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使徒戦記  作者: タンバ
第一章 アルシオン編
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第二十六話 鳴り響く角笛

 オルメイア平原に俺たちがたどり着いたのは、正午をやや過ぎた頃だった。


 といっても、すぐには戦場には行かなかった。

 まずは情報収集が必要だったからだ。


 約二時間の情報収集で、戦況や両軍の陣形もわかってきた。


 昨日の内に布陣していた両軍は、朝になって戦の火蓋を切った。


 開戦当初はマグドリアを圧倒していたアルシオン軍だが、マグドリアが反撃することを諦め、完全に防御態勢を取ってからは均衡を崩せなくなっていた。


 現在、マグドリアは密集体形でアルシオンの攻撃を受け止めており、対するアルシオンは中央に攻撃を集中させ、中央突破を仕掛けている。


 俺たちが現在いるのは、マグドリア軍よりもさらに後方。

 大きな森の中だった。


 戦場は見えるものの、マグドリア軍の動きしか見えないため、詳細な全体の戦況は、偵察に出ている兵が戻るまでわからない。


「若君。偵察が戻りました」

「報告を」

「はっ。アルシオン軍はいまだに中央への攻撃を続けているとのことです。また、アルシオン本陣には第三王子エリオット殿下の旗のほか、青地に銀十字の旗もあったそうです」


 青地に銀十字の旗。

 それは俺が着ているマントと同じ絵柄だ。


 それを使う家は一つだけ。


「やはりエリオット殿下の傍には父上がいるな。そうなると、アルシオンの攻勢も納得がいく」

「若君のお父上ですか。さぞや腕が立つのでしょうな」


 レオナルドが頼もしそうに頷く。

 しかし、それは間違いだ。


「腕は立たないぞ。剣も使えるけど、せいぜい護身くらいにしか役に立たない。馬にも乗れるけど、調子に乗るとすぐ落ちる」

「……若君のお父上ですよね?」

「俺は母親似なんだ。その代り、父上は頭が切れる。戦略家としてはアルシオンでも三本指に入るだろうな」


 一番と言わないのは、ウェリウス大将軍や国境の騎士団長のことを知らないからだ。

 それでも、彼らと比べても遜色ないレベルの戦略家であることは間違いない。


「そのようなお方がなぜ、今まで名を挙げることもなかったのですか?」

「ブライトフェルン侯爵の補佐に徹してたからさ。父上の母、俺にとっての祖母はブライトフェルン侯爵の妹だからな」

「つまり、戦上手と言われるブライトフェルン侯爵の武功は、クロスフォード子爵の物というわけですか?」

「極端だな……。侯爵は紛れもなく戦上手さ。ただ、武功を挙げる助けとして、父上が何度も策を考えていたことも事実だ。だから、父上を王子の補佐につけたんだろうさ」


 辺境貴族を王子の補佐につけるなど、かなり無理をしたに違いない。

 反対は凄まじいものだったはずだ。


 それを黙らせてまで、リカルドを王子の補佐につけたのは、リカルドがいなければ勝てないと判断したからだろう。


 ただし。


「その父上でも厳しい戦局だけどな」

「厳しい? 圧倒的優勢では?」

「優勢になりすぎだ。たぶん、こうなる前は、マグドリア軍も多くの反撃を試みた。けれど、父上をそれを事前に察知して潰した。それでマグドリアは防御戦術に切り替えたんだ」

「それは良いことではありませんか。敵を追い詰めている証拠です」


 レオナルドは若くして騎士隊長にまで上り詰めた武人だ。

 槍の扱いに関しては、目を見張る物がある。


 ただ、戦局を見る目はあまりない。良くも悪くも現場指揮官という感じだ。


「レオナルド。もしも、一対一の戦いで楽に相手を倒したい場合、どうする?」

「若君。今は軍同士の話をしていたはずでは?」

「いいから」

「そうですね……。相手の隙を突きます。攻撃してくる瞬間や、立ち回りの隙ですね」


 それが答えだ。

 楽に倒したい場合は、敵にも動いてもらう必要がある。

 隙を晒してもらうのが、一番手っ取り早いからだ。


 だが、マグドリアは守りを固めて、動くことがない。


「じゃあ、亀のように防御を固めた相手にはどうする? どうにかして決着をつけないと拙い場合だ」

「それは……力攻めですね。守りを破らないことには勝利はないので」

「そうだ。力攻めだ。だけど、力が五分の場合は、それじゃあ中々決着がつかない上に、双方の消耗も大きくなる。今はそういう状況だ。この場合の消耗は、体力だけじゃない。兵が死に、兵力が損耗する。武器が摩耗する。速戦を目指すアルシオンにとっては、望ましくない状況だ」


