第二十四話 完勝
間が空いてしまって申し訳ありません。
風邪と腱鞘炎になっていました。
今日から更新再開です。
おそらく二日に一度のペースで行くと思います。
目を覚ますと、怒号が聞こえてきた。
できれば目を覚ます頃には止んでいて欲しかったんだが。
無理だったか。
「起こしてしまいましたか」
そう言ったのは鎧を身に着けたセドリックだ。
準備万端と言った様子で、天幕を出ようとしている。
どうやら、セドリックが出ようとしたときに入ってきた外の声で起きてしまったらしい。
「……どれくらい寝てた?」
「三時間ほどです。戦況は変わらず膠着状態ですね」
「そうか……」
「寝ていてください。お疲れでしょう」
そう言ってセドリックは天幕を出て行く。
しばし、ボーッとしたあと、俺は寝ることを諦めた。
体の疲れは抜けているし、思考もはっきりしている。
三時間とはいえ、深く眠れたということだ。
「あえて狙っているとはいえ、膠着状態か」
呟きながら、俺も鎧を身に着ける。
ナルヴァ要塞の門は破られた。
その後、レイナ率いるオースティンの騎士団が突入し、決着がつくと思われたが、さすがに一万で三万を瞬時に壊滅させるのは不可能だった。
二十二日の深夜から二十三日の朝にかけて、門を突破し、要塞内への侵入は完了したが、そこから要塞内で野戦が開始する。
奇襲し打撃を受けたといえ、それでもこちらよりも兵数の多いナルヴァ要塞の守備軍は健闘し、レイナに一日を使わせた。
二十三日の夜頃にレイナは内城以外の全てを制圧し、残すは内城に残る残党のみとなった。
一方、それを包囲しているオースティンの騎士団は交代しながら休息を取っていた。
レイナが力攻めを嫌ったというのと、強行軍でここまで来た騎士たちを休ませたいと考えていたからだ。
今日は二十四日。
眠りについたのは朝方だったから、時刻は九時くらいだろうか。
まぁ、交代で休んで入るが、交代で攻めてもいる。
内城に籠っているのは一万程度。半分以上が負傷兵だろう。
残りの二万は殺されたか、捕虜になっているか、もしくは要塞の外に逃げたか。
捕虜の数は千人ほど。レイナが捕虜を取ることを嫌ったから、この人数だ。
残酷かもしれないが、捕虜を取れば食事を与え、監視をすることになる。
それならば殺したほうが手っ取り早い。
早々に抵抗を諦めた者以外は全員、殺されている。
レイナの冷徹な一面といえるだろう。
しかし元々、三万だと考えると、一万近くの兵が逃げたと思われる。
逃げたというより撤退か。
とくに内城より出撃した部隊は、俺たちが内城を包囲した時点で外に撤退する以外に手はなくなった。
「一万近い戦死者か……歴史的敗戦だな」
要塞はほぼ落ちた。
内城が無事なのは、レイナが一気に落としていないからだ。
逆に言えば、落とそうと思えば落とせるということだ。
今日の昼くらいには内城は落ちるだろう。
これは予想ではなく、ほぼ確定事項だ。
ここからナルヴァ守備軍の逆転は望めない。
ナルヴァ要塞の難攻不落の伝説はレイナによって破られたというわけだ。
「とはいえ、マグドリアも黙ってはいないだろうな」
元々、ナルヴァ要塞には続々と兵が集まる予定だった。
ナルヴァ要塞の守備軍になるはずだった兵たちは、そのままナルヴァ要塞の攻撃軍へと変わるだろう。
問題は誰が率いるか、だ。
順調に考えればテオドールだろうが、レクトルという可能性もある。
ただ、どちらも所在が知れない。
レグルスの情報網でもマグドリアの使徒の動きは追い切れていないのだ。
まぁ、マグドリアはレグルスの使徒のように同じ場所にいることが少ないから、仕方ないという面もあるが。
「二人来たら最悪だな……」
レイナに聞いた話だが、五十年前にナルヴァ要塞を落とせなかったときは片面からの攻撃だったらしい。
そのせいで大兵力を生かせなかった。それが落とせなかった最大の要因らしい。
