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使徒戦記  作者: タンバ
第三章 マグドリア編
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閑話 救援準備

 エルトは走っていた。

 その走りは鬼気迫るものがあり、強行軍に慣れたロードハイムの騎士たちすらついていけず、脱落者を出すほどだった。


 だが、その脱落者に対して、エルトは一切の注意を払わずに前だけを見ていた。


 レイナとユウヤに連絡を取ったあと、エルトはすぐさまブライトフェルン侯爵の下へ向かい、迷わず転移することを選んだ。


 そしてユウヤとアリシアと同じように五日間の転移旅行のあと、近くの砦に立ち寄り、馬を補充したあと、こうして走っていた。

 転移酔いに悩まされつつも、疲労を無視した強行軍により、エルトは早くて一日半、普通ならば二日の距離を一日で駆け抜けることに成功したのだ。


 ただし、その事実をユウヤとレイナは知らない。

 伝える方法がないからだ。


 手鏡はあくまで、それぞれの使徒が本拠地の漆黒の姿見を経由して機能する魔道具だ。

 エルトの手鏡が経由するのはロードハイム公爵領の漆黒の姿見であり、それと距離が離れすぎた場合は機能しない。


 ゆえにエルトの行動はユウヤたちには伝わらず、ユウヤたちの行動もエルトには伝わっていなかった。


 だが、どちらも互いを疑ってはいなかった。


「エルトリーシャ様。城が見えました!」

「わかってる!」


 現在の日にちは十一月の二日。

 エルトはユウヤの予想よりも一日早く、後方で待機している軍と合流するところまで来ていた。


「クリス。笛を吹け」

「えっ!? ふ、笛を吹くのですか? ここで!?」

「手っ取り早く私が来たことがわかる。一番の連絡方法だろ?」


 エルトは事もなげに言うが、クリスは微妙な表情を浮かべる。

 笛を吹くことが嫌なのではなく、笛を吹いたあとの混乱が火を見るよりも明らかなため、嫌なのだ。


「僕は後方で待機を命じられている兵士たちに、混乱を与えるべきではないと思いますが……」

「いいからやれ」

「はぁ……わかりました」


 エルトに押し切られる形で、クリスはロードハイムの象徴ともいえる角笛を手に取る。

 そして力強く息を吹き込む。


 すると流麗にして、澄み切った音が辺りに響く。

 それを二度、三度と吹くと、すぐそばまで来ている城の中が一気に慌ただしくなった。


「まさか味方に驚かされるとは、思っても見なかったでしょうね。彼らも」

「私が来ることは、おそらく将軍クラスにしか知られていないだろうしな。さて、どれくらい兵力が残っているか。それによって、やれることが変わってくるからな」


 そんなことを口にしながら、エルトは大きな音を立てて開かれる城門に向けて、馬をさらに走らせた。




●●●




 突然の角笛に後方の城に詰めていた二万の将兵は度肝を抜かれた。

 なにせ、まったく警戒していないほうからの角笛だ。


 しかし、その角笛の音色は、多くの兵士にとって聞き覚えのあるものだった。

 エルトは数年前まではレイナと共に国境守備についていた。

 少し古参の兵ならば、エルトの角笛を聞いたことがあるのだ。


「ロードハイム公爵が来てくれた!」

「薔薇姫様が援軍に駆けつけてくれたぞ!!」


 開け放たれた城門から入ってくるエルトとロードハイムの騎士たちは、大歓声に迎え入れられた。


 待機の命令によって、不安の中にあった兵士たちにとって、使徒の到着は何にも勝る吉報だったのだ。


 そんな兵士たちの間を縫うようにして、城を預かるライマンがエルトの前に出た。


「お待ちしておりました。ロードハイム公爵」

「久しいな。ライマン。さっそくだが、時間がない。出陣の準備を始めろ」

「はっ!」


 ライマンはすぐに側近たちに指示を出し、そこからさらに指示が兵士たちに広まる。

 浮かれていた兵士たちは、すぐさま戦の準備に取り掛かった。


 エルトは馬と騎士たちをクリスに託すと、ライマンと共に城の上階へと歩いていく。


「状況は?」

「レイナ様率いる二万がナルヴァ要塞に籠っております。攻めるのはアークレイムとマグドリアの連合軍、約五万。アークレイム軍の指揮官は使徒ヴォルター。マグドリア軍の指揮官は使徒レクトル。前後からの挟撃に加えて、水を操るヴォルターの神威により、川が敵に利する形となっています」

