エピローグ アルシオンに帰りたい
気づくと俺はベッドの上に寝ていた。
体を起こすと、横に人の気配を感じた。
見ればレイナが椅子に座って眠っていた。
どうやら付き添っていてくれたらしい。
「自分も疲れてるだろうに……」
苦笑しつつ、体を伸ばす。
神威の反動で筋肉痛になるのはさすがに慣れてきた。
だから平気ってことはないけれど、数週間も眠るなんてことはもうない。
感覚的に眠っていたのは一日くらいだろうか。
単純に寝不足と疲労だろうな。
「どうにかなったか……」
「そうね。ちょっと頑張りすぎだけど」
言葉が返ってくるとは思わなかったため、軽い驚きとともに扉を見ると、そこにはアリシアがいた。
その手には毛布がある。
たぶん、寝ているレイナ用だろうな。
「よう、元気か?」
「ユウヤよりは元気よ。後方にいたもの」
言いながら、アリシアは静かにレイナに近寄るとそっと毛布をかける。
そして少し考えたあと、ベッドに腰かけた。
「状況は?」
「まずそれを聞くあたり、ユウヤもだいぶ毒されてきたわね。戦に」
「ああ、俺もそう思うよ」
昔ならあり得ない。
俺は変わったんだと思う。
ま、それを考慮しなくても共に戦った者たちの状況は気になる。
「ユウヤが寝ていたのは丸一日よ。エルトリーシャ様率いる二万が要塞に入って、守備は万全。要塞内にいた兵士たちはみんな休んでるわ。ただ……レイナ様だけは休んでくれなかったんだけど、さすがに疲労には勝てなかったみたいね」
「使徒も人間だからな。それでアリシアは兵士たちの世話か?」
「できることをやると決めたの。戦に参加できなかったし、参加するだけの力がないこともわかってるわ。だけど、必要とされてないわけじゃない」
「前向きだな。ま、良いことだけど」
戦に参加できなかったことは、アリシアにとって悔しくて仕方ないことなんだろうな。
優秀だからこそ、何もできない自分に苛立ったはずだ。
けど、それでもやれることをやるあたり、メンタル的に強い奴だ。
そうでなくちゃ、ブライトフェルンの跡取りは務まらないんだけど。
「落ち着いたら、私たちはアルシオンに帰れるわ。ようやくね」
「そうだな。まさかここまで長い滞在になるとは思わなかったぜ」
「本当よ。当分、遺跡は懲り懲りだわ。ついてなかったわね」
「まったくだ」
同意しつつ、すべての原因はアリシアだったことは指摘しない。
そんなこと言ったら、魔剣を持っていた俺が悪いとか、色々と言われかねないからだ。
「あ、そうだ。エルトリーシャ様とレイナ様が報奨金をくれるらしいわよ。私とユウヤに。半々でいいわよね?」
「待て。いくら何でもおかしいだろ? 俺は死に物狂いで戦ったんだ。八くらいよこせ」
「がめついわね。そういうこと言ってると長生きできないわよ?」
がめついのはどっちだ!
