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使徒戦記  作者: タンバ
第四部 小国動乱編
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第二話 暗雲




 戦いのない時間というのも不思議なもんだ。

 前はそれが当たり前だったのに、今ではそれが特別になりつつある。


 アルシオンに戻ってきて二週間あまりが過ぎた。アークレイムは撤退し、マグドリアに動きはない。

 その間、レグルスは奪ったマグドリアの領土を完全に平定し、新たな国境線を敷いた。これにより、レグルスの防備はさらに高まり、マグドリアの力は大きく削がれた。


 そんな状態のため、エルトもまだクロスフォード伯爵領に滞在している。ただし、それは俺の安寧を意味はしなかった。

 戦いがないことは平和ではあるが、忙しくないということにはならないのだ。


「ユウヤ! 今日は川に行くぞ!」

「早朝から何を言ってるんだ、おのれは」


 まだ日が昇ってもいない時間に俺の部屋へ入ってきたと思ったら、エルトがそんなことを言ってきた。

 その手には竿が握られている。どう見ても釣りをする気だ。


「あのなぁ……お前は使徒で公爵だ」

「ああ、私は使徒で公爵だ」

「そんな人間が川で釣り? 寝言は寝て言え。襲われたらどうする?」

「返り討ちにする」


 ああ、そうだろうな。できるから怖いわ。

 腰に差してある剣を軽くたたきながら、エルトは当然といわんばかりの様子で答えてきた。むしろ、そんなことを聞く俺を不思議に思っている顔だな、あれは。


「わかった。返り討ちにできるな、たしかに。だったらウチの兵士を何人か連れていけ。それで事足りるだろう?」

「兵士? 私はお前を誘いに来たんだぞ?」

「歪曲な言い方だと伝わらないか? じゃあ直接言ってやろう。嫌だ」


 エルトの笑顔が固まり、俺とエルトの視線がバチバチと交差する。

 そんな俺たちの戦いは第三者の横やりで終わりを迎えた。


「ユウヤ、うるさい……」


 隣の部屋で寝ていたセラが不機嫌そうにつぶやく。

 そして部屋の中にエルトがいるのを見て、さらに不機嫌そうな表情を浮かべた。


「公爵もうるさい……」

「すまなかったな。だが、ユウヤが悪い。私の誘いを断るんだ」

「うん、どうでもいい……」


 俺が助けを求めることをわかっているのか、セラが先んじて自分の意思を表明した。

 そのまま寝ぼけ眼をこすりながら、セラは俺のベッドによじ登ると子猫のように丸くなり始めた。


「セラ。自分のベッドで寝ろ」

「眠いから無理……」

「エルト。見ろ、普通は寝てる時間なんだぞ?」

「魚釣りは朝に限ると聞いたが?」

「一人で行け、一人で」


 横で丸くなるセラの頭を撫でると、セラはくすぐったそうに微かに身じろぎしたが、やがて規則正しい寝息を立て始めた。

 しばらく頭を撫でていると、エルトも俺のベッドに腰かけてきた。


「なんだ? お前も寝るのか?」

「いや、少し気になってな。セラは……元々アークレイムの人間じゃないのか?」


 少しだけ俺は押し黙る。


 セラはアークレイムが禁術を用いて行った実験の被験者。強化魔導師ともいえる存在だ。

 アークレイム側は死んだと思っているようだが、セラは俺の母によって救い出された。


 今日までのセラの活躍をみれば、実験は十分に成功といえるだろう。戦場において多くのことを知覚できるセラの探知魔法は状況によっては使徒の神威に匹敵する効果を示す。

 それをアークレイムが知ればどう動くか。考えるまでもない。


「どうしてそんなことを聞いてくる?」

「昔、アークレイムには疑似的な使徒を作り出す実験があったそうだ。魔法全盛期自体の禁術で魔導師を強化してな。結局、被験者の暴走で研究所が壊滅して計画は失敗に終わったと聞いていたが……セラはその生き残りなのではないか?」

