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使徒戦記  作者: タンバ
第一章 アルシオン編
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第十二話 再会する二人

 気付けば知らない森を、馬が走っていた。


 微かに残る記憶では、激しい追撃を受けたはずだ。


 散開を命じたものの、俺の周りには数人の兵士がおり、最後に森の中で襲撃を受けた気がする。


「俺だけ逃げたのか、逃がされたのか……」


 呟き、異常に喉が渇いていることに気付く。いや、渇きすぎて痛い。


 敵陣を抜けてから、一日半から二日くらいは経っている。

 その間、ほとんど水を飲んでいないから、当然か。


 辺りを見渡すと、近くに細い川があった。

 馬にも水を飲ませなければいけない。


 体中が痛むが、なんとか川のほうに馬を誘導し、転がるように馬から降りる。


 俺も馬も勢いよく水に口をつけた。


 一分以上、水を飲んだあと、俺は革の鎧を脱いだ。

 そこまで深くないとはいえ、腹部と背中に切り傷と刺し傷がある。

 水で洗って手当をしないと。


 そう思っていたのだけど。


「手当てされてる……」


 綺麗とはいえないものの、布が巻かれており、傷口には薬草のようなモノも当てられている。

 どうやら、周りにいた兵が手当てをしてくれたようだ。


「至れり尽くせりだな……。生きているといいが……」


 傷を放っておけば病気になるし、傷自体も悪化する。

 それは死につながる可能性すらある。


 手当てをしてくれた者は俺にとって、命の恩人だ。礼を言う前に死なれるのは困る。


「そのまえに俺が生き残らなきゃだけどな」


 最後の襲撃は森の中だった。

 おそらく、この森の中だろう。


 ということは、まだマグドリア軍がいる可能性はある。

 あれだけ派手にやらかしたのだ。

 捕まれば命はないだろう。


「とにかく森を抜けるか」


 この森はおそらくヘムズ平原の端のほうにある森だ。

 うろ覚えだけど、確か小さな川が流れており、レグルスの大きな川につながっていたはず。だから、このまま川沿いに行けば、レグルスに入れる。

 歓迎はされないだろうが、容赦なく殺されるってこともないだろう。


 そこからなんとかクロスフォード子爵領に戻れればベストだ。


 幸い、クロスフォード子爵領はレグルスに近い。

 戻れる確率は高いだろう。


「問題はマグドリアがどこまで追ってくるかだな」


 森を抜けてもまだ追ってくる場合、ちょっと手詰まりだ。

 体はまだ回復してない。逃げ切れないだろう。


 けど。


「川沿いに進む以外に手はないし、仕方ないか」


 俺は脱いだ革の鎧を再度つけて、馬の首筋を撫でる。


「何度も助けてもらったのに、また無理をさせてすまないけれど……もう少しだけ頑張ってくれ」


 それがどれほど馬の助けになるのかわからないが、優しく撫でたあと、俺は鐙に足をかけて、その背に跨った。






●●●






 水があれば一週間くらいは生きていける。

 それは間違いない。


 だが、それは動かない場合だろう。

 逃避行中はそういうわけにもいかない。


 小さな川を見つけてから一日。

 戦場を離脱してから三日ほど。


 何も口にしていないため、どうしても腹が空く。


 森の食物は幼い頃から自然で育ったため、結構詳しいが、食料を調達している間に敵に見つかったら笑えないため、今はただひたすら走っている。


 馬はそこらへんの草を食べているため、それなりに元気だが、俺のほうはそろそろ限界だ。


「もうそろそろのはずだけど……」


 地図で見た限り、何日もかかるような森じゃない。

 慎重に進んでいるとはいえ、そろそろ森を抜けるはずだ。


 森を抜ければ、もうレグルス領内。

 しかし、森を抜けても追ってくる可能性がある以上、気は抜けない。


「気を引き締めて……?」


 俺は言葉を切って、馬を止める。

 そして耳を澄ます。


 なにか音が聞こえたのだ。明らかに自然の音じゃない。


「これは鎧の音か!?」


 ガシャガシャとうるさく響く金属音。

 怒号に包まれる戦場なら気にならないが、静かな森では異質さが際立つ。


「敵だな」


 決めつけて、馬を走らせる。

 都合よく味方が後方から現れるわけないし、逃亡中なのだから、こんな激しい音を鳴らすわけがない。


