第三十三話 神威合戦
空から風の刃が降ってきて、敵に降り注ぐ。
こんなことができるのは一人だけ、レイナだ。
敵兵は完全に油断していたのか、空からの攻撃に悲鳴をあげて逃げ惑う。
こっちと違って、盾にできるものがないし、向こうのほうが悲惨そうだ。
だが、ヴォルターも負けじと水の弾丸を撃ち返し始めた。
水と風。本来、そこまで攻撃力を持たないモノが空中でぶつかり合い、激しい破裂音を響かせる。
どちらも銃弾以上の威力を持つ。
つまり、川側の城壁は両軍にとって超危険地帯と化したのだ。
「神威の打ち合いとか勘弁してくれ……!!」
頭を屈め、決して体を出さないようにしながら城壁の端へ移動する。
そこにはアークレイム軍方面から来たと思われる騎士たちが千人ほどいた。
レイナが率いて来た者たちだろう。
どうやら、レイナが単独で動いたわけじゃなさそうだ。
ありがたいことだ。
これで四倍の敵ではなく、二倍の敵を相手にするだけで済む。
それでも厳しいけど。
「ご無事ですか! 公子」
「今はまだ五体満足だ。今はまだな」
水の弾丸が思いっきり城壁の表面を削り、破片が俺のほうへ飛んでくる。
こんな状況が続けば、運も長くは持たない。
流れ弾で死んでしまうだろう。
「レイナが来たのか?」
「はい。今は上空におられます」
「空にいれば、敵の反撃も届かないか……どうりでこっち側を狙う水が多いわけだ」
ヴォルターはレイナが空にいることを察して、風の刃を打ち落としつつ、こっちに攻撃を仕掛けてきている。
妥当な判断だ。
俺には迷惑な話だが。
「敵の数が多い。レイナの攻撃があるうちに、こっちも反撃に出るぞ。城壁に登らず、後方から弓を斉射しろ。とにかく数を撃て」
「ですが、それでは命中率が」
「気にしなくていい。とにかく撃ち続けろ」
援軍の一千に指示を出すと、俺はまた城壁の中央部へと戻る。
そこには俺が連れて来た騎士たちが、腹這いで水の弾丸をやり過ごしていた。
「公子……この状況、どうすれば……」
「弓矢の斉射が行われる。それに合わせて両端へ移動しろ」
「わかりました」
城壁の両端には物見用の塔がある。
伏せていることしかできない中央よりは安全のはずだ。
中央ががら空きになってしまうが、敵もレイナの攻撃で進撃の足を止めている。
今は逃げるほうが先決だ。
この神威合戦は長く続かない。
神威の使用は体力を消耗するし、お互いに決め手に欠ける。
レイナかヴォルター。どっちかが動いたとき、俺たちも動くことになるだろう。
少しして、弓矢の斉射が始まった。
ヴォルターは水の弾丸でその大半を撃ち落とすが、攻撃の手が止む。
その隙を逃さず、騎士たちが両端へと走っていく。
俺は右端に向かって走るが、ヴォルターの水の弾丸が迫ってくる。
させじとレイナの風の刃が迎撃してくれるが、二発がそれを掻い潜り、俺へ迫る。
「武器強化三十倍!!」
レッドベリルを強化して、その二発を撃ち落とす。
ビリビリと腕がしびれる。
この感じからすると、普通の剣じゃ間違いなく折れるな。
極力、迎撃にはレッドベリルを使うべきか。
そんな判断を下しつつ、滑り込むように物見の塔へ避難する。
「怪我人を下へ! 無事な者は矢を撃ち返せ! なるべく体を出すなよ!」
物見の塔はより丈夫に作られているため、いくらヴォルターの攻撃が強力だろうと貫通することはないはずだ。
ただ、何発も連続して食らえばいずれ貫通、もしくは崩壊しかねない。
それまでにこの状況が改善されないと拙い。
頼みの綱はレイナだが、今も変わらず空から無数の風の刃を降らせている。
「まさか、ここで決着をつける気か……?」
レイナがその気なら危険だ。
確かにヴォルターが姿を現したのは好機だが、こちらの倍の兵が奴の周りにはいる。
レイナは風というどこにでもある物を操れるため、どの状況でも万全に近い能力を引き出せるが、今のヴォルターには同様の利点がある。
水の近くでヴォルターと持久戦をやるのは好ましくない。
そんなことがわからないレイナじゃないだろうけど。
『おい、ユウヤ! 聞こえるか!?』
「幽霊の友人はいないはずなんだけどなぁ」
いきなり聞こえてきたレイナの声に対して、ボケて返すと、風の刃がブーメランのように俺のスレスレを通って、敵のほうへ向かっていく。
『き・こ・え・る・か?』
「はい……聞こえます……」