 武器が壊れれば、補給しなければならず、体力が尽きれば下がる必要がある。

 誰かが死ねば、その穴を埋めるために誰かが駆り出される。


 アルシオンは最初に決められなかった時点で不利になった。

 別動隊同士の戦いは所詮、戦術レベル。


 戦略レベルでの目標は、敵本隊の後方を突くこと。


 それが達成できなければ、何の意味もない。


「ですが、アルシオンは二万で、マグドリアは一万五千。戦力は互角とは言えません」

「たしかに互角じゃない。特にマグドリアは最初に受けた攻勢で大分戦力を削られているだろうし、現状の数はもっと少ないだろうな」

「なら!」

「だけど、何時間も同じように攻め続けられるわけじゃない。アルシオンは何度も部隊を交代しながら攻めているようだけど、マグドリアもそれは同じだ。それに中央のスペースも限られている。展開できる人数は両軍ともに変わらないんだ」


 同数でのぶつかり合いは結局のところ、押し合いになって、決着がつき辛い。

 そこらへんを見越して、マグドリアは密集体形を取っているんだろう。


 中央が突破できないとなれば、側方から攻めるしかないが。


「では、側方から攻撃すればよいのでは? 機動力のある騎兵なら側方を突けます」

「それはマグドリアもわかってる。だから、横への備えは十分している。騎兵は入ったが最後、本陣にたどり着く前に潰されるだろうさ」


 マグドリアの側方は一見、隙があるように見えるが、本陣に向かっていくとどんどん防御の厚みが増している。


 あれはわざとそういう配置にしているんだろう。


 膠着状態を打破するために、アルシオンが騎兵による突撃に頼ることを見抜いているんだ。


「使徒の入れ知恵か、それとも別動隊の指揮官の対応力なのか……」


 十中八九、使徒の入れ知恵だろうな。

 そうじゃなきゃ、前半でやられたことが演技ということになる。


 だが、マグドリア軍の後方を見る限り、下がってくる兵士は皆、かなり負傷しているし、数も多い。


 演技にしては被害がでかすぎる。

 おそらく、追い詰められたときの方策を授けられてたんだろう。


「自分がいない戦場でも姿を見せるなんて、厄介な奴だ」

「誰のことです?」

「名前も知らない奴のことさ」


 レオナルドに答えつつ、俺はマグドリア軍を注視する。

 マグドリア軍の動きから、アルシオンの動きを探るのだ。


 リカルドならば、騎兵部隊の突撃を複数回に分けるはず。

 断続的な攻撃で敵の防御を破るのが、今は一番的確だ。


 だが、そうなると全方位に警戒が生じてしまう。

 チャンスは最初の攻撃。


 敵がアルシオンの騎兵隊を罠に嵌めたと確信するときだ。


 そこを後方から襲撃する。

 それが唯一、勝利の道だ。






●●●






 マグドリア軍の両端で土煙が上がる。

 それは騎馬が動いた証だ。


「若君!」

「動くな、騒ぐな。まだ早い」


 まだ騎兵団は突撃していない。

 今、出て行っても、単なる三方からの同時攻撃だ。


 それじゃ意味がない。


 非情なようだけど、左右から出てきた二つの騎兵団が、敵の罠に嵌ってからじゃないと動けない。


「ですが!?」

「指示があるまで待機。彼らに敵の注意が集中するまで待て」

「囮にすると!? 彼らが死にます!」

「時期を見誤れば、死ぬは兵士だけじゃなくなる。何の罪もない民がマグドリアに支配され、理不尽に晒される。そのために、失敗はできない。わかったなら黙ってろ。俺が号令をかけるまで口を開くな」


