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使徒戦記  作者: タンバ
第一章 アルシオン編
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閑話 第三王子エリオット

閑話だけの投稿ですみません


 アルシオン王国の王都アレスト。


 アルシオンの作戦が決まってから五日後。


 別動隊を指揮する二人の王族、エリオットとフィリスの補佐を命じられたリカルド・クロスフォードは、貴族たちの集結地点から娘のセラを伴い、王宮へとやってきていた。


 二人の前には王宮内を案内するフィリスの侍女が歩いている。


「父様。足は平気?」

「ああ、平気だよ。杖があるからね」


 リカルドは杖を突き、怪我をした足を引きずっていた。


 足はまだ完治しておらず、歩くのにも苦労するほどだったが、それでもリカルドは馬車で王都にやってきて、こうして王子と王女の下に向かっていた。


「陛下の命令だし、ユウヤが頑張ったんだ。僕も領地で引っ込んでいるわけにもいかないよ」

「補佐なら私がいれば問題ないのに……」

「そうだね。セラは過不足なく補佐役をやれると思うよ。けど、陛下がお呼びなのは僕だし、戦場では何があるかわからない。だから、今回は二人で力を合わせよう」

「……わかった。この戦いに勝ったら、ユウヤを探しに行ってもいい?」

「もちろん。ただ、ユウヤの性格ならアルシオンを見捨てられない。きっと帰って来るよ」


 そう言ってセラに笑いかけ、髪をなでる。


 セラはくすぐったそうに目を細める。


 しばらく歩くと、フィリスの侍女が立ち止まって振り返る。


「こちらの部屋でございます。しばらくお待ちください」


 礼法通りの礼をして、侍女は部屋へと入る。


 しばらくして、リカルドとセラは中へと通された。


 部屋の中には、円形のテーブルにつく男女と、その横に控える若い護衛がいる。


 護衛とテーブルにつく男は仲がよさげに会話をしている。


 テーブルについている女はアクアマリンの髪を持つ王女、フィリス。

 そしてテーブルにつくのは。


「エリオット殿下とフィリス殿下。リカルド・クロスフォード子爵です」


 第三王子エリオットだ。年は十八で、フィリスの一つ上。

 リカルドが挨拶をしたため、護衛は居直り、王子もリカルドへ視線を向ける。


 その様子を見て、リカルドは微笑ましそうな表情を浮かべた。


「わざわざ王宮までごくろうさまです。クロスフォード子爵。立ってください」

「ありがたく」


 杖を床に置き、膝をつくリカルドへすぐにフィリスが立ち上がることを許可する。


 リカルドに倣って、礼をしてセラは、フィリスの横に座る王子を観察する。


 短い金髪に碧眼の青年。

 誠実そうな顔立ちで、品がある。


 遊び人と言われるほどの第三王子エリオットとは思えないほどだった。


「そちらのお嬢さんは?」


 護衛の青年が口を開く。

 長い金髪に緑色の瞳。

 整った顔立ちだが、身にまとう鎧がどうにも似合わない。


 頼りなさそうな護衛を一瞥してから、セラはスカートの裾を持って挨拶する。


「娘のセラ・クロスフォードです」

「娘? クロスフォード子爵。なぜお嬢さんをここへ?」


 初めて、フィリスの隣に座る王子が口を開く。

 その王子をリカルドは真っすぐ見据えて、説明する。


「セラは私の軍略をすべて教えてあります。息子のユウヤが武将ならば、セラは軍師といえるでしょう。経験不足ゆえ、至らぬところもありますが、その才は私を超えます。すぐにわかるかと」

「なんと、ブライトフェルン侯爵に切れ者と称される貴殿に、銀十字のユウヤ・クロスフォード、そして父親を上回るセラ嬢とは。クロスフォード家は人材に恵まれていますね」

「恐れ入ります」


 一連のやり取りを終えて、リカルドとセラはテーブルへと足を進める。

 一瞬、二人は立ち止まり、王子と王女の言葉を待った。

 

