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使徒戦記  作者: タンバ
第三章 マグドリア編
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第二十五話 束の間

 ナルヴァ要塞を落とした次の日の朝。

 レイナが呼んでいた合計一万の兵が到着した。


 これで要塞内の戦力はおよそ二万。

 どうにか見れる数字にはなった。


 あとはマグドリアがどう出てくるか次第か。


「さてと、バタバタしてたから呼ぶのが遅くなっちまったな」


 俺はナルヴァ要塞の指揮官室、現在はレイナの部屋に呼ばれていた。

 周りに人はいない。


「平気だ。昨日はどうせ眠くて仕方なかったし」

「みたいだな。食事時にも起きてこなかったって噂になってたぜ?」

「それぐらい許してくれ。ずっと働きどおしだったんだ」


 ナルヴァ要塞の門を開くのに奮闘した後は、レイナの補佐をしながら不眠で戦ったのだ。

 寝たのは三時間だけ。

 さすがに寝ないと体が持たない。


「そのことなんだけどな……その……ありがとう。助かったよ。あんたがいなかったら、ナルヴァ要塞は落とせなかったと思う」


 珍しいこともあるもんだ。

 レイナが素直に礼を言ってくるなんて。


 まぁ流石に今回の活躍で礼を言われないっていう方が難しいけど。

 自画自賛になるが、論功行賞があれば筆頭は俺だろう。間違いない。


「確かに。我ながら素晴らしい働きだったと思うよ。俺がいなくちゃナルヴァ要塞の門は開かなかったって確信できるくらいには」

「な、なんだよ……礼だけじゃ不満かよ」

「けど、俺にできたのは門を開くまでだ。迅速に駆けつけ、要塞を制圧したのはそっちだ。そもそも、作戦を考えたのも、鍵となる動きをしたのもレイナだ。俺がいないなら、いないでレイナは別の作戦を考えて要塞を落としたさ。今回の手柄はレイナのモノだ。気に病む必要はないから、気にするな」


 負い目を感じているんだろう。

 今回、俺の参戦は特殊だった。


 だからこの戦いで俺の名が出ることはない。

 アルシオンには内密で事情が知らされるだろうが、多くの者には知られない。


 それを気にしてるのは見ればわかる。

 手柄を横取りした気分になってるんだ。


「べ、別に気にしてないぞ! 悪いとか思ってるわけでもない! ただ、将として働いた奴を労っただけだからな!?」

「それならそれでいいさ。けど、礼は不要だ。感謝の印はもう貰ってる。俺はその分、働いただけだ」


 そう言って、右の腰に差しているレッドベリルを叩く。

 魔剣一本にしては、少々働き過ぎだった気もするけれど、それだって望んだことだ。


「……おかしな奴だな。お前は」

「そうか? 常識的だと自分では思ってるんだけどな」

「常識的な奴は他国のために命を賭けない。名誉や手柄を得られないのに、どうして参戦したんだ?」

「自分で頼んで来たんだろうに、おかしな質問だな。頼まれたときにも言ったけど、参戦しないなら、ずっとここにいることになるだろ? さすがに最前線にずっといるのはちょっとな」

「嘘をつくな。それだけじゃないだろ? そんなことのために命を賭けたのか?」


 レイナが疑いの目を向けてくる。

 別に他に理由があるわけじゃない。


 いや、あるか。

 理由はあった。


 戦いは正直嫌いだ。

 積極的に戦いに参加するのも御免だった。


 けど、それ以上に。


「これも言ったかもしれないけど、放っておけないと思った。無理をしているのがわかったから」

「……あたしのためってことか?」

「まぁ、そういう言い方もできるかな。もちろん、放っておいて負けられると俺の身がヤバいっていう保身もあった。アリシアもいたし、領地には家族もいる。俺には帰る場所があるからな」

「……家族か。どんな気分なんだ? 帰る場所があるって」


 レイナが微かに落ち込んだ様子で聞いてきた。

 しかし、おかしなことを聞く奴だ。


 わざわざ聞くことでもないだろうに。


「まるで帰る場所がないような聞き方だな?」

「しょうがないだろ。あたしには家族が……」

「騎士たちが家族なんだろ?」

「そ、それはそうだけど……そうじゃなくて血の繋がりが」

「血に拘ってるのか? エルトとエルトの養父は血の繋がりはない。俺の妹も血の繋がりはない。けど、どっちも家族だ。エルトは養父の話をするとき、いつだって嬉しそうだし、俺も妹のことが大切だ。そこには確かな絆がある。レイナと騎士にも同じモノがあると感じたけど……俺の気のせいか?」


 こんな言葉は傲慢なのかもしれない。

 親がいるから言える台詞だろう。

 けれど、言わなきゃいけない。


 俺の言葉を聞いて、レイナは押し黙った。

 そのまま、俯いて言葉を発しない。


 俺もあえて言葉を発しない。


 短い付き合いだが、レイナは他人を羨む傾向がある気がする。

 自分が持っていないモノに憧れるといえばいいのだろうか。


 大なり小なり、誰だって持っている感情ではあるが、レイナはその傾向が強い。

 多分、幼い頃の経験なんだろう。

 親もなく、頼れるのは自分だけだった。その後、自分の力で色んなモノを手に入れた。


 名誉や財宝、家族や友人。


 けれど、満たされない。

 幼少期に無条件で受けられるはずの愛を受けられず、今も飢えている。

 

