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使徒戦記  作者: タンバ
第一章 アルシオン編
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第十四話 借りは返す

もうちょっとなろうっぽいタイトルに変えようかなぁと思ってます。


近日中に変えると思うので、お間違えないようにお願いします笑

 腹が空いた。


 エルトが部屋を出てから数十分ほどが経っただろうか。

 いまだに食事を持ってくる気配はない。


 切実に、腹が空いた。


「腹と背中がくっつくぞ……」


 呟き、ベッドに寝転がる。


 レグルスの地図にはあまり詳しくないが、クロスフォード子爵領と山脈を挟んで隣接する土地ならば、ヘムズ平原から五日や六日ほど掛かるはず。


 騎馬や馬車を最大限に使ったとしても三日はかかる。

 つまり。


「最低、三日は寝てたってことか……」


 クロスフォード子爵領を出たのが五月の初旬。

 そこから一週間ほどかけて戦場に移動し、到着が五月の半ば。

 ここまででおよそ十日。さらに二日後に敵が到着し、戦が始まった。


 一日で決着がつき、俺は敗走。

 数日、おそらく二日か三日の逃避行の後、エルトに拾われ、ここまで三日から四日。


 クロスフォード子爵領を出て、最低でも十七日。多ければ二十日ほどは経っている。


 戦が終わってからとしても、一週間は経っている。

 マグドリアが侵攻したなら、今頃アルシオンはパニック状態だろう。


「……ありえないか。一万程度の戦力で一国を侵攻できるわけがない」


 一万の軍勢というのは確かに強大だが、それで一国を制圧できるかというと話は別だ。


 王都までの道のり、反抗する者は多くおり、それらを叩きのめし、さらに王都を攻略しなければいけない。

 どう考えても現実的じゃない。


「あの使徒の神威は野戦じゃ絶対的な力を発揮するが、攻城戦には向かなそうだしな」


 どれだけ死を恐れず、恐怖を感じず、痛みも感じない狂戦士とはいえ、ただ目の前の敵を追うだけでは城は落とせない。

 なにせ、防御側は相応の備えをしており、ただ突っ込むだけならその餌食になる。


「矢、石、油、火攻め……どっかの城に籠城されたら、一万じゃとてもじゃないけど突破できない。やっぱり侵攻するなら本国からの増援が必要だ」


 てっきり勝ち戦に乗じて侵攻する気だと思っていたけど、もしかしたら、狂戦士のテストくらいにしか考えていなかったのかもしれない。


 いや、予想外に狂戦士の被害が多くて予定を変更したのか?


 ま、敵さんの事情なんて知ったことじゃないか。


「アルシオンは辛い立場になったな……」


 大敗だった。

 撤退は成功しただろうが、他国には王子が逃げたようにしか見えないだろう。

 実際、そのとおりだけど。


「ウェリウス大将軍さえどうにかすれば落とせる……。そう思われただろうな」


 俺は窓の外を見る。

 そこにはロードハイム公爵領の首都リオスの街並みが広がっていた。


「レグルスもアルシオンに侵攻するんだろうか……」


 そうだとすれば、エルトは俺を解放しないだろう。いや、できないか。


「それはまだ未定だ。深く考えるだけ損だぞ?」


 振り向くといつの間にかエルトが部屋に入ってきていた。

 やたら大きなワゴンを押している。


「未定? レグルスの王は聡明だと聞くけど、この好機に動かないのか?」

「動くと思うぞ。ただ、アルシオンの動きを見てるんだ。助けるに足る国かどうか」

「なるほど。試してるのか。じゃあ、形勢が悪くなれば」

「私が軍を率いて侵攻する。マグドリアにアルシオンを押さえられるのは、戦略的にも心情的にも気に食わないからな」


 エルトはそういうと、この話は終わりだと言わんばかりにテーブルに料理を出し始めた。


 どれも湯気が出ていて、いい匂いを俺の鼻に届けてくる。

 空腹の俺にはたまらない。


 ベッドから降りて、ふらつきながらテーブルへと向かう。

 腹も背中も痛むが、それよりも食欲が勝った。


「さぁ、座れ。御馳走だろ?」

「ああ。エルトが作ったのか?」

「残念ながら、私にはこんなスキルはない。給仕長に作らせた。お前はずっと何も食べてなかったから、お腹に優しい物ばかりだ」


 そう言って、エルトはお粥らしきモノが入った食器を手に取り、スプーンで掬って、俺に差し出す。


「体がきついだろ? 食べさせてやる」

「い、いや、いい! 一人で食べれる!」

「遠慮するな。嫌だというなら食べさせないぞ?」


 ニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべて、エルトは俺を脅す。


 まったく。人に食べさせるのがそんな楽しいのか?


