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使徒戦記  作者: タンバ
第一章 アルシオン編
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第三十一話 兄と妹

「ユウヤ」


 本陣を離れようとしたとき、俺はエリオットに呼び止められた。


 名前を呼ばれたのは初めてだったから、思わずリカルドと視線を合わせてしまう。


 しかし、呼び止められた以上、無視するわけにもいかない。


「如何いたしましたか?」

「少し話がある」


 そう言って、エリオットはリカルドとセラに目配せする。

 リカルドとセラはそれを察して、一礼してから本陣を後にする。


 二人を見送ったあと、エリオットは深く息を吐く。


「情けない話になるんだが……」

「お話しください。できることはやるべきです」


 これが最後になるかもしれない。

 心残りは残さないほうがいい。


 エリオットは少し黙ったあと、俺を真っすぐ見つめてきた。


「頼みがある」

「なんなりと」

「……フィリスを……戦場から遠ざけたい」


 それは意外でも何でもない提案だった。


 今回、リカルドとセラはそれぞれ六千ずつを指揮する。

 そして、二千の精鋭を俺が率いる。


 本陣には僅か一千の兵しか残らない。

 しかも、リカルドとセラは敵の狂戦士を釣り出す。


 突破されれば、そのまま本陣を突かれるだろう。


 親族を逃がしたいと思って当然だ。


「……どれだけ軽蔑されても構わない。お前の妹を戦場に引っ張り出しながら、自分の妹を逃がそうとしているのだからな」

「兄として……お気持ちはわかります。私もセラには戦って欲しくはありません。できるだけ安全なところにいてほしい」


 それは本心だった。

 できることなら、今すぐにでも撤退させたい。


 けれど、それは本人が望まない。

 

 俺を待つことを嫌い、戦場にまで出てきたのだ。

 それを追い返すのは、セラの意思を踏みにじることになる。


「それでも……セラは戦うと言うでしょう。そしてセラはこの戦場には必要です。断る理由がない。とても……悔しいことに」

「……強いな。フィリスとてこの戦場には必要だろう。だが、王家の権威、威光を発揮するだけなら、俺一人でもどうにかなる。勝手だが、あいつには戦場を離れてもらう」

「その策を考えろと?」

「頼めるか? 同じく妹を持つお前にしか頼めない」


 戦場から離すだけなら難しくはない。

 けれど、ただ離れろといってもフィリスは納得しない。


 納得が必要だ。

 そのために役割が必要だ。


「御意。上手くやってみましょう」

「すまないな。代わりにオレの命をやるから。好きに使ってくれ」


 いまだに怖いのだろう。

 軽い笑みをエリオットは浮かべるが、微妙に引きつっている。


 それでも。


「……ヘムズ平原でギルアム殿下は真っ先に撤退を口にしていました。兵のことを顧みず、殿しんがりをせよという始末でした」

「あいつらしいな……。あいつは世界で一番好きなモノが自分だからな」

「そうかもしれませんね。ですが、大なり小なり、人は自分のことが大切です。だから、後ろで逃げずに誰かがいるのはありがたいことです。後ろに守るモノがあれば、人は退かず、前に踏み出せますから」

「ただいるだけだぞ? 子爵のように作戦を立てられず、お前のような武勇もない。今まで大したこともしてきてない。それでもいいか?」

「過去より今です。あなたは立派な人だ。少なくとも、ヘムズ平原でギルアム殿下を見ている私から見れば、兄弟であるのが信じられないほどに」


 不遜な言い方かもしれない。

 けれど、正直な感想だ。


 ギルアムを見ているせいか、妹を逃がそうとしているエリオットが卑怯とも映らない。

 むしろ輝いて見える。


 王家も捨てたもんじゃないと思える。


「ベタ褒めだな。ギルアムとの比較じゃなきゃ、もうちょっと喜べるんだが」

「残念ながら、比較対象があの方しかおりませんから。ですが、あなたはクロスフォードの信頼を獲得した。身内贔屓ではありますが、中々、優秀な家だと思います。少しは誇っていいかと」