 本当に欲しいのは親からの愛なんだろう。

 それはわかる。けれど、それは手に入らない。


 どこかで満足するしかない。

 何もかもは手に入らない。


「……ユウヤは嫌いだ」

「そうか。俺はレイナのこと気に入ってたんだけどな」

「……好き勝手言って、こっちの気も知らないで。ユウヤに何がわかるんだよ……」

「まぁ、あんまり知らないな。ただ……一緒に門を開いた騎士たちはレイナのことを慕ってた。お前はそれを受け止めるべきだと思う。家族だと言うなら……その絆に理由をつけるな。騎士たちがいる場所がお前の居場所。それで満足しろ。その居場所を求めて戦争をする奴らだっているんだからな」


 脳裏に過るのはラディウスを目指して、死んでいった狼牙族たちだ。

 彼らは居場所を奪われ、唯一の居場所を目指した。

 そして俺に殺された。


 恨みがあったわけじゃない。

 ただ、互いに譲れなかっただけだ。


「……居場所を求めて戦争か。それは悲しいな……」

「そうだな。そう思うなら、血の繋がりなんて言うな。騎士たちが可哀想だ。少なくとも、騎士たちは自分の帰る場所をレイナ・オースティンの下だと定めている。それが不満か?」

「不満じゃないけど……」

「ならこの話は終わりだ。まぁ、一つ言えることは、俺の父親と母親に血の繋がりはない」

「は? 何、言ってんだ?」

「血の繋がりがなくても家族になれる。レイナに親はいないかもしれない。けど、そうじゃない縦ではなく、横の繋がりで家族を作ることもできる。どうせ欲しがるならそっちを欲しがれ」


 最初は俺の言っていることの意味がわかっていなかったようだが、徐々にレイナの顔が赤くなる。

 やがて熟したトマトのような赤さになって、俺に物を投げつけてきた。


「なっ、なっ、なに言ってんだ!? 馬鹿野郎!」

「おい! 凄い良い事言っただろ!?」

「どうして親の話で結婚が出てくんだよ!」

「明確に家族が欲しいなら、それが一番だろ!? それとも今から誰かの養子になるか? いくらなんでも無理があるだろ? やっぱり俺の案が一番じゃないか」

「うるさい! 黙れ! 女に軽々しく結婚の話をするんじゃねぇ!」

「そうは言うけど、いずれ結婚するだろ? というか、もう見合いの話は来てるんじゃないか?」


 俺の言葉にレイナは赤い顔のまま固まる。

 図星か。


 使徒の子供が使徒になった例はない。

 けれど、使徒の子供なら優秀かもしれないという期待は持てる。


 スポーツ選手の子供に期待するようなもんだが、期待値は普通よりは高い。


 レヴィン王のことだ。

 三人の使徒たちにはいくらでも見合いを薦めているだろう。


 優秀な人材は国の宝。

 使徒の子供なら猶更だ。


「お、王から絵が送られてくるけど、全部破いてるに決まってるだろ!」

「勿体無いことするなぁ。その絵を描いた絵師さんに謝れよ」

「うるさい! 知らない奴の絵なんて見てられるか! あたしにだって選ぶ権利はあるんだからな!?」

「へー。結婚になんて興味はないと思ってたけど、意外にまともな願望があったんだな」

「殺すぞ?」


 周囲の物が浮かび上がる。

 それを見て、俺は両手を上げて降参を示す。


 流石に失言だったか。


「……はぁ。馬鹿らしい。どうしてお前とこんな話しなくちゃいけないんだよ」

「そっちが家族がどうとか言ってくるからだろ? 一々、家族って言葉に反応するなよ」

「本当、お前ってムカつくよな。なんでため口なんだよ。もっと敬え」

「自分で許可したんだろ……。これだから使徒は我儘でいけない」

「うるせぇ! もういい! どっか行け!」


 そう言ってレイナは椅子から立ち上がって、俺を扉まで押していく。

 それに対して、ため息を吐きながら従う。


「自分で呼んだ癖に」

「うるさい」

「はいはい」


 肩を竦めながら扉に手を掛けると、レイナが俺を制止する。


「待てよ」

「なんだ? 俺の軽口をもっと聞いてたいのか?」

「それはもう十分だ。ただ……礼を言っておこうと思って」

「最初に言っただろ?」

「そっちじゃない……。ずっと気を遣ってくれてるから……ありがたいと思ってる。すぐにアルシオンに帰すって約束だったけど……もうちょっといて欲しいと思ってるんだ。その……駄目か?」

「……どうせ帰るにも準備が必要だ。もうちょっとだけなら、嫌でもいることになるさ」


 俺がそう言うと、レイナが笑顔で、そうか、とだけ呟いた。

 それを見ながら、俺は心の中でため息を吐く。


 こんなことを言ってると、アリシアに怒られそうだからだ。

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