第三十七話 決着つかず
要塞内から出撃するのはおよそ八千。
動ける者をかき集めた数だ。みんな疲弊している。
だが、敵は津波の影響で大混乱中。
要塞内から俺たちが打って出たということが敵に心理的ダメージを与える。
混乱に拍車をかけるとしよう。
「開門!」
レイナの号令で門が開き、俺たちは雄たけびと共に出撃する。
もちろん、レイナが先頭だ。
だが、それは最初だけでいい。
「真ん中くらいに下がれ!」
「なに言ってんだ!? 大将が前を走るから、ほかの奴も走れるんだろうが!」
「その体で無茶いうな! あとどれくらい神威を使える? 前線で戦える体力は残ってるのか?」
レイナの言うことには一理あるが、それは大将が健在な場合だ。
疲弊した大将が前に出て、万が一のことがあれば軍は崩壊する。
その危険は冒せない。
「あたしを誰だと思ってんだ!」
「さっきも聞いた。レイナ・オースティン、レグルスの使徒だ。重々承知してる。けど、物事には限界がある。ヴォルターも消耗して、前には出てこない。レイナも下がれ」
「じゃあ、誰が率いるんだよ!?」
「俺だ」
ほかに誰がいるわけでもない。
セドリックもいるが、あいつは弓使い。
前に出るのは向いていない。
「お前はアルシオンの人間だろ!? 兵たちはついこない!」
「いやいや、そうとも限らないぞ? 俺、今回頑張ったからな。もう俺を認めてくれてると思うぞ」
「そうだとしても……お、お前だって疲労が……」
「レイナほどじゃない。いいから下がれって」
俺は無理やり、レイナの前に出る。
その後、セドリックが心得たとばかりにレイナの馬を真ん中あたりまで下げる。
「おい!? セドリック!」
「申しわけありません。今は無理していただくわけにはいかないんです」
この戦でセドリックもちょっと変わったらしい。
戦前はレイナに振り回されているだけだったけど、今は強引に止めることができる。
これも成長だろうな。
「公子! 敵の前方はマグドリア軍です! アークレイム軍はその後ろ! 撤退準備に入っています!」
セドリックがその目の良さを生かして、状況を教えてくれる。
ヴォルターの奴、混乱するマグドリア軍を切り捨てる気か。
比較的後方にいたアークレイム軍と、マグドリア軍の一部はすでに立ち直り、川のほうに進路を取っている。
「迂回してたら間に合わないか……」
津波に巻き込まれたマグドリア軍は、混乱中で軍としての機能を失っている。突破は容易のように思えるが、津波のせいで地面はぐちゃぐちゃになっており、騎馬の突撃には向かない。
できれば迂回したかったが、アークレイム軍の動きが早い。
ここでアークレイム軍への追撃を捨てて、マグドリア軍を殲滅するという手もあるが。
それではこちらの気が済まない。
「全兵! 突撃準備! これより突撃によって、敵陣を突破する!」
「おい!? 勝手に決めるな! 指揮官はあたしだぞ!?」
「じゃあ、迂回するか?」
「……ああ、もう! 突破だ! 突破だよ! もう好きにしろよ!!」
走りながら問いかけると、レイナがふてくされてそっぽを向いた。
これで好き勝手やれる。
敵がマグドリアならばたいした戦闘にはならない。
今まで使えなかった手が使えるからだ。
「聞け! マグドリアの兵たちよ! 今から、ユウヤ・クロスフォードがアークレイムの使徒、ヴォルター・バルリングを狙う! 背中の銀十字を恐れないならば、立ちふさがってみるがいい!!」
同時に馬に強化を掛け、単独で前に出る。
これによって俺の存在が際立つ。
「あ、アルシオンの銀十字だ!!?? どうしてここに!?」
「ちくしょう! どうなってんだ!? 指示は!? 使徒ヴォルターの指示はないのか!?」
「こんな状態じゃ防ぐのは無理だ! 後ろの軍に任せよう!」
あちこちで上がる声に笑いがこぼれる。
予定通り。
ヴォルターは狙うと明言すれば、抵抗なんてほとんどないと思っていた。
と、そんな安直なことを考えていると。
「いやぁ、さすがに全員が無抵抗とはいかないか」
それなりにまとまった数の矢が飛んできた。
弾き落とすには多いな。
