第二話 厄介な親戚・上
俺が前世で死亡した理由は、橋からの転落だ。
そこに至った経緯は、今思うとあまりにも馬鹿らしい。
中学まで俺はオタクだった。当然、友達は少ないし、数少ない友人たちもオタクだった。
それをどうにかしようと、俺は高校デビューを果たし、入学式で知り合ったイケてる五人組の仲間に入った。クラスのカースト上位入りだ。
溶け込むために努力した。興味のないスポーツの情報を集め、ドラマも見るようにした。
ファッションにも気を使い、極力オタク趣味を出さないようにした。
正直辛かった。けど、そのときの俺は脱オタクということに取りつかれていたんだ。
その成果か、夏休みにはみんなで肝試しをする程度には仲良くなれた。
けれど、俺はその肝試しで悪戯に遭い、古びた橋に誘導された。
肝試しをした場所は山で、その橋は山と山との間に掛けられた高い橋だった。
地元の人間も危険だから、なかなか使わない橋だ。
当然、慌てて橋に入った俺は混乱し、足を滑らせた。
そこまでだったら、笑い話で済んだかもしれない。
だけど、運悪く、橋を支える縄が切れて、俺は転落した。
そこからの記憶はない。
死んだのか、生きていたのかはわからないけれど、こうして前世の記憶を持った俺がいるってことは死んだんだろう。
そこから俺は多くのことを学んだ。その中でも、一番なのは、自分と合わない人間とは付き合わないということだ。
人は自分の身の丈にあった生き方をするべきなのだ。
背伸びをしてもいいことはないし、それどころか不幸が降ってくるだけだ。
だから俺はトラブルを好まない。厄介事を拒否する。
そう決めている。
自分の手に余ることをしようとすると、人生は碌なことにならない。
ならないのだけど……。
そう簡単にいかないのが、人生というものらしい。
「責任を取って」
エルトと出会ってから三日後。
昨日行われた王の生誕祭は無事終わり、さぁもう帰るだけか、というところで、俺はそんな台詞を親戚の少女に言われた。もちろん、そんなことを言われるような行為に及んだ覚えもない。
「記憶が正しければ、俺は昨日、一人で寝たはずなんだが?」
「そういう責任じゃないわよ」
俺の言葉に仏頂面で返したのは、ツーサイドアップの栗毛と青い瞳が特徴的な少女だ。
名前はアリシア・ブライトフェルン。
ブライトフェルン侯爵の孫娘で、俺の又従姉に当たる。まぁ、姉といっても二カ月しか変わらないけれど。
このアリシアという少女は容姿端麗、文武両道で才色兼備という言葉がぴったりな少女だ。
その完璧ぷりは、王の生誕祭ではまだ十二歳にも関わらず、多くの縁談が舞い込んだほどだ。
どれも嫁に来てほしいという縁談だったため、祖父であるブライトフェルン侯爵によって即却下されたが。
そんなアリシアだが、頭が回る分、非常に厄介な存在だ。実に子供らしくない。
まぁ十二歳の女の子というのは、同年代の男よりもかなり大人だが、それでも日本ならまだ小学生の年齢だ。
そんな年齢でありながら、アリシアは非常にしっかりしている。
だから俺は苦手なのだ。
ちなみに、俺に王女が好みそうなお菓子を探して来いと言ったのも、アリシアだ。
「じゃあ、なんだよ? 怒られるようなことをした覚えはないぞ?」
今の場所は、王都滞在中に住まわせてもらっている、ブライトフェルン侯爵の屋敷だ。
そのため、アリシアがいるのはまったく不自然ではないのだけど、ここは俺に与えられた部屋だ。
問答無用で押し入ってくるのはさすがにおかしい。
「本当に? 本当に覚えはないかしら?」
イライラした様子でアリシアは、近くにあるテーブルを何度も叩く。
どうやら、思った以上にご機嫌斜めのようだ。
「……ないかな?」
一応、しばらく考え込んでみたけど、覚えはない。
だからそう答えたのだけど、それに対してアリシアは意味深な笑みを浮かべた。
「あら? そう」
怒っているときに、怒った顔を見せないための作り笑いだ。
周りの目を気にするアリシアの変わった特技でもある。
これを浮かべているときは、逆らわないほうがいい。
けど、本当に覚えがない。
「ほ、本当に覚えがないんだ……」
「なら、これを見なさい!」
そう言ってアリシアは一枚の紙を取り出した。
