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使徒戦記  作者: タンバ
第三章 マグドリア編
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第二十九話 アークレイムの使徒





 二十七日の朝。 

 

 ナルヴァ要塞の前後に二つの軍が現れた。

 後方は十字をかみ砕く狼の旗。


 俺への敵愾心しか感じられない旗を掲げるのはレクトル・スペンサー率いる二万。


 前方にはマグドリアの軍旗と共に槍を持った巨人の描かれた旗が現れた。

 率いるのはアークレイムの使徒にして、アークレイムの海軍を統べる男。


 ヴォルター・バルリング。


「ヴォルターはめったにレグルスとアルシオンの国境には現れない使徒だ。ここ数年だと一回だけディアナと戦ってるが、ディアナの策を察知して、早々に撤退しやがった。アルシオンのウェリウスとは何度か戦ってるはずだが、決着はついてねぇ」

「臆病者と取るか、引き時を見誤らないと取るか。どっちだと思う?」

「そんなの後者に決まってんだろ? 臆病者がディアナやウェリウスと戦うわけがねぇ。あいつが動かねぇのは、ラディウスとの戦線があるから、レグルスとアルシオンの国境を〝維持〟するのが仕事だからだ。アークレイムの国家戦略ってところだな。けど、それが変わった」


 要塞内で最も高い城の最上階から、ヴォルター率いるアークレイム・マグドリア連合軍を見る。

 数は三万。

 中央にはアークレイム軍。

 左右をマグドリア軍が固めている。


「戦い方の情報は?」

「アルシオンとの戦で、窪地に誘い込んで津波を起こしたことがあるらしい。最も、察知したウェリウスが早々に撤退したから、そこにデカい水たまりができただけらしいけどな」

「水たまりって……そういうレベルの話じゃないだろ」


 なんとも面倒な話だ。

 自然現象に関連する使徒というのは、破壊力に秀でる。なにせ単体で災害みたいなモノだからだ。


 本来なら大技に出た瞬間、ウェリウス大将軍のように撤退するのが一番だけど。

 今は籠城戦。

 逃げる場所はない。


「ま、津波なら押し返すだけだけどな」

「レイナも大概だな……」


 今、室内には俺とレイナしかいない。

 セドリックは万が一に備えて、レクトル側の城壁に向かっている。


 これよりヴォルターに向かって捕虜返還の要請を出すが、それをレクトルなら平気で無視しかねない。


「さて、やるとするか」


 そう言って、レイナは息を吸い込む。

 そしてそこまで大きくはないが、しっかりと通る口調でしゃべり始めた。


「アークレイムの使徒、ヴォルター・バルリングに告げる。あたしの名はレイナ・オースティン。このナルヴァ要塞内には数千の捕虜がいる。戦の前に捕虜を返還する意思がこちらにはある。了承ならば使者をこちらに送れ。一日待つ。使者が来ない場合は、捕虜を見捨てたとみなし、こちらは全て処刑する」


 アークレイム・マグドリア連合軍にどよめきが走る。

 いきなり声が聞こえてきたこともそうだが、その内容が内容だからな。


 数千の捕虜を助けられるなら助けたい。それはとても正常な感情だと思う。

 少し前まで同じ要塞にいた奴らならなおさらだろう。


 ここで彼らからの抗議を受けて、ヴォルターは受けざるをえなくなる。


 そう俺は考えていた。

 だが。


「ああん?」

「おいおい……」


 敵は予想の斜め上をいった。

 敵陣から一騎、白い旗を掲げて走ってくる。


 交戦の意思はないという証であり、この状況からすれば使者ということだろう。


「ヴォルター・バルリング司令官の言葉をそのままお伝えします! 捕虜の返還に応じる! 条件について話し合いがしたいゆえ、我が陣地と要塞の間にて、オースティン公爵とお会いしたい! 時刻は一時間後。護衛は互いに一人ずつ! 以上であります!」


