第二十三話 オースティンの騎士
遅れてしまい、すみませんでした。
駆け足でこちらに向かってくる部隊があった。
総勢二百人くらいの部隊だ。
西門陥落からそれほど時間が経っていないのに、緊急出動してくるとは、なかなか優秀な部隊長なのか、それともその上が優秀なのか。
とにかく西門前までやってきたその部隊を、俺たちは城壁の上で迎え撃った。
もちろん、装備は弓矢だ。
こちらの数は十五人。
セドリック以下五名が、マグドリア兵の鎧を身に着け、下に転がっている。
機を見て、五人が動き出す算段だ。
一歩間違えれば、五人を無意味に失いかねない作戦だが、そもそも暗闇であるし、こんだけの数がいる軍だ。
一人一人、味方の顔なんて覚えていないだろう。
「遅かったじゃないか。マグドリアの諸君」
俺は挑発するために、笑いながら声をあげる。
結局のところ、俺たちの戦いは時間稼ぎだ。
レイナが到着するまで時間が稼げれば、極論、ここでずっと喋っているという手だってある。
「貴様らは何者だ!?」
一人の男が前に出てきた。
どうやら指揮官らしい。
三十代前半の偉丈夫だ。
周りから慕われているようで、周囲が危険です、と押しとどめている。
「レグルスの者だ。そんなこともわからないのか?」
「……卑怯な奇襲とは貴様ららしいな」
「卑怯で結構、やられるほうが悪い。それに、ノロマよりはマシだ。見ろ、勇敢にも門を閉めようとした諸君らの同胞は御覧のとおりだぞ?」
俺は弓を構えながら、そんなことを言った。
勇敢なマグドリア兵というか、門の近くに辿り着いた者なんていなかったのだけど、見張りから詳細を聞いているわけもないため、嘘なんてつき放題だ。
案の定、こちらの挑発に向こうがいきり立つ。
「おのれぇ……戦闘用意!」
「放て!」
敵指揮官が痺れを切らしたところで、俺たちは一斉に矢を放ち始めた。
急いで出てきたため、敵の装備は軽装。盾も持っていない。
しかも、こちらの数もまったく把握していないようで、こちらに向かって矢を射かけてきている。
十五人程度の矢など、たかが知れている。
物量に任せてしまうのが一番、手っ取り早いのだが、あの敵指揮官は少し頭が回るようで、様子見を選んだ。
「どうした!? 掛かって来ないのか?」
挑発をしながら、矢を間断なく放つ。
もちろん、下で寝ているセドリックたちに当てないようにしながら、だ。
けれど、狙いはつけていない。
今は精度よりも速さのほうが大切だ。
敵に正確な数をまだ知られるわけにはいかない。
挑発を繰り返すのは、突撃を誘っているように見せるため。
実際、突撃されたら困るのだけど、こうも挑発すると向こうも警戒する。
「撃ち返せ! 敵の数を減らせ!」
そう敵の指揮官が指示を出すが、弓を持っている兵士はそんなに多くはない。
しかもこちらは城壁の上。
あたりは暗闇。
俺以外は体を伏せていて、正確な居場所さえ掴めていない状況だ。
当然、矢は俺に集中する。
けれど、断続的に飛んでくる矢なんて怖くもない。
向かってくる矢の内、当たりそうなのは数本。
左手でレッドベリルを引き抜き、それらを払い落す。
お返しとばかりにこちら側から矢が放たれる。
ロードハイムの騎士の特徴が騎馬による突撃だとするなら、オースティンの騎士の特徴は弓矢の運用だ。
風を操るレイナと矢の相性は抜群で、その傘下の騎士たちの弓の腕前は非常に高い。
速度重視で射かけているにもかかわらず、ことごとく敵に命中している。
「くっ……! 他の部隊はまだか!?」
「いまだに我々だけです!」
敵が慌て始める。
できれば、盾なら弓なりを取りに引き返してくれると嬉しいんだが。
そうもいかないらしい。
「ならば仕方ない! 半数は援護しろ! 残りの半数は私に続け! なんとしても門を閉めるのだ!」