 そして、すぐにその決めつけは、正しいと証明された。


「いたぞ! 銀十字だ! 使徒様の勅命である! 必ず生かして捕らえろ!! 使徒様の御前で処刑するのだ!」

「結局殺すのかよ! っていうか、大人気だな……俺」


 後ろを振り返ると、今までどこに隠れていたのだと聞きたくなるくらいの騎兵が、猛然と俺を追いかけてくる。

 その数はざっと見ても百近くだろう。


 ここまで見つからなかったのは、本当に奇跡だったようだ。


 もう川を辿っても仕方ないため、馬が走りやすい道を選んで走らせる。

 ここまで来れば、もうどこに抜けてもレグルス領内のはずだ。


 いくら使徒の勅命でも、敵対国であるレグルスの奥深くまでは追ってこないだろう。


 森を抜けて逃げ続ければ、勝機はある。


「止まれぇ!」

「だれが止まるかよ……!」


 近くに来た騎兵が槍らしきものを突き出してくる。


 怠い体に力を入れて、俺は槍の穂先を剣で斬り落とす。


「なに!? うわぁ!!」


 注意が槍に逸れたせいで、目の前にあった木の枝に気付かず、その兵士は木の枝に引っかかって落馬する。


 全員、今みたいに自滅してくれると楽なんだけど。


「回り込め! 森を出たら包囲して確保すればいい!」


 意外に冷静な奴がいる。

 これだけ人数がいるのだから、広い地形に出て勝負するのは当たり前だ。


 これで森の中では仕掛けてこないだろうけど、出たら速攻でくる。

 それを掻い潜らないと、俺は捕まるだろう。


「性格の悪い使徒もいたもんだな……」


 わざわざ生かして捕らえて、自分の前で処刑しようとするとは。

 よほど頭に来たのか、俺が怖かったのか。


 どちらもだろうか。

 そう考えると、意外に小心者の使徒なのかもしれない。


「そんな分析、今は意味ないか」


 状況が絶望的すぎて、思考が変なとこに行ってしまった。

 諦めずに考えろ。


 逆転の一手はまだある。


「無理をさせるが、頑張ってくれ……」


 もう森を抜ける。

 そのときに、俺は馬にそう語りかけた。


 俺自身には使えないが、回復しつつある馬になら強化を使える。


強化ブースト……駆けろ。どの駿馬よりも速く!!」


 馬がいななきで応える。

 森を抜けると同時に、馬が加速する。


 森の外には他の隊も待ち伏せしていたようで、包囲網が作られようとしていた。


 その包囲網の隙間を縫っていく。


「なんだあの馬は!? 速いぞ!」

「速いだけじゃない! なんであんな軽快に動ける!?」


 まるで軽業師のような動きで、馬は包囲網を抜けていく。

 しかし、包囲網を抜けても追撃は止まない。


 待ち伏せしていた部隊の数を合わせれば、百五十や二百くらいはいるだろう。


 そんなのに追われたら、すぐに捕まる。

 回復してきているとはいえ、馬も消耗している。

 強化をずっと保ち続けるのは不可能だ。


「万事休すか……?」


 自分に問いかける。

 本当にもう終わりなのか、と。

 もう諦めるのか、と。


 そんなとき、耳に飛び込んでくる奇妙な音があった。

 大きな音だ。


 聞き覚えがあるそれは、騎馬隊が駆ける音だ。

 大量の馬が地面を蹴る音だ。


 そしてそれと同時に聞こえてきたのは澄んだ笛の音だ。

 しかし、笛を吹いているような人は見当たらない。


 しかし、聞いたことのない笛の音だ。様子を見るかぎり、マグドリアの笛ではない。

 なにせ、マグドリアの兵士たちの顔は凍り付いている。


「ば、ば、薔薇姫の角笛だ!」

「まさか!? こんなところに薔薇姫の軍が来るわけない! レグルスの使徒だぞ!?」


 角笛?


 俺の知る角笛の音はこんな綺麗じゃない。ホラ貝のような音で、腹に響く重低音だ。


 今、聞こえてくる音は、まるで楽器だ。


「くそっ! 急げ! 薔薇姫が来ても相手にするな! 銀十字の小僧を捕らえれば、それで済む!」

「やっぱりそうなるよな……!」


 多少の横やりがあったとはいえ、敵も命令で動いている。

 ここで止まるわけがない。


 ただ、確かなのはレグルスの騎馬隊が近くにいて、音からしてこちらに向かってきているということ。

 そしてそれを率いるのはレグルスの使徒で、白光の薔薇姫ローズ・オリオールと呼ばれるレグルスきっての名将だということ。

 

 それはマグドリアの兵士の反応からして間違いない。


 わざわざレグルスの使徒がここに何の用だか知らないが、マグドリアの兵士を見つけて放っておくわけもないだろう。

 