そこにはいくつかの数字が書かれており、俺はそれを見て顔をしかめる。
「私があなたに預けたお金は3万ペクーニア。あなたはそれを一日でほとんど使い切ったわ。あれ、私のお金だったのよ?」
ペクーニアというのは、大陸で使われる共通貨幣の単位だ。
物の価値が変動するため、一概にこうとは言えないが、だいたい、1ペクーニアで1円だ。
つまり、俺は3万円を一日でほぼ使ったわけだ。もちろん、使ったのはエルトだけど。
しかもほぼ買い食いだけで。
確かに、あれは申し訳なかった。けれど。
「確かに使ったけど、その分の成果は出しただろ?」
あのあと、俺が持って行ったチョコビスケットは王女に大好評だったらしく、アリシアはかなり王女と親しくなれたと聞く。
一国の王女と、3万円で親しくなれるなら安いものだろうに。
「それはそれ。これはこれよ! ビスケット買うだけに3万ペクーニアも使う奴なんて聞いたことないわ!」
「探すのに苦労したんだよ。経費なんだから仕方ないだろ? なんだったら、俺は成果に対する報酬を求めてもいいんだぞ?」
「そんな強気に出ても無駄よ? 報酬はもう払っているもの」
「払ってもらった覚えはないけど?」
「王女殿下にあなたの名を伝えておいたわ。機会があればお会いしたいそうよ? 資金はすべて私が出したのだから、私の手柄にすることもできたのに、あなたの名を伝えた私の心の広さに感謝したらどう?」
アリシアはそう言って笑う。
こいつめ、俺が権力争いに興味ないことを知ってて、そんなこと言ったな。
王女殿下の覚えがめでたいというだけで、周りからは敵扱いされかねない。
「余計なことするなよ……」
「失礼ね。あなたのためを思って言ったのよ?」
「よくもまぁ、ぬけぬけと……はぁ」
盛大にため息を吐き、俺は座っていた椅子から立ち上がる。
どうせ、アリシアのことだ。
金を稼ぐ手伝いでもしろというのだろう。
「わかった。俺は何をすればいい? 王都で買い物する金が欲しいんだろ?」
「私、ユウヤのそういう察しがいいところ好きよ。都合がいいから」
「最後の言葉がなければ、喜んで協力できただろうに」
「でも協力はしてくれるんでしょう?」
「どうせ協力しなきゃ、協力するように仕向けるんだろ?」
アリシアの母親はアリシアが小さい頃になくなり、父親は二年前に戦で亡くなっている。そのせいか、親戚たちはアリシアに甘い。
泣きつけば、間違いなく俺が悪者扱いだろう。
「そんなことしないわよ。だって、ユウヤはなんだかんだで私に甘いもの」
アリシアは笑みを浮かべながら、そう言い放つ。
確かに、俺も父を亡くしたアリシアを不憫に思っている。
わずか十歳で片親だった父を失った悲しみは、いまだに消えていないだろう。
そう思えば、頼みくらい聞いてやるか、という心境になってしまう。
結局、それを承知のアリシアは、俺に厄介事を持ち込むわけだが。
なんというか、こういう性格って損だよなぁ。
アリシアみたいな女から見れば、これほど都合のいい男もいないだろう。
自覚してても、冷たくできないのはヘタレだからか、俺が優しいからか。
「それじゃあ行きましょ! お金稼ぎに」
「まったく……」
計画通り俺を巻き込んだアリシアは、スキップしながら俺の部屋を出ていく。
俺は肩を落としながら、その後を追った。
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「それで? どういう状況だ? これは」
俺は手に持った木剣をいじりながら、軽くアリシアをにらむ。
場所は王都にある練兵場。
そこには十代前半から中盤あたりの子供たちが集まっていた。
周囲には観客と思われる者たちも結構いる。
「貴族の息子たちによる剣術大会よ。出場資格は初陣を迎えていない十代の男子。だから私はでれないの」
ひどく残念そうにアリシアはため息を吐く。
アリシアは可憐な見た目に反して、武術に秀でて、魔法も会得している。
戦に出たことのない貴族の息子たち相手なら、余裕で勝てるだろう。
「そういうことを聞いてるんじゃない。小遣いを稼ぐんじゃなかったのか? 俺はてっきり家の手伝いをするのかと……」
