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使徒戦記  作者: タンバ
第三章 マグドリア編
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第三十四話 強敵



 敵わない相手とは戦わない。

 それが戦いにおける鉄則だ。


 けど、今はそうも言っていられない。


「どうした! その程度かっ!」


 鋭い踏み込みから、さらに鋭い突きが来る。

 それを弾き、後ろに下がりながら体勢を立て直す。


 ルーザーとの戦力比較は、力は互角。技術は向こうが上。

 そして状況は向こうに有利。


 平時なら逃げている展開だ。


 城壁を上ってくる敵兵は着々と増えている。

 単純に数の差だ。


 レイナは敵兵をかなり減らしたが、それは向こうも同じこと。

 最初に俺が連れて来た者たちの半数は、もう戦える状態じゃない。


 戦力差は変わらず、指揮官の指揮能力にも差はない。

 現状を打破する力を持つのは俺だけだけど、その俺が見事にルーザーに抑え込まれている。


 どうにかここで押し返さないと突破される。

 そしたら砦はおしまいだ。


「周りを気にしていては勝てないぞ!」


 ルーザーの指摘は的を得ている。

 俺とルーザーは城壁の中央で戦っており、そこは無数の兵士による乱戦となっている。


 そのため、周囲に気を配る必要があるのだが、その隙をルーザーにつかれているわけだ。


 ルーザーも状況は一緒なのだけど、勢いがあるのが向こう側なので、その点はあまり気にしていない。

 なにより、ルーザーは何も背負っていない。


 勝たせようとか、味方を助けようとか、そういうことを一切排除している気がする。


 一人の戦士としてここに立っており、だからこそ俺は押されている。


 こんなスタンドプレイヤー相手に、チームプレイを優先せざるをえない状況とか、本当に逃げたい。

 なにもかもレイナに押し付けて。


 ……。

 いや、それはそれで死亡フラグか。


「ちっ……! 面倒な!」


 すでに強化は使っている。

 残る手は三倍まで引き上げるという手だが、それをやると明日はまず動けない。


 全体を考えると使えない手だ。

 使える範囲の手で勝てる手段を模索するしかない。


 俺はルーザーのように一人の戦士にはなれないのだ。


「前回ほどのキレがないな。疲労が溜まっているようだ」

「おかげさまでな。毎晩毎晩、鬱陶しいんだよ」


 大剣を弾きながら文句を浴びせる。

 まだ喋る余裕はあるが、そのうちなくなる。

 そうなる前に勝負を急がなきゃいけない。


「お前の相手をしている暇はないんだ。帰ってくれ!」

「そう言われて帰る兵士がいるかな?」


 上段からの振り下ろし。

 剣を交差することで受け止める。


 両腕にしびれが走る。

 おそらく狂化が掛けられる。それにしても馬鹿力すぎる。

 なんなんだ、こいつは。


「このっ!」


 がら空きの腹に蹴りを見舞い、距離を取る。

 鎧の上からだが、強化を使用しての蹴りだ。

 普通なら効くはずだが。


「まだまだだな。ヘムズ平原での君はその程度ではなかったぞ!」

「タフすぎだろ!?」


 平然とこちらに向かってくる。

 黒い鎧が特別製なのか、それともあいつの体が特別製なのか。


 どっちにしろ耐久力が半端じゃない。

 打撃じゃまず効果はない。


 最初の戦いのときのことを思い出せば、浅い斬撃も意味はない。レッドベリルを掴む奴だからな。

 痛みに鈍感というよりは、痛みがないと思うべきか。


 狂化の効果だとすれば厄介すぎる。

 極端な話をすれば、死ぬまで戦えるということだ。


 狂戦士のときも厄介だと感じたが、このレベルの戦士が不死身のようなタフネスを持っているのはチートにしか思えない。


 チーターにどうやって勝つべきか。

 こっちもチートを使うか、チートの効果がない状況に追い込むしかない。


 前者はすでに使用している。

 これからやるべきは後者だ。


「できればこんなところで使いたくないんだけどな」


 言いながら、俺はレッドベリルを鞘にしまい、長剣を両手で構える。


「二刀流をやめた……? 慣れたやり方なら勝てるとでも?」

「それはお愉しみだ」


 俺の母は剣士だった。

 その母に鍛えられてきたが、基礎を除けば教えられた技は三つだけ。

 どれも一対一で使う技で、多数が入り乱れる戦場では使いづらい技だ。


 けど、そうも言ってはいられない。


「これで決めさせてもらうぞ……ルーザー!」

「来い!」


 数歩の距離。

 それを全力で詰める。


 そのまま真っすぐ突きを出す。

 なんの芸もない。だが、威力と速度は申し分ない。


「それが策だというなら甘い!」


 ルーザーは巧みに大剣を操り、突きの軌道を逸らす。

 俺の目論見どおりに。


 全力の突きに対してできることは少ない。

 後ろに下がることは難しく、横に動くのもこちらに速くなきゃ有効ではない。


 だからルーザーは剣を逸らすと思った。

