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使徒戦記  作者: タンバ
第一章 アルシオン編
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第三十話 家族



エリアール暦448年6月17日。


 早朝。


 クロック砦を攻めるマグドリア軍の後方に、俺を含めたアルシオン軍一万五千が姿を現した。


 負傷兵や疲弊した兵たちはオルメイア平原に置いてきたため、数の上ではマグドリア軍に劣っているが、クロック砦の戦力を合わせれば大きく上回る。


 そう誰もが思っていた。


「……父上……あれは」

「……まさか、獣人がマグドリアに味方してるなんてね……」


 エリオットの傍に控えていた俺とリカルドは、クロック砦を攻める獣人を見て、自分たちが危機的状況に追いやられたことを察した。

 

 獣人は縦横無尽に砦を駆けまわり、兵士たちを薙ぎ倒している。


「し、子爵……クロック砦は……?」

「落ちてはいません。ですが、こちらに呼応して出陣するだけの戦力は残っていないでしょう……」


 遠くからでもわかるくらい、クロック砦の前線に立つ兵士は少ない。

 どうみても三万の兵力が保たれてるとは思えない。


 おそらく一万はやられて、残りの大半も傷を負っているだろう。

 無事な兵士など一人だっていないはずだ。


「で、では……ではどうする!? 我らは一万五千。敵は二万! 加えて、あんな化け物たちまでいる!!」

「ご安心を。敵とてクロック砦をタダで落としたわけではありません。獣人に狂化を施し、人間の兵士たちも昼夜を問わず攻め続けたのでしょう」

「ならば、勝機はあるのか!?」


 藁にも縋る。

 そんな表情でエリオットはリカルドに問う。


 リカルドはチラリと俺を見て、そしてエリオットに向かって諭すように言う。


「勝機は見出すものです。殿下。慌て、焦り、恐怖や不安に負けてしまえば、手の中にある勝機も零れ落ちてしまいます。落ち着くことが肝要です」

「だが!」

「エリオット兄様。取り乱すなんてみっともないですよ?」


 さて、どうやって落ち着かせるべきかと考えていたのだけど、思わぬところから援軍がきた。

 フィリスだ。


 クロック砦の惨状を見て、すぐにこっちに向かったのだろう。

 そうでなければ、こんなに早く来れるわけがない。


 お淑やかな人なのに、肝が据わってる。

 普通はクロック砦の様子を見れば、茫然自失か慌てるかのどちらかだ。


 最も王としての気質を持っていると言うのも、あながち誇張した表現じゃないな。


「フィリス……」

「勝機がなければ逃げますか? 劣勢になれば逃げますか? ギルアム兄様のように」

「それは……」

「逃げるならどちらに? 王都ですか? それとも他国に?」

「……」

「逃げれるならだれもが逃げたいと思うでしょう。けれど、守りたいものを守ろうするならば、逃げずに立ち向かうしかない。だからここに一万五千の兵士たちがいます」


 フィリスは言葉を発しながら、強い視線をエリオットに向ける。

 エリオットがフィリスから視線を逸らし、下を向いている。


 まっすぐと妹の目を見る勇気が出ないのだ。


「彼らを見捨てて、自分だけ逃げることが王族の責務だと言うなら……王など誰でもいいではありませんか。誰でもできます」

「口が過ぎるぞ!」

「結構です。これまでの人生、私は言いたいことを言ってきました。今も言わせていただきます。私は上の二人のお兄様と、エリオット兄様は違うと思っています。どれだけ難題を嫌っても、エリオット兄様は引き受ければ逃げたりはしないと、私は信じています」


 ですから、と続けて、フィリスはエリオットの手に自分の手を重ねる。

 エリオットの肩が小さく震えた。


「失望させないでください。私たちに逃げ場などないのです。ここで破れれば王都が落ちます。他国に落ち延び、他国がアルシオンに攻め込む大義名分となりますか? それで何が守れます? 何もかも捨てて、命だけを確保してその後の人生が楽しいですか? 兵を見捨てて、民を見捨てて、それで胸を張ってエリオット・アルシオンと名乗れますか?」