戦場でボケるのはやめよう。とくにレイナの前では。
場を和ます前に殺される。
『よし、風で声を送ってる。とりあえず、ユウヤにしか聞こえないけど気にすんな』
「周りの騎士から不審そうに見られているんだが?」
『気にすんな。それで、どうやって敵の側面攻撃を知ったんだ?』
「勘だ。確証はなかったけど、正面に注意を引き付けている以上、側面の可能性が高いかなって」
『それでよくわかったな。あたしだって、敵の伝令の動きでようやくわかったってのに……』
むしろ、遠く離れた敵陣の伝令の動きでよくわかったもんだ。
指揮官であるヴォルターが横にいる以上、伝令が横にいくことになる。
たしかに不自然ではあるが、そこに気づくのも楽じゃないし、そこから側面攻撃の可能性に行きあたるのも楽じゃない。
まだ勘のほうがわかりやすい。
「おかげで、神威合戦に巻き込まれてえらい目にあってるけどな」
『助けてやったんだ。感謝しろよ。ま、そのせいで膠着状態だけどな』
「なんとかしてくれ。このままじゃ消耗戦だ」
というか、使徒による敵兵狩りだ。
どうにか軍同士の戦いに戻して、指揮に徹しさせないとまずい。
それはそれでこっちが不利なんだけど、今の状態は守りや高所の有利さが皆無だ。
軍同士の戦いに戻れば、少なからずその点を生かせる。
『あたしもそうしたいんだけどな……。浮いてるのも楽じゃねぇし。けど、ヴォルターの野郎が手を休めねぇんだよ』
「そこをどうにかしてくれ。まだレクトルもいる。こっちに時間をかけすぎると、マグドリア軍方面の城壁が押し込まれる」
『それは良くない展開だな。んじゃ、あたしがデカいのを放つ。そのあと、すぐに降下して防衛戦だ。素早く城壁の中央へ戻れよ? 敵が雪崩れこんでくるぞ』
「了解だ」
返事をすると、風の刃が止む。
それに気づいたのか、ヴォルターも水の弾丸を撃つのを止めた。
一瞬の静寂。
しかし、すぐに異変が起きる。
空気が上空に巻き上げられていくのだ。
「周辺の風を集めてるのか……!」
レイナの意図はわかった。
これを一気に放つ気だろう。
けど、向こうだって意図には気づくはずだ。
「はっはっはっ!! これだから使徒との戦いはやめられん!」
ヴォルターが前に出てくる。
兵士を守る気らしい。
川の水がヴォルターの上空に集まっていく。
やがてヴォルターの上に、巨大な水球が出来上がる。
その中では、水が急速に回転しているようだった。
上を見れば、レイナの風が鋭い矢へと変わっていた。
レイナが弓を引く動作をすると、風の動きが一瞬だけ止んだ。
「大気の(テンペスト)」
「冷海の(アクア)」
ヴォルターの集めた水の回転がさらに速まった。
互いに集めた水と風を解き放つ用意に入った。
ヴォルターは兵士を守るために、剣で剣を受けることを選んだらしい。
おそらく被害は甚大。
その余波だけでも。
「身を隠せ!!」
声を張り上げながら、俺は目だけでその瞬間を追う。
「弩砲!」
「大渦!」
互いの大技が勢いよく飛び出し、空中でぶつかり合う。
激しいぶつかりあいは、台風の中に迷い込んだかのように錯覚させるほど、風と水を撒き散らした。
意地と意地とのぶつかりあいは、十数秒ほど続く。
その間、両軍の兵士で動くことができた者はだれ一人いない。
自然の脅威を操れる使徒だけの時間だった。
しかし、それにも終わりは来る。
激しい衝撃波のあと、風と水の脅威ははじけ飛んだ。
そしてようやく人の戦いへと戻ることとなる。
「防衛準備! 登ってくる敵を撃ち落とせ!」
指示を出しながら俺は城壁の中央へと向かう。
敵の奇襲部隊も我先にと梯子をもって、城壁に取りつこうとしている。
その先頭。
覚えのある黒い鎧が見えた。
「さすがに来ているか」
マグドリア側の部隊を率いていたのはルーザーだ。
そして、一気にこっちを突き崩しに来た。
ならば、俺が止めるしかないだろう。
「ルーザー! 俺はここにいるぞ!」
「挑発か……面白い!」
ルーザーは梯子を素早く登り、防衛の準備ができていなかった騎士を切り捨てる。
右側に俺がいたため、左側は反応が遅かった。
それにしても、早すぎだ。
俺が引き付けなきゃ、城壁の半分が占拠されかねない。
左右の剣を抜き、俺は駆け出す。
それに応じて、ルーザーも向かってくる。
城壁の上で、俺とルーザーの戦いが始まった。