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使徒戦記  作者: タンバ
第一章 アルシオン編
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閑話 ラインハルト

 リカルド率いる六千が前進したのを見て、レクトルは一瞬迷った。


 陽動の可能性を疑ったのだ。

 けれど、ヘムズ平原での苦い経験からレクトルは結局、狂戦士と化した五千をぶつけることで対処した。


 重装備の歩兵と大型の盾で武装したリカルドの軍は、なんとか狂戦士を受け止め、膠着状態に入った。

 被害は明らかにリカルドの軍のほうが多いが、それでも一気に突破されるような事態にはなっていない。


 そんなとき、レクトルはアルシオンの本陣に動きがあることを察した。


 リカルドの軍を大きく迂回して、マグドリア軍の右方を突こうという動きだ。


 小さく舌打ちをして、レクトルはすぐに敵の軍旗を確認させた。


「右方に展開した部隊には、青地に銀十字の軍旗が確認されました! また、中央にアルシオンの銀十字がいます!」

「ちっ! 下がれ!」


 苛立ちを伝令にぶつけながら、レクトルは冷静な部分で分析していた。


 今回も陽動なのか、そうでないのかを。


 ここでの判断ミスは命取りになることをレクトルは理解していた。


 レクトルはアルシオンの銀十字、ユウヤ・クロスフォードの突破力はよく知っている。

 

