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使徒戦記  作者: タンバ
第一章 アルシオン編
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第二十八話 勝利の後




 逃げるマグドリア兵は大量だ。


 今、ぶつかって来られたら俺たちはその波に襲われて太刀打ちできないだろう。


 けれど、誰も向かってこない。

 川の中にある岩のように。


 マグドリア兵は俺たちを避けていく。

 そして俺たちの視界が開ける。


 見えるのは無数の死体と血に染まった大地。

 そして勝利に沸くアルシオン軍だ。


 ゆっくりと周囲を見渡す。

 共に突撃した兵士たちに無事な者はいない。


 今は大きな声をあげているが、それは勝利がそうさせているだけだ。


「レオナルド」

「はっ」

「何人残った?」

「……およそ百五十といったところかと」


 詳しい数はわからないか。

 それでも百人は死んだ。

 いや、一万以上の軍に飛び込んで、百五十人も生き残ったというべきか。


 驚異的だ。

 それでも悔やまれる。


 追い詰められるまで、エルトたちのように全体に神威を使うことができなかった。


 最初からあれができていれば、もっと楽に勝てた。死なずに済んだ者たちがいた。


「若君。悔やまれますな。彼らは喜んであなたについて行ったのです。もちろん、私もです。ヘムズ平原で救っていただいたこの命、あなたのために使うと、皆が決めたのです」

「……俺が救った命を俺が散らした……」


 できたのにやらなかったわけじゃない。

 本当に追い詰められるまで、できる気がしなかった。だから試さなかった。


 気持ちの問題と言われたらそこまでだけど。


 神威に関してはこの感覚が大事だ。

 馬への強化も多重強化も、できると思った瞬間があった。


 思えば、どっちも結構やばい状況で使えるようになった。

 馬への強化は、馬が転倒し掛け、俺も巻き添えを食らいそうになったとき。

 多重強化は、森でリカルドたちとはぐれ、一人で猛獣と戦う羽目になったとき。


「使徒は必ず一度死にかけている、か……」


 神威の発現が死からの生還なら、神威の成長は死の淵に立たされることなのかもしれない。

 もっと違う言い方をすれば、死に抵抗することが唯一の成長の方法かもしれない。


 そう思えば、戦場に立たない俺の神威と戦場に立ち続けたエルトの神威で、差が出るのも納得できる。


 もっとも、それだけだとヘムズ平原で俺の神威が成長しなかった理由がわからないけれど。


「いや、簡単か……」


 ヘムズ平原と今の違いは明白だ。

 どちらも死にかけたが、あのときは逃げるという選択がずっと頭の中にあった。

 本当の意味で追い詰められてはいない。


 今回は本当に退路がなかった。

 四方は敵兵だらけで、敵将を倒さなければエルトの援軍もない。


 逃げるという選択肢は最初からなかった。


「嫌な能力だ……」


 呟き、俺は馬をアルシオン軍のほうへと進ませる。


 訓練のときに強化を使っても、成長した感覚は一度だってなかった。


 だから、成長させるには命の危機に追い詰められ、その逆境を跳ね返す必要がある。


 だから神威の成長を望むなら、進んで死地に進む必要がある。

 自分の限界を超えるような戦いをし続ける必要がある。


「血で血を洗うような戦いをし続けろとでも言うのか……?」


 空を見上げると、もう日は傾いている。

 その空の向こうには何もない。


 天上にいるという神の姿も、神が住まう楽園も見当たらない。

 だが、使徒を生み出すのは神だと言われている。

 だから使徒は神の代理人、神の御子と呼ばれることがある。


 狂信的な崇拝を受けるのも珍しくない。


 その実態が能力を成長させるために、命がけの状況を突破し続けなければいけないとは。

 なにが神の御子だ。


 神が授けたにしては優しくない。

 死にかけて、逆境を乗り越えるたびに強くなるなんて、どこの戦闘民族だよ。


「くそっ……」


 血の匂いが鼻につく。

 そんなに手傷は負ってないが、掠り傷は無数にあるうえに、返り血で真っ赤だ。


 けれど、死んではいない。

 仲間も百五十人も生きている。


 それも神威の力があったからだ。


 神威の力があったから、守れたモノもある。

 使いこなせなかったのは、俺の未熟であって、神威がどうこうではない。


 もっと前に戦場に出る覚悟を決めていれば、俺の神威も成長していただろう。


 結局は俺の問題だ。


「はぁ……」


 ため息を吐き、歓喜に沸くアルシオン軍の本陣を目指す。

 後ろからはレオナルドたちがついて来ている。


 俺の存在に気付いた兵士たちが道を開けていく。


 瞬く間に本陣への道が開かれた。


 その先にいるのは二人。


 一人は金髪碧眼の青年。

 第二王子に似ているが、幾分軽そうな容姿をしている。


 彼が第三王子のエリオットだろう。


 その斜め後ろに控えるのは、穏やかな笑みを浮かべた中年の男。

 頼りない風貌だが、その知識と知恵で幾多もの戦場で活躍してきた男。


 俺の父、リカルド・クロスフォードだ。


 馬から降りて、エリオットの前に進み出る。

 後方のレオナルドたちは馬から降りて、その場で膝をついている。


「殿下に拝謁いたします。ユウヤ・クロスフォード以下、二百五十名。援軍に参上しました。大事な戦に遅れたこと、お許しください」

「何を言う……。よく生きていてくれた。正直、生き残りは数人だろうと思っていた。こんなにも生きていてくれて……それにあの突撃。見事だった。アルシオンは皆に救われた。王家を代表して感謝する」