その教訓はマグドリアにも伝わっている。
攻めてくるなら挟撃だろう。
しかし、後ろには六万が待機している。
後ろを取られる心配はない。
「と、思いたいけど。テオドールならいくらでも裏を取れるからな……」
影を移動するあいつなら、要塞に侵入することも可能だろう。
またレクトルの狂戦士なら一気に後方の城を落とすこともできるはずだ。
もちろん、奇襲という条件付きだが。
ナルヴァ要塞は正攻法で落ちなかったから、レイナは奇策を仕掛けた。
それは向こうもしてくる可能性がある。
「いや……どちらか一人か」
使徒を二人も費やせば、もしものときの対応に困る。取り返すにはマグドリアには一手足りない。
それに二人を投入してまで守りたい要塞なら、レイナが国境付近にいる間に要塞に入っている。
マグドリアにとってはそこまでして取り返したい要塞でもないのかもしれない。
ヘムズ平原での戦いの後、国境線は変化した。
マグドリアに不利な形に、だ。
将棋に例えるなら、盤石の守りの中で、幾つかの駒を失った状態だ。
手数を掛ければ、やがては詰む状態というわけだ。
その綻びはやがて広がって、ナルヴァ要塞に迫っただろう。
結局、早いか遅いかの差でナルヴァ要塞の攻防戦は起きており、おそらくレグルスは落とすことに成功しただろう。
テオドールはもしかしたら、ナルヴァ要塞よりも後ろに国境線を下げるつもりなのかもしれない。
ナルヴァ要塞はせいぜい時間稼ぎと思っていてもおかしくはない。
「まぁ、なんにせよ。一人が相手ならどうにかなるか」
鎧と剣を装着し終えると、俺は天幕の外に出た。
「っ!?」
日が眩しくて思わず手で遮る。
良い天気だ。
昼までに終わらせたいな。
こういう天気のときは昼寝が気持ちいいだろうし。
そんなことを考えながら、俺はレイナがいるだろう司令部に向かった。
◇◇◇
「なんだ、来たのか?」
簡易の天幕内に設けられた司令部に行くと、レイナが椅子に座りながらジュースを飲んでいた。
完全に寛ぎモードだ。
「余裕ですね」
「まぁな。もうちょっとしたら待機組が復帰するし、そしたら落とす」
「こっちが動く前に降参しそうですけどね」
軽く外を見れば、目に見えて抵抗の弱まっている内城が見えた。
まぁ、負け続きで包囲されれば気力も萎える。
よく頑張ったほうだろう。
「それならそれで楽だけどな。手間はそんな変わらないぞ? 矢を打ち込む手間が省けるだ」
そうだろうな、と心の中で同意する。
なにせ風の神威で操られた数千の矢は一つ一つがホーミングミサイルみたいなもんだ。
撃ち落とすことも難しく、逃げても追ってくる。
しかも普通に飛んでくるよりも速い。
もちろん、レイナの体力には限界があるから何度もできるわけじゃないが、それでも脅威だし、戦意を削ぐには十分だろう。
包囲によって大分気力も衰えてきているし、おそらくはそれが決め手となる。
もっとも、わざわざ待つ必要もなく落とせたはずだ。
確実性と安全を取ったレイナは、アリシアの言うように慎重な将といえる。
いや、自分の騎士たちの犠牲を〝恐れている〟というべきか。
レイナにとって騎士は家族。
兵士ではないからだ。
「どうした?」
「いえ」
ただ、そんなことは口に出さない。
レイナの周りにはセドリックを含めた側近たちもいるし、わざわざ言うようなことでもない。
今のところ、それが問題になっているわけでもない。
ただ兵を大事にしすぎる将は失敗を犯しやすい。
そのときは正さなきゃだろうけど、ここからは失敗のしようもない。
ぶっちゃけ、ここから何もしなくても敵は降伏するだろうし、レイナや俺がいなくても騎士たちがその処理をするだろう。
正直、時間を気にしないのであれば、指揮官の仕事はもうない。
「後方に伝令は?」
「もう出した。左右の城から五千ずつを向かわせるように伝えたから、ここには大体二万。そんだけいれば、最低限の守備は整うからな」