 並みの兵士では止められない。

 しかし、狂戦士にも限りがある。


 それでも最初に最大一万の内、五千を投入したのは、ユウヤへの恐れ故に他ならない。


 その恐れがレクトルに判断を躊躇わせた。


「右方の敵、魔法と弓で遠距離攻撃を仕掛けてきます!」

「こちらも撃ち返せ!」


 レクトルは指示を出しつつ、右方の敵に注目していた。

 右方の敵は騎馬隊をまだ出していない。


 突破力のあるユウヤが騎馬での突撃をしないはずがない。

 それをレクトルは確信していた。


 騎馬隊が動けば、右方は本物。

 遠距離からの牽制に専念するならば偽物。


 そう判断基準をつけることで、レクトルは自分を落ち着かせた。


 レクトルの頭の中では、もう中央の敵はいないものと扱われていた。


 事実、中央のリカルドの軍は狂戦士を抑えることで手いっぱいで動くことはできていない。


 ただし、その後ろは別だった。

 レクトルが冷静に戦局を分析していれば、本陣の部隊が騎馬主体であることに懸念を抱いただろう。


 しかし、ユウヤに一度、近くまで迫られた過去が、レクトルから正常な判断能力を奪っていた。


 第一、第二の矢にばかり目が行き、第三の矢が見えなくなっていた。


 そして。


「敵の魔法攻撃が苛烈で、我が方の防陣が破られようとしています! さらに敵は騎馬隊を準備し、突撃態勢を取っています。その数、およそ二千!」


 二千。

 その数字にレクトルは反応を示した。


 ヘムズ平原では一千そこそこの騎兵により、あと少しのところまで迫られた。

 今回は二千。


 出撃を許せば、ここまでたどり着かれる。


 その考えが頭をよぎった時点で、レクトルは心理戦において敗北していた。


狂化バーサーク!!」


 右方に展開する五千の部隊に向かって、右手を向けてレクトルは狂化の神威を放つ。


 その効果は劇的だった。

 右方の兵士たちはいきなり雄たけびを上げ始め、体を震わせ始める。


 そんな狂戦士の部隊に、レクトルは突撃を命じた。


「突撃! 敵を討て!」


 この程度の命令しか狂化した兵士は受け付けない。

 それで充分だとレクトルは考えていた。


 それだけ狂戦士の軍は強力だったからだ。

 単純な力押しで盤面をひっくり返せるほどに。


 だから過信が生まれた。


 ヘムズ平原でレクトルは入念に準備をしていた。

 アークレイムと事前に組み、アルシオンの使徒をマグドリアより引き離し、自身の存在は徹底的に隠ぺいした。


 そして敵よりわざと遅れて、丘を取らせ、敵の油断を誘った。


 そのうえでの狂戦士での不意打ちだった。

 それゆえの戦果だった。


 しかし、今回は油断があった。

 警戒はしつつも、自身の優勢を疑わなかった。


 だから、レクトルは左方より響いてきた馬蹄の音に振り向かなかった。


 振り向けば自身の優勢が崩れるとわかっていたからだ。

 そして、自身のミスを認めることにもなるからだ。


 だが、そんなレクトルの心情を無視して、レクトルの傍に控えていたラインハルトが告げる。


「左方より敵軍二千。掲げる旗は青地に銀十字。先頭にはユウヤ・クロスフォードの姿があります」

「――さい」

「迎撃の指示を。レクトル様」

「うるさい! うるさい! 僕は間違えてない! 僕は!」


 癇癪を起こしたレクトルを見て、ラインハルトはため息を吐きつつ、落ち着かせるために決定的な言葉を告げる。


「対応が遅れればヘムズ平原の二の舞になりますよ?」


 ヘムズ平原のとき、レクトルは自分の守備を優先させ、黒騎士団を出すのが遅れた。

 だからこそ、ユウヤの接近を許した。


 それはこれまで誰も触れなかったことだった。

 ラインハルトも好きで触れたわけではない。


 ただ、こうでも言わなければ出陣できないからだ。


「ヘムズ……」

「出陣の許可を頂きたい。あの時のように」


 どれだけ文句を言っても、レクトルが黒騎士団を傍に置いているのは、王から遣わされたというよりは、ヘムズ平原での功績を評価してのことだった。


 そして状況はあのときと似ている。


 レクトルはラインハルトを睨む。


「あの時のような失敗は許さないぞ……!」

「承知しております。同じ相手を二度は逃がしはしません」

「なら出陣して、あいつを! ユウヤ・クロスフォードを殺してこい!」

「御意……御身に勝利を捧げましょう」


 そう言ってラインハルトは配下の騎士を伴い、出陣した。






●●●






 自軍の中を走りながら、ラインハルトは黒い兜をつけた。

 そしてアルシオン軍の先頭を走るユウヤを見つめる。


 ヘムズ平原でも強かった。

 しかし、今のユウヤはそれ以上の強さを感じる。


 体調が万全ということではなく、雰囲気が強いのだ。


 思わず新調した剣を握る手に汗がにじむ。


 苦笑して、ラインハルトは自分に言い聞かす。


 負ければ使徒を討たれ、マグドリアは弱体化する。

 アルシオンに起こったことがそのまま返ってくる。


「陛下……」


 剣を捧げた主を想い、ラインハルトは覚悟を決めた。


 ユウヤは兵士を切り裂き、快進撃を続けている。

 後ろで戦う兵士たちも強い。


 それでも。


「マグドリアの黒騎士団よ! 陛下の騎士たちよ!」


