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使徒戦記  作者: タンバ
第一章 アルシオン編
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閑話 レグルス王 レヴィン


 リオスの城の最深部。


 地下にある特別な部屋にエルトはいた。


 服装は正装。

 使徒であり、公爵でもあるエルトだが、正装する機会は滅多にない。


 大抵の場合、戦線近くにいることと、自分より上位者が王しかいないためだ。


 そのエルトがわざわざ正装したのは、その上位者へ謁見するからだ。


 エルトの前には巨大な姿見が安置されている。

 しかし、姿見の鏡は黒く濁っており、エルトの姿を映し出さない。


 だが、エルトはその姿見の前に膝をつく。


「漆黒の姿見スぺクルムよ。陛下の姿見に繋げ」


 エルトの呼びかけに応じて、姿見の鏡が変化し、赤い布を映し出す。

 その赤い布に向かって、エルトは呼びかける。


「使徒エルトリーシャ。陛下への謁見を求めます」

「かしこまりました。しばしお待ちを」


 赤い布の向こうから聞こえてくるのは男の声。


 レグルス王に仕える侍従の一人で、その役目は王の城にある姿見の前で待機していること。

 そして姿見から呼びかけがあれば、王を呼びに行くこと。

 それだけであるが、レグルスの国防を担う重職ゆえ、信頼のできる者しか頼まれはしない。


 エルトの目の前にあるのは漆黒の姿見スぺクルム。今では失われた魔法で作られた古き時代の魔導具だ。

 これと同じ物がレグルス国内には三つある。


 一つは王の居城。

 残りは二人の使徒の居城である。


 この漆黒の姿見は、普段は鏡としての役割を果たさないが、それぞれの姿見と通信できる機能を持ち、レグルス王国はこの姿見を使って、使徒と王や、使徒と使徒同士の連絡をスムーズにしていた。


 エルトがアークレイムやマグドリアの動きをほとんどタイムラグなしに知ることができたのも、この姿見のおかげだった。


 しばらくすると、赤い布が取り払われ、長衣を身にまとった青年が姿を現した。

 

 青年は姿見の前にある椅子に腰かけている。


 茶色の髪に紫色の瞳。

 優しげだが頼りない風貌の青年。


 体は細く、背はユウヤと同じ程度だろうか。


「使徒エルトリーシャ・ロードハイム。陛下にご挨拶申し上げます」


 エルトは膝をついたままこうべを垂れた。


 この青年が今代のレグルス王。

 レヴィン・レグルスだ。


「面を上げてくれ。エルトリーシャ。義理とはいえ、従兄妹同士だ。公式な場じゃないのに畏まる必要はないよ」

「そういうわけにもいきません」


 レヴィンの父親である先代の王は、エルトの義理の父親である先代ロードハイム公爵の兄にあたる。


 その関係で二人は義理の親戚同士であった。


 レヴィンの物言いに、エルトは軽くため息を吐いたあと、自省した。


 自分より位が上の者から畏まるなと言われるのは、非常に居心地が悪い。

 それを平気でユウヤに求めている自分を反省したのだ。


 ただし、改める気はまったくなかったが。


「勘弁してくれ……。僕は四六時中畏まられてるんだ。君ならわかるだろ? たまには、おい、とか、お前、とか言われてみたいんだ」

「残念ながらお気持ちは察せません。私には気軽に話ができる友がいますので」

「羨ましいことだね。噂のアルシオンの銀十字君かい?」


 エルトが頷くと、本当に羨ましそうな顔をレヴィンはする。


 そんなレヴィンの様子に構わず、エルトは本題に入る。


「陛下。今日はお願いがあって参りました」

「アルシオンのことかい?」

「はい。マグドリアに攻め込まれているアルシオンへ、救援を考えてはいただけないでしょうか」


 エルトの言葉を聞いて、レヴィンは微かに肩を落とす。

 レヴィンにとって、それはもう議論の終わった話なのだ。


「救援は出す。君に行ってもらう。ただ、それはアルシオンとマグドリアの決戦が終わってからだ」

「それでは遅いのです」

「遅くはない。レグルスにとって、それは最高のタイミングだ。アルシオンに恩を売れ、疲弊したマグドリアの使徒を倒せる」


 レヴィンはあくまでも淡々と告げる。

 エルトは微かに顔をあげて、レヴィンを睨むが、レヴィンは涼しい顔で柔らかい笑みを浮かべる。


「エルトリーシャ。僕は言ったはずだ。アルシオンを見定めると。その言葉を君は承諾した。それでも僕へ頼みに来たのは、その友人のためかい?」

「それもあります」

「珍しいね。君が個人のために動くなんて。けれど、駄目なものは駄目だ。助ける価値はあると判断したが、対等な友国として助ける価値はない。王自らが出陣すれば或いはと思ったけれどね。入ってきた情報によれば、軍を率いるのは王子だ」

