


 メイドさんが緊張した様子で頭を下げている。

 もしかして、アリシアの祖父であるブライトフェルン侯爵でも来たか?


「……フィリス殿下でございます」


 予想の斜め上。

 その言葉を聞いた瞬間、その場の全員が固まった。





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