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使徒戦記  作者: タンバ
第一章 アルシオン編
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閑話 アルシオンの作戦


 会議は踊る、されど進まず。


 そんな言葉をアルシオン王国の重臣たちは体現していた。


「この状況にどう対処するのだ! マグドリアには新たな使徒が現れ、アークレイムも大軍を集結中という情報がある!」

「だから兵を集めておるところだと言っておろう! 儂とオーウェル侯爵で西部と北部の貴族をまとめておるところだ! 集まる兵力は五万は下らぬ!」

「五万で勝てるのか!? 先の戦いでは、敵軍二万弱に対して、こちらは四万二千もいたのだぞ! それが一日で敗走し、主力である一万の騎士団は半数以上の騎士を失った! 次は二万以上で来ることは明白! ただ兵を集めるだけでは足りぬのだ!」


 ヘムズ平原の戦いからおよそ半月。

 王都アレストの王宮では軍議が開かれていた。


 その中にはマイセン・ブライトフェルン侯爵の姿もあった。


「では、どうするのだ? ウェリウス大将軍と騎士団を呼び戻すか? 今度はアークレイムの大軍勢と使徒が乗り込んでくるぞ!?」

「それは……」


 マイセンの反論に、マイセンを責めていた貴族は口ごもる。

 すでに軍議が始まって丸一日が経っているが、これといった進展はなかった。


「マイセン。そなたは敵の使徒と交戦した経験もある。対策は何かないのか?」


 玉座に座るアルシオン国王、エリック・アルシオンが口を開く。

 深い青色の瞳とくすんだ金髪。髪と同じ色のたっぷりとした顎ひげを蓄え、頭に煌く王冠が乗っている。


 御年五十三歳。

 通称はエリック三世。


 まだ老いるといった年齢ではないが、その顔は深い皺が刻まれ、若い頃の面影はない。


 しかし、意思だけはしっかりとしており、軍議の行方をしっかりと見届け、多くの者の意見を引き出している。


「はっ。敵の使徒の神威はおそらく、人を狂人と化す神威です。これによって、敵兵は恐怖も痛みも感じず、死を恐れない戦士と化しました。野戦ではまず勝ち目はありません」

「では、籠城か?」

「はっ。しかし、籠城には一つ問題が」


 そう言ってマイセンは玉座の間の中央に敷かれた大きな地図に視線を向ける。


 地図にはヘムズ平原を中心に、マグドリア、レグルスの一部とアルシオンの全領土が描かれている。


「我が国は国内に大規模な砦をあまり有しておりません。とくにマグドリア方面は、ヘムズ平原での戦いが数十年続いていたため、ほとんどありません」

「では籠城は無理か……」

「いえ、一つだけ。ヘムズ平原から二日ほどの距離に、クラック砦があります。あそこなら三万の兵が入ります」

「おお、クラック砦か……。若かりし頃、そなたと共にマグドリアとの戦に赴くときに立ち寄ったな。あれはたしかに堅牢な砦だ。しかし、三万では、残りの二万はどうする?」

「はっ。残りの二万は遊軍とし、敵の後方に回って、砦と遊軍で挟み撃ちにする作戦がよいかと。敵の後方ならば、前線に出てきている狂戦士もおりませぬし、上手くすれば使徒も討ち取れます!」


 マイセンの気持ちのこもった言葉に、玉座の間に小さな歓声がわく。

 この軍議の中で、初めて光明の見出せる作戦だったからだ。


 しかし、この作戦には一つ問題があった。


「しかし……軍を二つに分けるとして、指揮官はどうするのです? 各国境にいる騎士団の団長たちは持ち場を離れられません。となると、万を率いることのできる指揮官は限られてきます」