「陛下! これはアルシオンだけの問題ではありません!」

「ああ、わかってる。マグドリアの増長はレグルスにとっても脅威だ。だから、最も弱った瞬間を狙う」


 優しげな風貌のまま、冷厳な口調でレヴィンは告げる。


 それが王としての判断であることは、エルトは承知していた。

 だから、犠牲に目を瞑り、一度は承諾したのだ。


「その考え方はわかりますが、それではアルシオンが弱体化します」

「結構だ。一度、弱体化させて、こちらの思惑通りに国を作り変える。それが僕の考えだ。今の王ではアルシオンは平和ボケしたままだ。同盟をしたところで足手まといになる。この戦いで力を示した者を王に据えたほうが、変化を期待するよりよほどいい」

「ですが、その間にマグドリアやアークレイムが攻めてきたらどうするのですか?」

「我らが手助けすればいい。アルシオンにはウェリウスもいる。こちらの助力があれば落ちはしない」


 確固たる意思を持った反論に、エルトは言葉に詰まる。

 レヴィンの展望がかなり現実的だったからだ。


 マグドリアに二人目の使徒が現れ、大陸中央部のパワーバランスは崩れた。


 今まではマグドリアとアークレイムを合わせても、使徒は三人。レグルスと同じ数だったが、これでレグルスを上回った。


 レヴィンがマグドリアの使徒が疲弊したところを狙おうとするのも、アルシオンを軍事的強国にしようとするのも、その変化に対応するためだった。


 それがわかるゆえに、エルトは言葉に詰まる。

 だが、それでもとエルトは思う。


 自分は守りたいのだ、と。


「お言葉だが、陛下の望みどおりに事が運ぶとは限らない」

「ほう?」


 エルトの言葉遣いが変わった。そしてまっすぐレヴィンを見るようになった。


 その変化にレヴィンは興味深そうに目を細め、エルトの言葉に耳を傾けた。


「では、エルトリーシャ。君はどういう展開になると思うのかな?」

「アルシオンがマグドリア、アークレイムと組み、わが国を攻撃する可能性がある」

「それをさせないために、劇的な場面で救援を出す」

「こちらの意図がバレないと? 確実にバレる。そしてレグルスはアルシオンへ内政干渉する。それが決定打となり、アルシオンがマグドリアとアークレイムの力を借りて、わが国を倒そうとしてもおかしくはない。使徒が五人で攻めてくれば、私たちでも防げない」

「憶測だな。自国に攻め込んだ国と容易に組めると?」

「追い詰められれば、人はなんでもやる。ましてや相手は一国の王。自国への介入を煩わしく思えば、敵の手すら借りるはず」


 エルトの言葉にレヴィンは小さくため息を吐いた。


 その可能性は十分考慮し、レヴィンはアルシオンをギリギリまで助けないことを決めた。


 アルシオンの現国王であるエリック三世には、そこまでの度胸も器量もない。

 それがレヴィンの判断だった。


 しかし、とレヴィンは思う。


 わざわざ危機感を煽るようなことを言う以上、エルトにも考えがあるはず。


 それを聞くのも悪くはないと。


「では、エルトリーシャ。君はどうするべきだと?」

「アルシオンを助ける。アルシオンが敵の手に落ちれば、真っ先に矢面に立つのは、私であり、私の騎士たちであり、私の領民たちだ。その危険は極力排除したい」

「君がマグドリアの使徒に負けると?」

「疲弊したところを狙うより、アルシオンと共同して叩いたほうが勝率は高い。それに優秀な貴族たちは皆、決戦の場にいる。彼らを死なせれば、アルシオンを立て直すなど夢のまた夢。王を止める者がいなくなり、レグルスに牙を向く可能性は高くなる」

「だが、手を差し伸べるのが早ければ、アルシオンは思うだろう。レグルスが助けてくれると。僕はそれを心配している。我らは無敵ではない。足手まといを抱えて戦えるほど、今の世は甘くはない」


 レヴィンの言葉にエルトは唇をかみしめる。


 もともと、エルトは我慢強いほうではない。

 こういう論戦も得意ではない。


 回りくどいやり方は好まず、単純明快さを好む人間だ。


 だから、もう限界であった。


 エルトは立ち上がり、深く息を吐く。

 その様子を見て、レヴィンは再度、ため息を吐いた。


 そして内心で呟く。


 今回は意外に長く持ったな、と。


「もううんざりだ! ごちゃごちゃと口ばかり達者で! 政治的な判断など知ったことか! 戦に出るのは私と私の騎士たちだ! 命を賭けるのも私たちだ! その私が勝算が高いというのだから、言う通りにしたらどうだ!?」

「やっとエルトリーシャらしくなったね。けれど、政治的な判断をないがしろにしては困る。これは国の方針なんだよ?」

「これが政治だけの問題なら、いくらでも頷いてやる。だが、結局、私たちは戦う! 手段として戦争を使うのだろ!? なら、今回は自由にやらせてもらう! 私は私が守りたい全てを私の手で守る! 私が全ての責任を持つから黙ってろ!!」


