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使徒戦記  作者: タンバ
第四部 小国動乱編
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第一話 アークレイム軍撤退

お待たせしました。使徒戦記更新再開します。無理のないペース、週二、三ほどで投稿しようと思うのでよろしくお願いいたします。





 アークレイム軍十五万。

 ここ最近では最大級の大軍に対して、アルシオンとレグルスは連合して当たることを決めていた。

 しかし、それでも両軍合わせて十万に届くかどうか。苦戦は必須であり、俺とエルトは遺跡を使ってすぐにアルシオンへ戻った。


 だが、俺たちが遺跡を使って移動している五日間の間に状況は一変していた。


「撤退……?」

「うん、耳を疑いたくなるかもしれないけれど……十五万のアークレイム軍は何もせずに撤退していった」


 父であるリカルドの言葉どおり、俺は耳を疑った。

 質の悪い冗談にしか聞こえない。なにせ十五万の大軍を動かすということは、十五万人の食料を用意するということだ。それも何日分も。

 大国アークレイムとはいえ、そんな簡単に用意できるものじゃない。というか、そういう問題があるから中々大軍での戦争は難しいんだ。


 だから軍を編成した結果、何もしないならばそれをむざむざ捨てたようなものだ。どう考えてもおかしい。


「十中八九、策だな」


 エルトの言葉に俺と父は頷く。

 今いるのはクロスフォード伯爵領の屋敷。

 アークレイム軍が撤退したため、手持無沙汰になったエルトも滞在している。


「はい、公爵。問題はどれほどの規模で、誰が参加しているかです」

「アークレイムの独断か、それともマグドリアも加わっているのか……」

「今回の撤退で一番打撃を受けたのはマグドリアです。自国にレグルスを引き入れ、その間にアークレイムが攻め入るという展開を思い描いていたでしょうし」

「となるとアークレイムの独断か。マグドリアでの敗北をなんらかの手段で察し、戦いを避けたと見るべきか」


 エルトの言葉に父も頷く。

 この手の話の場合、あまり俺は意見を言いたくない。見えてる世界が違いすぎて、話がかみ合わないからだ。


 だけど、今回の場合は違った。二人と俺の意見が違ったからだ。


「本当にそうか? 俺はむしろマグドリア主導なんじゃないかと思ってるんだが……」

「マグドリア主導? マグドリアがわざわざアークレイムを撤退させたのか? 何のために?」

「そこまではわからない。けど、テオドールは結局姿を現さなかった。あいつが何か裏でやっていたように俺は思えてならない。その何かのためにアークレイムは撤退したんじゃないか?」

「私もそう思う」


 懐疑的な表情を見せるエルトに対して、お茶をのせたお盆をもって部屋に入ってきたセラが俺に賛同してくれた。


 俺がマグドリアにいる間、セラはセラでアークレイム方面の前線で動いていたようだが、アークレイムが動かないのを見て早々に領内に引き上げてきたのだ。

 セラいわく、対面していたアークレイム軍には戦う意思がなかったらしい。


 そんなセラが賛同したのを見て、エルトはため息を吐く。


「少しテオドールを過大評価しすぎではないか? アークレイムを撤退させたということは、アルシオンとレグルスを攻めるよりも旨味のある話を提示したということになる。そんな話があるとは思えんが?」

「そこ。アークレイムとマグドリアにとって、レグルスとアルシオンの領土はどうしても欲しいところ。大陸中央の権益が掛かっているから」

「そうだ。だからあの二国はずっとレグルスと敵対している」


 ふむ。

 考えれば考えるほどアークレイムの撤退が不可解になる。一番腑に落ちるのはエルトの考えだが、どうしてもテオドールの顔がチラつく。


 もう一人の知恵者である父に目をやると、珍しく真剣な顔で考え込んでいた。

 この人はいつも余裕の微笑を崩さないのに。


 さてはなにか考えがあるな。


「父上には思い当たることがありそうですね」

「本当か? 伯爵」

「いえ、あくまで想像ですので。今は胸にしまっておきましょう。ただ言っておくことがあるとすればもしも僕の想像どおりの行動に出た場合、事態は国同士の争いには留まらなくなります。マグドリアの使徒が愚行に走らないことを僕は切に願います」

