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使徒戦記  作者: タンバ
第一章 アルシオン編
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第二十一話 ユウヤの作戦






 風呂で俺が倒れた日から一週間。


 ヘムズ平原の戦いから二十二日。


 その日の夜。


 いつもは静かなロードハイムの城が騒がしかった。

 

 騎士たちが走り、鎧がガチャガチャと音を立てる。

 その音を聞いて、俺は目を覚ます。


 何かが起きたことは間違いない。


「といってもなぁ……」


 ベッドから体を起こし、部屋を見渡す。


 エルトは客室用の部屋を与えてくれたが、剣や鎧は与えてくれなかった。


 なにかに備えて武装するというのは、不可能だ。


「刺客が忍び込んだとかだったら、終わりだな」


 そんなことを呟いていると、部屋の扉がノックされた。


 どうぞと答えると、クリスが一礼して入ってきた。


「起きていましたか」

「これだけガチャガチャうるさければ、いやでも起きるさ。なにごとだ?」

「なにごとだと思いますか?」


 珍しいこともあるものだ。

 クリスが余計なことを言うとは。

 

 なにごとかが起き、それをクリスは伝えに来た。


 わざわざ俺に聞き返すのは余計だろうに。


「珍しいな。まぁいいや。刺客ってわけじゃないだろ?」

「この城に刺客が入りこめるような隙があると?」

「まぁないわな。入るのも出るのも難しい城だ」


 脱走を試みたわけではないが、もしも脱走するならどうするかくらいは考えたことがある。

 ただ、城の守りを見て不可能と判断した。


「普通に考えればマグドリアが動いたんだろうけど、それだけじゃないな?」

「ええ。マグドリアが動くのは想定内です。ただ、少し意外な行動に出ました」


 そのクリスのヒントで俺はピンと来た。


 マグドリアはよほどレグルスに介入してほしくないのだろうな。


「マグドリアめ。アルシオンとレグルスの国境に兵士を向かわせたか」

「御名答です。それについて、エルトリーシャ様が意見を求めたいと」

「なるほど。わかった」


 そう言って俺はベッドから立ち上がった。






●●●






 エルトの執務室に入ると、椅子に仏頂面のエルトが座っていた。


「ご機嫌斜めだな」

「当たり前だ……。ようやく眠れたと思ったらたたき起こされたんだぞ? これでご機嫌な奴がいたら正気を疑うところだ」

「まぁ、そうだな」

「……他人事だな?」

「他人事だからな」


 俺の答えが不満なのか、エルトは形のいい眉をつり上げた。


「ユウヤ。私はお前のなんだ?」

「友人だな」

「たしかにそうだ。だが、今は保護者でもある。そんな私のことを他人事とは良い度胸だな?」


 なんとも訳のわからない理論を展開し始めたエルトは、机を何度もたたく。


 それをクリスが呆れた様子で見つめている。


 状況を考えれば、そんなことを言っている場合じゃない。

 いや、状況を分析した上で、今できることはないと判断したんだろうか。


 エルトも使徒だし、それくらい頭が回っても不思議じゃない。

 単純に頭に来たというのもありえそうだが。


「百歩譲って、エルトが保護者だとしても、たたき起こされたのは俺のせいじゃないし、エルトは使徒で公爵だ。緊急時に起こされるのは当然だろ?」

「生意気だ! クリス! ユウヤが生意気になったぞ!」

「エルトリーシャ様に無礼なのはいつものことです。それを許可しているのもエルトリーシャ様では?」

「ぐっ! クリスまで敵に回るとは……」

「ふざけてないで、早く話を進めないか? 俺も眠い」


 時刻はおそらく二時とか三時だ。まだまだ外は暗い。


 できれば、もう一度寝たいというのが本音だ。


「面白みのない奴だ。言葉に芸がない。そんなことでは私の友人失格だぞ?」

「お前の友人になるときに、面白いことを言った覚えはないが?」

「楽しませてくれてもいいじゃないか……。わざわざ起こされた私が可哀想だと思わないのか?」

「同情はしてる。だから来た。だけど、俺も起こされたんだ。早く本題に入らないと戻るぞ?」


 そう俺が告げると、エルトは仕方ないとばかりに、机に置かれている地図を指さす。


「マグドリアはヘムズ平原を進軍中だ。数は推定四万。そのうちの五千が南下して、アルシオンとレグルス国境付近へ向かっている。アルシオンは戦力の大部分を中央に集めているから、食い止めることもできないだろうな」