 荒く息を吐いて、エルトはレヴィンを睨む。

 そんなエルトをレヴィンは微笑みながら見つめている。


 幼い頃から、言い合いになればエルトがキレて、レヴィンが笑うのが常だった。


 それは王と公爵になっても変わらない。


「全てに責任を持つか……。君がアルシオンを助けた責任を持つと?」

「そうだ!」

「アルシオンが弱国のまま、我らの足を引っ張ったら?」

「私が強国に変えてやる! アルシオンに赴き、軍を教練し、指揮官を育てる! それなら文句はあるまい!?」

「暴論だけど、まぁいい。それで指揮官と軍が良くなったとして、王は? 君が変えるかい?」

「お前のように口ばかり達者な王が嫌だと言うなら、私がふさわしい後継者を育てて、王位につけてやる! お前よりもよほど性格のいい王をな!」

「はは、性格が良くちゃ王は務まらないよ。それじゃあ、助けた挙句、アルシオンがマグドリア、アークレイムの二国と組んで攻め込んできたら?」


 レヴィンは笑みを浮かべたまま、エルトにそんな質問をする。


 エルトは、性格の悪い質問だと思いつつ、その質問を一笑に付す。


「そのときは私がアルシオンの相手をしよう。お前にアルシオン全土をプレゼントしてやる!」

「君の友人が敵になったとしても?」

「もしも、アルシオンがレグルスを敵にするような愚かな行為をしたなら、ユウヤは領地の安全を条件に私の下に来る! 少なくとも、敵を見間違えるような奴じゃない!」

「その個人的信頼を僕に信じろと? 君が誰を信頼しようと君の勝手だが、それを判断に加えないでほしいね」

「なら、どうしたらユウヤを信頼する? どうしたらアルシオンを信頼する?」


 レヴィンはその言葉を待っていたとばかりに、身を乗り出す。

 その顔には深い笑みが浮かんでいる。


「ようやく建設的な話ができそうだ。僕がアルシオンに求めるのは、軍事的強さと馬鹿なことをしない程度の賢さだ。そして今の王はどちらも持っていない。使徒ウェリウスは高齢だ。彼にだけ頼るようではアルシオンに先はない。新たな武威の象徴が必要であり、それを扱う王が必要だ」

「……ユウヤにそうなれと?」

「ああ。彼には強さを示してもらいたい。そして、もう一人。力を示してもらいたい者がいる」

「誰だ?」


 レヴィンは乗り出した身を椅子に戻し、足を組む。

 そして懐から一枚の紙を取り出した。


「名前は何だっけかな? ああ、そうそう。アルシオンの第三王子であるエリオットだ。彼にも力を示してもらいたい。次期王としてね」

「エリオット? そいつに何をさせればいい?」

「単純さ。君が手を貸さずにアルシオンが別動隊を破れれば、エリオットとユウヤを信頼しよう。エリオットが臣下の言うことに耳を貸し、王にふさわしい器量を見せれば、別動隊を追い詰められるはずだ。そしてユウヤ・クロスフォード。アルシオンの銀十字が武威を証明すれば別動隊は問題なく勝てる」

「別動隊の勝敗をもって、二人を試すと言うことか?」

「もちろん、勝つくらいじゃハードルが低いから条件がある」


 そう言って、レヴィンは指を一本立てる。

 その指が意味することを察して、エルトは目を細める。


「開戦してから一日。それでアルシオンが敵別動隊を破れれば、君の援軍を認めよう。それと、君も国境の五千を一日で排除してくれよ。そうじゃなきゃ、援軍は間に合わないからね」


 リオスからレグルスとアルシオンの国境まで、約二日。

 そしてその国境からオルメイア平原までは騎馬で約五日。


 マグドリアの侵攻速度を考えれば、あと六日から七日で戦場に到着する。


 レヴィンが出した日にちは、今すぐに軍を編成して出発せねば到底達成できない日にちだった。


「性格が悪すぎるぞ!」

「なんとでも。エルトリーシャ・ロードハイム公爵に命じる。国境付近の敵軍を掃討せよ。その後、アルシオン領内に入ることを許可するが、クラック砦での決戦に参加するかは、別動隊同士の結果次第とする。いいね?」

「……御意」


 形ばかりの挨拶をして、エルトは駆けだした。


 そんなエルトを見送りながら、レヴィンはため息を吐く。


「なんとか首輪をつけることには成功したけれど……」


 レヴィンは呟きながら、懐からさらに紙を取り出す。

 それはマグドリアとアークレイムとの国境にいる二人の使徒からの手紙だった。


 内容は手薄になった二国へ侵攻すると、というものだった。

 もちろん、レヴィンは許可を出した覚えはない。


 文の最後には、自分が全ての責任を持つから、好きなようにやらせろ、と書かれていた。


「なんでこう、使徒って勝手なんだろう……」


 レヴィンは言いながら、ため息を吐き、首を横に振る。

 手綱を握れるほうがおかしいのだと思いなおしたのだ。


 なにせ、彼らは使徒なのだから。


 しかし、とレヴィンは心の中でつぶやく。

 歴代レグルスの王の中で、自分ほど使徒に悩まされる王もいないだろう、と。


「あ~……胃が痛い……」

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