 そう思いつつも、空腹には勝てないため、口を開けてお粥を受け入れる。


 スプーンが口の中に入ったのを確認し、口を閉じようとしたとき、エルトの目がキラリと光る。


 早業だった。

 俺が口を閉じるより前に、エルトはスプーンを自分の口に運んだ。


「う~ん、絶妙な味付けだ!」

「……おい」

「どうだ? 食べたいか? ん?」


 小首を可愛らしく傾げて、エルトは聞いてくる。

 その顔には、してやったりといわんばかりの笑顔が浮かんでいる。


「どういうつもりだ? エルト」

「あの日の借りを返すと言っただろう? 今までの人生の中で、お腹が空いているのに、目の前でこれ見よがしに食べ物を食べられるなど、経験したことのない屈辱だった……。私はこの三年間待っていたのだ! 雪辱の機会を!」

「意外に根に持つタイプか? まぁいい。満足したなら早く食わせろ。これでおあいこだろ?」

「あれ? 反応が薄いな? もっと悔しがるはずなのに……」


 自分の想像とは違う反応に、エルトは困惑した表情を浮かべる。

 器用に表情を変える奴だな。本当に。


「普通なら悔しがるだろうけど、今は空腹なんだ。お前の茶番に付き合う気力がない。残念だったな」

「……つまらん奴だな」

「楽しませる気がないからな」


 そういうと、俺はテーブルの上に置いてあるフォークを手にして、他の料理を口に運ぶ。

 空腹だが、一気に腹に入れるとあとが悲惨になるため、ゆっくりと噛みしめる。


「美味いな」

「あ!? 私の許可なく食べるな! ああ~、ユウヤ餌付け計画が……」

「変な計画を立てるな! 俺は猫や犬じゃないぞ!」


 抗議をしつつ、手はしきりに動かし、料理に口に運んでいく。

 胃がびっくりしないような料理ばかりだから、結構すんなりと入ってくる。


 もともと病気だったわけじゃないし、当然か。


「……美味しいか?」

「ああ、とても」

「そうか。それはよかった。正直な話をすると……心配してたんだ。倒れてからリオスに着くまで、ずっと眠っていたから」

「三日か四日くらい寝てたか?」

「三日半くらいだな。ずっと医師をつけていたんだぞ? 傷よりも極度の疲労状態のほうが危険だって、最初の一日は、医師が傍を離れられなかったほどだ」

「……意外にヤバかったのか?」


 俺が聞くとエルトは頷く。

 今は笑っていられるが、綱渡りだったようだ。


 やっぱり背伸びはいけないな。


「それでもお前は数日で回復した。医者も驚いていたぞ。こうして食事もとれているし、もう安心だな」

「おかげさまでな。俺以外の兵士はどんな感じだ?」

「保護した者たちか? それなりに回復してきているぞ。ただ、傷が深い者も多いから、まだ安静って言われてるな」

「そうか……。ま、命があるだけよしとするか」

「彼らはお前の兵士じゃないのだろ? その割にずいぶんと心配するんだな?」


 エルトの言葉に俺は苦笑する。

 同じことを自分でも思ったからだ。


 たしかに彼らは俺の兵士じゃない。

 だけど、彼らは。


「戦友だからな。俺の無茶に付き合ってくれた。死んだ者も生きてる者も、みんな、かけがえのない戦友だ」

「ふふ、いい心がけだ。ユウヤ。お前は優秀な将になれるぞ」

「なる気はないさ。できれば戦も二度としたくない」

「武功を立てれば、もっと上の爵位も狙えるぞ?」

「興味ない。俺には父の後を継いで、辺境でひっそりと暮らすっていう人生設計があるんだ。出世なんてしたら、その設計が崩れる」

「もう崩れてる気もするけどな」


 エルトは茶化すように告げる。


 たしかに俺の人生設計の中には、初陣でレグルスに逃げ込む予定はなかったし、マグドリアに名が知れる予定もなかった。


 けれど人生に想定外はつきもの。

 ここから修正すればいい。


「これから次第さ」

「なら聞くが、お前はアルシオンが侵攻されたとして、立ち向かわないのか? 辺境で大人しくしているか?」


 難しい質問をエルトがしてくる。


 誰かがマグドリアを抑えてくれるなら、当然、そうしたい。

 けれど、そうでない場合は困る。


「もしもマグドリアがアルシオンを征服したら、俺は間違いなく処刑される」

「だろうな。お前に一杯食わされた使徒が、お前を許さないだろう」

「だから、仕方ない。マグドリアを止められそうにないなら、立ち向かうさ。そうならないのが一番だけど」

「断言してもいいが、そうはならない。アルシオンの使徒ウェリウスは、アークレイム方面に向かうだろう。アークレイムのほうが危険だからだ。そうなるとマグドリアを相手取るのは貴族たちだ。使徒ではない人間たちが使徒に勝った例はいくらでもあるが、大抵、そういうときは団結していた」