 ラインハルトは剣を高く掲げ、後ろを走る騎士たちに檄を飛ばす。

 剣が太陽の光を反射して、キラリと光る。


「ヘムズ平原での決着をつける! 陛下とマグドリアのために! ユウヤ・クロスフォードの首を取る!!」


 そう言った頃には、ラインハルトの視界にはユウヤがしっかりと捉えられていた。

 ユウヤも気付き、迎撃の用意をしている。


 だが、それに構わず、ラインハルトは剣を振り下ろした。


 先手必勝。

 何が何でも討ち取る。


 そんな気概で、ラインハルトは告げた。


「突撃!!」


 馬が加速し、ユウヤの姿がどんどん大きくなっていく。


 使う剣は長年使ってきた愛剣ではない。

 レクトルが王より授けられた宝剣だ。


 剣の質で言えば、前回よりも上。

 しかし、ユウヤも同じだった。


 青く白光するユウヤの剣を見て、ラインハルトはすぐに魔剣と気付く。


 ラインハルトは微かに笑みを浮かべ、好敵手に渾身の一撃を食らわせるために、体に力を入れた。


 互いに剣を構え、そして。

 剣がぶつかり合う。


 最初から全力だった。

 双方の剣が弾かれる。

 しかし、二人の視線が交差する。


「邪魔をするな!!」

「できない相談だ!!」


 互いに再度、攻撃を加えるが、また剣がぶつかり合い、弾かれる。


 ユウヤは腕の痺れに耐えながら、黒騎士団の数を見る。


 およそ五百。

 対して、ユウヤが率いるのは二千。


 数の上では四倍。

 だが、周囲にはほかのマグドリア兵もいる。


 ラインハルト率いる黒騎士団の到着で、他のマグドリア兵の士気も上がっている。


 この場において、ラインハルトは兵士の精神的支柱となっているのだ。


「いつもいつも邪魔ばかり。正直、しつこいぞ」

「それはこちらの台詞だ。君もそろそろ観念して、討たれたらどうだ?」


 互いに言葉を交わしながら、剣を振りぬいていく。

 技巧を凝らした剣術ではない。


 力強く、荒々しい力技だ。


 だが、それだけでは決着はつかない。

 互いにどこで勝負を仕掛けるべきかを考えていた。


 しかし、失敗すれば命取り。

 致命的な隙を晒すことになる。


 そのとき、他の黒騎士とアルシオンの騎兵が流されて、二人の間に割って入ってしまう。


 咄嗟にラインハルトとユウヤは、それぞれの敵を斬り捨てる。


 だが。


「団長!!」


 致命的な一撃を加えられた黒騎士だったが、血を吐きながら、ユウヤに飛びかかった。

 ユウヤはもう一度、その黒騎士を切り伏せるが。


 それはラインハルトの前では致命的な隙だった。


「はぁっ!」


 激しい気合と共に、ラインハルトは突きを放つ。

 体勢を崩したままのユウヤは、避けきれず、左の肩を抉られる。


「ぐっ!!」


 痛みに顔をしかめつつ、ユウヤは無意識的に右腕を跳ね上げた。

 それはラインハルトの鎧を微かに切り裂き、皮膚を傷つけ、黒い鎧を弾き飛ばした。


 そのせいでラインハルトは追撃の機会を逸する。

 双方ともに体勢を立て直し、相対する。


「意外に……若いんだな……」

「十三で騎士になり、君と同じくらいの年に黒騎士団に入った。騎士になってすでに十年は超えている。だから……半生に賭けて、この場は通さない。騎士は国を守るモノゆえに」

「国を守るか……あの使徒を守ることが国を守ることに繋がるか? 俺には滅びの道に見えるが?」

「それは私が判断することではない。私が忠誠を捧げた主が守れと仰った。私にはそれで充分だ」

「充分? ふざけるなよ……! 狂戦士とされた兵士たち! あれが人の死に方か!? 勇気ではなく、蛮勇を無理やり与えられ、敵に突撃させられる! それを見て、充分だと言えるのか!? 兵士にも家族がいるんだぞ!?」


 ラインハルトは目を細める。

 ユウヤの姿が眩しかったからだ。


 こんな将の下で戦えるなら、さぞや気分のいいことだろうと、柄にもなくユウヤの配下たちが羨ましかった。


 しかし、自分はマグドリア黒騎士団の団長。


 仕える主は一人と決めていた。


「君との問答は意味がない。敵国の兵士のことを気にするなど愚かなことだ。どうしても気に入らないと言うなら、死んでくれ。君が死ねば救われる兵士は数千を超えるだろう」

「買いかぶりだな。だが、お断りだ。その代償にアルシオンの何万が不幸になる」

「そうだろうな。なら、その口を閉じることだ。ここは戦場で私たちは剣を持って戦う戦士だ。語るのは口ではなく」


 剣だ。


 ラインハルトはそう言って剣を構える。

 それに合わせて、ユウヤも剣を構える。


 周囲の戦況はアルシオンに優勢だった。

 当然だ。

 ユウヤの配下は全員、強化を掛けられているのだから。


 狂戦士でもなければ止められない。


 だから、ラインハルトは時間がなかった。

 このままモタモタしていれば、ユウヤの兵士に囲まれてやられる。


 対するユウヤも、囮になったリカルドとセラのために早く決着をつけたかった。


 互いに時間に追われる者同士。

 しかし、焦りは微塵も見せない。


 そんなものを見せて、勝てる相手ではないからだ。


 馬を走らせ、二人は再度激突した。

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