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使徒戦記  作者: タンバ
第一章 アルシオン編
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第二十話 お風呂場にて

 前世で日本人だったせいか、俺は風呂好きだ。


 クロスフォード子爵領の屋敷にある風呂にも毎日入っていた。

 あんまりにも風呂好きで、リカルドに呆れられるほどだ。


 そんな俺にとって、使徒で公爵であるエルト専用の風呂というのは、とても輝いて見えた。


 いつか入りたいと思っていたが、まさか叶うとは。


「できれば、背中を流させてみたかったけど……」


 脱衣所で服を脱ぎ、タオルを手に取る。


 本当に勝っていたら、エルトは俺の背中を流しただろうか。


 あの性格だ。絶対に流しただろう。

 恥じらうかどうかは怪しいところだが。


 そうであったとしても、惜しいことをしたな。

 次の機会までに腕を磨こう。 


「いや、次はクリスに止められるか。さすがに主が背中を流すのを見て見ぬ振りはできないだろうし」


 呟きながら、俺は脱衣所を出る。


 脱衣所を出ると、大きな円形の湯船があった。

 かなり湯気が出ていて、かなり近いところも見えない。


「暑いな……エルトの趣味か?」


 そう言いつつ、俺は手前にあるスペースで体を洗い、湯船へ向かう。


「あ~、生き返る……」


 体の奥に染み渡る。

 なんだかおっさんくさい声が出てしまうのも仕方がない。


 この風呂は絶品だ。

 温度といい、広さといい。

 作った奴は天才なんじゃなかろうか。


「今度、設計士を紹介してもらおう……」


 湯船で足を伸ばしながら俺はつぶやく。


 設計士を紹介してもらったら、クロスフォード家に来てもらって、これと同じモノを作ってもらうのだ。


 お金が必要だろうが、そこは全力で稼げば問題ない。

 兵士たちを率いて、アルシオンを救えば、報奨金くらいは出るだろう。


 そう思えば、アルシオンを救うのも俄然やる気が出る。


「すごいな、この風呂。このまま寝ちゃいそうだ」


 そう言っていると、湯気の流れが変わる。

 そして、その流れの隙間に、俺は人を見つけた。


 十メートルくらいある湯船だから気付かなかったが、俺と反対側に人がいる。


「うん? だれかいます? おかしいなぁ。エルトは専用の風呂だって」

「……」


 反対側の人は何も言わない。

 その反応を見る限り、エルトではないことは確かだろう。


 エルトなら今ので間違いなくからかいに来る。

 だいたい、俺が入るとわかっているのに先回りして入るのもありえない。


「えっと……どなたですか?」

「……く、クリスです」

「クリス? なんだクリスか。知らない人かと思ったぞ」


 微かに震えた声でクリスが返事をした。

 向こうもびっくりしたらしい。


 この湯気だしな。顔も見えないと不安になる。


「ん? でも、ここはエルトの風呂だろ?」

「僕は使用許可をもらっています! あなたはどうして!?」

「俺か? エルトが入っていいって」

「え、エルトリーシャ様が!?」


 この世の終わりのような声をクリスがあげる。


 そんなバカな、とか。いつものおふざけでは、とか。


 いろいろと聞こえてくるけど、そんなに俺が入ってることが気に食わないんだろうか。


 いや、気に食わないか。

 クリスは俺に対抗心を燃やしてたわけだし。


 普通、自分が苦手だったり、嫌ってる奴とは風呂には入りたくないものだ。

 けど、裸の付き合いともいう。

 ここでクリスと仲良くなるのも手か。


「お前だけの特権だったのかもしれないが、俺もエルトに許可をもらったんだ。諦めて、裸の付き合いと行こうぜ」

「は、裸の付き合い!?」


 調子はずれの声をあげて、クリスは驚く。

 それを気にせず、腰を上げたところでクリスが慌てて俺を制止する。


「わぁぁぁ!! 来ないでください! 来ないで!」

「いや、親睦を深めようぜ。あ……そういや、男嫌いって言ってたな。やっぱり近づかれるのは無理か?」

「ふ、普段でも嫌なのに、風呂場で近づかれるのが平気なわけないでしょうが! 察してください! いいから座って!」

「そんな嫌がるなよ……女じゃあるまいし」


 そうは言いつつ、俺はその場で座りなおした。

 嫌がる相手の傍によるわけにもいかない。


 あの様子じゃ本気で嫌がってるようだし。


「……なぁクリス」

「……なんですか?」

 