「……その根拠はなんだ?」

「普通の魔導師にして一部分で優れすぎている。才能と片付けてもいいが……わざわざお前の家が保護したことを鑑みれば、保護せざるを得ない状況があったのではないかと思った。違うか?」


 勘の鋭い奴だ。使徒はみんな勘が鋭い。だが、こいつは異常だ。まるで肉食動物のように匂いをかぎ分ける。


 しばらく黙った後、俺は降参して一つ頷いた。

 それを見て、エルトも頷く。


「危なくなったら私が引き取る。約束だ」

「……そんな未来が来ないといいがな」

「それもそうだな。湿った話をしてしまった、さぁ川釣りにいこう!」

「はぁ……まだあきらめてなかったのか?」

「当然だ。当初の目的を忘れたりはしない」

「あのなぁ、お前がアルシオンにいるのは対アークレイムに協力するためであり、休暇じゃないんだぞ?」

「わかっている。だから我が領内に近いこのクロスフォード伯爵領に滞在し、領内を見て回っているんじゃないか」


 見て回ると書いて、遊んでいると読むんだろうな。

 そんなどうでもいいことを考えつつ、俺は諦めてベッドから出た。

 これ以上の抵抗は無意味だ。エルトは言い出したら聞かないし、抵抗すれば抵抗するほど面倒くさい。

 それにまぁ、久々の川釣りも悪くはないかという気分でもあった。

 結局その日の朝食は魚となったのだった。




■■■




 平和というのは長く続かない。

 その日の昼。俺はつくづくと思い知った。


 クロスフォード伯爵領の屋敷。本来、そこに住むべき人間は四人いる。

 しかし、実際に暮らしているのは三人だけだ。俺はちょくちょくいなくなるけど。


 だが、俺の比ではないくらい家を空けている人がいる。もちろん、俺の母であるメリッサだ。

 そもそも新しく伯爵の地位を得てからは一度も戻ってない。

 神出鬼没を絵に書いたような人だし、俺としては諦めているのだが。


 そんな人が帰ってきた。

 しかもよりにもよって、エルトというトラブルメイカーがいるときに。


 もはや女怪と言っても過言でもないエルトと、それに匹敵する母。

 この二人が我が家に揃うというのは俺にとっては胃痛案件だった。

 

