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使徒戦記  作者: タンバ
第一章 アルシオン編
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第十六話 ユウヤの望み

「……本気か?」


 少し間を置いて出てきたのは、そんな言葉だった。

 我ながらひねりがない。


 エルトは笑顔のまま頷く。


「もちろん。使徒と公爵としての名誉にかけて、私にできることなら、なんでも叶えよう。さぁ、望みを言え」

「……」


 試されているのだろう。

 それはわかる。


 けれど、エルトは使徒と公爵の名誉を口にした。

 これだけ大勢の配下の前で。


 俺がアルシオンへの援軍を頼めば、断ることはできない。

 自分自身から切り出しているからだ。


 正直な話。

 エルトがアルシオンへ援軍に出てくれるなら、これほど頼りになることはない。


 どれだけの代償を支払っても、得るべき援軍だろう。

 それはわかる。理解できる。


 だが、エルトは試している。俺を。


 それに。


「どうした? 早く言わないと無効にするぞ? それとも望みはないのか?」


 エルトが笑顔で急かしてくる。

 周囲の騎士たちの顔は青い。


 このままエルトが本当に俺の頼みを聞き、アルシオンに援軍にいけば、エルトの立場が危うくなる。


 なにせレグルスの王はアルシオンを試す気なのだ。助けるに足る国かどうかを。


 その判断が下される前に、エルトがアルシオンを助けることは、王に背くことに他ならない。


 使徒は神秘で至高の存在だ。けれど、レグルス王国に所属し、公爵の地位を得ている以上、エルトはレグルス王の臣下なのだ。


 背けばただでは済まない。


 そこらへんを考慮して、それでも頼むかどうか。

 俺が何を優先させるのか。


 それをエルトは探ろうとしている。


「望みは……ある」


 エルトの眉が微かに動き、いつも大きくぱっちりと開かれている目が細くなる。


「どんな望みだ?」


 下から覗き見るような形で、エルトは俺に問う。

 この質問への答えは重要だ。


 人生に分岐路があるとするなら、今だと思う。


 前の人生では、この分岐路での選択を誤った。

 俺は柄にもないことを思い、目指し、死んだ。


 だから、この人生では間違えない。


 間違えるわけにはいかないんだ。


「……友たちに会いたい。死線を共に潜り抜けた者たちだ。名前も知らない、顔もよく覚えてはいない。けれど、大切な戦友なんだ」

「……それが答えか? それでいいのか? お前には私に助力を請う道があるんだぞ?」


 エルトが再度、俺の意思を確かめる。

 けれど、俺はその言葉に首を横に振る。


 たしかに俺には道がある。

 エルトに助力を請い、レグルスの援軍と共にアルシオンを救うという道だ。


 そうすれば俺はアルシオンでは英雄として扱われるだろう。

 爵位も上がるはずだ。


 今よりもずっといい暮らしができるし、それ以上を望める地位も手に入れられるだろう。


 だけど。


「これが答えだ。俺の答えは変わらない」

「お前には英雄になる道がある。祖国を救う道がある。祖国を救いたくないのか? 今なら、私を含めたロードハイムの騎士たちが味方になるぞ?」

「……エルトの言う通り、祖国を救う道はあるだろう。貴族として、それを優先させるのは当然だ。けれど、残念ながら俺は祖国への忠義は薄いんだ」

「祖国への忠義が薄いか……ではお前の領地は? 家族は? 救いたくはないのか? もしもアルシオンがマグドリアに負ければ、お前の家族は無事には済まない。アルシオンの銀十字の家族だ。無惨な殺され方をするだろう」


 エルトは淡々と告げる。

 その言い方が、起こりうる未来だと俺に認識させた。


 だが、それはそれだ。


「領地にいる人々、家族、俺と関わりあった人たち。その人たちへの想いはある。救いたいとも思う。けど、それは俺がやるべきことであって、エルトはもちろん、ロードハイムの騎士たちは関係ないことだ。いざとなれば、俺自身がなんとかする」

「なんとかできるのか? 敵はマグドリア。新たな使徒を手に入れた侵略国だぞ?」

「さぁ? なんとかするしかないだろ。敵が大きかろうが、強かろうが、それでも守りたいと思うなら立ち向かうしかない」

「敵が巨大だとわかっているなら、味方を得るべきだろ? なぜその機会をふいにする?」

「俺がもしもレグルスの人間なら、エルトリーシャ・ロードハイムに助けを求めることを迷いはしないだろう。けれど、俺はアルシオンの貴族だ。アルシオンを助けてくれと、他国の人間に頼むことはできない」


