第三話 厄介な親戚・下
大会はトーナメント方式。
時間は百八十秒。つまりは三分。
その間に決着がつかない場合は、延長だ。
ルールは胸につけた木の板を割るか、木剣を弾くか。もしくは一段高くなっているリングの上から落ちるか。
安全のために、体には柔らかい皮の鎧をつける。
「正直、邪魔なんだよなぁ」
名前を呼ばれ、俺は皮の鎧を気にしながらリングに上がった。
トーナメントのため、フェルトの弟とは勝ち抜かなければ当たらないと思っていたけれど、そこは大貴族というべきか。
アリシアの口利きのおかげで、俺は一回勝てばフェルトの弟と当たる。
ちなみにフェルトの弟はさっさと勝ちを決めている。
フェルトと同じく金髪で、端正な顔立ちに加えて、長身でかなり力が強い。一回戦はあっさり相手の剣を弾いてしまっていた。
年は俺と同じ十二歳。
つまるところ、アリシアは年上に噛みついているわけだ。まぁ、この年代の一歳なんて、あってないようなものだけど。
しかし、それは言い合いをする場合だ。実際に戦ったりするとなると、一歳の差は大きい。
俺の一回戦の対戦相手は十三歳。結構、ガタイがいい。伯爵の息子らしい。
向こうは俺がひょろそうだと思ったのか、始まる前から笑っている。
「クロスフォード子爵の息子だって? 領地はどこだよ? 聞いたことないぜ」
対戦相手の少年はそう言って笑う。
結構、大きな声だったので、周りの観客からも笑いが漏れた。それだけクロスフォード子爵家がマイナーな貴族というわけだ。
実際、マイナーな貴族だし、馬鹿にされるのも慣れている。
ただし、慣れているからといって許容するわけにもいかない。
観客の前で馬鹿にされて引き下がれば、家名に傷がつく。
「そういうお前はどこのだれだ?」
「俺はグレイクフット伯爵の息子、ダイン・グレイクフットだ!」
「知らないなぁ。まぁ、名前だけは覚えておくよ」
「おい……お前。無事にここから降りられると思うなよ?」
グレイクフット伯爵というのは、本当に知らない。
興味がないし、アルシオンは貴族が多い。
伯爵もピンキリだし、一々、覚えてなんていられない。
まぁ観客の反応からして、結構名のある貴族みたいだけど。
けど、それはこいつの実力には直結しない。
開始の合図が鳴る。
俺とダインの間には十歩の間合いが開いている。
しかし、ダインはそれを猛然と詰めてくる。
開始早々の先制攻撃。悪くはない。ただ、怒り任せでモーションが丸分かりだ。
上段からの振り下ろし。
スピードも十分だが、来るとわかっていればいくらでも準備ができる。
ルール上、相手の胸に攻撃を加えるか、剣を弾くしか勝ちはない。
それでも上段からの振り下ろしを選んだのは、相手に受けさせるためだろう。
だから、受けない。
俺は軽く体を横にずらして、ダインの木剣を見送る。
大きな音を立てて、ダインの木剣は石の床にぶつかる。
受け止めることを想定していたから、勢い余ったのだろう。
俺はその木剣に片足を乗せて動きを封じつつ、皮の鎧の上からつけられた木の板を軽く突く。
それだけで木の板はあっさり割れる。
もともと、子供の大会だ。しっかり当たれば、威力は必要ない。
「そこまで!」
審判をしている現役の騎士が試合を止める。
ダインは信じられないというような表情をしているが、あの実力では相手が俺じゃなくてもやられていただろう。
「次は自分の実力を自慢できるようにしてから来いよ」
「っ!!」
ダインは顔を真っ赤にして、リングから降りていく。
俺はそれに苦笑しながら、ダインを見送ったあとリングを降りた。
●●●
二回戦。
さすがに一回勝っただけあって、それなりの奴らが残っている。
まぁ、二回戦が終われば棄権する気だから、だれが勝とうがどうでもいいけど。
進行係に呼ばれて、リングの前に立つ。
反対側にはフェルトの弟。名前はライナー。
立ち振る舞いといい、落ち着きようといい、ほかの参加者とは別格だ。
さすがにフェルトが自信満々で送り出したことはある。
リングに上がると、ライナーが俺を見て苦笑した。
「お互い、厄介な親戚を持ちましたね」
「まったくだ。他人を巻き込まないでほしいぜ」
フェルトとは違い、ライナーは笑顔の似合う少年だった。非常に好印象だ。
「とはいえ、ここで負けると我が家の家名に関わります。全力で行かせていただきます」
「お手柔らかに」
瞳に真摯な光が宿る。
本当に全力で来る気だろう。
姉の無茶ぶりでも、勝負事は勝負事ということか。
貴族の息子として、家の名前を背負っている以上は、負けられない。名が知れている貴族なら尚更だ。
「始め!」
始めの合図で、俺もライナーも木剣は構えこそすれ、動くことはしない。
互いの間合いがわからない以上、最初は探り合いだ。
微かに切っ先を動かし、相手の出方を見る。
ライナーは長身だ。手足も長い。リーチがあり、力もある。
距離が離れている状況じゃ、ライナーが断然有利だろう。
けれど、だからといって迂闊に近づくわけにはいかない。
十二年間、俺は貴族の息子として教育されてきた。
その中でも、戦で役に立つこと、とりわけ剣の稽古はかなり力をいれて教えられた。
だからこそ、ライナーに隙がないことがわかる。
この年で、これだけ完成されている剣士を俺は見たことがない。それこそ、クロスフォード家の兵士たちよりも隙がない。
「……」
「……」
