表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
使徒戦記  作者: タンバ
第一章 アルシオン編
26/147

第二十二話 青の魔剣

「言っている意味がわかっているんですか!?」


 よろけたままクリスが強い口調で問い詰めてくる。

 笛吹きの家系であるクリスには、あの笛は神聖な物なんだろう。


 理解はできるが、そこに配慮はできない。


「わかってる。だが、あれが必要なんだ」

「あれはロードハイム家に伝わる幻獣の角笛! ロードハイム家の家宝なんですよ!? それを貸せと!? 厚かましいにもほどがありますよ!」

「だからこそ、借りる価値がある」


 俺はクリスにそう告げて、エルトへ視線を向ける。

 エルトは半笑いを浮かべ、俺を見ていた。


「ユウヤ。常識というものを知っているか?」

「ま、一応は」

「今、お前が言っているのは激しく常識外れだぞ? なんでも貸してやるとは言ったが、家宝を貸せと言われるとは思わなかった」


 まったくもって予想外。

 そう言いたげなエルトは、椅子の背もたれに背中を預け、足を組む。


「家宝ゆえに、敵も騙される」

「一度しか使えない手だぞ? 別動隊を討ったとして、本隊に勝てるのか?」

「砦を攻撃する本隊を、二万で背後から急襲する。それがアルシオンに残された手であり、それを成立させるまでが俺にできることだ。それで勝てなきゃ、なにをしても勝てやしない。まぁ、勝てなくても王都を落とせないくらいまで削るつもりだ。レグルスとしては願ったり叶ったりだろ?」

「たしかに。レグルスとしては、アルシオンとマグドリアが潰しあえば言うことはない。だが、それで国は守るだろうが、お前はどうなる?」


 別動隊が背後から攻めても勝てない場合は、不毛な消耗戦を仕掛けることになるだろう。


 完全な泥試合だ。

 勝ったとしても、マグドリアは王都を落とす戦力を維持できない。


 問題はその後だが、今、勝たなければ次はない。


「死ぬ気はないけど……生き残る確率は低いだろうな」

「自己犠牲か? らしくないぞ」

「……だが、アルシオンが負ければ、アルシオンの民はマグドリアの使徒によって、狂戦士となり、レグルスに向かう尖兵となるだろう。自国の兵士すらたやすく使い捨てる奴だ。そんな奴がいる国にアルシオンを渡すわけにはいかない」


 マグドリアの最終目標はレグルスのはず。

 そのために、攻めやすいアルシオンを攻めた。


 その展望がある以上、アルシオンの次はレグルスだ。

 そして、占領した国の兵を使うのは常套手段だ。


 使い潰しても惜しくはないのだから。


 家族のことを思えば、アルシオン兵も逆らいはしないだろう。家族のために、狂って敵に突撃していく。


 そしてそれを迎撃するのはエルトとロードハイムの騎士たちだ。


 その未来は避けたい。


「私は王の命令がなければアルシオンの国内には入れない。そして、王はアルシオン軍が敗れた時を見計らって、私に援軍へ向かうように告げるだろう。王都での最後の攻防の中、助けに来てくれたレグルス軍を演出するためだ」

