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使徒戦記  作者: タンバ
第一章 アルシオン編
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第二十五話 騎行

二話連続投稿です。

これが一回目です。


 エルトと別れて三日。


 ほぼ不眠不休の騎行を続けていた俺とアルシオンの兵士たちは、通りがかりの町で休息を取った。


 町の名前はエール。

 酒の有名な中規模の町だ。


 この地を治める老伯爵は、兵を率いて出陣したという。


「突然の来訪にも関わらず、受け入れていただき感謝します。夫人」

「いいえ。ヘムズ平原の英雄とその兵士たちを受け入れるのは当然のこと。これも国のためよ」


 俺たちを受け入れてくれたのは、留守を預かる伯爵の夫人だった。


 そろそろ白髪が目立ち始めた老婦人だが、気立てがよく、配慮のある人だ。


 兵たちも宿屋や兵が使う宿舎に入って疲れを癒している。


 兵士たちが出陣中だったため、空きがあったのが幸いだった。


 僅かな時間だが、彼らを休ませることができる。


「しかし、夫人。どうして俺、いえ失礼、私がクロスフォード子爵の息子だと?」


 どうにもレグルスに居たせいで、敬語が苦手になってしまった。

 公爵であるエルトに敬語を使わなかったせいだろう。


 ついつい、地の口調が出てしまう。


 そんな俺を老婦人は笑いながら見つめる。


「簡単なこと。あなたがクロスフォード家のマントを付けていたからよ」

「……名を騙る盗賊と思わなかったので?」

「武装した兵士を数百も率いる盗賊? そんな盗賊団なら私の耳にも届くわ。それに、私は若き日のリカルド・クロスフォードも知っているわ。あなたと同じマントを羽織っていた。その見事な銀十字は一度見たら忘れない。盗賊程度に模倣できる物ではないわ」


 あの混迷とした戦場の中で、身に着け続けたマントが、俺の身分を保証してくれたか。


 リカルドは捨ててもいいと言ったが、捨てずにいてよかった。


 ここでの休憩と補給は正直ありがたい。

 ここまでで大分時間は稼いだが、その分、兵士たちの消耗も大きい。


 一晩休めばそれなりに回復するだろうし、残りの道のりもそこまでじゃない。

 万全とはいかないまでも、それなりの体調で戦いに臨めるだろう。


 あと必要なのは。


「夫人。マグドリア軍とアルシオン軍の情報をいただけませんか? 昼夜を問わず駆けてきたため、情報があまりありません」

「そうね……。私も詳しくはないけれど、マグドリア軍はアルシオン軍の動きを見て、軍を二つに分けたそうよ、一つは従来の道でクラック砦を目指し、もう一つはオルメイア平原に向かっているわ」

「アルシオンの別動隊もオルメイア平原ですね?」


 俺の質問に夫人は首を縦に振った。

 一応、両軍とも予想通りに動いているな。


 このまま行けば、あと二日か三日ほどでマグドリアとアルシオンは激突する。


 ここからオルメイア平原は急いで二日。多少、余裕を見ても二日半。


 油断はできないが、間に合うことは間に合ったと言えるだろう。


 ただし、問題はアルシオン軍が一日でマグドリアの別動隊を追い詰められるか。

 そして俺と兵士たちが必殺の働きができるかどうか。


「夫人。この領地には兵士は?」

「もうほとんど残っていないわ。残念だけれど、あなたに兵を貸す余裕はないの」


 本当に申し訳なさそうに夫人は謝る。

 当たり前か。


 何を聞いているんだ、俺は。


 どの貴族もギリギリまで兵を動員するように言われているはず。

 もうアルシオンの西部と北部は余剰戦力はない。


 今ある戦力でやりくりするしかないのだ。


「いえ、今の言葉は忘れてください。お引き留めして申し訳ありませんでした」

「いいえ。力になれずごめんなさい。せめて我が屋敷で休んでちょうだい」


 心遣いに感謝して頭を下げる。

 眠気はピークに達している。


 今は休むべき時か。






●●●






 眠気がピークのときの睡眠は、短い時間でも長い時間を寝た気分になる。


 圧縮睡眠とでもいうべきか。

 二、三時間の睡眠だったが、俺は驚くほどすっきり目を開けれた。


「まだ日は昇っていないか……」


 エールの町に着いたのは、昨日の日暮れ頃。

 それから夫人と交渉し、兵士たちに寝場所を与え、物資の補給を受けたりと意外に忙しかったため、俺が寝たのは日付が変わってからだった。


 もう少し寝るべきか迷っていると、屋敷に騒がしい足音が響く。

 何事かと思わず、横にある剣に手が伸びるが。


「若君。レオナルドです。起きていらっしゃいますか?」

「レオナルドか……。入っていいぞ」


 部屋の扉をノックしたのは、副官のレオナルドだった。

 何か報告だろう。


 そう思っていたのだけど、レオナルドの焦った表情を見て、ただ事ではないことを察する。


「何があった?」

「先ほど商人が町に入ってきたのですが、その商人は、数日前にヘムズ平原に向かうマグドリア軍を見たと言っています! ざっと見て一万ほどで、今頃はヘムズ平原に到着している頃だと!」