門が開きっぱなしという危機状況を正確に理解できているらしい。
一秒でも門が長く開いていれば、それだけ要塞が危険だということだ。
だから、部隊を二つ分けて、門の攻略をに打って出た。
間違ってはいない。
だが、装備不足だ。
「接近してくる敵に集中しろ!」
前に出てくる敵兵たちに矢が次々と命中していく。
接近してくれるなら、それだけ命中率も上がる。
しかもレイナの騎士たちだ。速射でも十分すぎる威力と命中率がある。
鎧だけで防ぐのは無理だ。
本来、歩兵の突撃には盾が必要だ。
それがなければ矢の的だからだ。
鎧も確かに防御力はあるが、それだけでは不十分だ。
後方に残った援護用の部隊から矢が射かけられるが、それも散発的だ。
前に出た部隊も、先頭集団がやられたことによって足が竦んでしまっている。
「このっ! 後方部隊は弓矢隊を残して、階段へと向かえ!」
しかし、今のでこちらの数が少ないと判断したのか、敵指揮官は階段に向かって後方部隊を向かわせる。
そうなると、そちらを食い止める必要が出てくる。
だが、それでは正面の弾幕が薄くなる。
この状況では良い手だ。
やはり、標準以上の指揮官のようだな。
「だが、甘い。階段に敵を近づけるな!」
俺は自らに強化をかけると、城壁から飛び降りた。
かなりの高さではあるが、強化した俺の身体能力なら問題はない。
しっかりと着地を決めると、左右の剣を引き抜く。
「門を閉めさせんよ」
「馬鹿め! 殺せ!」
一人で門の前に立ちふさがった俺に対して、敵の数は百人ほど。
普通なら無謀な数字だ。
けれど、そこまで悲観するほどの状況ではない。
こいつらがよーく、死体を確認していれば違和感に気付いたことだろう。
なぜ、門を閉めるために動いたマグドリア兵の死体の近くに、弓矢が転がっているのか、と。
俺の飛び降りが合図だった。
死体に成りすましていたセドリックたちが起き上がり、敵指揮官に矢を射かけた。
俺にばかり目を向けていた敵の指揮官は、あっけなく横からの攻撃に射抜かれて倒れる。
そしてその瞬間、俺は一気に敵集団に飛び込んだ。
「うわぁぁぁ!?」
俺に接近され、一人の敵兵が悲鳴をあげる。
彼らからすれば、一瞬で接近されたように覚えただろう。
だが、自分たちで思うよりも、彼らは硬直していた。
上から降ってきた矢ではなく、横からの矢で指揮官はやられた。
ありえるのは部隊内に裏切者がいるか、それとも敵がどこかに潜んでいたか。
そんなことを考えているうちに、俺の接近を許したのだ。俺には十分すぎる時間だった。
「ふんっ!!」
敵兵に右手のロングソードを思いっきり叩きつけ、吹き飛ばす。
隊列の乱れたところに、更に飛び込んでいく。
レッドベリルで切り裂き、ロングソードで吹き飛ばす。
それを繰り返していると、敵兵が混乱し始めた。
「ま、待て! 俺は味方だ!?」
矢を射かけていたセドリックたちが、剣に持ち替えて攻撃を開始し始めたのだ。
中央では俺が暴れており、その周囲ではマグドリアの鎧を着たセドリックたちが攻撃を仕掛ける。
どっちを向けばいいのかわからず、混乱は広がっていく。
事態を収拾するべき指揮官はもういない。
「なんで攻撃するんだ!?」
中央で俺が暴れており、危険度は俺が一番高い。
そうわかっているから、マグドリア兵の目は俺に向く。
けれど、同じ鎧を着た奴らが攻撃を仕掛けており、周りへの警戒も解けない。
結果、彼らは立ち尽くしたまま俺やセドリックたちにやられていった。
そのうち、マグドリア兵たちは同士討ちを開始し始めた。
それを見て、セドリックが手筈通りに声をあげる。
「て、撤退だ! 一時撤退しろー!!」
その声を聞き、統制を失っていた部隊は撤退を開始する。