「わかってる。だから、援軍は頼まない。笛さえ貸してくれれば……あとはアルシオンがなんとかする。侵攻されてるのはアルシオンだ。これはアルシオンの問題だからな」


 俺の言葉にエルトは黙り込んだ。

 その顔から内心は読み取れない。


 今、エルトが何を考えているのか。

 俺には予測することすらできない。


 怒っているのか。それとも呆れているのか。


 少なくとも、好ましい感情は抱いていないだろう。


「……エルトリーシャ様。今、答えを出さずともよいのではないでしょうか?」

「そうだな。ユウヤ。出陣は許可するが、笛を渡すかはもう少し待て」


 そう言ってエルトは口を閉ざした。

 もう喋りたくないと言わんばかりの態度に、俺はクリスと顔を見合わせる。


 不機嫌というわけじゃない。

 ただ、考えたいといった様子だ。


 こういうエルトを見るのは初めてだった。






●●●






 翌朝。


 俺はクリスに武器庫に案内された。


「あなたの鎧はボロボロでしたし、剣も切れ味が落ちていました。ですから、装備を選べとのことです」

「それはありがたいな。エルトは?」


 クリスに問いかけると、クリスは微かに沈んだ顔で首を横に振った。


「そうか」


 頼むことは頼んだ。あとはエルト次第だ。

 これに関してはできることはない。


 一度、エルトのことは忘れるべきだろう。


 エルトが笛を貸してくれなくても、出陣はするのだ。

 装備選びは手を抜けない。


「ここにある物なら何でも使っていいのか?」

「ええ。お好きな物をどうぞ。ここはロードハイム家の私的な武器庫ですから」


 そう言われて、俺は武器庫を見渡す。


 武器庫は二つの部屋に分かれており、右が武器で左が防具となっている。


 どちらも量は膨大だ。とてもじゃないが、個人が抱える量じゃない。


 ここにある武器と防具だけで、千人くらいの兵士は完全武装できるな。


「さすがはロードハイム公爵というべきか」


 俺は試しに近くにあった剣を握る。


 俺の強化は物に影響を与える。

 剣の質というのは非常に大事だ。


 なにせ、強化に耐えきれなければ、武器は崩壊する。


 ヘムズ平原で使っていた剣は、リカルドが昔使っていた剣で、クロスフォード領内じゃ一番の名剣だった。


「四倍ってところか……」

「何の話ですか?」

「こっちの話だ。気にするな」


 クリスの問いにそう誤魔化す。


 俺は剣や防具に触れれば、それがどれくらいの強化に耐えきれるかわかる。

 かなり大雑把で、手に持った物がだいたい何キロくらいあるかが、感覚でわかるといったレベルだ。


 それでも武具の質を見抜くには十分だ。


「さすがにいい剣がそろってるな」


 やや反りの入った剣を抜いてみる。

 大体、十倍くらいか。

 

 前使っていた剣と同じくらいだろう。


「意外です。なかなか目利きができるんですね」

「まぁ、特技の一つってところかな」


 クリスもかなりの腕を持つ。

 この武器庫には何度も来たことがあって、業物がどれかは大体把握しているんだろう。


 俺がその業物ばかりに手を伸ばすから、目利きと称したわけだ。


「ここにある剣のほとんどは、先代の公爵様が集められたものです」

「先代のロードハイム公が? なぜ? ロードハイム公はあまり戦に出る方じゃなかったはずだけど?」

「その認識で間違いはありません。先代公爵様は生涯で数えるほどしか戦場に出ていません。この武具を集めたのは、エルトリーシャ様のためです」

「エルトの?」

「子もなく、奥様にも先立たれた先代公爵様にとって、エルトリーシャ様は可愛くて仕方がなかったのです。エルトリーシャ様のために、剣や防具を買い漁るのが先代公爵様の日課だったのです」


 なるほど。

 それならこの量も納得だ。


 ただ、さすがはレグルスきっての大貴族。

 子供にかける金が違いすぎる。


 それに。


「結構、偽物を掴まされてるな?」

「剣の心得はほとんどない方でしたから。最初のほうは高い物はいい物だと思い、一番高い物を買ってきては、エルトリーシャ様がダメ出しをしていました。目利きができるようになったのは、亡くなる一年くらい前ですね」

「目利きができるようになったことが驚きだな」

「努力をされたのです。エルトリーシャ様はあまりプレゼントで喜ぶ方ではありませんから。それでも業物を見れば喜んでいました。そんなエルトリーシャ様が見たくて、独学で学んだそうです。いつも剣を手に入れてくるたびに言っておられました。この剣で守りたいものを守りなさい、と」