 そう言ってエリオットは俺たちに向かって頭を下げた。

 兵士たちがどよめく。


 第三王子とはいえ、王族が頭を下げることなど滅多にないからだ。


 それだけで感謝の意は伝わる。


 この人は兄とは違うようだな。

 感謝を伝えられるだけ、エリオットのほうが立派だ。


「窮地のところをレグルスの使徒、エルトリーシャ・ロードハイム殿に救っていただきました。彼女の領地にあと百五十人ほど生き残りがいます。怪我が重いため、置いてきましたが、彼らが帰還した際にもお言葉をかけていただけないでしょうか」

「もちろんだ。言葉などとは言わず、しっかりと褒美を取らす。ロードハイム公への感謝も忘れん。よく来てくれた。正直、今日中の決着は無理かと思っていたのだ」

「そのことでお話しが。軍議を開いていただけないでしょうか? クロック砦での決戦に関わることです」

「……わかった。だが、その前に休んでくれ。皆もだ。今日はよく戦ってくれた! まずは傷の手当をせよ!」


 そう言ってエリオットは医官たちを後方から呼び寄せる。

 それで謁見ムードは消え去り、兵士たちはその場で座り込みはじめた。


 緊張の糸が切れたんだろう。

 後ろを見れば、レオナルドたちも深く呼吸しながら、疲れた顔をしている。


 強行軍でここまで来て、無茶な突撃をしたあげく、短時間とはいえ強化を使い、かなり暴れたんだ。体への負担と体力の消耗は相当だろう。


 彼らから目を離すと、リカルドが歩み寄ってきた。


 立ち上がり、どんな顔をしていいかわからず、曖昧に笑う。


「……よく帰ったね」

「遅くなってすみません」

「そうだね。ちょっと遅いから心配したよ」

「……申し訳ありません」


 俺の謝罪にリカルドは笑みを深めた。

 そして、視線を横へと移す。


「謝罪は僕じゃない人にしたほうがいい。僕は正直、君がレグルスにいるだろうことは予測していたからね」


 リカルドの視線を追って横を見ると、そこには息を切らしたセラがいた。

 

「……セラ」

「……ユウヤ」


 フラフラとセラはおぼつかない足取りで歩み寄ってくる。

 

