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使徒戦記  作者: タンバ
第三章 マグドリア編
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第二十六話 急報


 十月二十五日の夜。

 ナルヴァ要塞を落とし、活気に包まれていたオースティンの騎士団に冷や水を掛けるかのように、伝令が届いた。


 早馬に乗ってやってきた伝令が持ってきた情報は、簡単に言えば、ナルヴァ要塞の後方にある二つの城の内、右の城が落ちたというものだ。


 もちろん、落としたのはレグルス軍じゃない。

 レイナがナルヴァ要塞を攻略している間に、レグルス軍はきっちり二つの城を落としている。


 では、どこの軍が落としたのか。

 簡単だ。


 マグドリア軍だ。


「敵は使徒か?」


 レイナの質問に対して、伝令は小さく頷き、おそらくと呟く。


 レイナの部屋に集められたのは俺とセドリックのみだった。

 まだこの情報は広まっていない。


 だが、使徒が動き、城が落ちたとなれば伝えないわけにはいかないだろう。


「前方ではなく、後方から仕掛けてきましたか……」

「一応、想定内だけどな……」


 セドリックもレイナも口調が暗い。

 当たり前だ。


 使徒が出てくることは想定内だ。

 しかし、城が一日と持たずに落ちるとは想定していなかった。


 伝令の話では、このナルヴァ要塞に五千の兵が向かったのを見計らって仕掛けてきたという。

 敵の兵は恐ろしいほどの強さで攻めかけてきて、瞬く間に城壁を突破したという。

 突破される少し前に、将軍は城の放棄を決め、残存兵は残る二つの城へと敗走したそうだ。


 最後まで城に残っていた将軍の生死は不明。

 おそらく生きてはいないだろう。


「敵の使徒はテオドール・エーゼンバッハか?」

「いえ……旗が違いました。見慣れぬ旗で……十字架をかみ砕く狼の絵が描かれた旗でした」

「十字架を砕く?」


 レイナとセドリックが俺を見る。

 伝令だけはその視線の意味がわからないようだ。


 当たり前だ。

 その十字架に関連する人物がここにいるとは誰も思うまい。


「使徒に恨まれることをした覚えは?」

「着替えを見てしまったことが一回。水浴びを覗いたことが一回。スカートめくりの被害にあったのを見たことが一回。あとは、不敬という点なら数え切れませんね」

「よし、被害が広がらない内に殺しておくか」


 座っていたレイナの机から、十本くらいナイフが出てきて、切っ先を俺に向けた。

 その目はマジで怖い。


 どうやら、逆鱗に触れたらしい。

 肩を竦めたあと、謝罪を口にする。


「失礼。場を和ませようかと」

「そういうのはいいんだよ、ったく……で? お前が戦った使徒か?」

「間違いないでしょう。狼はマグドリアの軍旗に使われる象徴ですし、十字架はクロスフォードを意味してると捉えるべきです。そんな旗を使う奴は、使徒レクトル・スペンサー以外にいないかと。なにせ、手首を斬り飛ばして、殺す寸前まで行きましたからね」