 達人級の腕を持っているからこそできる技だが、だからこそ読めた。


 逸らされた長剣を手放し、俺はルーザーの腕に組みつく。

 そのまま両足を跳ね上げ、首に巻き付ける。


 そして、体重を上手く使って、ルーザーを倒す。

 ちょうど、前転するようにルーザーは倒れ、仰向けになる。


「厄介な技……!」

「そりゃあどうも」


 俺の位置はルーザーの上。

 マウントポジションを取っている。

 手には技の途中で抜いたレッドベリルがある。


「木の葉崩し。それが技名だ。あの世でラインハルトに自慢しろ」


 足で両腕を押さえている。

 もはや反撃は不可能だ。


 本来なら短剣で行う技だが、レッドべリルが小柄な剣だからこそ可能だった。

 さすがに心臓を突き刺されば死ぬだろ。


「死ね!」


 そう願いながら、俺はレッドベリルでルーザーの胸を突き刺す。

 レッドベリルは黒い鎧を見事に貫き、心臓を突き刺す。

 はずだった。


「しつこいぞ!」


 だが、ルーザーは片手の押さえを解いて、レッドベリルをぎりぎりで止めた。

 体に傷はついているだろうが、心臓までは達していない。


「君には負けない。そのために私はここにいる。マグドリア黒騎士団を舐めるな!!」


 ルーザーはレッドベリルごと、俺は投げ飛ばした。

 こいつは理不尽すぎる。狂戦士のくせに一流の技術を持ち、騎士としての矜持まで持っている。


 どれも狂戦士が失うものだ。


「ちくしょう……」


 完全に奇襲したはずなのに、止めをさせなかった。

 もう奇策は通じない。


 しかも息切れひとつしていない。

 化け物すぎるだろ。

 まだ使徒のほうが大人しいんじゃないか。


「私はルーザー……。君に勝ち、この名を返上するために死地から舞い戻った者だ……。小細工程度で倒せると思わないでもらおうか!」

「くそっ!」


 弾丸のような勢いで突撃してくるルーザーをなんとか受け止めるが、状況はさっきより悪い。

 手数でどうにかルーザーの技量に対抗していたのに、その一つを捨ててしまった。


 これじゃいずれ負ける。

 わかっていても、ここじゃ退けない。


「まったく……強化」


 最後の手段である三倍をしようとしたとき。

 ルーザーの足に短剣が突き刺さった。


「なにっ!?」


 俺にばかり意識を向けていたルーザーは、それでバランスを崩す

 そして、短剣は続々とルーザーに突き刺さる。


「くっ! 邪魔をするな!」

「戦場で何言ってやがる? 隙を晒すほうが悪いんだよ!」


 指揮に徹していたレイナがいつの間にか、城壁の上にいた。

 そしてルーザーはレイナの風によって、城壁の外へ吹き飛ばされた。


 あれで死んでくれると嬉しいが、あれだけタフな男だ。死んではいないだろう。


 だが、ほかの兵士たちは違う。

 城壁の上にレイナが来た以上、城壁の上全体がレイナの間合いだ。


 ルーザーを突き刺した短剣が高速で城壁を駆け回った。

 その数は十。

 一駆けで十人の首に致命傷ができるということだ。


 すぐに城壁の上の敵兵はすべて沈黙した。

 当たり前だ。後ろから迫る短剣を、敵と戦いながら避けるなんて無理すぎる。


「回復に専念してたんじゃないのか?」

「もう十分回復した。それに時間も稼げたしな」

「時間?」


 言いながらレイナは空を指さす。

 気づけば月が隠れ、辺りは相当暗くなっていた。


 そして遠くで聞こえていた音もなくなっている。

 つまり、ここ以外での戦闘が終わったということだ。


 月明りがなければ同士討ちの可能性もあるし、そもそもアークレイム軍の指揮官であるヴぉルターはここにいる。


 持ち場を離れる以上、ヴォルターは側近たちに指示を出してきたのだろう。

 おそらく月が隠れたら撤退しろという指示だ。


 アークレイム軍は一万、マグドリア軍は二万。

 混成軍で、しかも指揮官不在の中、夜間の乱戦は難しい。

 だから音が止んだのだ。


「ヴォルター! 退け。あんたの負けだ」

「まったく……時間に負けるとはな。まぁいい。今日は負けにしといてやる。だが、今日が最後だ」

「言ってろ。戦のあとに吠え面を拝んでやるよ」

「俺も戦のあとのお前の顔が楽しみだ」


 豪快な笑みを浮かべながら、ヴォルターは大声で撤退を告げた。

 追撃のチャンスではあるが、そんな余力はこちらにはない。


 勝ったなんて言えない。

 ギリギリだった。

 それはここ以外の城壁も同じだろう。


 この奇襲が失敗した以上、敵は明日から総攻撃を仕掛けてくる。

 奇策が駄目なら正攻法で来るからだ。


 そうなると負担は増える。


「明日を耐え抜くことはできる。けど、明後日はどうだか微妙だな」

「頑張ろう。きっともう近くにいる」

「なんでわかるんだ?」

「勘さ。俺の勘は当たるんだ」

「外れたら?」

「何でも言うことを聞いてやるよ」

「その言葉を忘れるなよ?」


 そんな軽口をレイナと繰り広げる。

 勘が外れたときは死ぬときだと知りながら。


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