互いに無言のまま、俺とライナーはフェイントを繰り返す。こちらが攻めあぐねているように、向こうも攻めあぐねているようだ。
しかし、均衡が破られた。外部からの声によって。
「ライナー! 何をしていますの! オーウェン家の者ならば、恐れず前に踏み出しなさい!!」
姉であるフェルトの言葉。それを聞いて、ライナーは腹を括ったのか、前に踏み込んできた。
鋭い踏み込みからの突き。
正確に木の板を狙ってくる。
それを何とか払い、返す刀で胸の板を狙う。
しかし、ライナーはすぐに木剣を引き戻し、力いっぱい俺の木剣を弾く。
手に重い衝撃が走る。
危うく手を離しそうになるほど、重い一撃だった。
やはり力が強い。打ち合うのは避けたほうがいい。
弾かれた力をうまく逃がし、俺は再度距離を取った。
接近しないと話にならないが、鍔迫り合いになれば絶対に負ける。
さて、どうしたものか。
リングから落ちないように、ライナーの周りをぐるぐると回りながら、俺は考えを巡らせる。
こうやって周囲を回っている内は、ライナーも直線的な攻撃は仕掛けにくいだろう。
ただし、結局ジリ貧だ。なにか手を考えないといけない。
また膠着状態になる。今度は観客たちも黙る。
時間も時間だ。次で勝負は決まる。というか、決めないと拙い。
ライナーも同じことを思っていたのか、意を決して足を前に踏み出してきた。
それに合わせて、俺も前に踏み出す。
一瞬で間合いが零へと変わる。
鍔迫り合いすらできない密着状態。
ライナーと俺の肩が衝突し、一方的に俺が弾かれた。
「ちっ!!」
「はぁぁぁぁ!!」
好機と見て、ライナーが連撃を加えてくる。
上下と思えば、左右。そうかと思えば、突き。
変幻自在で強力な攻撃だ。それらを何とか防ぎつつ、俺は確信した。
今の実力じゃライナーには敵わない、と。
敵わないが。
「負けるわけにもいかないんだ……!」
体の奥の奥。
魂とも呼べる部分に手を伸ばす。
そこには一つの力が眠っている。
俺が前世の記憶に目覚めたときに、同時に目覚めた力。
反則に近い力なため、滅多に使わないが、この場合はそうも言っていられない。
このエリアール大陸には、使徒と呼ばれる神秘の存在がいる。
使徒は男女を問わず、幼い頃に神威と呼ばれる力に目覚める。
そして目覚めたと同時に、使徒は人であって人ではない存在になる。
使徒は例外なく優秀な将軍であり、使徒の持つ神威はどのような魔法よりも強力だ。
ゆえに各国は使徒を発見すると高い地位や金銀財宝を与えて厚遇する。
使徒の力はそのまま国力に直結するからだ。
そして、俺もその使徒だ。だれにも教えたりはしてないけれど。
「強化」
自分にだけ聞こえるような声で呟き、俺は自らの身体能力を強化した。
同時にライナーの渾身の攻撃が迫る。
俺から見て、右側からの薙ぎ払い。
受ければ、吹き飛ばされてしまうだろう。
だから、俺はその薙ぎ払いに合わせて、体を沈めこむ。
上半身が床スレスレまで近づくと、俺は軽く床を蹴る。
側宙のような形になって、俺はライナーの攻撃をすり抜けた。
曲芸じみた回避にライナーが目を見張る。
その一瞬の隙を逃さず、俺はライナーの板を割った。
同時に、身体能力の強化を切る。あんまり長くやると、あとが怖い。
俺の神威、強化は武器や体を強化できるけれど、その強化には反動があるのだ。使った時間や強化の度合いによるけれど、普通に体を強化した場合は筋肉痛が待っている。
「そ、そこまで!」
一瞬、茫然としていた騎士が慌てて勝負を終わらせる。
それだけ俺の動きが常軌を逸していたのだ。
革の鎧や木剣という重りをつけて、しかも高速で迫る攻撃に合わせて側宙など、やろうと思ってもできない芸当だ。
もちろん、俺も普段ならできない。
ただ、今は身体能力を強化していたからできた。それだけだ。
「参りました。お強いですね」
「まぐれさ。次に同じことをやれって言われてもできやしない」
「それでも、実戦ならばそのまぐれで僕が命を落としていました。完敗です」
そう言ってライナーは俺に握手を求めてくる。
それに応じて、俺はライナーとともに笑った。
●●●
「あんなことができるなら、初めからやりなさいよ! ひやひやしたでしょ!」
「イチかバチかだったんだよ……。実力は向こうのほうが上だったし、まさか成功するとは思わなかった……」
「そんな博打をしたの!? 私のお金が掛かってたのよ!?」
文句を言うアリシアの手にはたっぷりと膨らんだ袋がある。
フェルトが払った賭け金だろう。
どうせ、互いに嫌味を言いあったのだろうけど、今は反動のせいでその顛末を聞く気にもなれない。
軽い筋肉痛だから動けないほどじゃないけど、さすがに騒ぐ気にはなれない。
「ちゃんと勝ったんだから、それでいいだろ? 不満か?」
「……不満じゃないけど……」
「ならいいだろ? それで買い物してこい。俺は疲れた。帰る」
「え? 帰るの!? 5万ペクーニアあるのよ!? あなたにも分け前をあげるから、一緒に王都を回りましょうよ!」
アリシアが驚いた様子でそう言ってくる。
そうは言われても、この体じゃとても楽しめそうにない。
「全部やるよ。悪いが、本当に疲れたんだ。今回は遠慮しとく」
そう言って、俺は唖然としているアリシアを置いて、歩き始める。
なんだか後ろから罵詈雑言が飛んでくるけど、気にしない。
やることはやった。
あとは好きにやってくれ。
後ろにヒラヒラと手を振りながら、俺は屋敷への帰路についた。