「目的はレグルスへの牽制か」

「足止めの可能性もあるな。レグルスがマグドリアを狙うなら、二つの手がある。アルシオンとの決戦中に援軍として駆けつけるか、アルシオンが敗れたあとに仕掛けるか。どちらかだ。さすがの私たちでも、マグドリアの使徒に態勢を整えられては苦戦は免れない」


 まったく、とつぶやきながら、エルトは忌々しいそうにアルシオンとレグルスとの間にある山脈をたたく。


「レコン山脈……嘘か真か、古代にいた大地を操る神威を持った使徒、レコンが作り出した山脈……。まったく、面倒なモノを作り出してくれたものだ」


 レコン山脈はレグルスとアルシオンとの間にある山脈で、エルトの言う通り、使徒が作り出したものだと言われている。


 そう言われるのは不自然な隆起が多数あり、どう見ても自然に作り出されたとは思えない地形がいくつもあるからだ。


 住み着く獣も凶暴で、人を平気で襲う獣もいる。


 ただし、一本だけ安全な道があり、そこには獣たちは近づかない。

 この道の存在も使徒が作ったと言われる所以だ。


 この道を通って、商人たちはアルシオンとレグルスを行き来する。


 だが、軍が通れるような道は一つとしてない。


 この山脈があるから、アルシオンとレグルスは中々戦争まで発展しなかったのだ。


 そして、今、マグドリアが展開しようとしているのは、山脈の北側。


 レグルスからアルシオンに行く最短ルートだ。

 そこを避けると、今度は山脈の南側に回り込み、大きく迂回することになる。


「五千が南下したということは、本隊は三万五千。そのうち、一万から一万五千は別動隊阻止に向かうでしょうし、本隊は砦で足止めを食らうのでは?」


 クリスの意見にエルトは、地図上にある砦を指で示す。


 アルシオンの王都、アレストに繋がる主要街道近くにあるクラック砦だ。


「おそらくここに三万。旧式だが、なかなか堅牢な砦と聞く。たしかに落としにくいだろうな。しかもマグドリアは二万と、数で負けている。攻城戦は通常、三倍の兵力がなければ悪手だ。包囲もできず、短期戦もできない。魔導師を多数抱えているとか、直接攻撃系の神威を持つ使徒がいれば別だがな」

「マグドリアの使徒の能力はおそらく狂化。攻城戦に向いている神威じゃない。それに自分から切り込むようなタイプでもない」

「となると、敵には策があるな。少ない戦力でも砦を落とす策だ。しかも数日以内で」


 数日で砦を落とすというのは、別にない話じゃない。

 ただし、大抵の場合、攻める側の数は守る側を大きく上回っている。


 それだけ攻城戦というのは守備側に有利だ。


「しかし、どんな策があるのでしょうか? エルトリーシャ様のように、前線に出れる使徒ならば形勢を一気に変えることはできるでしょうが……」

「なにかあるのは間違いない。仮にも使徒が勝算もないのに、進軍するはずがない。今回に関しては、間違いなく王都を陥落させる自信があるのだろう。私たちの介入を数日遅らせるだけでな」


 エルトはマグドリア軍の進軍経路を指でたどる。

 そして、今度は自分の領地であるリオスから、アルシオンの王都までを辿る。


 そこから目を瞑って少し考えると、エルトは両手を叩いて、目を開ける。


「敵のことは考えても仕方がないか。アルシオンの奮戦に期待しよう。敵軍がこちらの国境付近に陣取った以上、我々も出向くしかない。クリス。敵に合わせて、こちらも動く。数日以内に出陣だ」

