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使徒戦記  作者: タンバ
第一章 アルシオン編
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閑話 別動隊の戦い


 ヘムズ平原の戦いからほぼ一カ月。


 惨敗を喫したアルシオン軍と快勝したマグドリア軍がまた軍を向かい合わせた。


 数はアルシオン軍が二万に対して、マグドリア軍は一万五千。

 場所はオルメイア平原。


 双方とも本隊から分かれた別動隊だ。


 アルシオン軍の狙いはマグドリア本隊の後方を突くことにあり、マグドリア軍の目的はアルシオン別動隊の足止め。


 攻撃のアルシオンに防御のマグドリアの展開になることは誰もが予想していた。


 そして、その予想通り戦は始まった。

 しかし、少し予想とは違うこともあった。


 アルシオン軍の攻勢だ。

 その勢いは激流のごとく。

 マグドリア軍はアルシオンの初撃で大きく態勢を崩していた。


「クロスフォード子爵の言う通り、最初から激しい攻めに出て正解だったな」


 アルシオン本陣。


 そこには総大将である第三王子エリオットがいた。

 その横にはエリオットの補佐役であるリカルド・クロスフォードがいる。


 椅子に座るエリオットは、まるで教師を見るかのように、隣で立つリカルドを見上げる。


「殿下。我々にはこれしか活路はないのです。普通にやっても勝てるでしょう。こちらのほうが五千も上回っていますし、マグドリアにはこれといった将もいない。ですが、それでは本隊がやられてしまう。なにせ、相手は使徒ですから。ですから、その使徒の予想を上回るために、我々は積極的に攻める必要があるのです」

「主導権を取りにいく、ということだな?」

「その通りです。ですが、攻めに出て失敗すれば、こちらが劣勢に立たされます。この状況で攻めは諸刃の剣ということです」


 その言葉の後にリカルドは、ですが、と付け加える。

 何を言われるのかわかっているのか、エリオットは得意げな表情を見せる。


「それでも攻めを選択した殿下の判断は、まさしく英断と言えましょう。勇気がなければできない選択です」

「まぁ、子爵に何度も状況は説明されたからな。フィリスも子爵の考えを支持していたし、他の奴らの出す案は皆、消極的だった。俺じゃなくても子爵の案を支持しただろうさ」


 言葉だけは謙遜しているが、その顔には満面の笑みが浮かんでいる。


 ここまで事あるごとにリカルドはエリオットの判断を褒めていた。

 そして、それはエリオットには自信になった。


 これまでの人生で、エリオットは責任を逃れ、辛いことを避けてきた。

 上の二人の兄に王子としての責務を任せ、自分は好きなことだけをやってきたのだ。


 それゆえに判断を下すことに慣れていなかった。

 リカルドはそんなエリオットのために、自信を植え付けた。


 それがエリオットの積極的な判断に繋がったといえる。


 ご機嫌なエリオットは、本陣で精力的に動く伝令たちを見る。


「子爵が編成した伝令部隊は大活躍だな」

「アルシオンはここ最近、大戦から遠ざかっていました。ゆえに軍を改革していません。各国は伝令に力を入れ、様々な方法を開発しており、命令の伝達速度ではアルシオンを大きく上回ります。ですから、他国を参考にしました」

「良いモノは見習うということか」

「人は模倣することに長けた生き物ですから。見習ったという点では、魔導師部隊もそうです」


 リカルドは本陣から見て左側へ視線を向ける。

 エリオットも得意げな表情を浮かべて、満足そうに頷く。


「魔導師の集中運用か。まぁ言われてみれば、その通りなんだが、言われるまで気付かなかった。たしかに火力は集中したほうが強い」

「魔導師の運用については、アークレイムが先進国です。彼らは魔導師を同じ場所に集め、使う魔法を統一し、集中して同じ場所を狙う。弓と同じように横に並べて、突撃してくる敵の迎撃に使うのは、アルシオンくらいです」


 先ほどから敵へ打撃を与えているフィリス率いる魔導師部隊を見ながら、リカルドは説明する。


 それは部隊を編成するときにも説明されたことだが、改めてエリオットはその効果を実感する。


「分業化というべきか」

「その通りです。その役割に専念させれば、それだけ質の高い行動ができます。魔法は詠唱があり、集中力が必要です。向かってくる敵に近ければ、恐怖で集中力は途切れてしまいます。敵の近くに置くより、遠くからしっかりと詠唱させるべきでしょう」