 というのもエルトが俺の母をみて言うことは察しがついていたからだ。


「ほう? あなたがユウヤの剣の師匠である母上か。私はエルトリーシャ・ロードハイム。親睦がてら一試合してみないか?」


 屋敷に帰ってきた(といいつつ、この屋敷に入るのは初めてだが)メリッサにエルトはそう言って手合わせを申し込んだ。


 ああ、やっぱりと思いつつ、俺はメリッサに目を向ける。

 純粋な剣士であるメリッサのことだ。エルトほどの剣士と手合わせとなれば、喜々として応じるだろう。

 そんな風に思っていたのだが。


「誉れ高きレグルスの三使徒、白光の薔薇姫と手合わせできるというのは剣士として魅力的ではあるけれど、残念ながらそれどころではないの」


 そういうとメリッサは屋敷の奥へ向かった。

 あまりの異常事態に俺とセラは顔を見合わせ、すぐにメリッサの後を追った。

 残念がっていたエルトも何かを察して俺たちの後を追う。


「やぁ、お帰りメリッサ。どうしたんだい? いきなり帰ってきて。君は今、アークレイムで恵まれない子供たちのためにあちこちを旅しているはずでは?」


 とても穏便な言い方だ。

 正確なことを言えば、アークレイムがやっている薄汚い研究施設を破壊して回り、子供を助けているというのが正解だ。


 しかし、メリッサはそんなリカルドの言葉にあまり反応を示さない。


「そうね。その予定だったのだけど、状況が変わったわ。すぐに王に謁見をしないといけないわよ」

「なるほど……アークレイムの狙いはやはりそうなるのか。となるとマグドリアも動くかな」

「分かっていたの?」

「推測はしていたよ。けど、それをされると打つ手がない。おそらく我が王はアークレイムにつくからね」


 なにがなんだか。

 わけがわからない。見えている世界が違いすぎて、なにもついていけない。

 そんな俺たちを見かねて、メリッサが情報をくれた。

 とんでもない情報を。


「十五万のアークレイム軍はただの見せかけよ。本当は十五万もいないし、精鋭部隊は別にいるわ」

「はい? 母上それはどういう」

「アークレイムの狙いはラディウスよ。アークレイムはマグドリアと共に魔族討伐の遠征軍を出す気よ。すでにマグドリアは小国群に根回しを行い、いくつかの港も確保していると思うわ」

「魔族討伐!? そんな時代錯誤な!」


 魔族と人間との戦いは数百年前に終わった。双方に甚大な被害を出して。

 それ以来、魔族と人間はつかず離れずの距離を保ってきたはずだが。


「アークレイムでは魔族を排除すべきという考えが主流よ。自分たちの領土を侵略する悪しき種族だってね」

「それはアークレイムが無用にラディウスを刺激するからであって」

「そんな理屈、アークレイムには通じまい。そうなってくるとまずいな。ラディウスは北と南から挟み込まれる。そしてマグドリアが小国群を取り込み、領土を増やしてしまう」

「レグルスとアルシオンで連合を組んで、マグドリアを妨害すればいい。小国群の中にも反対する勢力はいるはず」


 セラの提案に全員が沈黙する。その手はだれもが使いたい。

 だが、リカルドの言うとおりアルシオンの王はおそらくアークレイムにつく。


 感情的な話をするのであれば、わざわざ人間同士で戦うより魔族討伐のほうが気が楽だ。それに大国をこれ以上、敵に回し続けたくないという思惑も働くだろうし。

 間違いなくアルシオンはその流れに乗る。


 そうなるとレグルス単体では止められない。力の問題ではなく、立地がいただけない。

 ラディウスを助けようとすると、レグルスは陸路でアルシオンを突破するか、海路を大回りするしかない。とても現実的ではない。


 なるほど、打つ手がないと言った意味がよくわかった。


「ラディウスの後はアルシオン、その後はレグルス。そしてマグドリアとアークレイムの一騎打ちってシナリオか」

「北部の小国群もすべて合わせればアルシオン全土に匹敵するからね。これまでのマグドリアのレグルスへのちょっかいはすべて目くらましということになるかな。いやはや……使徒テオドール。さすがだね」


 リカルドが舌を巻く。

 小国群がマグドリアと敵対してくれるなら事は簡単だが、すでに調略の手は伸びているだろうし、そもそも大国に抗うというのも難しい。

 それに小国群は長年、敵対関係の国が多い。まとまるわけがない。


「ユウヤ。私は一度、領地に戻る。お前はアルシオンの王を説得してくれ」

「やれることはやる。だが期待しないでくれ。元々日和見な人だ。大陸全土が魔族討伐の流れに傾けば、絶対にそれに乗る」


 言っていて辛い。

 その流れが破滅に繋がると説いても聞いてはもらえないだろうな。

 少なくとも、今の王が在位している間はラディウスとの戦争が続くだろうからだ。


 大陸の覇者がどの国かという決着がつくのは数十年後だ。

 あの王がそこまで見越して、今の不利を受け入れるとは思えない。


「父上、本当に手はないんですか?」

「ないね。唯一の希望をエリオット王子だ。彼がどこまで動いてくれるか……それによって大陸の命運が決まる。なにせ魔族討伐ということは数百年前の愚行を繰り返すことと同義だからね。一体、どれほどの人間が命を失うことやら……」


 リカルドの言葉に俺の心は暗雲に包まれた。

 もしも何もできず、アルシオンがアークレイムについた場合、俺が戦う使徒たちは皆、知己の者たちばかりということになる。

 それは心の底から避けたい未来だった。

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