 しかし。


「座られてはいかがか?」


 護衛の青年が口を開く。

 その瞬間、セラが鋭い視線を護衛の青年に向けた。


「……父様」

「なんだい? セラ」

「この人が王子。座っている人は護衛」


 セラが言うと、護衛の青年はパチパチと目を何度も瞬かせると、頭に手を置いて、苦笑を浮かべる。


「どうしてオレが王子だと?」

「護衛にしては出しゃばり。座っている人は、常にあなたを窺いながら喋っていた」

「さすがは子爵の娘だな。すぐに見抜かれたか。いかにも、オレが第三王子のエリオットだ」

「だから言ったではないですか。エリオット兄様。すぐにバレると」

「そういうな。お前だって子爵の実力を知りたいと言ったじゃないか」


 兄妹の会話を聞きながら、テーブルについていた護衛が立ち上がり、椅子をエリオットに譲る。


 そしてリカルドとセラに改めて自己紹介をする。


「エリオット殿下にお仕えする騎士、アスランと申します。騙すような真似をしてしまい申し訳ありません」

「お気になさらず。アスラン殿。推薦があるとはいえ、実力が不確かな者を試すのは当然のことかと」

「ありがとうございます」


 アスランが立ち上がり、エリオットの傍に控えると、改めてエリオットは二人に座るよう促す。


「しかし、さすがですね。子爵。子爵は兄が喋る前に気付かれた様子でしたが?」


 椅子に座ったリカルドとセラに笑顔を向けながら、フィリスはそう言う。

 それを聞いて、エリオットが顔をしかめる。


「そんな馬鹿な。話す前になぜ気付ける?」

「いえ、殿下。おそらく子爵は気付かれたかと。ですから微笑んだのでは?」

「……どうやって見抜いたので?」

「王子と護衛が会話して、王子のほうが緊張することがありますでしょうか? それに失礼ながら殿下。殿下は護衛にしては少々、立ち振る舞いに問題がありました。護衛は自然と武器になりそうな物を目で追い、疑います。殿下にはそれがなく、アスラン殿にはそれがあった。ですからわかったのです」

「……なるほど。護衛もいろいろとやっているのだな」

「人を守るということは、それだけ大変ということです」


 エリオットはリカルドにそう言われて、護衛のアスランに苦笑しながら礼を言う。


 その様子を見ていたセラが、横に座るリカルドに先を促す。


「父様。話が進まない」

「ああ、そうだね。では、エリオット殿下、フィリス殿下。本題に入りましょう」


 リカルドは懐から丸められた紙を取り出す。


 その紐を解いてテーブルへと広げると、エリオットが訊ねる。


「これは?」

「別動隊の戦場となると思われるオルメイア平原の地図です。数万規模の戦いが起きるとすれば、この平原以外ありえません」

「ちょっと待て。子爵。我らは隠密に動くのでは?」


 エリオットの質問に答えたのはセラだった。


 セラは地図にある大きな道を指でたどる。


「敵軍が王都を攻めるには、この主要街道の確保が必須。だからクラック砦を無視できない。そこで、今回は三万を砦に向かわせ、二万の別動隊で敵の後背を討つ作戦を立てた。けれど、アルシオンに取れる戦術はこれしかない。だから必ず敵も別動隊を阻止するために、軍を分ける」

「……つまりバレていると言うのかしら?」


 セラはフィリスの言葉にうなずき、リカルドが示したオルメイア平原を指さす。


「この平原はちょうどクラック砦の左側にある。ここを抜ければ、敵の後方に回り込める。ただし、抜かれれば砦の後背を突かれる」

「まぁ、別動隊の動きが鍵を握るというわけです。援軍のない籠城など悪手。我らが援軍に間に合わなければ、この戦争はアルシオンの負けです。ですから、別動隊に求めれらるのは〝迅速な勝利〟です」

「付け加えると、戦力を消耗しすぎると使徒の本隊に打撃を与えられない。戦力の損耗も抑えたほうがいい」

「……なぁ子爵。聞いておきたいのだが」

「なんなりと」

「……この戦争。勝ち目があるのか?」


 エリオットの質問にリカルドはすぐには答えない。

 難しい質問だったからだ。


 セラもさすがに答えに詰まる。

 戦術、戦略に通じるセラには、アルシオンの勝ち目はかなり低く見えた。


 それを正直に言うわけにはいかないのだと、セラは理解していたのだ。


「……エリオット殿下。私は武勇に優れているわけでも、戦場での指揮に優れているわけでもありません。ただ少し、人よりも本を読み、知識を蓄えているため、戦の前に作戦を立てることができます」

