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使徒戦記  作者: タンバ
第三章 マグドリア編
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閑話 切り札




 ユウヤの強化によって、神威を強化されたレイナは、津波を一気に押し返し始めた。

 その状況にヴォルターは豪快な笑みを浮かべて応える。


「はっはっはっ! 楽しいな! 追いつめたと思っても、何度でも立ち向かってくる」

「ヴォルター様。笑っている場合ではないかと。この攻撃が失敗すれば、マグドリアから何を言われるか」

「わかっている。俺の槍を持ってこい。前に出る」


 副官が心得たとばかりに三つ又の槍をヴォルターに手渡す。

 その槍を軽く振って、感覚を確かめると、ヴォルターは川のほうから水を呼び込む。


 そしてその水は円盤の形になり、宙へと浮かんでいた。

 ヴォルターはそれに乗ると、副官に最期の指示を出す。


「指揮は任せた。俺はあの小娘と決着をつけにいってくる」

「はっ! お気をつけて」

「それと万が一のときに備えて……」

「心得ております」

「よろしい。あと、兵の損失は最小限にな。このような異国の地で、俺の兵が死ぬ道理はないからな」


 そう言ってヴォルターは水を要塞のほうへと進ませる。

 普段ならば矢が雨のように降ってくるだろうが、今のナルヴァ要塞は津波に目を奪われ、それどころではなかった。


 そのため、ヴォルターは何の障害もなく要塞のすぐ近くまで来ることができた。


 そして津波と対する二人を認めた。

 レイナとユウヤだ。


「さすがだな! レイナ・オースティン! 俺の津波を押し返し始めるとは。正直、驚いたぞ!」

「うるせー! あたしもびっくりだよ! 自然の力を借りても、この程度の津波しか起こせないお前にな!」


 レイナの挑発に対して、ヴォルターは笑う。豪快に。


 余裕を見せてはいるが、ヴォルターは持てる全力を津波に注ぎ込んでいる。

 状況的にはヴォルターが有利であり、いかなる使徒であってもこの状況でヴォルターに勝てるはずはない。そう判断しての攻撃だった。


 だが、予想に反してレイナは押し返し始めた。

 ヴォルターは驚愕しており、また自分の打算が崩れたことを理解していた。


 しかし。


「大した力であることは認めよう! だが、いつまで持つ? 周囲から風を集めて、防壁を作っているのだろうが、こっちは水の流れを操作するだけだ。消費する体力はそちらのほうが圧倒的に多いだろうよ」


 このまま鍔迫り合いを続ければ、間違いなく勝てる。

 レイナの力は瞬間的なものだとヴォルターは察していた。


 だからこそ、ヴォルターは油断せずにレイナの動向を注視する。

 瞬間的な力には、状況を打破する勢いがあることを経験で知っているからだ。


「あたしと長期戦しようってのか! 吠え面かくなよ! すぐにこの津波をお前の軍にぶつけてやるよ!」

「威勢はいいが、そこから何ができる? 少し後退させたところで、お前が力尽きればそれで終わりだ」


 冷静な分析を口にしたとき、レイナの力がさらに強まる。

 それに負けじとヴォルターも力を加える。


 ただ、ほぼ全力だったヴォルターと、まだ力を残していたレイナとでは威力に差が出る。

 津波はさらに後退していく。


 だが、要塞から完全に遠ざけるまでには至らない。


 レイナが力尽きたときに、要塞を飲み込める位置にさえあれば、近いも遠いもさほど重要ではなかった。


 既に津波として成立している水は、ヴォルターが操らずとも要塞に未曾有の災害を巻き起こす。

 それがわかっているため、ヴォルターの余裕は崩れない。



「このっ! 調子に乗んな!!」


 レイナはヴォルターの狙いを正確に把握してはいたが、いくら強化を受けていても、津波を効果範囲外に押し戻すほどの力は出せなかった。


 正確にいえば、それだけの力をレイナは持っていた。

 ただ、これまでの戦いで味方の援護のために神威を使っており、体力を消費しているせいで万全の力を出せていないのだ。

 ユウヤの強化を受けていても、せいぜい万全の状態に少しだけ力がプラスされた程度であり、ヴォルターを圧倒することはできていなかった。


 それもヴォルターの計算の内であり、レイナが疲弊しているのを見越して大技に持ち込んでいるのである。


 それがわかっているため、レイナは無性に悔しかった。


「くっそ! あとちょっとなのに……!」

「急げ……このままじゃレイナのほうが力尽きるぞ……」


 レイナの背中に手を置いているユウヤは、苦し気に呟く。

 実際、強化を施しているユウヤも万全ではなく、レイナ以上に疲弊していた。


 このまま続けば、一番最初に力尽きるのはユウヤであり、それはユウヤ自身が一番よくわかっていた。

 だが、わかっていても体は言うことを聞かず、力は湧いてこなかった。


「わかってる! 待ってろ! 今、あいつの吠え面を拝ましてやるぜ!!」


 レイナはありったけの力を込めて、津波を押し返す。

 その勢いは先ほどの比ではなく、ヴォルターの予想を超えるものだった。


 津波は大きく後退し、完全に効果範囲外まで押し戻される。

 力負けを喫したヴォルターは、水の上で膝をつく。


「くっ! やられたか……ふ、ふっはっはっは! 気に入ったぞ! レイナ・オースティン!!」

「粋がってんじゃねぇ……お前の負けだ……」

「ああ、一対一なら俺の負けだ。それは認めよう。だが……これは戦争だ」


 その瞬間、津波が再度、要塞へと進行を始めた。


「なにっ!?」

「水の魔法を得意とする魔動師を集めた特殊部隊を編成していてな。津波を作り出すことは無理だが、もともとある津波をコントロールするくらいはできる」

「このっ!」

「そして……この槍、トライデントは古代遺跡から発掘された魔道具だ。水の魔法の威力を上昇させるもので……都合のいいことに俺の神威にも効果がある」


 言った瞬間、巨大な津波が二つに割れる。

 一つは先ほどと同じように川側の城壁に迫り、もう一方は大きく迂回して、アークレイム軍方面の城壁から迫ってくる。


 ヴォルターが消耗した体力をトライデントの力で補い、津波を二つに割ったのだ。

 とっさにレイナが二つの城壁前に風の防壁を作るが、最大出力で押し返した後のため、津波の進行を止めることができない。


「ちくしょう!!」

「覚えておけ……切り札は最後まで取っておくもんだ」


 その言葉と共に、ヴォルターはトライデントを高く掲げ、鋭く振り下ろす。

 津波の勢いは、それによってさらに増す。


 だが、要塞に近づくことはなかった。


「良い言葉だ。しかし、そっくりそのままお返しするぞ。ヴォルター・バルリング。こちらの切り札は……私だ!」


 要塞の上空をまるで道があるかのように駆けながら、颯爽と薔薇色の髪の使徒は登場したのだった。





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