 無言が続くのもあれなので、俺はクリスに声をかける。


 答えないかと思ったけど、とりあえず反応はあった。


「エルトって元々はロードハイム家の人間じゃないのか?」

「……どうしてそんなことを?」

「ロードハイム家は古くから続く公爵家だ。その跡取りが使徒だという話は聞いたことがない。王族や高位貴族の使徒なんてめったに現れないから、話題になるだろうし」

「……ご本人には聞かないのですか?」

「本人に聞いても答えてくれるだろうけど……嫌な思いをさせそうだ」


 俺がそう答えると、しばらくクリスは黙り込む。


 そこから無言が続く。

 無言にならないように話題を振ったのに、結局、無言になるとは。

 話題のチョイスをミスったな。


「……エルトリーシャ様は先代公爵様の御養女です。使徒には、どこの国も公爵の地位を与えますが、エルトリーシャ様は跡取りのいないロードハイム公が引き取る形になったのです」

「引き取る? エルトは小さい頃に使徒の力を発現したのか?」

「ええ。エルトリーシャ様がここにやってきたのは九歳の頃です。一昨年、先代様が亡くなられたので、公爵の地位を継いだのです。戦場には幼い頃から出られてはいましたが」

「……本当の両親は?」

「それは本人に聞くべきでしょう。僕が話せるのは、ここまでです」


 確かにそのとおりだ。

 ここから先は本人の了承が必要な話題だろう。


 使徒の力は生死を彷徨ったあとに目覚めるという。

 つまり、使徒は必ず一回は死にかけているのだ。


 壮絶な体験のあと、使徒は使徒としての力、神威に目覚め、聖痕を浮かび上がらせる。


 大抵の場合、聖痕の現れた使徒はその国に保護され、公爵としての地位を与えられる。

 そして戦に出るのだ。


「今度は僕から質問があります」

「え? ああ、いいぞ」

「……あなたはどうして戦ったんですか?」


 不思議なことを聞く。

 そんなの戦争だったのだから当たり前だ。


 戦うために招集され、生きるためには戦うしかなかった。


「戦争だからかな?」

「そういうことではなくて……ヘムズ平原でのあなたの行動は聞き及んでいます。立身出世に興味がないなら、なぜ最後に突撃を? 英雄になりたかったわけではないのでしょう?」

「……そうだな。強いて言うなら、見過ごせなかったからかな?」

「見過ごせなかった? 仲間の死をですか? 敵の侵攻をですか?」


 クリスの質問は的確だ。

 どちらも見過ごせなかった。


 だから正直に答える。


「俺は意思を貫けないんだ」

「意思を……貫けない?」

「初志貫徹っていうか、決めたことをやりとげられないんだ。俺は自分の身の丈にあった生き方がしたい。目立たず、出世とは無縁の生活がしたい。本当にそう思ってる。だけど、近しい者は見捨てられない。俺と関わった者たちを見捨てられない。そういう人間なんだ、俺は。親しい者たちに降りかかる火の粉を……見過ごせない」