 アルシオン王国には将軍位を持つ者は何人かいるが、全員、実戦的な指揮官ではない。

 ほぼ名誉職であり、将軍として前線に出るのは大将軍であるウェリウスだけであった。


 優秀な者は騎士となり、騎士団に入る。そしてそれを率いる騎士団長こそ、本当の将軍といえたが、彼らは各地の国境を守護するだけで手いっぱいであった。


「マイセン。そなたの考えを聞きたい」

「はっ。砦の軍は私とオーウェル侯爵の二人で何とかなるかと。しかし、遊軍となる別動隊には実戦経験のある指揮官に率いてもらいたいと思います」


 動かない軍の指揮と、状況に応じて動く軍の統率では難易度が違う。

 それゆえの言葉だったが、このアルシオンの中央部にはそれができる人材は存在しなかった。


「そんな人材がいるか?」

「残念ながら。ですので、南部方面の騎士団長をこちらに回してもらいましょう。南部はウェリウス大将軍もいることですし、問題はないでしょう」

「うむ。確かにそのとおりだな。では、至急南部に」


 エリック三世が言葉を発しようとしたとき、玉座の間に兵士が駆けこんできた。


 その兵士は膝をつくと、簡潔に報告する。


「南部で狼煙が上がりました! アークレイムが侵攻してきた模様です!」

「なに!?」

「マグドリアよりも先に、アークレイムが動いたか……」


 騒然とする玉座の間の中で、マイセンやオーウェル侯爵のように、アークレイムの早い侵攻を予想していた者たちは比較的冷静だった。


 ただし、マグドリアよりも先に動いたことだけには、驚いていた。


「ウェリウス大将軍を抜く自信があるということか……」

「これでは南部から騎士団長を呼ぶわけには……」

「騎士団長以外に誰が軍を率いる? 敵は使徒だぞ? 生半可な指揮官では務まらない!」


 纏まりかけた軍議が、また紛糾し始める。


 タイミングの悪い報告に、マイセンは思わず伝令の兵士をにらんでしまう。


 しかし、そんなことをしても、アークレイムは撤退せず、マグドリアも侵攻を取りやめないと思い直し、玉座に座るエリック三世へと視線を向けなおす。


 エリック三世は狼狽した様子で、周囲を見渡していた。

 それを見て、マイセンは自身よりも年下な王に対して、老いたな、と内心呟く。


 若い頃は、武人肌というほどではなかったが、何度も戦に出て、政治にも取り組む王だった。

 今では政治こそしっかりやるが、戦場に向かうような覇気を失っている。


 悪いこととは言わないが、今は覇気のあった頃のエリック三世が、マイセンには懐かしかった。


「……陛下。こうなっては致し方ありません」

「なんだ……マイセン。まさか余に出陣しろと言うのではあるまいな? そなたも知っているだろ? 余は武人ではないのだ!」

「わかっております。ですが、ここは王族の力が必要なのです。王子方の誰かを指揮官とし、戦に長けた貴族がそれを補佐する形がよろしいでしょう」

「お、王子か……。脅かすな。しかしな……」


 エリック三世は、自分の横に控える第一王子であるカルロスの顔をうかがう。


 ギルアムほどではないが、整った顔立ちで長身の青年。

 今年で二十五になるカルロスは父親以上に文官よりの気質だった。


 穏やかで、政治には興味を持っても、軍事方面にはまったく興味を示さない王子なのだ。


「第一王子のカルロスは余に似て武人肌ではない。第二王子のギルアムは先の戦で大敗したばかり。第三王子のエリオットは……知っての通り遊び人だ。軍を率いる器とは思えん」