「後方に兵力を残しているのは挟撃を警戒してですか?」
「まぁな。後方にある三つの城を合わせれば五万だ。一つの城が攻撃されたとしても、別の城が援軍を出せば間に合う。後方さえ維持してくれれば、この要塞ならどうにでもなるしな」
左右を川と山に囲まれているナルヴァ要塞は、前後にのみ兵力を展開できる。
左右からの攻撃は厳しく、通常はレイナのように上から奇襲を仕掛けたりすることが不可能な以上、正面より挑む以外に手はない。
そして片面のみの攻撃にはこちらも兵力を集中できる。
たとえ相手が数万の大軍でも、片面だけならせいぜい二万程度。
持ちこたえるのは容易というわけだ。
ただし、後ろを取られるとその手は使えない。
だからレイナは兵力を一気に移動させないというわけだ。
「ところで、あたしの戦はどうだった?」
唐突にレイナがそんな質問を投げかけてきた。
どうと言われても困るのだが。
「素晴らしい采配だったと思います」
「そうじゃねぇよ。エルトリーシャと比べてどうだった?」
ワクワクといった様子でレイナが再度、問いかけてくる。
その質問に俺は頬を引き攣らせる。
一応、無駄だと思いつつも側近たちに視線を向けるが、全員に逸らされた。
ちっ、日和やがった。
側近なら主の無茶ぶりを止めろよな。
「……どちらも神威を生かした戦いだと思います。ただ、ロードハイム公爵が剛とするなら、オースティン公爵は柔。そんな印象を受けました」
「そうだろ! あんな突撃脳筋女よりあたしのほうが凄いだろ!」
別に凄いとは言ってないんだが、レイナはそう受け取ったらしい。
まぁ本人が納得しているならいいか。
実際、戦術パターンの多さはレイナに軍配が上がる。
エルトの場合はどうしても力押しになる。
神威の傾向というのもあるが、結局は本人が前に出たがるからだ。
本質的に目立ちたがり屋で、自分でいろいろとやらないと気が済まない性格ゆえだ。
その点、レイナは部下に任せるところは任せるし、自分が必要となれば前に出るというバランスの取れた動きをする。
どちらが良いということはないが、見ていて安心できるのはレイナだ。
「今からでもあいつの悔しがる顔が目に浮かぶぜ」
「まぁ、悔しがるでしょうね。ナルヴァ要塞は不落の要塞。それを落としたのです。しばらく大陸ではオースティン公爵の話題で持ち切りでしょうね」
「そ、そうか? ま、まぁあたしなら当然だけどな!」
「ええ。ナルヴァ要塞を落とせると見込んだから、レヴィン陛下はあなたに軍を任せた。そしてあなたは期待に応えて見せた。しばらく、レグルスの三使徒といえば、レイナ・オースティンと言われることは間違いないと思いますよ」
その言葉に対して、レイナは微かに顔を赤くして、照れた様子で俯いた。
側近の者たちも何だか顔がにやけている。
他国に名が轟いているという点でいえば、エルトのほうが上だった。
戦功では負けていないが、評判の差は自覚していたのだろう。
それがこの勝利で逆転する。
レイナがエルトをライバル視しているのは周知の事実であり、それはレイナの騎士たちも同じなのだろう。
ライバルに勝った。
それが喜ばしい。
今はそういう気分なんだろう。
ただし。
「まぁ、まだ勝ったわけでも落としたわけでもありませんが。勝利目前で失敗するのもあれですし、気を引き締めましょう」
「そ、そうだな。油断は良くない」
そんなことを言いながら、レイナはこちらを見ない。
多分、頬が緩んでいるんだろう。
そんなレイナの様子に苦笑した。
その後、内城に攻撃を加えて、昼を過ぎたあたりで内城は降伏した。
こちらの損害は死者約五百人。負傷者は約千人。
対する向こうの損害は死者一万人以上、負傷者も一万人以上。
こうして〝レグルス軍〟のナルヴァ要塞攻略は、歴史的大勝に終わったのだった。