「……その火の粉を払うことで、自分が望む生き方ができなくなるとしても?」

「ああ。俺はだれかを犠牲にはできないし、見過ごせない。だから親類を助けるために無茶をした。見捨てることができなかったんだ」


 それが俺が戦った理由だ。

 そして、これからもそんな適当な理由で戦うことになると思う。


 高尚な理由なんてない。

 またクリスを失望させるかな。


「あなたは僕が思っていたより、ずっといいかげんなようだ。そんな理由でよく戦えますね?」

「俺もそう思うよ」

「……けど、エルトリーシャ様と似ています。あなたがエルトリーシャ様に気に入られた理由がようやくわかった」

「エルトと? エルトはどんな理由で戦うんだ?」

「エルトリーシャ様は、私が戦いたいから戦う。私が助けたいと思うから助ける。理由は私がそう思ったからだ、とよく言っています」

「超個人的な考え方だな。それで権力持ってるんだから、下は大変だな」

「ええ。ですが、支え甲斐のある方です。ですから……ありがとうございます。三年前、あなたがあの方を救ってくれたおかげで、僕はあの方に仕えていられます」


 これぞ裸の付き合いの効果か。

 なんとクリスからお礼を言われる日が来ようとは。


 これは友人になれる日も近いんじゃなかろうか。


 そう思っていると、外から誰かが走る音が聞こえてくる。


「遅かったか!? 私としたことが、迂闊だった!」


 脱衣所で大きな声がする。

 この聞き覚えのある声は。


「エルトか……またなにか企んでるのか?」


 そうつぶやいたとき、勢いよく風呂場の扉があけられる。

 すぐに閉めればいいのに、開けっ放しにしたまま、エルトが風呂場を見渡すため、湯気が逃げていく。


「くそっ! ユウヤ! いるな!? 早く上がれ!」

「おいおい……いくら自分の風呂だからって男が入ってくるところに乗り込んでくるなよ……」


 湯船に浸かっているため、さすがにデリケートな部分を見られる心配はないが、それでも恥ずかしい。


 すぐに立ち去ってほしい。


「いいから! って、クリス!? やっぱりか!?」

「え、エルトリーシャ様! お願いですから扉を閉めてください! ゆ、湯気が!!」

「うん? 湯気が薄くなったな。ちょうどいい。もうちょっと開けといてくれ」


 湯気が薄くなったことで、エルトの姿もはっきり見えるようになった。

 さすがに背中を流しにきたわけではなさそうで、服を着ている。


 ちっ。わかってない女だ。


「駄目だ! すぐに出ろ!」

「お前が出ろ! 場所を考えろ! 場所を! ここは現在、男湯だぞ!」

「違う! 違わないけど違う! いいから来い!」


 そう言ってエルトは浴室の中に入ってきて、俺に近づく。

 俺は慌ててタオルを腰に巻いて、エルトから距離を取る。


「おい、よるな!」

「お前が悪いんだぞ!」

「人の話を聞け! おい、クリス! 助けてくれ! うん?」


 クリスに助けを求めようと、俺は浴室を探す。


 すると、浴室の入り口付近にクリスは立っていた。

 浴室から出ようとしているようだ。


 そこは問題ではない。

 問題なのは薄いタオルに隠された体のほうだ。


 水に濡れた健やかな肌。

 布を浮かび上がらせる二つの曲線。

 贅肉のない細やかなウエスト。

 すらりと引き締まった足。


 そして丸く艶やかなお尻。


 あれ?

 これはどう見ても。


 そう思ったとき。

 首筋に衝撃が走った。


 今まで感じたことのない衝撃だ。

 一瞬で視界がぼやけた。


「ああ! ユウヤがのぼせてしまったー。うん。これは運ばねばだな。クリス。服を着て、運ぶのを手伝ってくれー」


 なんだか棒読みの台詞を吐きながら、エルトが俺を揺らす。

 それがさらに俺の意識をかき乱し、俺の思考を妨げる。


「え、エルト……い、今、女が」

「いないぞ! 女なんていないぞ! それは欲求不満なお前が見た幻覚だ!」

「いや、そんなことは……今、確かにクリスが女に見え、ぐうぇ!」


 あろうことか、エルトは俺の頭を揺さぶりだした。

 なんて女だ。


「これが一番効くんだ! 幻覚を見るほどのぼせるなんて、可哀想な奴だ!」

「い、いや……待て……本当に……意識が……」


 ただでさえ気持ち悪いのに、エルトに激しく揺すられ、俺は意識が遠のくのを知覚した。


 落ちた瞼の裏には、さきほどの裸体が焼き付いている。


 だが、それも霞む意識の中で消えて行った。





 

●●●






 朝起きるとベッドの上だった。


 なぜか寝間着に着替えている。


「あれ……? 俺、いつ寝た……?」

「覚えていませんか? 昨日、湯船でのぼせてしまったんです。僕とエルトリーシャ様で運びました」

「……そうだっけ? エルトが入ってきたあたりから記憶が曖昧で……」

「のぼせていたからでしょう」


 なぜかベッドの傍にいたクリスが、引きつった笑みを浮かべる。

 なんだろう。

 そんなに俺の傍にいるのが嫌なんだろうか。


「……おかしいな。なにか大事なことがあった気が……」

「そんなことはありません。全く、絶対、ありません」

「いや、なにか大変なモノを見てしまったような……あれ? 思い出せない……」


 くそ!

 喉の奥に引っかかった魚の骨みたいだ。


 思い出せそうなのに、思い出せない。


「まったく、いつまでも昨日のことをグチグチと、女々しいですよ? 思い出せないのなら」

「そうだ! 昨日、湯船に女がいたんだ!」

「っ……!?」

「でも、あれ誰だったんだ? クリスは知ってるか?」

「ぼ、僕が知るわけないじゃないですかっ。そもそも僕は女性なんて見ていませんから!」

「そうかー……おかしいなぁ。形のいいお尻が特徴的な女の子だぞ? 見てないか? っておい! なに剣を抜いてんだよ!?」

「わ、忘れるんです! 少女の裸を思い出すなんて、貴族として恥ずかしくないんですか!?」

「やっぱり女の子がいたんだな!? どうして隠す!?」

「か、彼女の名誉のためです! お、男に裸を見られたんですよ!?」


 必死に少女のために剣を持つクリスは、決死の表情で俺をにらむ。

 これは殺しも視野にいれている目だ。


 まずい。もしかしてクリスの想い人とかか?


 やばいぞ。これはやばい。


「わ、わかった! 忘れる! 忘れるから!」

「本当ですか!? 脳内で二度と思い出さないと誓えますか!?」

「誓う! 誓うから剣を下ろせ!」


 その後、誓約書を書かされ、血判まで押して、ようやくクリスは剣を鞘におさめた。


 クリスはあんな感じの子が好みなのか。覚えておくとしよう。

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