 クリスは懐かしそうに微笑む。


 エルトが幼少の頃からずっと一緒ということは、クリスにとっても父親や祖父のような存在だったのかもしれない。


 しかし、変わった人だ。

 使徒というのは例外なく人間兵器だ。


 敬うと共に、恐れる者も少なくない。


 そんな使徒を自分の子供として引き取り、我が子のように可愛がる。

 中々できることじゃない。


「ですから迷っているのです」

「……笛を貸すかどうかを、か」

「ええ。あれは先代公爵様の形見です。容易に貸せるものではありません。それに……」


 クリスは微かに躊躇ってから、視線を背ける。

 その様子が気になったので、俺は剣を選ぶのをやめて、クリスに問いかけた。


「それに?」

「……エルトという愛称は先代の公爵様がつけた愛称です。先代公爵様が亡くなってからは、だれもエルトリーシャ様をその愛称では呼ばなくなりました」

「クリスは呼ばないのか?」

「僕は昔からエルトリーシャ様とお呼びしていますから。早々、変えられません。だから、あなたは特別なのです。そして、そんなあなたの頼みだから悩んでいるのでしょう」

「……」


 クリスにそう言われて、俺は小さくため息を吐いた。

 エルトを悩ませているのは、他ならぬ俺自身だ。


 俺にはどうすることもできない。






●●●






 それからしばらく、俺は無言で剣を選んでいた。

 そんな俺にクリスも何も言わない。


 剣を触って、良さそうな物は手に取る。

 その繰り返しが続く。


 そんなとき。

 奥のほうに立て掛けられたロングソードが目に入る。


 鞘には装飾はない。

 柄には青い宝石が埋め込まれているが、それ以外はただの無骨な剣だ。


 だが、その剣が非常に気になった。

 だから近づき、手に取る。


「驚いたな……」


 今まで見てきた剣の中で、最も業物で二十倍が限界だった。


 けれど、その剣は五十倍にも耐えられる。

 よほど名のある職人の作品なのだろうか。


 軽く引き抜くと、その刀身はやや細く、微かに青く光っていた。


「魔剣か……」


 魔剣とは、魔法の技術を剣に落とし込んだ剣だ。

 付与術師と呼ばれる魔導師が、長い年月を作り出す物だ。


 効果は剣が折れるまで続き、その効果もあって、下手な剣よりよほど強力だ。


 ただ、狙って作れる物ではなく、名のある付与術師でも生涯で一つ作れるかどうかという代物だ。


 基本的に昔に作られた物が多く、大抵は遺跡なんかから発掘されるという。


 俺も見るのはこれが初めてだ。


「なぁ、クリス」

「なんですか?」

「ここに魔剣があるんだが?」

「魔剣? おかしいですね。そういう貴重な剣は宝物庫のはずですが……。まぁ、ここにあるのなら選んで問題ないかと」


 魔剣を選んでいいとは。

 太っ腹なことだ。

 

 これを手に入れようとして、身を滅ぼす剣士たちが出るというのに。


「じゃあ、これを借りる。構わないか?」

「どうぞ。ただ一応、エルトリーシャ様に許可を取りましょう。大切な物かもしれませんから」

「そうだな。鎧はサイズの合う軽鎧がいいけど、ちょっと疲れたし、まずはエルトのところに行こう」


 そう言って、俺はその剣を持つ。

 不思議と俺に馴染む剣だ。


 ヘムズ平原で壊れた、長年使ってきた剣よりよほど自分の剣という感覚がする。


 これも魔法の力なのだろうか。


「あ……」

「……調子はどうだ? いいのは選べたか?」


 武器庫を出て顔をあげると、エルトが歩いてきていた。

 エルトは普段通り声をかけてくるが、いつもの覇気がない。


 しかし、そんなエルトだったが、俺の手にある剣を見て、目を見開く。


「それは……!?」

「武器庫にあったんだ。やっぱり貴重な物か?」


 エルトは俺の質問に答えず、剣を手に取る。


 懐かしむように青い宝石を触り、ゆっくりと引き抜いていく。


「……本当に武器庫にあったのか?」

「ああ。奥に立て掛けてあった」

「あれだけ探しても見つからなかったのに……。さすがはユウヤと言うべきか……」

「大切な物みたいだな。俺は別のヤツを選ぶよ」


 エルトの様子から、思い出の詰まった物であることは察しがついた。

 だから気を利かせたのだけど、エルトに腕を掴まれた。


「待ってくれ! お前が使ってやってくれ……」

「いいのか?」

「これは父が初めて買ってきた業物なんだ。偶然、綺麗な剣が手に入ったと言って持ってきた。ただ、幼い私には手に余る剣だったから、武器庫に保管してたんだ」

「いや、待て待て! そんな大切な物を使えるか!」


 俺がそう固辞すると、エルトは首を横に振って、剣を鞘に納めた。

 そして、その剣を俺の胸に押し返してくる。


「剣は持ってて嬉しい芸術品じゃない。戦場で使われる武器だ。この剣に活躍の場を与えてやってくれ。私には他に剣がある。お前が使わないなら、他の者に与えるが……私はお前に使ってほしい」

「けど……」

「くどいぞ! 私が使えというんだから使え! 父もその方が嬉しいはずだ」


 強引に押し付けられる形になった俺は、どうするべきかしばらく悩み、エルトがさらに押し付けてきたので、仕方なく受け取る。


 エルトはそれを見て、満足そうな笑みを浮かべた。


「腰に差して見ろ」

「はぁ……こうか?」


 左の腰に差すと、エルトはさらに笑みを深めて、何度もうなずく。


「うんうん。いいじゃないか。似合っているぞ。その剣の銘は〝ブルースピネル〟。魔法の効果は永続。その剣は例え何人斬ろうが、雨風にさらされようが、決して切れ味が落ちない。戦場でこそ輝く青の魔剣だ」

「本当にいいのか? 魔剣だぞ? それにお前の思い出の品なんだろ?」

「何度も言わせるな。私が探しても見つからなかったのに、お前には見つけられた。その剣が、そして父がお前を選んだんだ」

「そんなものか?」

「そんなものだ」


 エルトはそう言うと、クルリとターンを決めて、俺に背を向ける。


 そのままこちらを見ずにエルトは告げる。


「ありがとう。ユウヤ。その剣を見て、なんだか勇気が出た」

「……お前が勇気のないときなんてあるのか?」

「あるさ。けど、今は満ち溢れてる。父はずっと言っていた。守りたいものを守りなさい、と。使徒なのだから欲張っていいのだと。だから私は欲張るぞ!!」


 そう言ってエルトは走り去った。


 まるで嵐みたいな奴だ。

 急に来て、急に去る。


 掴みどころがないなんてもんじゃない。


「どうなってる?」

「さぁ……。ただ、心は決まったようですね」


 そういうクリスの目には強い光が宿っている。

 それは戦いに向かう者の目だった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