「詰めが甘いな」

「そうですね。自分でもそう思いますよ」


 目を瞑れば今でも思い出せる。

 あの瞬間、なぜもっと頑張れなかったのか。

 あと少しだった。もう少しで殺すことができた。


 奴を殺すことで救われる人間が大勢いたはずだ。

 後のことを考えても、あそこで殺しておくべきだった。


 だが。


「次は必ず首を刎ねます」


 人を殺すことには慣れた。

 しかし、抵抗がないわけじゃない。


 毎回、抵抗と戦っている。

 けれど、今はまったく感じない。


 心に満ちるのは戦意ですらない。

 明確で純粋な殺意だ。


「……戦ってくれるなら文句は言わねぇよ」

「この状況でアルシオンに帰りたいというのは我儘でしょう。それに逃がしてもくれないでしょう」


 後方を塞がれた以上、安全は保障されない。

 アルシオンに帰るにはレクトルと一戦交える必要がある。


「敵の規模は?」

「最低でも二万。後ろにまだ控えているかもしれません」

「気付かれていなかった軍なのか、それともナルヴァ要塞の後方にいた兵を動かしたのか。それによって大分変わりますが……」

「あたしたちが気付いてなかった軍だ。城にいた兵が動けば、さすがに気づいて報告が入る。だが、二万の動きを見逃すとも思えない」

「つまり?」


 レイナが視線を俺に向ける。

 それは言わなきゃわからないのか? と言わんばかりの視線だった。


 その視線が答えだ。

 気付いていない軍があり、動いたわけではない。


 それならば答えは一つ。

 その軍はあらかじめ待機していたのだ。


「こちらが視線を向けない場所に二万を待機させて、奇襲。たしかに成功したが、それならナルヴァ要塞を攻めてるときにすればいいだろうに」

「こちらの動きを読めなかったのでは? それで急いでターゲットを変えたというなら説明がつきます」

「使徒がそんなミスをするとは思えないんだよなぁ」


 レイナは何かが引っかかるようで、顎に手を当てて考え込んでいる。

 そんなときに、部屋のノックの音が響いた。


「入れ」

「失礼します。ロードハイム公爵より連絡が入っております」


 布の被せられた手鏡を持った騎士がそう言った。

 それを聞いて、レイナはその手鏡を受け取ると、その騎士と伝令を下がらせた。


「それは?」

「各使徒の本拠地に漆黒の姿見が置いてあるのは知ってるか?」

「一応」

「それの手鏡版だ。これはあたしの本拠地と繋がっていて、それを経由して各地の使徒と連絡が取れる」


 言いながら、レイナが布を取る。

 すると、手鏡にはエルトが映っていた。


「エルト?」

「おお! ユウヤ! 元気そうだな! そこの発育不良な問題児に虐められていないか?」

「わざわざ喧嘩売りに連絡を寄越したのか?」


 額に青筋を浮かべながら、レイナが言葉を発する。

 怒気に包まれたその言葉を聞いて、セドリックが一歩退く。


 だが、エルトは素知らぬ顔で会話を続けた。


「私もそこまで暇じゃない。その様子じゃナルヴァ要塞を落としたみたいだな?」

「ああ。〝ユウヤ〟のおかげでな」


 笑みを浮かべつつ、レイナがなぜか俺の名前を強調する。

 それに対して、今度はエルトが青筋を浮かべた。


「……ユウヤ? 随分と〝私の〟友人と仲良くなったようだな。レイナ」

「悪いが、今は〝あたしの〟副官なんでな」

「……ユウヤ。予想通りではあるが、レイナを手伝ったのか?」

「できることをしただけだ。流石に高みの見物ってわけにもいかないだろ?」


 やや苛立った様子の声でエルトが問いかけてくる。

 その問いかけには非難の色が混じっているのは気のせいではないだろう。


「お前のお人好しっぷりにはほとほと呆れるな。他国の戦争に首を突っ込んでも、良い事なんて一つもないぞ?」

「そっくりそのままお前に返してやるよ。お人好し」

「私には打算があったからいいんだ」

「なら、俺にも打算があった。はい、この話は終わりだ。用件を言え。こっちも残念ながら暇じゃない」


 俺とエルトの会話が続くことにレイナがイライラし始めたのを見て、俺はエルトに話を促す。

 不満そうな表情を浮かべつつ、エルトは本題に入った。


「単刀直入に言うが、アークレイムの海軍が動いているらしい。まだ確証はないが、使徒をマグドリアへ送り込んだんだろう」

「……なに?」

「狙いはお前だ。レイナ。ナルヴァ要塞をわざと取らせて、そこにお前を閉じ込めるっていうのが敵の作戦だろうな。前方と後方から挟撃されれば、ナルヴァ要塞の堅牢さは発揮されないうえに、おそらくアークレイムの使徒は水を操る。近くにある川も敵の武器だ」


 淡々とエルトは告げる。

 レイナは硬い表情を浮かべ、セドリックは青ざめている。


 俺はといえば、素直に感心していた。

 そういう手を使ってくるか、と思ってしまったのだ。


 アークレイムとマグドリアは公式に同盟国というわけではない。

 ただ、ヘムズ平原での動きを見るかぎり、確実に同盟はある。


 それを最大限に生かしてきたか。

 問題はアークレイムの守備が薄くなることだが、それもアークレイムの兵力なら補えるだろう。


「アークレイムとレグルス、アルシオンの国境近くにも動きがあるようだし、アークレイムとマグドリアは大きな一手を打ってきた。ここで対処を間違えれば、下手すればレグルスが滅びるぞ」

「……確証はないってのはどういうことだ?」

「私が調べたことじゃない。ユウヤの父親からの情報だ。信頼に値する情報だと私は思っているが、信じる信じないはお前次第だ」

「……ユウヤはどう思う?」


 レイナが俺に振ってきた。

 まさかエルトの口から父上の名前が出てくるとは思わなかった。


 けど、あの人なら情報を掴んでいてもおかしくはない。


「知恵者として名を馳せた人ですし、そこまで外れた情報を他国の公爵に話すことはしないかと」

「ってことは、最悪な事態ってことだな」

「そう悲観するな。私がすぐに救援に向かう。それまで耐えろ。諦めるな」

「はっ! どこにいるか知らないが、間に合うわけないだろうが」

「間に合う。まぁ、これも確証はないが……私を信じろ」


 そう言うと通信が切れた。

 あとには沈黙だけが残る。


 どうにか立ち直ったセドリックが、とりあえず偵察部隊を出そうと提案したことで、ひとまず周囲を偵察することが決まった。


 しかし、それは情報を確定させる効果しかないだろう。

 とはいえ、できることも少ない。


 後方に下がればレクトルが黙っていないだろうし、かといって留まっても敵の思う壺。


 俺たちは完全に身動きを封じられてしまったのだ。


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