「ああ。その点については疑いようがない。武勇も知恵もなく、加えて度胸もない王子ですまないが、支えてくれ」

「支え甲斐があるというものです。フィリス殿下の件はお任せください」

「……オレは末の息子だから、お前みたいに頼りになる弟が欲しかった。一層、この戦が終わったら、本当に弟になってみるか?」


 それは予想外な言葉だった。

 エリオットの弟になる方法など、一つしかない。


 フィリスの夫になることだ。


 冗談きつい。

 向こうは王女で、こっちは子爵の息子だ。

 釣り合わないにもほどがある。


 思わず苦笑を浮かべるが、エリオットは至って真面目だった。


「真剣に考えておけ。アルシオン王家は昔から文に偏っている家だ。ここらで強い血を入れるのも悪くない。クロスフォード子爵家は家格こそ低いが、血筋の優秀さは証明済みだしな」

「御冗談を。ですが、ありがたい申し出です。お気持ちだけ受け取っておきましょう」

「本気なんだがな。よく考えておけよ? オレも身内贔屓になるが、できた妹だぞ?」


 笑みを浮かべて頷き、俺はその場を去る。

 戦闘前にこれ以上、妙な話は避けたかった。


 結婚やら婚約の話なんて、フラグになりかねない。

 俺はまだ死ぬ気はないんだ。


 ついでに身を固める気もない。

 十五で人生決まるとか、幸せなのか不幸なのかわかったもんじゃないからな。






●●●






「角笛を届けてほしい……?」


 本陣を出た俺は真っすぐフィリスの下に向かい、援軍の来る予定のエルトに角笛を届けてほしいと伝えた。


「はっ。本来は自分で返すべきですが、役目がありますゆえ、殿下にお願いしたいのです」

「ロードハイム公の角笛は特殊な音色を奏でる特別な物だと聞くわ。確かに返すべきでしょうけど、この状況で私が?」

「今回、殿下は本陣で待機する手筈です。それならば、ロードハイム公の案内も兼ねて、この角笛を返していただけないでしょうか?」

「そう」


 そっけない返事をして、フィリスは俺に近づいてくる。

 そしてクスリと笑う。


「エリオット兄様の差し金ね?」

「まさか。個人的なお願いでございます」

「あら? いつからあなたと私は個人的なお願いをする関係になったのかしら?」


 しまった。

 上手くかわしたつもりだったのに。


 この人は妙に鋭いな。


「無理をしなくていいわ。エリオット兄様のことだから、私を遠ざけたいとでも言ったのでしょう?」

「……」

「安心して。ごねたりしないわ。大人しく、ロードハイム公の案内と角笛の返還はするから」

「助かります」


 正直、これから戦だというのに、ごねられたりしたら、ちょっと平静でいられる自信はない。


 それを見透かしたのか、フィリスはまた小さくクスリと笑った。


「本当に助かったって顔しているわ。もう少し、気を遣ったらどうかしら? 私は兄に追い出される可哀想な妹なのよ?」

「……心中お察しいたします」

「あなたには無理よ。あなたは兄で、私は妹だもの。兄は妹の気持ちが理解できない生き物なのだから」


 全否定かよ。

 じゃあ、どう答えたらいいんだ。


 答えに窮していると、フィリスはクスクスと口に手を当てて上品に笑う。

 その笑い方は、下手したら気取っていると取られかねないはずなのに、フィリスがするととても様になっていて、優雅だ。


 これが上流階級というやつか。


「アルシオンの銀十字も女性の扱いは苦手かしら?」

「はぁ……得意なように見えますか?」


 からかわれているのだ。

 思わずため息を吐いて、素で答えてしまう。


 その反応がおかしいのか、フィリスはさらに笑う。


「残念ながら、お世辞にも得意そうには見えないわ。でも、あなたは私と会話しても落ち着いているのね。大抵の男性は、私と話しをするときは落ち着かない様子で視線を彷徨わせるのだけど。自信がなくなってしまうわ」