「だが、魔法は射程が短いのだろ? どうやって射程を伸ばした?」


 エリオットは今更ながらの疑問を口にする。

 そんなエリオットの疑問に、リカルドは戦場には似つかわしくない穏やかな笑みで答える。


「簡単です。詠唱を長くしたのです。魔法には詠唱は長いですが、射程も長い魔法がありますから」

「なに? では、なぜ今まで誰も使わなかった?」

「敵が近かったからです。敵の接近に合わせて、短い詠唱で使える魔法を使っていたんです。弓の速度に合わせる必要もありましたから」

「つくづく、我々は軍事方面で遅れているわけだな。軍改革が必要か?」

「そうかもしれませんが、そのためにはこの一戦に勝たねばなりません」


 油断しないよう、エリオットに注意を促しつつ、リカルドは全体の戦況へ目を向ける。


 左翼に配置した魔導師部隊が、効率よく敵部隊を攻撃しているため、敵は思ったような反撃に出られていない。

 そのため、アルシオン軍はマグドリア軍を大分押し込むことに成功している。


 あとは敵が崩れる瞬間を狙って、左右から用意してる二つの部隊を送り込むだけ。

 しかし、その部隊にリカルドは不安を抱いていた。


 用意してあるのは、精鋭の騎兵部隊であり、狙いは敵将だ。しかし、彼らは突破力に欠けるのだ。


 敵本陣にたどり着けば、敵将を討てるだけの実力を持っているだろうが、いささか突破力に欠ける。


「せめてあと一部隊いれば……」


 今はいない息子を思い浮かべて、リカルドはため息を吐く。


 リカルドはユウヤの生存を信じていたが、この戦に駆けつけられる状況にあるかは半信半疑だった。


 実際、いまだに姿を現さない。

 今からでも姿を現してくれれば、部隊を与えて率いらせるのに、とリカルドは淡い期待を抱く。


 しかし、すぐにそれを頭から振り払う。


 戦場で不確定要素に頼るのは愚かな行為だ。

 与えられた戦力でどう勝つかを考える。

 それが軍略家の仕事である。


 自身の職分を再度認識したリカルドは、微かに真剣さを表に出して、指示を飛ばし始めた。






●●●






 アルシオン軍左翼。


 その半ばにフィリス率いる魔導師部隊がいた。

 指揮を執るのはもちろんフィリスだが、その横には補佐役のセラがいた。


「姫様。十時の方向。騎兵団接近。距離は四百メトロ」


 セラがいつも通りの口調で、攻撃方向と距離を指示する。

 一メトロが一メートルなため、距離は四百メートルということになる。


「わかったわ。攻撃目標、十時方向から接近する騎兵団! 距離は四百メトロ!」

「この感じだと炎弩アーバレストがいいと思う」


 フィリスの魔導師部隊が使う魔法は三つ。


 長距離の焔砲キャノン


 中距離の炎弩アーバレスト


 近距離の火弾ブレット


 それらを距離に合わせて使用していく。


 その指示を全体に出すのはフィリスだが、実際のところ、その判断を下しているのはセラであった。


 セラは攻撃に加わらない代わりに、広範囲の探知魔法と自身の戦術眼を組み合わせて、敵の攻撃を予測しては、それを潰しているのである。


「使用魔法は炎弩アーバレスト!」


 フィリスの号令で、一斉に魔導師が同じ魔法を詠唱し始める。


 数は三百ほどだが、全員が選り抜きの精鋭である。

 各貴族が抱える魔導師たちであり、その実力は他国に引けを取らない。


 その中でもことさら早い詠唱で魔法を発動させる魔導師が二人いた。


 二人はいち早く完成した魔法を、まるで競うように放つ。


炎弩アーバレスト


 声が揃い、二人の手から空高く炎の巨矢が打ち上げられる。

 それに遅れて、続々と魔導師たちの魔法が完成していく。


 その目標となるのは、左翼の側面に回り込もうと移動を始めていた五百騎の騎兵団だった。


 まだ攻撃を仕掛ける前であり、これから攻撃するぞ、と意気込みをしていた騎兵団に炎の巨矢が襲い掛かる。


 まずは二つ。