 それだけ言うと、使者は陣地へと帰っていく。

 俺は呆気にとられたまま、その使者を見送った。


 時間を考えれば、周りに相談すらしなかっただろう。

 話を聞いて、ただ受けると言ったとするなら、どれだけ単純なのか。

 いや、豪胆というべきか。


「ちっ……。わかりやすい奴は嫌いじゃねぇけど、この場合は別だ。もうちょっと悩めよ!」

「どうする?」

「あたしとユウヤで行く。ヴォルターを見極めるチャンスだしな」

「二人とも討ち取られる可能性は考えないのか?」

「お前が言ったんだろ? あたしのことを守るって。約束は守れ」

「……いきなり使徒が相手か……」


 自分の安易な発言に気が重くなる。

 

 指揮官には二種類のタイプがいる。

 後方で戦況を操る知将タイプか、前線で武器を振るう猛将タイプか。


 前者は戦略家としての側面を持っており、ディアナやテオドールが当てはまる。

 後者は単純明快、自分の腕でもって局面を打開する戦術家。エルトや俺はこっちのタイプだ。


 レイナはどちらかといえば、前者に近いが、前に出ることもできる。

 一番しっくりくるのは万能型といったところか。


 問題は、ヴォルターはどちらかということだ。

 猛将タイプだと厄介だ。


 下手したら、二人とも討ち取られる。

 もちろん、全力は尽くすけれど。


「優しげな人だといいなぁ」

「そういうタイプが一番怖いんだぞ? ディアナだって怒らせると怖いしな」

「……確かに」


 ナイフを持って部屋を訪ねてきたディアナを思い出し、俺はさらに気落ちする。

 結局、どんな人物であろうと怖いという結論にたどり着いてしまったから。




◇◇◇




 要塞と連合軍陣地の間。

 そこに簡易の天幕が立てられ、二人の使徒が相まみえた。


「レグルス王国のレイナ・オースティンだ」

「相変わらずレグルスの使徒は若いな。時代を感じるぞ。アークレイム帝国のヴォルター・バルリングだ」


 背は高く、三つ又の槍を持っており、体つきはがっしりしている。

 ぼさぼさで長い茶髪、頬には十字の傷が入っている。

 年齢は三十代中盤くらいだろうか。


 容姿は整っているが、受ける印象はワイルドといった感じだ。


 豪快そうな海の男。

 それが俺の第一印象だった。

 

「しかし、本当に要塞から出てくるとはな。暗殺のことを考えなかったのか?」

「あたしを殺せると思うのか?」

「まぁ、やろうと思えば」


 そう言ってヴォルターが槍を見せつける。

 それに対して、レイナは小さくため息を吐いて、用意されていた椅子に乱暴に腰掛ける。


「ここには戯言を聞きに来たんじゃねぇ。捕虜を引き取るっていうならさっさと引き取れ」

「性急なことで。ディアナ・スピアーズとはずいぶんと違うんだな。あの女は冷静だったぞ。冷静に俺の首を取りに来てたけどな」

「安心しろ。あたしもお前の首を取りに行くから。期待は裏切らない」

「そりゃあ素晴らしい。こっちとしてはやる気のない戦で死にたくないんだがな」


 そう言って、ヴォルターはついてきた護衛に槍を預けると自分も椅子に腰かけた。

 レイナは今のヴォルターの言葉が気になったようで、眉を吊り上げる。


「やる気がない? わざわざマグドリアまで来たのにか?」

「それだよ。なんで、俺の兵士をマグドリアの地で死なさなきゃいけない? マグドリアの地はマグドリアが守るべきだと思うんだ。どう思う?」

「それには同意だな。けどな、そう思うならなんで来た?」

「そりゃあ皇帝からの命令だからだな。お前さんの首を取ってこいと言われてるし、手ぶらじゃ帰れないのさ」

「なら、戦は避けられないな。あたしもみすみす自分の首をやる気はない」

「まぁ、そう焦るなよ。俺の妾になるなら命は助けてやるぞ? 皇帝もそれなら満足だろ。ディアナ・スピアーズは容姿がいまいちだったが、お前くらい綺麗な顔なら俺も文句もない」