「油断すんな!」
後ろからレイナの声と共に風が吹き、矢を吹き飛ばす。
「ありがとな!」
「前を見ろ! 前を!」
後ろを振り向いて礼を言うと、レイナが慌てた様子で前を指さす。
何かと思って前を見ると、大男が矛を持って、こちらに突撃してきていた。
「アルシオンの銀十字! 覚悟ぉ!!」
「はっ! 上等だ!」
こっちはずっとルーザーとやり合ってたんだ。
いまさら、体がデカいだけの奴にやられるかよ。
矛をブルースピネルで断ち、レッドベリルで鎧ごと男を切り裂く。
「全軍! 背中の銀十字だけ追って来い!! 自軍強化!!」
自軍強化を掛けつつ、そう号令を出す。
怒号と共にレグルスの勢いが増す。
足場の悪さなどモノともせず、マグドリア軍を容易く突破し、川へ急ぐアークレイム軍の背中を捉えた。
「突撃! やられた借りを返しにいくぞ!!」
川までのわずかな間、アークレイム軍に地獄を見せてやる。
当分は戦う気がなくなるほどの、な。
逃げるアークレイム軍の後方。
そこに突撃を仕掛け、容赦なく切り裂いていく。
ブルースピネルで切り裂き、レッドベリルで突き刺す。
手ごわい相手には武器強化を使い、できるだけ自分の体への強化を避ける。
疲労もあった。
けれど、それだけじゃない。
なんとなく予感があった。
俺が出れば、奴が出てくるという予感だ。
そしてその予感は的中する。
順調にアークレイム軍に打撃を与えていたレグルス軍の前方に、そいつは現れた。
黒い馬に乗り、黒い鎧と兜に身を包んだ黒騎士。
その体から発せられるのは殺気ではなく、覇気。
一目で手ごわいと感じるほどの使い手。
ルーザーだ。
「窮地のマグドリア軍を救いに来たつもりが、まさかアークレイム軍を救う羽目になるとはな」
「どうした? レクトルの指示か? あいつにしては優しい命令だな?」
「まさか。これは私の意志だ。君との決着のついでに、一人でもマグドリアの兵を救わせてもらう!!」
ルーザーの大剣が俺にむかって突き出される。
それを俺はレッドベリルとブルースピネルで受け止める。
「ほう……愛剣が手に戻ったか」
「そのとおり! 今までどおりと思うな!!」
そのまま俺とルーザーの打ち合いが始まった。
道を切り開いていた俺が止まってしまったため、レグルスの進行も止まる。
だが、前への進行は止まったが、レイナの機転で横には広がっている。
これで十分な打撃を与えられるだろう。
ヴォルターに一太刀浴びせられないのは悔しいが、こいつを前にしたら欲張りはいえない。
「強化……三倍」
本当に出し惜しみなし。
最後の力を振り絞って、ルーザーとの殺し合いに望む。
だが。
「強いな……! だが、それでも足りない!!」
強化三倍を使ってもなお、ルーザーを殺すには至らない。
剣を弾いた。だが、鎧に弾かれる。
今度は力を込めて鎧を裂いた。だが、肉には届かない。
何十という打ち合いのあと、突然、ルーザーが距離を取った。
気づけば川はもう目の前だった。
すでに水位は下がり、川とは呼べないものだが、ヴォルターならいくらでも水位を増せるはず。
追撃はここまでだ。
「決着はまた今度といこう」
「……そうだな。そのときはレクトルの下にいるルーザーではなく、誇り高い黒騎士団の騎士と戦いたいもんだ」
「期待せずに待っていてくれ」
そう言ってルーザーは背を向けて川を渡る。
アークレイム軍を攻撃している間に、マグドリア軍の多くも川を渡ったようだ。
今回も向こうに軍配が上がったか。見事に抑えられた。
「本当に何者だ……?」
強化三倍状態の俺とまともにやりあう人間がいるとは思いたくない。
もう、それは人間の域を超えている。
まぁ、今は考えるだけ無駄か。
「ユウヤ! 無事か!?」
レイナが馬を寄せてくる。
その顔には多少のゆとりがある。
山を越えたから余裕が出てきたんだろう。
いいことだ。
「なんとかな……それで悪いんだけど」
「うん? どうした?」
「眠い……あとは頼む」
「はっ!? ちょっ! おい!? 大丈夫か!? おい!!」
そう言って、俺はレイナに体を預けて深い眠りへと入った。