「からかわないでください。これでも緊張しています」

「本当かしら? 疑わしいわ。私に魅力がないのではなくて?」


 楽しそうに笑いながら、フィリスがさらに俺に近づき、腕を組む。

 そうすると意外なほどにボリュームのある胸が強調される。


 ゆったりとした服を着ているから気付かなかったけど。

 デカい。


 鼻をくすぐるのは甘い女性の香り。


 まったく。勘弁してくれ。


 一歩、後ずさるとフィリスは笑みを深めた。


「よかったわ。魅力がないわけじゃないようね」

「殿下……」

「ごめんなさいね。でも、魅力がないと思われていたら、効果がないでしょう?」


 そう言うと、フィリスは俺に膝をつくように命じた。

 言われたままに膝をつくと、フィリスは微かに間を開けたあと、俺の頬を両手挟む。

 そして俺の額に口づけをしてきた。


 思わず飛びのきそうになるが、フィリスの手がそれを許さない。


 そのままフィリスは自分の額を俺の額にくっつける。


「おまじないよ。必ず生きなさい。そして……」


 エリオット兄様を守って。

 その声は今までの余裕に満ちた声とは違った。


 微かに震え、内心の不安が滲んでいる。


 フィリスはフィリスで無理をしていたのだ。

 だから俺は頭を垂れて返事をした。


「御意」






●●●






 アルシオン軍とマグドリア軍。

 双方の態勢が整った。


 マグドリア軍は陣形の変更を終え、アルシオン軍は部隊の配置を終了した。


 俺と体つきの似た兵士が二名選ばれ、すでにリカルドとセラの下にいる。


 二人の軍に狂戦士が向かえば、俺が奇襲部隊を率いて突撃する。


 予定ではまずリカルドが正面から攻め、そのあとにセラが左から攻め込む。


 俺は右側からの奇襲となるだろう。


 砦を攻めていたマグドリア軍は後方。

 砦に近いほうで待機している。

 おそらく体力的に限界なのだろう。


 そこには獣人も混ざっているはず。

 温存する気なのだろう。


 マグドリア軍はこの後、王都も落とす予定のはず。

 クロック砦をほぼ無力化することができたのは獣人のおかげだから、そのときのために取ってあるといったところか。


 正直、獣人が戦力を保ってさえいれば、王都は陥落する。

 近衛隊がどれだけ強力でも、夜襲されればひとたまりもないだろう。王を人質に取られれば、そこまでだ。

 だから、この戦いは負けられない。


 向こうも数に限りのある駒は、極力使いたくはないはず。敵が温存している内にどれだけ進めるかだな。


 だが、本陣に近づけばさすがに獣人たちも出してくるだろう。


 狂化がなくても獣人の戦闘能力は恐ろしい。

 一般の兵士では太刀打ちできないだろう。


 俺がどれだけ突破できるか。

 そこに今回は掛かっている。


 時間との勝負でもある。

 手練れに道をふさがれ、苦戦すれば、マグドリアの使徒は回復し、本陣近くの兵に狂化を使うだろう。


 そうなれば突破は一段と難しくなる。


 その前に決着をつける必要がある。


「ま、簡単にはいかないだろうけど……」


 マグドリアに本陣には黒い軍旗がある。

 見覚えのある軍旗だ。


 ヘムズ平原の最後に見た覚えがある。


 マグドリアが誇る黒騎士団の軍旗だ。

 今回も使徒の周りには奴らがいる。


 上手く奴らも釣り出されてくれれば助かるが、使徒の護衛が出るとも思えない。


 ヘムズ平原では結局、奴らに突破を阻止された。

 今回は前回のようにやられるわけにはいかない。


「ラインハルトとも決着をつけなきゃか」


 俺の相手は間違いなく黒騎士団の団長であるラインハルトだ。

 前回は消耗していたし、武器の質も今に比べれば劣っていた。


 前のようにはいかない。

 そう思うが、前回の対戦のとき、ラインハルトにはまだ余裕があった。


 剣の実力では奴のほうが上だ。

 強化をしてても勝てるか怪しい。


 ブルースピネルがあるから、前回よりはマシに戦えるだろうが、簡単に突破できるとも思えない。


 だが、時間はかけてはいられない。


 先手必勝。見つけたら先制攻撃で殺す。

 それでだめなら、人数をかけてでも討つ。


 あいつが一番の障害だ。

 正々堂々とは言っていられない。


「レオナルド、エドガー。背中は任せたぞ?」


 後ろに控える二人に声をかける。

 精鋭部隊ゆえ、可能なかぎり武勇に優れる者を集めた。


 クロスフォード家からはエドガーが加わっている。


「もちろんです。若」

「お任せを。若君」


 二人は気合十分といった様子で準備をしている。

 士気は問題ない。


 あとは運任せか。


 ふと、強い風が流れた。

 それはヘムズ平原の方向から流れる風だった。


 おそらくエルトはこちらに向かっているだろう。

 進路上にはフィリスが向かっている。


 ここまでの案内も問題ない。


「間に合うかどうか……」


 いや、考えても仕方ない。

 もしも間に合わなかったとしても、エルトならマグドリア軍の進路を阻止し、アルシオンを守ってくれるだろう。


 せめて、そのときのために。


「敵を排除しておくとするか」


 そう言ったとき、リカルドが軍を進ませた。

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