「ああもう! わかった! 覚悟を決めてやる! だからやめろ! 妹の説教なんて聞きたくもない!」


 フィリスの手を退けて、エリオットがフィリスを真っすぐ見た。

 それを見て、フィリスはにこやかに笑う。


 そして俺とリカルドを見る。


「もう大丈夫そうですね。では、お二方。兄を頼みます」

「承知しました」

「お任せください」


 二人でそれぞれ答え、優雅に立ち去るフィリスを見送る。

 それからしばらく、無言が続いた。


 クロック砦への攻撃は一時停止している。

 マグドリアがこちらに向かって陣形を変えているからだ。


 陣形を変える前に攻め込みたいところだけど。

 それでは敵の使徒の思う壺だ。


 無策で攻撃すれば、こちらがやられる。

 数で劣り、狂戦士を作り出せる使徒がおり、加えて獣人までいる。


 獣人を狂化させられたらお手上げだ。

 魔族はもともと高い戦闘力を誇る。

 それが狂化したら、どれほどのものになるか。


「リカルド・クロスフォード子爵……」

「はっ」

「オレは戦うぞ……。思えば、オレの遊んで楽して生きる人生が台無しになったのも、あの使徒のせいだ。必ず、アルシオンから追い出してやる……!」

「ご英断です。殿下。では、動きましょう」

「策があるのか?」


 リカルドの言葉にエリオットが反応する。

 俺も思わずリカルドを見た。


 この状況で対策があるんだろうか。


「敵の使徒はさすが使徒というべき手腕を見せています。この短期間でクロック砦をほぼ無力化するとは、驚きです」

「敵を褒めてどうする!?」

「ですが、そのために敵の使徒は一つ悪手を打ちました」

「悪手? 父上、悪手とはなんです?」


 敵の使徒が悪手を打ったようには見えない。

 どう考えても優勢な状況を作り出している。


「ユウヤ。使徒はなぜ強いのかな?」

「使徒が強い理由ですか? 神威があるからでは?」


 リカルドの質問に俺はそう答える。

 それが一番の理由だからだ。


 しかし、リカルドは首を横に振る。


「正解であって正解ではないね。神威はたしかに使徒にとって強力な力だ。けれど、極論からいえば、使徒は神威がなくても強い。剣を振るう使徒は、その剣の技量だけで百の敵を屠るし、弓を引く使徒は、百発百中の腕を持つ。策を考える使徒は、神威を使わずとも勝利して見せる。結局のところ使徒にとって、神威は切り札であっても、なくてはならないものではないんだ。彼らにはそれ以外にも優れた点がいくつもある」

「子爵。話を聞いていると絶望的な気分になるんだが?」


 エリオットの言葉に俺は同意して頷く。

 これでは倒せないと言われているようなものだ。


 しかし、リカルドは首を横に振る。


「最後まで聞いてください。では、目の前の使徒はどうかと言いますと、確かに非常に優秀な策士と言えましょう。加えて、神威も強力です。しかし……神威に頼り過ぎている」

「使徒が神威を使うのは当たり前だろ?」

「いいえ。殿下。神威も無敵ではないのです。強力ゆえに使用時間が限られていたり、反動があったり、そうでなくとも体力を消耗することは確かです。ですから、使徒は神威を使う瞬間を見計らうのです」

「なるほど。マグドリアの使徒は確か、使用時間に限りがあると言っていたな?」


 エリオットが俺に視線を向けて訊ねてくる。


 それに頷きつつ、補足する。


「おそらく、狂化が切れるのは一時間前後。最大で一万人に狂化をかけるのが限度でしょう」

「十分すぎるな……。それで? 子爵。神威を使うことが悪手というのか?」

「使うことではなく、頼りすぎているのが悪手なのです。制限時間、人数、そして狂化の際に人間は理性を失うようです。獣人は推測ですが、それなりに理性を残せるようですね。撤退があまりにもスムーズでしたから」