 一瞬でその場の緊張感が増した。

 レイナもヴォルターも平然としているが、ヴォルターの護衛は腰に差している剣に手が伸びかけている。


 一触即発。

 そんな状況を破ったのは、状況を作り出したヴォルターだった。


「ふっ。妾になる気はなさそうだな」

「まぁな。あたしを物にしたいなら、力を見せてみろ。完膚なきまでに敗北したら気が変わるかもしれないぜ?」

「ほう。生意気な顔だ。その顔を敗北に歪ませるのも悪くない。やる気が出てきたぞ」

「そりゃあ上々だ。やる気がありませんでしたって言い訳されるのもつまらないからな」


 挑発合戦。

 小さなテーブルをはさんで、使徒同士の挑発は続く。

 いつまで経っても本題には入らない。


 まぁ、時間稼ぎが本命な俺たちからすれば好都合なんだが。


「口の悪い奴だ。しつけが必要みたいだな?」

「やってみろ。うちの教育係でもあたしの口の悪さは直せなかったからな。お前程度じゃ無理だ」

「それは楽しみだ。しかし、戦場に出てくる女は気が強いな。こうも気が強いと側近も大変だろ?」


 ヴォルターが俺の方へ視線を向ける。

 その目からは感情が読み取れない。


 何を考えているのか、何が狙いなのか。

 それとも何も狙っていないのか。


 何もわからない。


「そうでもありません。閣下」

「はっはっはっ! 側近のほうが礼儀を弁えてるみたいだな。どうだ? こっちにつけば美女をくれてやるぞ?」


 まさかレイナの前でヘッドハンティングとは。

 こちらの団結を試しているんだろうか。


 使徒の副官がこの程度でぐらつくはずもないとわかっているだろうに。

 そう考えれば、これはただの揺さぶりか。


 ならこっちも揺さぶってやるか。


「美女だけでは裏切れませんね」

「じゃあ、なんなら裏切る?」

「そうですね……アークレイム帝国の皇帝の座ではいかがです?」

「……冗談の上手い奴だ」

「冗談のつもりはなかったのですが……あなたの〝これ〟でどうです? 安い買い物だと思いますが?」


 俺は自分の首を軽く叩く。

 その意味を正確に察したらしく、ヴォルターが笑う。


「訂正しよう。犬は飼い主に似るようだ。顔は覚えた。お前も躾けてやろう」

「ありがたく。して、捕虜の件はどうなさいますか?」


 ヴォルターの目が笑っていないのを感じて、俺は本題を繰り出す。

 挑発で冷静さを無くすのは良策だが、挑発のし過ぎは愚策だ。


 ここで攻撃に出られては色々と破綻する。


「……半日待つ。それまでに全ての作業を終わらせろ」

「怪我人が多いんだ。歩けない者も多い。一日待てよ。それで引き渡しの準備を整える。もちろん、怪我人などいらないって言うなら、こっちで処理するが?」

「まったく……口の減らない小娘だ。いいだろう、一日やる。だから、捕虜は丁重に扱え。引き取りは非武装のマグドリア兵に行わせる。マグドリアの使徒には俺から言っておこう」

「助かるぜ。じゃあ、話は以上だな。あたしは失礼するぜ」


 レイナは立ち上がると、無警戒に背を向ける。

 この場でヴォルターが動くことはないと確信しているんだろう。


「待て。一つ聞きたい」

「なんだよ?」

「この戦、すでに詰んでいる。わからんわけじゃないだろ? なぜ戦う?」

「確かにピンチはピンチだが……まだ詰んじゃいない。だから戦う。これで満足か?」

「大した自信だな。だから要塞に留まったのか。俺なら国境が崩れようと撤退を選ぶがな。その判断ミスを恨むがいい」


 そう言ってヴォルターも笑いながら椅子から立ち上がって、自分の陣地に引き上げていった。


「判断ミスだってよ?」

「それを決めるのは結果だ。予想以上に調子に乗ってるみたいだし、足元をすくってやろう」


 そう言って俺とレイナは要塞へと戻っていった。


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