「了解しました」

「それと、ユウヤ。もしも、お前と四百人の兵士が出陣することを私が許したとして、どういう作戦を考えている?」


 突然の質問に俺は答えに詰まった。


 それは何度も考えてきた。

 エルトを納得させるだけの作戦を毎晩練ってきた。


 俺なりにいけるのではないか、という作戦はあるが、それをここで言わなければいけないのだろうか。


「今、言わなきゃ駄目か?」

「ああ。その作戦次第で、私の行動が決まる。そしてお前の行動も、だ」


 エルトに言われて、俺は机の上に広げられている地図を見る。


 仮に出陣が許可されたとしても、俺たちは少数。

 大局を左右する兵力はない。


 ゆえに、重きを置くのは奇襲だ。


「まず、国境に陣取った敵を抜く。これにはお前とロードハイムの騎士たちの力を借りたい」

「国境付近の小競り合いなら、いくらでも力を貸せる。ただ、そこまでだぞ?」

「問題ない。四百には全員、馬に乗せる。そうじゃなきゃ間に合わないだろうからな。それも大丈夫か?」

「馬も装備もいくらでも貸してやる。見返りはもちろん、勝利だがな」

「ありがたい。その言葉を忘れないでくれよ? 国境を抜いたあと、俺たちはオルメイア平原へと向かう」


 レグルスとアルシオンの国境を指さし、真っすぐ、オルメイア平原へ移動させる。


 そこがおそらく別動隊同士の衝突地点だ。


「別動隊同士の戦いに介入するか。だが、そちらも万を超える規模の戦いだ。四百の騎兵は埋もれるぞ?」

「ああ、それはわかってる。ここからはアルシオン側次第だが、アルシオンは間違いなく攻勢をかける。時間がないのはアルシオンだからだ。そこに異論は?」

「ないな。攻撃のアルシオン、防御のマグドリアになることは間違いない」

「よし。アルシオンは二万、マグドリアは一万五千。おそらく、アルシオンはマグドリアの指揮官を狙う。マグドリアにとって、アルシオンは敵地。そこで指揮官を失えば、軍は統制を失う。逃げる兵は本隊へと向かうだろうが、撤退する兵たちよりもアルシオン軍の別動隊のほうが早く到着する」

「その根拠は?」


 俺はいくつかあるが、と前置きしつつ、オルメイア平原からクラック砦の方へ指を移動させる。


「敵の襲撃を恐れる必要がない。マグドリア兵は敵の襲撃を想定しながら逃げる必要がある。これでマグドリア兵のほうが早ければ問題だ」

「いいだろう。それがアルシオン軍の理想だな。だが、敵も指揮官を簡単にやらせるわけがない。お前はその戦いでどう動く?」

「指揮官を討つ場合は大抵、二通りだ。前線に出てきた指揮官を討つか、後方にいる指揮官の下へ精鋭を送り込むか。マグドリアが防御である以上、指揮官は後方から指揮をとる。だから、今回は後者になる」


 マグドリアへ間断なく攻撃を仕掛け、タイミングを見計らって、信頼の置ける矢を放つ。


 アルシオンも別動隊の動きが肝心であるとわかっている以上、別動隊には戦上手を配置するだろう。


 騎士団の団長か、それともマイセンのような歴戦の貴族か。

 どちらにしろ、タイミングを間違えるはずがない。


「精鋭を送り込み、指揮官の首を狙う。それが上手くいくと思うか? 敵もその可能性には注意するだろう。指揮官の周りは猛者だらけだぞ? 今のアルシオンにその突撃を成功させられる勇将がいるとは思えんが?」

「ああ。だから、そこを狙う。俺たちはマグドリア軍の後方に伏せ、アルシオン軍が仕掛けるタイミングに乗じて、敵将の首を取る。それなら四百騎でもどうにかなる」

「……机上の空論だな。後方から攻撃されたとしても、敵が指揮官までたどり着かせてくれるとは限らないぞ?」


 エルトの反論に俺は頷く。


 ここまでは問題なく上手くいく。

 ただ、最後の部分。

 敵将の首を取れるかどうかが、俺にとって難関だった。


 けれど、エルトがあるものを貸してさえくれれば、それもどうにかなる。


「そこで、だ。さっきの約束を思い出してくれ。お前は馬も装備も貸してくれると言ったな?」

「ああ、言ったぞ。この城にある物で、使える物は貸してやる。その言葉に二言はない」

「まず、お前の軍旗を貸してほしい。一つで十分だ」

「……私の軍を装うつもりか? だけどな、敵も馬鹿じゃないんだぞ? そんなことはすぐに気づかれる」

「それともう一つ」


 そう言って俺は、エルトに助けられたときのことを思い出した。


 あのとき、マグドリアの兵たちは足を止めた。

 一瞬、恐慌状態に陥ったのだ。


 旗も見えない。姿も見えないにも関わらず、彼らはエルトリーシャ・ロードハイムが来たと確信した。


 それはなぜか。


 それは聞こえたからだ。

 エルトリーシャ・ロードハイムと、その騎士たちが戦闘に臨む際に吹き鳴らす笛の音を。


 通常の角笛ではありえない流麗な音。

 その音の特殊さが、マグドリアの兵たちの足を止めさせた。


 その笛の音は、マグドリアにとってはエルトリーシャ・ロードハイムの証なのだ。

 だから。


「あの角笛を貸してくれ」


 俺が笑顔でそういうと、エルトは頬を引きつらせ、クリスはガクリと膝から崩れ落ちて、机に手をつく。


 それだけあり得ない物なんだろうけど、それゆえに価値がある。


 あれがあれば、作戦は必ず成功させられるのだ。


 なにせ、敵が勝手に使徒が来たと判断して、混乱してくれるのだから。

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