「……答えになっていないぞ?」

「最後まで聞いていただきたい。そんな私から見て、此度の戦は真に辛いものです。正直に言えば、すでにアルシオンは詰みかけております。マグドリアとアークレイムが連動していることに気付いたのが遅すぎました」

「負けると言いたいのか?」

「普通にやれば負けるでしょう。ですから貴族が王族の下に団結し、敵を上回る兵を集めた。それでも厳しい戦いではありますが、あえて言いましょう。勝ち目のない戦いに勝ち目を見出すのが軍略家です。ご安心を。我が家の銀十字に誓って、勝ち筋は作ってみせます」


 リカルドの穏やかな顔に似合わない自信たっぷりな表情に、エリオットは唾を飲み込んだ。


 王族の前で勝ち目がないと自身で告げながら、それでも勝ち筋を作るという胆力。


 多くの貴族に会ってきたエリオットだが、距離を置いていた貴族たちがいる。


 戦に出て武功をあげた貴族たちだ。

 彼らの本質は武人であり、彼らと付き合えば、必ず戦に巻き込まれるとエリオットはわかっていたのだ。


 だから、エリオットには目の前のリカルドが恐ろしくもあり、頼もしくもあった。


 少なくとも、エリオットが知る貴族たちよりも強い目をしていたからだ。


「改めて……よろしく頼む。いつもは王族としての務めなどどうでもいいが、こと国家の存亡とあっては話は別だ。王族としてできる限りのことはやろう」

「ありがとうございます。では、エリオット殿下。一つお願いが」

「なんだ? オレは何をすればいい?」


 覚悟を決め、やる気を出したエリオットに対して、リカルドは微笑んだまま告げる。


「何もしないでいただきたい」

「……」

「……」

「……」


 リカルドの言葉に、エリオット、フィリス、アスランは絶句する。


 そんな三人の様子に構わず、リカルドは続ける。


「フィリス殿下。貴族たちに仕える魔導師を集め、魔導師だけの部隊を作るのですが、その指揮をお願いいたします。補佐にはセラがつきますのでご安心を」

「あ、はい……わかりました」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! オレは何もしないのに、なぜフィリスには役目がある!?」

「フィリス殿下が動くのはいつものことですから。エリオット殿下がやる気を出してもいいことはありません。敵を警戒させるだけです。ですからいつも通り城下に出て遊んでいただいて結構です」

「なっ、なっ……!」

「戦で大事なのは敵を油断させること。王子がやる気と覚悟を隠すことで、敵は油断する。無理やり据えられた指揮官に率いられた軍だと。それだけでこちらは有利になる」


 セラの説明にエリオットは険しい目をリカルドに向ける。

 本当か、と確かめるように。


 ゆっくりと頷くリカルドを見て、エリオットは腕を組んで不貞腐れる。


「なら、精いっぱい遊ばせてもらう! 兵の士気が下がっても知らないからな!?」

「ご安心を。今から士気を高めても、せいぜい数日ほどしか続きません。戦の前に、エリオット殿下がやる気を見せるだけでいいのです。戦の前から無暗に兵を鼓舞し、士気をあげるのは愚かな行いです。兵士も人間なのですから。尻込みしたときにだけ、背中を押すのが指揮官です」

「そういうものなのか?」

「そういうものです。ではフィリス殿下。セラに魔導師部隊の説明を受けてください。エリオット殿下は私の軍編成を聞いていただきたい。不満や疑問があれば隠さず言っていただきたい。何もかもエリオット殿下がやる必要はありませんが、全体を把握しておくのは大切なことですから」


 そう言ってリカルドはエリオットに考えておいた軍編成を告げ、どの部隊、どの兵種がどういう役割を担うのか説明する。


 セラはフィリスにリカルドが伝えられていた魔導師部隊の運用、フィリスの役割を説明した。


「おそらく決戦は、移動を合わせて今から十日ほどです。ヘムズ平原の戦いから約一カ月。両軍、戦力を回復させて望むでしょう。数万規模の戦いです。ですが、戦場では些細なことが明暗を分けます。戦の前にできることはやっておきましょう」


 そう言ってリカルドはエリオットへの説明を続けた。

 

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