「そんなにちまちま稼ぐのは性に合わないわ。オーウェル侯爵家の娘、フェルトを知っているでしょ?」
「お前と仲の悪い子だろ? 王都に来て早々、喧嘩してたじゃないか。忘れるもんか」
ブライトフェルン侯爵家もオーウェル侯爵家も、貴族の中ではトップクラスの権勢を誇る。
もっともブライトフェルンは古くから続く名門で、オーウェル家は財を成したことで力をつけた、いわゆる成金だが。
仲が悪い家柄だとは聞いていたけれど、王都について偶然会うなり、二人は舌戦を開始し、周りが止めなければ手が出そうな勢いだった。
特にフェルト・オーウェルのほうは貴族らしい貴族だったから、非常に印象深かった。
「そのフェルトの弟がこの大会に出るわ。なんでも、結構優秀らしいわよ。打ち負かしてきて」
「完全に私怨じゃないか……。それがどうお金に繋がる?」
「賭けをするのよ。私とフェルトで。あの女は金だけは持っているから」
「おいおい……負けたらどうする気だよ……」
金を稼ごうとするあたり、アリシアの懐事情は崖っぷちのはず。
それで賭けなど、典型的な失敗する人だ。
「負けないわ。聞いたわよ? ユウヤはもうクロスフォード家の兵士たちとも渡り合えるって」
「たまに勝てるときもあるってくらいだ。期待されても困る」
俺は首を振って、アリシアの言葉を否定する。
確かに修練を重ねているし、前世の記憶がある分、同年代よりも思考力があるから、勝つこともあるけれど、それは相手の油断を突いているだけであって、純粋な力じゃない。
それに勝ちの半分はほぼ〝反則〟みたいな方法を使って勝っているし、参考になりはしない。
「それでも同年代よりは強いでしょ? 負けたらわかってるわね?」
前半は笑顔で、後半はもっと笑顔でアリシアは告げた。
それはもう、笑顔という仮面の奥から湧き上がる切実な思いがわかってしまうほどだ。
だいぶ追い詰められているということだろう。
まぁ、ここで買い物できなければ、またいつ王都で買い物ができるかわかったもんじゃないのは確かだ。
俺の領地であるクロスフォード子爵領は、アルシオン王国の西部国境付近であり、アリシアのブライトフェルン侯爵領も、西部地方に領地を持つ。
クロスフォード子爵領よりはよほど王都に近いが、それでも遠い。
なんとかまとまったお金が欲しいんだろう。やり方は間違っている気がしなくもないが。
「あらあら。アリシア・ブライトフェルンではありませんか? どうしてここへ?」
アリシアの後ろから、ドレス姿の少女が現れた。その髪は金髪縦ロールと言うのに相応しく、非常にクルクルしてる。
もう見た目からして貴族って感じで、衝撃的だった。
生まれ変わって、自分も貴族になったわけだけど、こうも貴族のお嬢様というイメージにぴったりの奴が本当にいるとは、驚いたものだ。
今回で見るのは二度目だが、本当に面白い髪をしている。
アリシアに負けないくらい美人なんだけど、どうも顔には注目できない。
「おかしな話ね? フェルト。確か、そっちから吹っ掛けた話のはずよ? その年でもう忘れっぽくなったの?」
「いいえ。覚えていますわよ? ええ、もちろん。ただし、あなたは乗る気ではありませんでしたから。てっきり逃げたものかと」
「よく言ったわ。必ず後悔させてあげるわ!」
「そのセリフ、そっくりそのままお返ししますわよ! わたくしの弟があなたの貧相な親戚に負けるわけありませんもの!」
「へぇ……」
言い合いをしながら、賭けを吹っ掛けるタイミングを見計らっていたアリシアが笑う。
「なら賭けましょうか? そうね。私はユウヤが勝つほうに5万ペクーニアを賭けるわ」
「あらあら、はした金を賭けますのね。でも、いいですわ。あなたに合わせて、私も弟が勝つほうに5万ペクーニアを賭けますわ」
「交渉成立ね。じゃあ、あなたの弟がユウヤに打ちのめされるのを、楽しみにしているわ」
「ふふふ、そんなことを言うと、あとで恥をかきますわよ?」
バチバチと二人の視線がぶつかり合う。
まったく。どんだけ仲が悪いんだよ。
しかも、5万ペクーニアだなんて、持ってない金を賭けるとか。
これで負けたら、本当にどうする気なんだ。アリシアは。
そんなことを思いつつ、体を動かすために、俺は二人から離れた。