「最悪な情報がまた一つ増えたな。それだけ強力なんだ。頼りもするだろうさ」

「はい。そしてそれが悪手だと申し上げました。マグドリアの使徒は切り札の情報を我々に与えすぎました」


 そう言ってリカルドは穏やかな笑みを浮かべる。


 確かに敵の使徒は神威を念頭に置いた作戦を立てて、神威で戦局を覆してきた。

 ゆえにこちらにはそれなりの情報がある。


 ただ。


「知っていても、対策が立てられなければ意味はないだろ? 当初の予定じゃ、敵の狂戦士は攻城戦に不利だと見られていた。それなのに、クロック砦は二日で陥落寸前だぞ?」

「獣人の攻撃で反撃ができず、そのまま狂戦士に乗り込まれたのでしょう。砦の中に入られれば、逃げ場のないアルシオンが不利ですから。ですが、そこからでもわかることがあります」

「なんだ?」

「狂戦士の最も有効な活用手段は、攻撃だということです」

「……それだけか?」

「大事なことです。人間を狂化した場合、単純な命令しか受け付けなくなるのでしょう。獣人はある程度、命令は受け付けるようですが、そこまで複雑な命令は聞けないはずです。ここから見出される戦術は、攻めです」


 リカルドは言ったあと、自分が持っている杖を俺に向ける。


 意図がわからず、俺は困惑するが、リカルドは穏やかな笑みを浮かべたままだ。


「ユウヤ。防御というのはどういう行動だい?」

「行動ですか……? それは、対応では?」

「そのとおり。そして軍という大規模な集団で対応をする場合、指示を的確に遂行することが求められる。たとえば」


 リカルドはいきなり杖で俺を突いてくる。

 とっさに距離を取り、俺はリカルドの杖を避けた。


「距離を取るという単純な行動でも、軍で行動するとなると、何歩下がればいいのか? いつ下がるのか? いろんな指示が必要になる。だから、狂戦士に防御は不可能なんだ」

「それは理解できますが……それは向こうも承知では? 剣で剣を受けるように、敵に狂戦士をぶつければ、それも防御行動になります」


 なにも馬鹿正直に攻撃を受け止める必要はない。

 防御の仕方なんて無数にある。

 自分の軍にあった方法を取るのも、いい指揮官の資質だ。


 だが、リカルドはその俺の言葉に指を立てる。


「そう。向こうの防御方法は限られている。前進し、敵を叩く。これが狂戦士を利用した防御だ。そして狂戦士の数も限られている。ここまで来れば、僕が何を考えているかわかるね?」


 まさかと思うが。

 厄介な狂戦士をおびき寄せる気か。


 しかし、おびき寄せるには囮が必要だ。この場合は餌と言ったっていい。

 狂戦士に襲われれば、ただでは済まないのだから。


「ちょっと待ってください! 一体、だれを囮にする気ですか!? まさか殿下を!?」

「ま、待ってくれ! 戦う覚悟はしたが、囮なんてオレには無理だぞ!? 逃げ出さない自信がない!」


 なんとも情けないことをエリオットが告げる。

 まぁ、その気持ちはわかる。


 戦う手段がないのに、狂戦士の前に出されたら誰だってそうなる。


「いいえ。殿下が倒れれば、軍が崩壊してしまいますから。殿下は本陣でドンと構えていてください」

「ほっ……ん? では、誰が囮になる? まさかフィリスとでも言う気ではないよな?」

「まさか。お言葉ですが、エリオット殿下にしろ、フィリス殿下にしろ、軍を率いて突撃したところで、敵の使徒は狂戦士を差し向けたりしないでしょう。自分の神威です。弱点も承知でしょうから」