 俺がそう言うと、周りの騎士たちがホッとした顔をした。

 当然だろう。


 彼らはエルトの騎士だが、同時にレグルス王家への忠誠も持っている。

 エルトが王の意向に逆らえば、なんとしても止めねばならない立場にある。


「つまらない理由だな。貴族としての誇りか?」

「そんな誇りが俺にあると思うか?」


 エルトはしばらく考え込み、ゆっくりと首を振る。


「ではなんだ? 貴族の誇りではないなら、なぜお前は私に助けを求めない?」

「助けを求めてほしいのか?」

「私のことはいい。今は私が質問してるんだ。答えろ、ユウヤ・クロスフォード。なにがお前を意固地にさせる?」

「意固地か……。別に意固地になってるつもりはない。ただ、俺は立身出世に興味がないってだけさ。自分の身の丈は知っているし、背伸びをして、それ以上になろうとも思わない。それと……俺が頼めばお前は引き受ける。お前はいい奴だからな。約束は違えない。たとえ、なにを犠牲にしようと約束を守ろうとするだろう。だから、俺は頼めないし、頼まない」

「……私を気遣ってるのか? 無用な心配だな。私が言い出したことだ。どのような頼みでも叶えてやる、と」

「だから頼んだだろ? 友たちと会いたいと。ま、その答えが不服なんだろうがな」


 俺が苦笑しながらそう言うと、エルトは目を細める。

 誤魔化すな、と言わんばかりの目だ。


 だから俺は肩を竦めて答える。


「アルシオンの貴族である俺の救援要請は、お前に大義名分を与える。アルシオンを助ける大義名分だ。戦場で敗れ、流れ着いた俺の願いを断るのは、使徒としての誇り、公爵としての名誉に反する。そんな言葉を使って、お前は王を説得してしまうだろう。なにせ、王自身が見極めている状況だ。白光ローズ・薔薇姫オリオールの後押しがあれば、アルシオンを救うほうに傾いてもおかしくない」

「そうだ。お前の言葉があれば、私は王を説得してみせよう。だから気遣いは無用だ」

「けれど、それを承知でエルトにアルシオンを救ってくれと頼めば……俺は大切な友を失う。祖国を救ってもらう。これほどの借りはないだろう? 一生かかっても返せない。俺はもう、エルトを対等な友とは呼べない」

「そんなことを気にしているのか? 関係ない。貸しがあろうがなかろうが、友は友だ。私とお前との絆に綻びが生じるはずがない」


 笑わせる。

 そう言わんばかりの表情をエルトは浮かべる。

 その口調はなんだか怒っているような口調だった。


 エルトならそういうだろう。

 けれど、これは俺の問題だ。


「俺自身がそう思えない。なにより、これが一番の理由だが……」

「それを早く言え。それが聞きたくて、ここまで話に付き合ったんだ」


 エルトは焦れたように俺を急かす。

 先ほどまではなんでも聞いてやろうという、王のような態度だったが、今はいつものエルトだ。


 それがおかしくて笑っていると、エルトに睨まれた。

 

 咳払いをして、気を引き締めると俺は一番の理由を告げる。


「個人の友情を用いて、国を救うのは間違ってると思う。また同じことがあれば、俺はもう一度、エルトへ頼み込むことになるだろう。少なくとも、アルシオンはそれでエルトが動くと思ってしまう。それじゃいけないんだ。それに、エルトが他人に請われて動くのは、柄じゃないと思う。自分で決めて、自分の意思で動く。エルトはそうあるべきだ」

「……結局、私を気遣ってるじゃないか」

「俺自身、敵国に攻め込まれるたびにエルトのところへ使者として赴くのは嫌だ。なにが楽しくて、友人へ必死に頭を下げなくちゃいけないんだ。そんな未来は御免被る。アルシオンはアルシオンで今の状況を乗り切るべきだ。もちろん、レグルスやエルトが力を貸したいと思って動いてくれるなら大歓迎だけど」

「……ちょっと今のは癇に障る言い方だったが、まぁ許してやろう。皆、聞いたな? ユウヤ・クロスフォードはこういう男だ。出世に興味のない志の低い男で、私の再三にわたる優しさにも応じない大馬鹿者だ。だからこそ、友人として認めているわけだがな」


 そう言ってエルトは明るい笑みを浮かべた。

 先ほどのように考えの読めない笑顔じゃない。


 機嫌がいいときの笑みだ。


「だから安心しろ。ユウヤに野心はない。私を利用しようとも思わないだろう。今の言葉を聞いて、それでもユウヤを疑い、貶める者がいるなら、私の前で直接言え。言えぬなら不満はしまえ。私はもうユウヤへの誹謗中傷にはうんざりだ。いいな?」