 騎兵団の半ばに突き刺さった巨矢は、その炎で周りの兵も焼いていく。


 馬が嘶き、兵士が絶叫する。

 そこに注意が行ったため、空から来る巨矢の雨に、彼らは対処できず、ただ雨が止むのを祈ることしかできなかった。


「おーほっほっほっ! 見まして? 私の炎弩の威力を!」

「勝手に自分の手柄にするんじゃないわよ! 私と同時に撃ったでしょ!」

「……アリシアとフェルトは勝手」


 競い合うように魔法を詠唱していたのは、ブライトフェルン侯爵の孫娘であるアリシアと、オーウェル侯爵の娘であるフェルトだった。


 腕の立つ魔導師が必要だったため、真っ先にこの魔導師部隊に選ばれた二人だったが、どうにも周りよりも頭一つ抜けているせいで、攻撃のタイミングが合わなかった。


 それだけならまだいいが、競い合うようにしてどんどん発射のタイミングを早めるため、セラは二人を白眼視していた。


「せ、セラ! 違うわよ! この成金女が!」

「あらあら。セラに嫌われて可哀想ね! アリシア!」

「あんたも一緒に名前を挙げられてたでしょ!」

「セラは不器用なだけですわ。ちょっと、未来の姉であるわたくしとの距離感に戸惑っているんですの!」


 戦場でありながら、かしましい。


 もう少し集中できないものかと、指揮官であるフィリスはため息を吐いた。


 このアリシアとフェルトの言い合いは今に始まったことではない。

 昔からだということは、フィリスも承知している。


 だが、最近は輪をかけて酷い。

 それは。


「ユウヤを勝手にあんたの婿にするんじゃないわよ!」

「いいえ! 絶対にわたくしはユウヤ様のハートを射止めてみせますわ! わたくし、あんなに殿方にときめいたのは初めてですの!」


 ヘムズ平原でユウヤに救われて以来、フェルトがユウヤに熱を上げているからだった。


 それが気に食わないアリシアがその言動に噛みつき、結果、二人は絶えず言い争いをしていた。


 ただし、フェルトの言動が気に食わない人物はもう一人いた。


「ユウヤは婿に出さない」

「はぁ……」


 自分の横で面白くなさそうに唇を尖らすセラを見て、フィリスはとんでもない役を引き受けてしまったと、内心後悔していた。


 戦場で指揮を執るのも、兵士の士気をあげるために動き回るのは苦ではないが、こんな場所で女同士の言い争いに巻き込まれるとは。


「さぞや、素敵な方なのね。あなたのお兄様は」

「素敵? ユウヤが? それは違う。ユウヤはちっとも素敵じゃない」


 セラの意外な言葉にフィリスは目を丸くする。

 セラのことだから、ベタ褒めすると思っていたのだ。


「意外ね。あなたなら褒めると思ったわ」

「素敵ではない。けど、頼りになる。そんな人。姫様も会えばわかる」

「そう? じゃあ、その日を楽しみにしているわ」


 実際、フィリスはユウヤと会うのを楽しみにしていた。

 三年前、アリシアから名前を聞いたときから。


 しかし、同時に生存を信じてもいなかった。

 ヘムズ平原の激闘とその後のマグドリアの追撃を知れば知るほど、生きているとは思えなかったからだ。


「さぁ、この話はまた今度にしましょう。セラ。次の目標を教えて」

「そうしたいけれど、敵に動きがない。当分、こちらじゃ動かないつもりだと思う」


 調子に乗り過ぎたと、セラは反省する。

 左翼の魔導師部隊が危険だと察知されたのだ。


 これで敵は右翼から仕掛け始める。


 あまり良いことではない。


「私のせい……」

「仕方ないわ。あなたも初陣なのでしょう? 失敗はだれでもある。取り返しましょう」


 そうフィリスに励まされ、セラは頷いて敵を観察し始める。


 時刻はそろそろ正午。

 朝に開始された戦いは、アルシオン優先で進んでいた。


 だが、決着がつくのはもう少しあとの事であった。

 


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