門の攻略に向かっていた部隊が撤退したため、階段に向かっていた奴らも撤退を開始した。
セドリックたちに煽られ、マグドリア兵たちは脱兎のごとく逃げていく。
その姿は滑稽だが、指揮官がやられた部隊なんてあんなもんだろう。
ましてや味方からの攻撃に動揺していればなおさらだ。
「上手くいきましたね。驚きです」
「予想以上だったな。優秀な指揮官に支えられた部隊なら、その指揮官を失えば脆いとは思ったけれど」
効果は絶大だったな。
即応してくる部隊なら、指揮官は優秀なはずだ、ということで指揮官を狙い撃ちしたが、上手くはまった。
まずは成功だ。
「しかし、同じ手は使えません」
セドリックと共に城壁の階段を上りながら、次のことを話し合う。
「確かにな。次はさすがに正面から戦うしかないだろ」
「ええ。冷静に状況を判断している者もいたでしょうし、落ち着きを取り戻せばすぐに向かってくるでしょうね」
奇襲が成立しない状況で奇襲するために、死体に紛れ込ませ、敵兵の振りをさせた。
暗闇であったこと、指揮官を失っていたこと、いろいろと好条件に恵まれたからこその成功ではあったが、同じ手はセドリックのいうとおり使えない。
次こそは完全に警戒してくるだろうし、そうなると奇襲は通じない。
奇襲というのは元々、油断している相手に行うもので、完全に警戒している相手には通じない戦法だ。
「あとはレイナ様次第ですか」
「そうだな。もう近くまで来ているはずだが……」
そうつぶやいたとき、俺は要塞内の空気が変わったことに気付いた。
これまでは混乱が後を引いていた。
しかしその混乱の色が見えなくなった。
なぜか?
統率力のある指揮官が前に出てきたんだろう。
要塞の司令官か、それに近い幹部クラスが現場の混乱を収めたのだ。
となると、厄介だ。
「ちっ……」
足音が聞こえてきた。
それも大量の。
厄介なことに足並みがそろっている。
前方より敵部隊。
ざっと見で二千、もしくは三千。
隊列を組んで、こちらに向かって来ている。
「あれはヤバいぞ……」
「どうしますか?」
「戦っても時間稼ぎにもならないだろうな」
とてもじゃないが、食い止められる気がしない。
どうするべきか考えていると、さらに左右の城壁から敵兵が接近してきた。
「三方向からか……」
前方の敵が一番厄介なのに、左右から敵が来たんじゃまともに戦えない。
やってくれる。
もはや時間稼ぎは不可能だった。
だから撤退を考えたとき、前方の部隊が動きを見せた。
「あれは……弓矢隊!?」
弓を構えた部隊が前に出てきたのだ。
その数は百や二百じゃない。最低でも五百はいる。
「まずい! 近くの死体に潜り込め!」
咄嗟に指示を出すが間に合わない。
あの数に集中して矢を射かけられたら無事では済まない。
誰かが負傷でもすれば、撤退も難しくなる。
だが、無常にも敵の矢は大きく弧を描き、こちらへと向かってくる。
なんとか近くの死体の下へ潜り込んだが、どこまで持つか。
しかも、左右にも敵がいる。
この隙に突撃してくるのは目に見えている。
だが、いつまで経っても矢は振って来ない。
おかしいと思って上を窺うと、矢は止まっていた。
空中で。
その光景には見覚えがあった。
「余計だったか?」
「いやぁ……今回ばかりは助かりました」
上から降ってきた声に対して、そう本音を零すと、俺の横に小柄な少女が降り立った。
どうやら騎士団に先行してきてくれたようだ。
後ろからは無数の馬蹄の音が聞こえてくる。
「よくやった。ユウヤ・クロスフォード。そしてあたしの騎士たち。あんたたちの活躍で、この戦は……レグルスの勝利だ!」
そう言ってレイナは敵部隊に向かって、矢を放ち返した。
それに少し遅れて、オースティンの騎士たちが門を潜り抜けたのだった。