思わず声を大にしそうになったが、レイナが寝ているため、それはなんとか押さえる。
こいつ、よく半々とか言えたな。
もはや神経を疑うぞ……。
「じゃあ私が四でいいわよ。感謝なさい」
「納得いかねぇ……まぁいいや。金に興味はないしな」
「それが不思議なのよね……。じゃあユウヤは何に興味があるの?」
「世の中、金がすべてだと思ってるのか、おのれは?」
お金って大事でしょ? とアリシアは茶目っ気たっぷりな笑顔を見せる。
そりゃあたしかに大事だが、ガツガツと集めるのもどうかと思う。
「はぁ……あ、そういえばフェルト・オーウェルとの見合い話はこれでなしな? 金が稼げたんだからいいだろ?」
「ああ、そういえばそんな話もあったわね。あの女の悔しがる顔が今から楽しみだわ」
悪そうな笑みを浮かべるアリシアは、どう見てもいじめっ子だ。
今回に関してはそこを突っ込む気にはなれないけれど。
なにせ、俺のお見合いと引き換えに融資を持ち込む家だ。
同情はできない。
「さてと、私はもう行くわ。レイナ様を見ていてあげて。この人、騎士や兵士を一人一人訪ねて回ってるのよ? このままじゃ体壊しちゃうわ」
そう言ってアリシアは部屋を出ていく。
そして扉が閉まる音に反応して、レイナが身じろぎする。
薄っすらと目を開けたレイナは、寝ぼけた様子で俺を見てくる。
「……ユウヤ……?」
「おはよう。付き添っててくれたんだってな。ありがとう」
礼を言うと、レイナはしばらくボーとしたあと、ようやく覚醒を果たす。
「い、いつから起きてたんだよ!?」
「ついさっきだ。まだあちこちが痛いんだよなぁ」
「だ、大丈夫なのかよ……」
「平気さ。それより、レイナは平気なのか?」
体のこともあるが、精神的なことのほうが心配ではある。
勝つには勝ったが、犠牲も大きかった。
家族ともいえる騎士たちを多く失ったんだ。
そのショックは相当なものだろう。
だが。
「正直辛い……。けど、それ以上に誇らしい気持ちだ」
「誇らしい?」
「ああ……騎士たちのところに行くと、必ず言われるんだ。お見事でした、って。それが……そんな言葉がとっても誇らしい……おかしいかな?」
「お見事でしたか……騎士たちらしいな」
レイナのことをよく知る騎士たちは、レイナが取るだろう選択もわかっていたんだろう。
それに反して、レイナは戦うことを選んだ。
自らと騎士たちのことだけじゃなく、国の使徒として犠牲を顧みなかった。
それが騎士たちにはうれしかったんだろうな。
レイナが誇らしいと思うように、騎士たちもレイナを誇らしかったに違いない。
「……今でもこれが正解だったのかわからない。けど、あたしは死んでいった騎士たちに恥ずかしい姿は見せない。決めたんだ。いつか必ずヴォルターと奴の軍に勝ってみせる」
「そりゃあ、デカい目標だな。けど、応援するよ」
「そ、そうか……応援っていうなら……また、一緒に戦ってくれるか?」
なんだかとっても言いづらそうにレイナが聞いてくる。
まいったなぁ。
これは安請け合いできない問いだぞ。
まぁ、でも。
「機会があればな。辛い戦いだったけど……悪い戦いじゃなかった。レイナとの戦は」
「そうか! そうだよな! なんてったって、あたしだしな!」
「お世辞に決まってるだろ」
喜ぶレイナに水を差すのは、ほかでもないエルトだ。
というか、この城でレイナにそんなことを言えるのはエルト以外にいない。
「ちっ! 何しに来やがった? ここは戦友以外お断りだぞ?」
「なら、私は平気だな。なんといっても、ユウヤとは何度も共に戦ってるしな!」
「あたしの戦友以外お断りっていったんだよ!」
「ここはユウヤの部屋だぞ!」
「あたしが奪い取った城だ! なにもかもあたしの権利下にあんだよ!」
あー、本当にこの二人は……。
顔を合わせると喧嘩しないのか。
喧嘩するほど仲がいいとは言うけれど……。
この二人の場合はどうなんだろうか。
そんなことを思っていると、部屋に暴風が吹いた。
マジか!? 神威を使いはじめた!?
「お、おい……」
「そういえば、喧嘩はあとで聞いてやると言っていたな?」
「おい、ユウヤ。あたしの味方すんだぞ? するよな?」
小競り合いをしていた二人の矛先が俺に向いて来た。
あー、もう。
アルシオンに帰りたい……。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
第三部はこれで完結です。
第三部は序盤はアリシア、中盤はレイナ、そして美味しいところはエルトが持っていく部になりましたね笑
当初の予定とはだいぶ違う感じになりましたが、それが小説の面白いところかもしれませんね。
第四部は書き溜めが出来たら投稿しようと思います。
そろそろ文庫版の一巻も発売ですので、そちらも手に取っていただけると幸いです。
では、読んでくれた皆さま。
ありがとうございました。