「しかし、王族の権威こそが必要な状況です」

「……ではエリオットに任せよう。カルロスは余の後継者だ。万が一がある戦いだ。出すわけにはいかん。ギルアムに任すわけにもいかぬし、本人も出たがらんだろう」

「では、エリオット王子には陛下からお伝えください。戦に秀でた貴族は私のほうで手配しましょう」


 そこで話はまとまるはずだった。

 しかし、また乱入者が現れる。


 その乱入者を見て、マイセンとエリック三世は同時に顔をしかめた。


「お父様。エリオット兄様に大将をお任せになるのですか?」


 エリック三世と同じく、深い青色の瞳を持ち、アクアマリンのような色の髪を持つ少女。


 髪はやわらかなウェーブが掛かっており、一目で仕立てがよいとわかるドレスを身に着けている。


 第一王女のフィリス・アルシオン。

 美形の多いアルシオン王家の例に違わず、その美しさで諸国に知られる王女だ。


 それとは別に、王家に近しい者たちには違った面で知られている。


 フィリスは年齢の割にかなり大人びた少女であり、礼儀正しく常に落ち着き、上品な物腰を崩さない。


 しかし、穏やかというわけではなく、気丈で、言いたいこと、言うべきことは、はっきりと言う男勝りな部分を持つ。


 王家に近しい者の中では、最も王としての気質を持った王女として知られているのだ。


 そのフィリスが現れたということは、なにかとんでもないことを言うに違いない。


 マイセンはそう確信した。

 そしてその確信は間違いではなかった。


「エリオット兄様だけでは不安です。私も同行します」

「ま、待て! フィリス! これは遊びではないのだぞ!?」

「その言葉はエリオット兄様に言うべきでは? 能力はあるのに、いつも遊んでばかり。そんなエリオット兄様だけでは不安だというのは、皆さまも同じではありませんこと?」

「フィリス殿下。仰りたいことはわかりますが、必要なのは王族の権威、威光です。エリオット殿下でも問題はありません」


 マイセンの言葉にフィリスは微かに目を細める。


「建前など不要です。ようは兵の士気を高めたいのでしょう? 自分で言うのもなんですが、私のほうがエリオット兄様よりもよほど士気を高められると思います」


 マイセンはそのフィリスの言葉に何も返せなかった。

 まさしくその通りだったからだ。


 フィリスは国民からの人気が高い。


 美しいだけでなく、行動力のあるフィリスは民のために精力的に動くからだ。


 王家の権威や威光というものを一番発揮できるのは、間違いなくフィリスだった。


「反論がないようでしたら、私も同行します。ご安心を。口も手も出しません。ただ、エリオット兄様が逃げ出さないように監視するだけです」

「……わかった。エリオットの傍を離れるな。それが条件だ」

「陛下!? 一人娘を戦場に向かわせるおつもりですか!?」

「この子は一度決めたら絶対に考えを変えん……。本人の言ってることもすべて的を得ている。たしかに心苦しいが、エリオットでは頼りないことも事実だからな」

「ですが……」


 マイセンがなおも食い下がろうとするが、それをフィリスが遮る。


「ブライトフェルン侯爵。私はアリシアと親しいのですが、侯爵はアリシアの出陣を許したとか。それならば拒む理由はないのではありませんか? 私はアリシアよりも年上ですし」

「そういう問題ではありません! この戦は国家の命運がかかる戦です! 王都にはまだ近衛騎士団が残るとはいえ、北部と西部の全戦力を投入するのです! そこに王女を巻き込むなど!」

「そういえば、補佐役に戦に長けた貴族の方をつけるとか……。その方はどのような方ですか?」


 いきなり話を変えたフィリスを訝しみつつも、質問された以上、答えないわけにもいかず、マイセンは自身の知恵袋の名を口にした。


「私が推挙するのはリカルド・クロスフォード子爵です。もちろん、ほかの貴族の方にも補佐していただくが、私の知る限り、この男ほど戦略に長ける者はおりません」

「クロスフォード? ヘムズ平原で行方不明になったユウヤ・クロスフォードのお父君ですか?」

「そうです。私の甥にあたります」


 玉座の間がざわめく。

 ユウヤ・クロスフォードの名はそれだけ強い意味を持っていた。


 王子に進言し、速やかな撤退を実行させ、自分は後方の部隊を率いて敵軍に突入し、時間を稼いだ少年。


 内容では完敗しながら、戦力の多くを保って撤退できたのは、ユウヤのおかげであり、多くの者がその活躍を認めていた。


「なるほど。では、お父君もさぞや聡明なのでしょうね。しかし、子爵となると、エリオット兄様が意見をそのまま聞くかどうか……私ならば上手く仲介役になれると思いますが?」


 マイセンはフィリスの言葉を受けて、頬を引きつらせた。

 自分がもっとも心配している部分をフィリスがついてきたからだ。


 自分の出陣を認めれば、爵位の低いリカルドに配慮する。

 フィリスはそう言っているのだ。


 それが決め手だった。


「……くれぐれも危険に首を突っ込むような真似はなさらないように」

「わかっています」


 そう言ってフィリスは笑顔を浮かべる。


 こうしてアルシオンの作戦には二人の王族が参加することとなった。

 

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