 まさか戦場に来てるなんて。

 いくら人手が足りないからといって。


「父上……」

「本人が望んだんだ。僕も一応止めた」


 言い訳だ。

 なにせこっちを見ていない。


 本当に一応、止めただけだろう。


 まったく。


「……帰ってくるのが遅い」

「……すまない。本当に」


 弁明のしようもない。

 帰ると言いながら、兵士たちと戻らなかった。


 どれほど心配をかけたか。


「……お土産は?」

「あー……そういえばそんな約束もしたな」

「……嘘つき」


 セラが頬を膨らませる。

 しまったなぁ。

 なにか用意しとけばよかった。


 せっかく異国にいたというのに、なにも持ってきてない。

 本くらい持ってこれただろうに。


 そんな後悔をしていると、セラが俺の頬に両手を当ててきた。


 見れば、目に涙が浮かんでいる。

 今にも溢れそうだ。


「でも……生きてたから許してあげる」

「ありがとう……」

「……お帰りなさい。ユウヤ」

「ただいま。セラ」


 俺の首に手を回し、セラが抱きついてくる。

 血がつくと言おうとしたが、その前に胸に顔を押し付けてきた。

 しばらくするとすすり泣く声が聞こえてきた。 


 ゆっくりと髪に手をやり、撫でる。

 その感触は一月前と変わらない。


 なんだか、とても帰ってきたという感じがする。


 しばらくセラの髪を撫でていると、泣き声が聞こえなくなった。

 見れば、規則正しい寝息を立てている。


「ずっと僕に付き合わせていたからね。疲れたんだと思うよ」

「父上……」

「父親として強制はしてないよ。セラが望んだことだよ。まずはマグドリアを退けないと、君を探せないからね」

「はぁ……結局、俺のせいですか」


 言いながら、俺はセラを抱える。

 驚くほど軽い。


 こんな軽い体で戦場に来るなんて。


「困った妹だ」

「まったくだね」

「父上も困った父親です。母上に知れたら怒られますよ?」

「うーん、まぁメリッサならわかってくれるよ。夫婦だからね」


 はいはい、そうですか。

 呆れのため息を吐き、俺は視線でどこに連れて行けばいいか訊ねる。


 俺の視線の意味を察したリカルドは、こっちだよ、と言って歩き出した。






●●●






 セラを天幕で寝かしたあと、俺は返り血を流し、着替えを済ました。


 そしてリカルドについて行って、エリオットの天幕へ来ていた。


 エリオットの天幕には幾人かの将と、補佐役と思われる貴族、そして三人の女性が用意されていた椅子に座っていた。


 二人には見覚えがある。

 アリシアとオーウェル侯爵家のフェルト・オーウェルだ。


 しかし、最後の一人には見覚えがない。


 髪色はアクアマリン。

 軽くウェーブのかかった髪だ。


 知的な美貌というべきだろうか。

 大人っぽい美人だ。


 その目は深い青色で、落ち着いた雰囲気を見る者に与える。


 誰だかわからないが、立ち位置を見れば察しはつく。

 第三王子とはいえ、エリオットは王族。

 その女性はエリオットの横に座っている。


 そして今の王族で、若い王女は一人しかいない。


「お初にお目にかかります。フィリス殿下」

「ええ。初めまして。ユウヤ・クロスフォード。でも、初めましてというのもおかしいわね。私はあなたの名前を三年前から知っているのだから」


 三年前。

 俺にとって特別な日に関わった女性は三人。

 エルト、アリシア。

 そしてお菓子が欲しいといった王女だ。


 そういえば、アリシアが名前を伝えたと言っていたな。

 まだ覚えていたのか。


「覚えていて頂けたとは、光栄です」

「美味しいビスケットだったわ。ありがとう。あのときは気の利く少年だと思ったのだけれど、武将としての才能もあるとは驚いたわ」


 笑みを浮かべてフィリスは告げる。

 ずいぶん親しげに接してくるものだ。


 王女だしもうちょっと気位が高いかと思ったけど、アリシアやフェルトよりよほど近しい感じがする。


「恐縮です」

「さて、フィリス。そろそろ本題に入っていいか?」

「すみません、エリオットお兄様。彼とはまた後で話すことにします。いいかしら?」

「つまらない話しかできませんが、それでよろしければ」


 フィリスは満足そうに頷く。

 約束を取り付けるのが上手い人だ。


 アリシアもそうだが、こういう人は読めない。

 腹黒というのは言い過ぎかもしれないが、正直者ではないことは確かだ。


「では本題に入ろう。ユウヤ・クロスフォード。ロードハイム公はなんと言っていた? 我らに救援を出す用意はあるのか?」


 エリオットは聞きたくて仕方がないと言った様子で、早口で聞いてくる。

 気持ちはわかる。


 エルトの援軍があれば、かなり安心できる。

 今日勝ったとはいえ、敵の使徒は健在だ。


 エリオットは安心が欲しいんだろう。


「その件ですが、レグルス王に条件付きで許可を頂いたと仰っていました」

「なに!? 条件とは!?」

「アルシオンを率いるエリオット王子が王族としての器を示し、私がアルシオンの武威を示すこと。そして敵別動隊を一日で倒すことでございます」

「……オレが王族の器を見せる? 待て待て。聞いていないぞ!」


 エリオットが慌てて俺を見たあと、リカルドに視線を移す。

 だが、リカルドは穏やかな笑みを浮かべながら、落ちつくようにエリオットを諭す。


「ご安心を。殿下は器を示しました。速戦を決意され、敵軍を一日で敗走させました。私が思いますに、レグルス王はアルシオンが助けるに足る国か見極めたかったのでしょう。今は乱世。強い同盟国が何より欲しいとレグルスは願っています。ですから、軍事に強い王子と、新たな武威を示す人材があるならば助ける。そして、我らはどちらも達成しております」


 その通りだ。

 そもそも別動隊を一日で倒すなんて、博打もいいところだ。

 しかし、それしか勝機はなかった。


 それを正確に見抜けるかどうか、まずレグルス王はそれを見た。


 そして、敵将を突破する武勇。

 前線で戦う指揮官としての素質。


 それを俺に示せといった。敵将も討ったし、敵も敗走した。

 問題はない。


 ただし。


「はい。父上の言う通り、我らは条件を突破しました。しかし、マグドリアはヘムズ平原に一万を集め、レグルスの国境を脅かしました。確認はしておりませんが、我らの後を追っていたロードハイム公はそちらの対処に向かわれたかと」

「なに!? ヘムズ平原からクロック砦までは早くても五日はかかる! 間に合わないぞ!?」

「ですから、ロードハイム公の援軍は定かではありません。来ることは来るかと思いますが……間に合うかどうか」


 そう俺が告げると、皆が押し黙る。

 エリオットたちにしてみれば、ぬか喜びといったところだ。


 だが、元々は援軍なしで戦う予定だったのだ。

 来ないはずの援軍が、来るかもしれないに変わっただけありがたい話だろう。


「では、急ぎ出発しましょう。ロードハイム公の軍がどう動くにせよ、クロック砦には援軍が必要です。待つわけにはいきません。ここからなら一日もあれば、敵本隊の後ろを突けるでしょう」

「ああ……そうだな。そうしよう。では、全員、移動に掛かれ。負傷兵は置いていくゆえ、無理はさせるな」


 そうエリオットが指示を出すと、集まっていた将や貴族が立ち上がって礼をした。


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