「策士はどうしてこう勿体ぶるのだ! 今、言えばよいだろう!?」

「お許しください。公爵」


 父はそう平謝りするばかりだった。

 無駄だと察したのか、エルトはセラが持ってきたお茶を飲み始めた。


「セラ。お茶菓子はないのか?」

「ないこともない」

「どういうことだ?」

「少し前に姫様が来て御菓子を持ってきた。ユウヤへって」

「よし、それでいいぞ」

「待て!」


 さも当然のように要求するエルトに俺は引きつった顔でストップを出した。

 エルトは不満気に眉を潜めた。


「なんだ? 私は客だぞ?」

「客なら客らしくしろ。どこの世界にお前みたいに態度のでかい客がいる?」

「アリシアも態度がデカい」

「あ、うん、そうだな……いたな。身内に」

「いるではないか。なら問題あるまい? ブライトフェルンの孫娘が許されるなら私も許される」

「わかった。百歩譲って態度がデカいのは許そう。しかし、だ。お茶菓子は殿下が俺にと言ってきたものだ。俺に権利がある」

「ならユウヤがもってこい」


 エルトが俺に命令すると、すかさずセラが無表情でお盆を渡してくる。

 家の使用人たちはエルトに対して粗相があれば首を飛ばされると怖がっており、全員休暇中だ。


 だからセラがいろいろやっていたのだが、内心面倒だと思っていたらしい。


「はー……わかった。少しだけ出してやろう。全部は駄目だ」

「ケチな奴だ」

「お前は出した瞬間、すべて食うだろうが! 一口も食べずに終わったら、次に殿下に会うときに困るんだよ!」

「間違いなく感想を聞かれるだろうな。よし、私が感想を書いてやろう」

「いらん!」


 セラからお盆を受け取って部屋を出る。

 そこで一つ大きなため息を吐き、俺は台所に向かった。


 見渡すとすぐに御菓子は見つかった。

 なにせ高級そうな箱に入っている。我が家には不釣り合いだし、これで間違いないだろう。


 開けてみるとクッキーみたいな御菓子が入っていた。

 一つ食べてみると、いくつかの果物の味がした。なかなかに美味い。


「さすがはフィリス殿下。良い物を選ぶ」

「あら? その程度の物でいいならいくらでも持ってくるわよ?」


 いるはずのない人物の声に俺は勢いよく振り返った。

 するとそこにはフィリスとエリオットの姿があった。


「ふぃ、フィリス殿下!? それにエリオット殿下も!? どうしてこちらに!?」


 慌てて膝をつく。

 二人がこの家に来ること自体は初めてじゃない。ただし、二人そろって連絡もなく来訪したのは初めてだ。


「久しいな。ユウヤ。お前の様子を見に来たんだ」

「私は前線への慰問に行く途中よ」

「そうでしたか……お出迎えもせず申し訳ありません」

「気にするな。大げさに出迎えられても困るからな」

「それはお忍びということですか?」


 俺の言葉にエリオットが頷く。

 そんなやりとりをしていると、なかなかやってこない俺に焦れたエルトがやってきた。


「ほう? フィリス殿下にエリオット殿下までこんな田舎にご苦労だな」

「久しぶりだな。ロードハイム公爵。マグドリアではユウヤが世話になったようだ。礼を言おう」

「私が好きでやったことだ。それにアルシオンにも協力してもらったしな」


 エルトの協力というのは遺跡を使ったことだろうな。

 そのエルトの言葉にエリオットは静かにうなずく。


「そういう認識ならありがたい。それで頼みがあるのだが、ユウヤ、ロードハイム公爵。あの遺跡はもう使えないということにしてもらえないだろうか?」

「ふむ……レグルスとしてはマグドリアとの戦争の際に精鋭を送ってもらえるチャンスなのだが?」

「逆もまたしかりだ。しかし、そのメリットを捨てても使えないということにしたいのだ」

「……使えてしまうと困るということですか?」


 わざわざエリオットが頼みにくるというのはけっこう大事だ。

 しかも問題になっている遺跡は、魔剣クラスの魔力を籠った物品さえあれば作動する。それを使えないということにするというのは結構手間だ。


「これはアルシオンの勝手なのだが……最近、父の様子がおかしい。どうも戦に日和っているらしく、アークレイムが軍をあげたときにも和平の材料を探っていた」

「なるほど……。その材料にあれを使われると困るということか」

「察しが早くて助かる。あれはもう魔力がなくて使えない。ほかの遺跡も使えるかわからない。そういうことにしておけば、父も存在を忘れるはずだ。あれが世に出回れば、大陸中が火の海だ。それはさすがに避けたい」


 エリオットの言葉にエルトは静かにうなずく。当然俺も承知の言葉を発する。

 するとエリオットは安堵したように笑みを浮かべ、フィリスを残してそそくさと帰ってしまった。


「お忙しそうですね」

「そうね。あちこちの貴族と会って、話をしているみたいなの。昔から想像できないわ」

「そのようだな。前に会ったときよりもずいぶんと王子らしくなった」


 エルトのは本当に褒め言葉なんだろう。

 完全に感心している。


「良いことだ。同盟国の王が優秀なのはレグルスにとっては素晴らしい」


 そう言ってエルトは置いてあった御菓子の箱をひょいっと持ち去り、部屋へ戻ってしまう。


「おい!? 俺はまだ一つしか食べてないんだぞ!?」

「一つ食べれば十分だ。私はまだ何も食べてない」

「もう……お菓子ならまた持ってくるわよ」

「そういう問題ではないんです!」


 フィリスに答えつつ、俺は逃げるエルトを追いかけ始めた。

 それから数分後、エルトを捕まえることには成功したが、その頃には箱の中のお菓子はすべてなくなっていたのだった。


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