 そこでようやく、わざわざエルトがこんな大勢の前で俺を試した理由に気付いた。


 騎士たちは俺に不満を抱いていた。それは理解していた。

 同時に騎士たちは、俺を疑っていたのだ。


 俺が友人という立場を利用するのでは、と。


 いや、気付くのが遅すぎるな。

 そんなこと、誰だって思うに決まってる。


 だからあれだけ当たりが強かったのか。


「さぁ、ユウヤ。戻るぞ。外で長話をしすぎた」

「俺の戦友に会わせてくれるって話はどうした?」

「また今度だ。安心しろ。約束は守る」

「そこについては心配してない。ただ、俺が無事であることだけは伝えてくれ」

「もう伝えてある。お前が私に捕まったと勘違いして、騒がれても面倒だからな」


 エルトは言いながらクルリと回転して、俺へ顔を向ける。

 何てことのない動作だが、エルトがやると、とても様になって目を惹きつけられてしまう。


「今日の政務は午前中に終わらせた。なんなら、今から町に繰り出すか? もちろん、お忍びで」

「駄目に決まっています。政務が終わったのではなく、一区切りついただけです。まだ残っているので、それが優先です」


 エルトの傍にスッと現れたクリスが、優秀な副官の顔を見せる。

 飽きっぽいエルトが、政務をこなしているのも、クリスがいるからなんだろうな。


「つまらないことを言うな。なんなら三人で行くか? クリスとユウヤが仲良くなる手伝いをしてやろう」

「結構です」

「つれないな……。ユウヤはどうだ? リオスの町が見たくないか?」


 見たい気持ちはある。

 だが、クリスがジッと睨んでくるため、正直に答えるわけにいかない。


 それに強化の反動もある。

 町を歩くのはまた今度にしたほうが、体のためだ。


「誘いはうれしいが、今日は疲れた。動くのはちょっと億劫だ」

「なんだ? 体力のない奴だな」

「その通り。体力がないんだ。だから、室内でお前の暇つぶしに手伝うよ。話相手でも、ボードゲーム、カードでも何でも付き合うから、外はやめよう」

「ほぉ……では私が満足するまで付き合ってもらうぞ? 私は暇を持て余しているからな」

「エルトリーシャ様! 政務が先です!」

「そう言うな。まずユウヤに徹底的に敗北の味を叩き込んでから、気分よく政務に取り組む。今日はそういう気分だ」


 自分が負けるとは微塵も思ってないのか、エルトはそう言って肩を回す。

 なんとか外にいくことは阻止したけど、結局、遊びの話になったから、クリスからの視線が痛い。


 これに関してはエルトの問題であって、俺のせいじゃないだろうに。


「エルトリーシャ様には公爵としての政務があります。ですので、エルトリーシャ様のお相手は後ほど、お願いいたします。よろしいですね?」

「クリス。私の予定は私が決める」

「そういうわけにはいきません。そんなことしたら、一日中遊びになってしまいますから」

「そんなことはない! 少しは仕事するぞ!」


 少しなんだ、と思わずにはいられなかったが、口に出せば矛先が俺に向く。

 だから黙っていたのだけど。


「そうだな? ユウヤ」


 黙ってても俺に矛先は向いた。


「……少しはするんじゃないか」

「そうだろ? そら見たことか!」

「はぁ……まったく。いいから行きますよ。エルトリーシャ様」

「あ、こら! 離せクリス!」


 話に付き合っているときりがないと判断したのか、クリスがエルトの腕をつかんで引きずっていく。


 それにエルトは抗議するが、クリスは聞く耳を持たない。


「ユウヤ! 何をぼさっとしている!? 友人のピンチだ! 助けろ!」


 助けろと言われても。

 クリスが足を止めて、俺を無表情で見つめてくる。


 あれは邪魔したら殺す顔だな。

 力づくならいくらでも逃げられるエルトが、力勝負に出ない時点で、この城でのパワーバランスがわかる。


 クリスに逆らうのはやめたほうがいい。


「あっ! 目を逸らしたな!? なにが友情だ! この薄情者! 裏切り者! クリス! 止まれ! まずはあの不届き者を成敗してだな!」

「それは後ほどです。止めはしませんからご自由に。ですが、その前に政務です」

「くそっ! ユウヤ、覚えていろ! この代償は必ず払わせてやる! あとで絶対に私の部屋に顔を出せ! いいか!? 来なかったらこっちから探しに行くからな!!」


 命令だぞ、と告げながら、エルトは引っ張られている。

 その姿に使徒や公爵としての威厳は欠片もない。


 ああも落差の激しい人間は滅多にいないだろう。


「飽きない奴だな」


 呟き、俺は城へと足を進めた。

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