「今のアルシオンとは真逆の言葉だな」


 王族は求心力を失い、貴族は手柄にしか興味がない。

 今の王が若い頃はそうでもなかった。

 老いたというのと、王に代わる王子が出てこないのが問題だ。


「お前はお前のために、そして自分の領地や家族のために戦うはずだ。その結果、お前の人生設計は崩壊する。楽しみだな?」

「人の人生設計が壊れるのが楽しみだなんて、いい性格してるな? というか、マグドリアが侵攻したら、お前は俺をアルシオンに帰してくれるのか?」

「王の反応によるな。仮にも私は臣下だからな」


 仮にも、とつけるあたり、そこまで忠誠心はないのだろうな。

 ま、人の下につくタイプにも見えないし、当たり前か。


「エルトの個人的感情を聞きたいな。俺を帰したいと思ってくれてるのか?」


 心情的には帰したいと思っていてくれれば、そこに付け込む隙ができる。

 同情を誘うようで悪いけれど、いざ侵攻されたときに他国にいましたなんて笑えない。


 最悪の場合、脱走も考えなきゃだし、今の内にエルトの内心を聞き出しておくべきだろう。


「なにを当たり前のことを聞いているんだ?」

「ああ、そうだな。お前は俺の味方だよな。悪いな、疑うようなことを」

「私がお前を帰したいと思うはずないだろ?」

「……」

「……」


 しばらく無言の見つめあいが続く。


 俺のほうは、なぜ、という表情だし、エルトのほうは、当たり前だろ、という表情をしている。


「……理由を聞こう」

「面白いからだ。使徒で公爵だからな。気を遣わずに話してくれる相手は少ない。だから、手放したくない。できるならずっとここに居てほしいくらいだ」

「そんな個人的な理由かよ……」

「個人的な感情を聞いたのはそっちじゃないか。安心しろ。王がアルシオンを助けると決めれば、お前と一緒にアルシオンの援軍にいってやる。新しいマグドリアの使徒も気になるしな」


 エルトはそう言うと、手に持っているスプーンでテーブルに並べられた食事に手を付け始める。

 立ったまま。


「行儀が悪いぞ?」

「私の城で私の給仕長が作った料理だ。どう食べようと勝手だろ? 言っておくが、やろうと思えば、だれよりも上品に食べられるぞ? ただ、疲れるから嫌なだけだ」

「エルトらしいな」

「そうだろ? これが私だ。けれど、私に自分のイメージを押し付ける輩も大勢いる。正直、そういう奴らの相手をしていると気が滅入るんだ」


 エルトはふぅと息を吐き、器用に片手でスプーンを回し始める。

 どんどんスプーンは速くなっていき、目で追っていると、目が回りそうだ。


 そんなことを思っていると、エルトがいきなりスプーンを置いて、俺に向き直る。


「そういえば忘れていた」

「なにをだ? 大事なことか?」

「大事なことだ。とてもな」


 そう言ってエルトは俺の前で軽く膝をおってスカートをつまむ。


「正式な自己紹介がまだだった。レグルス王国公爵、エルトリーシャ・ロードハイムだ。よろしく」


 まるで一国の姫のように優雅な礼をしてみせたエルトは、どうだと言わんばかりの笑みを浮かべる。


「やろうと思えば上流階級の礼法なんて朝飯前だ。思い知ったか?」

「なにをだよ……。元から疑っちゃいないさ」

「そうか? ならいい。あ、わざわざエルトリーシャと呼ぶ必要はないぞ。今までどおりエルトでいい」

「様付けは必要ないか?」

「私が欲しがってるように見えるか?」

「いや、全然」

「わかっているなら聞くな。今までどおり友人として接してくれ」


 そう言って、エルトは俺の目の前にあった赤いフルーツに手を伸ばす。

 

 先ほどから気になっていたため、俺はエルトに渡る前にその赤いフルーツを奪った。


「……それは私のだ。私が最初に目を付けた」

「いいや。俺のだ。俺のための食事だろ?」

「提供してるのは私だ。寄越せ。それは私の好物なんだ!」

「俺だって食べたいんだ! ちょっとは自重しろよ!」

「知ったことか! 寄越せ! あ!? あ~……」


 エルトが力技に出る前に、フルーツを口に放りこむ。

 なんとなくイチゴに似ているが、少し違うようだ。けれど美味だ。


「美味いな」

「おのれぇ……この恨みは大きいぞ」

「本当に食い意地が張ってるな……」

「食い物の恨みを恐ろしいということを教えてやろう……傷が治ったら、私の練習相手になってもらうからな」

「はぁ!? いや、断る!」

「拒否権なんてない!」


 そう言ってエルトはヤケ食いのように、他のフルーツに手を付け始めた。



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