「なるほど。ただ待機していたわけじゃないか」

「……命令さえなければ、すぐにでも援軍に向かいたかったのですが……」

「よく耐えた。おかげで私が使える兵が残っている。後方に残された兵の数は?」


 歩きながら状況説明を受けるエルトは、肝心なことを質問する。

 ライマンもそれを予期していたのか、すぐに答えた。


「ここともう一つの城に約四万の兵がいます」

「城に五千ずつ残すとして、三万か。悪くない」

「ですが、ナルヴァ要塞との間にある城に、マグドリア軍一万が駐留しております。こちらへの備えでしょう」


 一万程度では牽制にしかならないが、その牽制によって稼がれる時間は大きくマグドリアとアークレイムに利する。


 一万とはいえ、城に籠られれば落とすのに時間がかかる。

 そうこうしている内に、ナルヴァ要塞が落ちればそれどころではなくなってしまう。


 エルトは厄介そうに顔をしかめた。


「性格の悪い手を打つものだな。効果的だが、兵を平然と切り捨てている」


 捨て駒という言葉を連想して、エルトはさらに顔をしかめる。

 将である以上、致し方ないとわかっていても、自分の兵を切り捨てる者は好きにはなれなかったのだ。


「使徒レクトル……相変わらず気に食わん奴だ」

「ですが、有能でもあります。レイナ様が敷いていた索敵網を潜り抜け、裏に回ってきたのですから」

「わかっている。気に食わん奴ではあるが、使徒ということだな」


 ライマンは頷きながら、城の最上階に位置する自分の部屋の扉を開ける。

 すると、そこには一人の少女が書類を整理していた。


「ほう、久しいな。アリシア・ブライトフェルン。アルシオンで会って以来か?」

「覚えていていただき光栄です。ロードハイム公爵」


 アリシアは椅子から立ち上がると、貴族の令嬢らしく優雅な礼を見せる。

 エルトはそんなアリシアの仕草に苦笑する。


「ここが宮廷なら相応の礼を返すところだが、ここは戦場なので礼は省かせてもらう。一応言っておくが、できないわけじゃないぞ?」


 どうでもいいことを付け加えながら、エルトは椅子に腰をかけて深く息を吐く。

 ここまでの強行軍に加え、転移による酔いでエルトも疲弊していた。


 兵や騎士の前では見せなかったが、エルトもギリギリだったのだ。


「お水です。転移したあとは辛いですよね」

「同じ経験をした者がいると助かるな……」


 アリシアが気を使って、エルトに水を差し出す。

 エルトはそれを一息で飲み干すと、ホッと息を吐いた。


「……使える兵の数は三万。そして敵の一万が邪魔になる。足止めをされるわけにはいかない」

「そうですな」

「そこで相談なんだが、ライマン。一万を率いて敵の城を包囲しろ。その間に私は二万を率いてレイナたちの救援に向かう」

「……」


 エルトの要求にライマンは閉口してしまう。

 一万で城を包囲することに否はない。


 問題は二万の兵で救援しにいったとして、戦力が足りるかどうかという点だった。


「お力を疑うつもりはありません。ですが、率いる兵はあなたの騎士ではない。敵軍は総勢五万。要塞内の味方は二万いますが、おそらく大部分はもう戦えないでしょう。それを考えれば二万での救援は難しいのでは?」

「もっとも意見だ。さて、アリシア。お前はどう思う?」


 エルトは、空いたコップに水をつぎ足したアリシアに話題を振る。

 振られた側のアリシアは、目を微かに見開くが、すぐに答えを口にした。


「戦を知らない女の意見ですが……十分に可能性があると思います。敵の目的はおそらく使徒レイナの命です。公爵が援軍に駆けつければ、それはとても難しくなります。そうなれば敵は撤退するのではないかと思います」

「よろしい。ブライトフェルン侯爵に聞いていたとおり、聡明だ。ユウヤの補佐にはもったいない」


 満足そうに頷きながらエルトは水を飲みほした。

 そして椅子から立ち上がると、執務机の上に広げられた地図に目を向ける。


「大事なのは速度だ。ナルヴァ要塞が健在の内に助けにいく必要がある。これまで後方軍が動かなかったのは、私を待っていたからだが、それくらい敵も察しがついているだろう。動けばまず間違いなく気づかれる。だから気づかれる前に接近する」

「というと? 何か策がおありで?」

「私は一辺倒な戦い方しかできない将だ。いつもどおり強行軍で接近し、勢いのままに敵を蹴散らす。準備ができ次第、ライマンは歩兵を率いて先行。敵の城を包囲しろ。その間に私が二万を率いて進軍する」

「はぁ……成長されたかと思いましたが、相変わらずですな」


 ライマンは呆れたように呟くが、恭しく礼をして部屋を後にする。

 エルトは思い出したかのようにアリシアを見る。


「そういえば、ブライトフェルン侯爵から伝言があった」

「祖父が? なんといっていましたか?」

「危ないことはするな、と。確かに伝えたぞ」

「はい、ありがとうございます」

「さて、伝えたところで質問だが……ついてくるか?」


 悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべて、エルトは訊ねる。

 まさか伝言の直後にそんな質問が来るとは思っていなかったアリシアは、絶句してしまう。


「伝言を伝えると約束したが、危ないことをさせないとは約束していない。優秀な人間がいると助かる。特に私は前に出るからな。副官のクリスを手伝ってくれる人間がいると大助かりだ」

「……公爵は……自由な方だと言われませんか?」

「まぁ似たようなことはよく言われるな。だからこそ、国境の守備ではなく国の中央に置かれている。王も私が国境にいるといつ戦争を始めるかわからないから、嫌なんだろう」

「は、はぁ……なんとなく国王陛下のお気持ちがわかります。それとお返事ですが……喜んでお供させていただきます。もう待つのは飽きてしまいましたから」


 アリシアの強い瞳にエルトは笑みを浮かべる。

 そこにユウヤと似たような強さを感じたからだ。


「さすがはユウヤの親戚だ。そう来なくては。さぁ、さっそく手伝ってくれ。出陣の準備を急がねば。ユウヤに文句を言われてしまうからな」


 そう言ってエルトはアリシアを引き連れて部屋の外へと出て行った。


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