 上手く利用できれば、この状況を打破できる。


 ただ、まだ音は遠い。

 どちらに進めばいいやら。


 すると、また音が鳴る。

 今度は深く、長い音だ。


 まるで自分の居場所を教えるかのように。


「導いてくれるのか?」


 なんとなく、そんな気がして、俺は音のほうへ馬を進める。

 そろそろ馬も限界なのか、強化が切れ始め、脚も遅くなっている。


 包囲網を抜けて、多少できていた差が縮まってくる。


「もうすぐだ! 捕まえろ!」

「馬を狙え! 殺さなければ、腕くらい斬ってもかまわん!」


 ついにマグドリアの兵士たちは武器を手に取り始めた。

 さすがに槍を投げたり、弓を射ったりはしない。誤射が怖いのだ。


 けれど、今の馬の脚では、たやすく追いつかれ、接近戦に持ち込まれてしまう。


 最悪、自分に強化をかけて一戦交える必要があるか。


「使徒様の御前で処刑されろ! 銀十字!!」


 そう覚悟を決めたとき。

 それは現れた。


「そういうわけにはいかん。そいつは私の客だ」


 清涼感のある爽やかな声が響く。

 その声に俺は聞き覚えがあった。


 一瞬。

 俺の横を薔薇色の髪の少女が通り過ぎ、俺に向かってきていた二人の兵士を切り裂く。

 


 早業だ。確実に二人を倒しているが、腕を軽く振ったようにしか見えなかった。


 俺は馬を止め、少女の背中を見る。


 長く伸びて、背中に大きく広がる薔薇色の髪。

 白金の軽装の鎧に身を包み、右手には長剣が握られている。


 顔は見えない。けれど、声を聞き、後ろ姿を見れば、誰だか察しはつく。


「白光の薔薇姫ローズ・オリオール……! エルトリーシャ・ロードハイム!?」

「如何にも。そういう貴様らはマグドリアの兵士だな? ここがレグルス王国の領内だと知って入ってきたのだろ?」


 薔薇姫はゆっくりと手を挙げる。


 その手の動きに合わせて、数千の騎兵が姿を現した。

 掲げる旗は白地に赤い戦女神。


 間違いない。彼らはレグルス王国の公爵。使徒であるロードハイム公に仕える騎士たちだ。


「ならばどういう末路が待っているか……わかっているな?」

「ま、待っ……」

「待たない。私にはこれから旧交を深めるという用事がある。お前たちに構っていられるか」


 ならば見逃せばいいのでは、と思わず考えてしまう。

 だが、その考えは最初からないようだ。


 手が振り下ろされ、たった数百の兵に対して、数千が向かっていく。

 過剰攻撃にもほどがある。


 しかもレグルスの騎士は相当手練れぞろいらしく、最初に突撃した数人だけで、何人も切り伏せている。


 さすがは使徒直属の騎士というべきか。


「さて……」


 言葉を発し、薔薇姫が振り返る。

 そこには俺の記憶よりも大人びた少女の顔があった。


 思い出補正というモノがあるが、それは大抵役に立たない。

 昔、可愛かった子が大人になって美人に変貌することはあまりないからだ。


 けれど、今の場合は別の意味で役に立たない。


 あの日からずっと綺麗だと思っていたけれど、成長して少女はさらに美しくなった。


 青みがかった灰色の目に宿る力強い意志の光は輝きを増しており、顔に浮かぶ快活な笑みはより魅力的になっている。


 彼女ほど美しい人はこの世にいないのではないかと思うほど、あの日の少女、エルトは美しく成長していた。

 軍旗のとおり、まさしく戦女神のようだ。


「聞きたいことがやまほどあるだろうし、混乱もしているだろうが……」

「……だろうが?」


 エルトはニヤリと満面の笑みを浮かべた。

 なんというか、悪戯を思いついた子供のようだ。


「お腹が空いているか? ユウヤ」


 あの日。

 俺がエルトに問い掛けた最初の言葉。


 それを今度はエルトが俺に問いかけてきた。

 たしかに、あの日、腹が空いて困っていたのはエルトで、今は俺が腹を空かせて困っている。


 立場は逆転している。


 俺は苦笑して、体から力を抜く。

 どっと疲れがやってきたのだ。


「ああ、腹空いて死にそうだよ。エルト」

「そうか! なら私が御馳走してやろう! あの日の借りを返す機会を、この数年、ずっと待っていたのだ!」


 そう言って、エルトは胸を張る。

 そのせいで、あの日から最も成長したと思える豊満な胸が揺れる。


 まざまざと成長を見せつけられ、思わず俺は顔を逸らす。


「ん? どうした?」

「なんでもない……。ちょっと時の流れを感じただけさ」

「相変わらず変なことを言うやつだな? まぁいい。ついてこい。今まで食べたこともないような御馳走を用意してやる!」


 そう言ってエルトは俺を促すが、それに俺はついていけなかった。

 安心して気が抜けたのと、疲れのせいで意識が保てなくなっていたからだ。


 フラりと体が揺れるのを感じ、誰かに支えられたような気がしながら、俺はゆっくりと意識を深い場所に沈めて行った。

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