 そうだろう。

 作戦の基盤に組み込んでいる以上、メリットとデメリットは承知しているはず。


 一万にしか狂化を掛けられない以上、あんまりすぐには使わないだろう。


 ヘムズ平原とは違うのだ。あのときは奇襲だった。

 しかし、今は違う。こっちだってリカルドの言う通り、情報を得て、備えている。


「では、誰を囮に?」

「ユウヤ。囮というのは、敵が思わず飛びついてしまうものじゃなければいけない」

「承知してます。ですが、こっちにはそこまで名のある武将はいませんよ?」

「いるさ。向こうの使徒が恐れて、思わず狂戦士を差し向けるだろう武将が。オルメイア平原での戦況も向こうの使徒は把握しているだろうから、尚更乗ってくる」

「なるほど。たしかに最高の存在がこっちにはいるな。一度手酷くやられた相手だ。過敏に反応するはずだ」


 エリオットとリカルドが笑みを浮かべる。

 どちらも穏やかな笑みだ。

 しかし、それが怖い。


「……俺ですか?」

「その通り。けれど、ユウヤを囮に使ってしまうと、こちらは決め手にかけてしまう。だから、ユウヤの存在をチラつかせるんだ」

「俺の存在をチラつかせる? どうやってですか?」

「幸運なことにこちらの陣営にはクロスフォードが三人いるからね。僕とセラで敵の狂戦士を引きつける。そしたら、君が使徒へ突撃するんだ」


 そう言ってリカルドは本陣に無数に立っている貴族の旗から、青地に銀十字の旗を指さす。


 俺のマントとクロスフォード家の軍旗はほぼ一緒だ。マントとしての機能がついているかついていないかの違いだ。


 それも即席でどうにでもなる。

 身長が似ているものが纏っていれば、遠目からにはわからないだろう。


 ただ、それだけでは囮としては甘いから。

 セラとリカルドが軍の指揮を執る。


 そういう作戦だろう。


「……言っている意味がわかっていますか?」

「もちろん。どうせ、この戦に負ければ君の親族ということで、僕らは無惨な最後を迎えるだろうさ。なら、決死の覚悟で戦うさ。クロスフォード家で使徒を討つ。なかなか爽快だと思わないかい?」


 そう言ってリカルドはいつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべて、俺へ視線を向けた。


 いや、俺の更に後ろだ。


「私たちにはユウヤを殺されかけた恨みがある。それを晴らすチャンス」


 後ろを見ると、いつの間にかセラがいた。

 セラはいつになくやる気満々でガッツポーズを決めている。


 それを見ると、さすがに危険だからやめろとは言えない。

 あれは止めても無駄な目だ。


「僕らがやられる前に君が使徒を倒せば、僕らも安全だ。ほら、問題ない」

「前回は惜しいところまで行ったんだから、今回は大丈夫」

「やるのは俺なのに、なぜ二人が自信満々なんだ……」

「「信じているから」」


 声が重なる。

 助けを求めるようにエリオットを見ると、エリオットが肩を竦める。


「お互い家族には勝てんな」

「はぁ……代案があるわけではありませんし……仕方ありませんね。殿下。私に戦の趨勢を決める役割を託していただけますか?」

「愚問だぞ。リカルド・クロスフォードが作戦を立て、セラ・クロスフォードが補佐し、ユウヤ・クロスフォードが決める。今、考え得るかぎり、最高の布陣だ。異論などあるはずがない」


 そう言ってエリオットは息を吸う。

 そしてその目に覚悟が映る。


「失敗は気にするな。共に死んでやる。だから、己の才覚の全てを賭けて敵を討て!」

「……御意。ユウヤ・クロスフォード。非才の身ではありますが、全力を尽くします」

「御意。リカルド・クロスフォード。微力ながら、殿下の信頼に応えましょう」

「御意。セラ・クロスフォード。家名に賭けて、殿下とアルシオン王国に勝利をお約束いたします。勝報をゆるりとお待ちください」


 こうしてアルシオン軍の作戦を決まった。

 セラだけやけに自信満々なのが気になるけれど。





 

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