「なに!?」


 商人の情報は不確かだ。

 ただ、根も葉もないことも言わないだろう。


 マグドリアが流言を流しているにしても、今、ヘムズ平原に一万が姿を現して困るのはアルシオンじゃない。


 今の段階で、ヘムズ平原にいる以上、決戦には間に合わない。

 平原から砦までは六日から七日はかかる。


 もしも砦を突破したあとに合流する予定の兵だとしても、アルシオンには気にする余裕なんてない。

 後方に一万が現れたところで、目の前の敵を防ぎ切らねば次はないのだから。


 動揺させたいならもう少し違う情報を流すだろう。


 問題なのは、現在、俺たちの後を追っているだろうエルトだ。


「一万の兵となれば、レグルスに攻め込む可能性も……」

「十分あり得るな……」


 エルトはロードハイム公爵として、レグルスの国境を守る役目がある。

 一万の軍が現れたとなれば、引き返す可能性だってある。


 いや、普通は引き返す。

 他国の前にまずは自国のことが優先だ。


 たとえ守りの騎士たちを残しているとはいえ、エルトは後方を脅かされているのだ。


 国境を突破されれば、エルトの領民たちが犠牲になる。

 それに目を瞑れるエルトじゃないはずだ。


「わざわざ兵力を隠して、この場で切ってくるとは。徹底的にレグルスを介入させないつもりだな……」

「どうなさいますか?」

「どうもしない。ここから引き返すわけにもいかないし、俺たちは作戦通り行動する。まずは別動隊同士の戦に勝たねば、エルトが介入する条件すら整えられないんだからな」

「ですが、使徒様がもしも引き返していたら」


 そのレオナルドの言葉に俺は答えない。

 答えられない。


 エルトの援軍は頼みの綱だ。

 それがなければ、勝ちは遠のく。


 普通に考えれば、別動隊を破って後方に回り込めればアルシオンは絶対の有利を保てる。


 敵軍は三万五千を分けた。本隊二万と別動隊が一万五千だろう。


 アルシオンの別動隊がマグドリアの別動隊を突破したとして、もしも損害が五千あったとしても一万五千。


 砦には三万。


 砦も損害を受けているだろうが、数日で数万の兵を失うわけがない。

 砦から二万ほど打って出る力は残されているはず。


 単純計算で、三万五千対二万。しかも挟み撃ちにするわけだ。

 普通なら覆せない。


 普通なら劣勢はマグドリア軍だ。


 けれど、向こうには使徒がいる。

 その使徒が率いる以上、その状態になっても勝算があると見たほうがいいだろう。


「敵の使徒はアルシオン単体には負けないと考えている。たとえどれだけ兵力を集めようが、自分の優位は揺るがないと思っているだろう」

「おそらくその通りでしょう。ですから、レグルスの使徒様が鍵を握るのでは?」

「まさしくその通りだ。エルトが来ると負けるかもしれない、と思うから妨害するんだ。逆にいえば、エルトが来ればこちらの勝ちは見えてくる。そこらへんをエルトがどう判断するかで、この戦は決まる」

「来てくれるでしょうか……」


 不安そうな声をレオナルドは漏らす。


 その不安はアルシオンの人間としては当然だ。


 マグドリアに侵攻されており、アルシオンは追い詰められている。

 ようやく手に入れた援軍も、もしかしたら撤退するかもしれない。


 不安になって当然だ。

 不安にならないほうがおかしい。


「だから俺はおかしいんだろうな……」


 不思議と不安はない。

 エルトなら何とかするだろうという、根拠のない信頼が俺の中にはある。


 あのエルトが敵の策にまんまと乗せられるわけがない。

 補佐するクリスもついている。


 こちらの想像を上回って、決戦の地に駆けつけてくれるはずだ。


 ただ、それは俺だから思えることであって、エルトと親しいわけではないレオナルドたちには無理だろう。


「このことを知るのは?」

「私だけです」

「他言無用だ。士気が落ちる。エルトの行動は確かに戦を左右することだが、俺たちの行動も戦を左右する。まずは目の前のことに集中しろ」

「そうですね。わかりました。誰にも喋りません」

「気休めかもしれないが、レグルスには他の使徒もいる。エルトが戻らなくても自国の国境を突破されれば守りに入るだろう。来る確率は高いから安心しろ。あと、兵士たちに出発の準備をさせておけ」


 そう言って俺はレオナルドを下がらせる。

 見ればそろそろ日が昇ろうとしていた。


 何が起きるかわからない以上、長く留まるのは危険だろう。


 すぐに支度をして、俺は夫人に出発の挨拶をするために部屋を出た。

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