 歯を食いしばり、ブルースピネルの無骨な柄を握りしめる。


 エルトのような神威ならば、時期を見定める必要なんてない。

 先頭に立って、突撃すればいい。


 だが、俺の神威は強化。

 武器や自分を強化できるが、それだけだ。


 反動ゆえに上手く使えず、威力を十分に発揮しない。


 情けない。

 死にゆく仲間を見ていることしかできないのに。


 なにが使徒だ。

 胸に浮かぶ聖痕が偽物なのではないかと疑いたくなる。 


「……仕方ないか」


 俺は使徒としての役割にも向き合わず、戦いを放棄してきた。


 エルトは幼い頃から戦場にいた。

 使徒とはそういうものだから。


 その力に目覚めたときから、使徒は闘争を宿命付けられる。

 それを放棄し、目を逸らし、逃げてきた俺にエルトのような強力な神威が備わるはずがない。


 神威が神からの授かりモノだとするなら、神から受けた役目を俺は放棄している。


 半端な使徒だ。


「それでも……」


 呟き、周囲を見渡す。

 周りには俺について来てくれた人たちがいる。


 彼らの期待を裏切れない。

 彼らの信頼を裏切れない。


 せめて。

 彼らの命だけは守りたい。


 アルシオンの騎兵団が徐々にやられ始める。

 そろそろか。


 もう彼らは救えない。


 俺には救えない。


 けれど、俺の後ろにいる人たちだけは。

 守らなきゃいけない。


 どれだけ不安でも。

 どれだけ怖くても。


 将とは自信を見せなきゃいけない。

 将とは虚勢を張らなきゃいけない。


 エルトのように。


「そろそろ出る。馬に乗れ」

「はっ」


 二百五十人が準備を始める。


 彼らは疲れている。

 馬も疲弊している。


 俺自身もだいぶ参っている。

 自分で立てた作戦とはいえ、万を超える軍に対してたかが二百五十で突撃するのだ。


 この中の何人が生き残れるか。

 ヘムズ平原での地獄を生き残ったのに、彼らはまた死地に来た。

 俺が連れてきた。


 その責任は果たさなきゃいけない。


 自分の馬に跨る。

 ヘムズ平原からずっと一緒に逃げてきた馬だ。

 相棒といってもいい。


「今回も頼むぞ」


 馬は答えの代わりに小さな嘶きをあげる。

 それに笑みを浮かべつつ、俺は馬に乗った兵士たちに視線を移す。


 一目でわかる。

 覚悟を決めている者たちの目だ。


 ヘムズ平原の最後。

 共に突撃した者たちの目だ。


「……ついて来てくれてありがとう。敵軍は万を超える。それに対して、こちらは二百五十。馬鹿らしいほどの数の差だ。一人が十人斬っても足りない。それでも行かなきゃいけない」


 俺は鞘からブルースピネルを抜き放ち、目標であるマグドリア軍へと馬を向ける。


 兵士たちに背を向ける形になった俺は、そのまま話を続ける。


「だが、怖がる必要はない。使徒エルトリーシャ・ロードハイムの笛もある。敵はすぐさま烏合の衆となるだろう。そして……道は俺が切り拓く。ヘムズ平原のときと同じだ。背中の銀十字だけ追って来い!」


 そう言うと、俺は剣を高く掲げる。

 すでにマグドリア軍の視線は側方に集中している。


 後方には誰も注意を払っていない。


「突撃!!」


 そのまま剣を振り下ろし、俺は先頭を切って走り出した。

 後ろは確認しない。


 将の役目は前を見ることだ。

 後ろを振り返ることじゃない。


 俺は懐に入れておいた幻獣の角笛を取り出す。

 小さな角笛だ。特別な形でもない。


 本当にこんな角笛で戦場に響く音が出るのか怪しいけれど。


「やるしかないか」


 呟き、角笛を口につけ、大きく息を吹き込んだ。


 すると、まるで楽器のような澄んだ音が大きく鳴り響く。

 同時に、マグドリア兵が騒ぎ出す。


 それは徐々に大きくなり、やがて軍全体へと広がっていく。


 恐慌状態のマグドリア軍から聞こえてくるのは、どれも聞き覚えのある言葉だった。


「ば、薔薇姫の角笛だ!?」

「レグルスの使徒が来たのか!?」

「エルトリーシャ・ロードハイムが来るんだ……!!」


 よほど恐ろしいのだろう。

 接近してくる俺たちにいつまでも気付かない。


 矢による迎撃もなく、俺たちは容易に接近できた。


 そして。


「ん? て、敵しゅ!?」


 俺は後方にいた敵兵をすれ違い様に斬り捨てた。


 後方には負傷兵が多くいる。

 ここの突破はさほど難しくない。


「目標は敵将! 雑魚に構うな!!」


 俺たちの突撃で、さらにマグドリア軍は混乱状態に陥った。

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