第二十一話 攻防開始
本日、使徒戦記の第二巻が発売されます。
これも読んでくれている皆さんのおかげです。
ありがとうございます。
これからも駄文ではありますが、お付き合いいただけると幸いです。
西門近くの見張りはすべて排除した。
これですぐに駆けつけてくる兵士はグッと減っただろう。
だが、西門が開かれれば流石に気づかれる。
そうなれば一斉に兵士たちが押し寄せてくる。
もう少し数が多ければ陽動を仕掛けるところだが、たかが十人で陽動すれば死を意味する。
そこまで割り切れないし、死んでしまえば援護もできなくなる。
そのため、俺たちは西門近くの二つの階段で、二手に分かれて待機していた。
「公子。もうちょっと敵兵を倒したほうが良かったのでは?」
俺の近くにいる騎士が懲りずにしゃべり始めた。
この騎士の名はマーカス。
婚約者の話をした騎士だ。
俺の班では断トツにお喋りで、先ほどから口を閉じることがほとんどない。
「そろそろ西門が開く。そうなれば戦場はここだ。離れたところにいると一班の援護ができない」
「ですが、敵が集まれば二十人なんてあっという間に飲み込まれますよ? 我々も他の門を開けて、陽動をするべきでは?」
「敵が何人いると思ってる? 複数の門を開けたら、複数の門に多数の兵が送り込まれるだけだ。それに門を開けるには城壁の見張りを排除する必要がある。俺たちだけで、見張りの排除と門の解放を同時に行うのはきつい」
「なるほど。けど、ここでジッとしているのはどうなんですか? まさか押し寄せる敵と真正面からやり合う気ですか?」
マーカスはお喋りではあるが、馬鹿ではない。
こちらの考えを理解しようと質問をしてきている。
まぁ、恐怖に負けないように喋っているというのもあるだろうが。
「そのまさかだ、と言ったら?」
「……」
「冗談だ。ここにいるのは都合がいいからだ」
マーカスだけでなく、班の騎士たちが全員、顔を青くしたため、すぐに冗談だと告げる。
どいつもこいつも余裕がないな。
三万とまともにやるほど俺も馬鹿じゃない。
「都合がいい?」
「ああ。門が開かれた場合、まず何が行われる?」
「警報では?」
「その前に西門の調査が行われる。各城壁の見張りたちは、状況を確認しようとここに押し寄せてくる。そして、俺たちが転がした死体を見て、慎重にこちらへと向かってくる」
「隠さなかったのは見つけさせるためだったんですね。面倒臭かったのかと」
「隠す場所がなかったっていうのが一番の理由だ。まぁ、それは置いておいて。ここに一番に到着するのは見張りたちってことだ。その見張りをまず排除する」
「挟み撃ちにならないように、ってことですね」
すぐに理解を示したマーカスは、間違いなく優秀だ。
これは俺の策ではなく、レイナの策だからだ。
その意図が読み取れるなら、現場だけでなく後方からの指示出しもできるだろう。
西門に繋がる階段は左右に二つ。
そこから見張りは下りてくるが、そこには俺たちが待ち伏せている。
だから見張りが西門に近づくことはあり得ない。
ここで見張りを確実に排除しておかないと、あとから来るだろう敵兵の第二陣と挟み撃ちにあう。
そのため、まずは見張りを一気に排除するというわけだ。
このナルヴァ要塞はデカい。
それゆえに西門に到達できる兵士の数には限りがある。
判断が遅れれば遅れるほど、その数は少なくなっていく。
できれば敵の伝令を排除したいところだが、それを確実に行うには手が足りない。
まぁ、平気だろう。
「どうせ敵兵が大量に押し寄せる前に騎士団が来る。そこまで持たせればこちらの勝ちだ。それまでは生き残ることだけ考えておけ」
「だといいんですが」
マーカスがそうつぶやいたとき、西門が大きな音を立てながら開かれた。
静寂が支配する夜では、かなり大きな音だ。
一気に西側以外の城壁の上が騒がしくなった。
すべての城壁から見張りがやってくるだろう。
その数は百五十ってところか。
西の城壁の見張りは大体、五十人くらいだったし、ほかもそれくらいいるとすれば、そんな感じの数字になる。
問題はそれ以外の場所からやってくる奴らだ。
どの軍にもできる奴とできない奴がいる。
できる奴は行動が早い。
おそらく見張りだけに任せず、出撃してくるだろう。
そいつが部隊を率いていたりしたら厄介だ。
夜の問題は普通、見張りの担当だ。
何か問題が起きても、見張りが対応する。そのための見張りだからだ。
だからこそ、寝ている兵士が起きることがあっても、出撃してくるまでは〝普通は〟時間が掛かる。
その普通が通じない奴がいたら、厄介というわけだ。
「いないことを祈るか……」
流石に千人が突撃してきたら持たない。
俺たちは門を開けていなければいけない。
つまり、門の開閉機構を守り続けなければいけないということだ。
それが非常にネックとなる。
門の前での戦いを余儀なくされるから、大量の敵を相手に広い場所で戦う羽目になる。
その戦い方は賢くない。
少数ならば少数のほうが活きる場所で戦うべきだ。
たとえば、今いる階段は少数が活きる。
通れる人数に限りがあるからだ。
常に同数で対処できる。
もちろん、倒しても倒してもキリがないから疲れるが、それだって永遠に続くわけじゃない。
レイナ率いる騎士団が来るまでの間だ。
それができれば理想だが、そうもいかない。
いつだってそうだ。
世界は理想どおりにはいかない。
俺にとっての理想は、俺が何もせずにレイナがナルヴァ要塞を落としてくれることだったが、そうもいかなかった。
使徒だからか、それとも体質なのか。
俺には危険が付きまとっている気がする。
もちろん、自分から飛び込んでいることは理解しているが、飛び込まざるをえない状況に追い込まれることがなんと多いことか。
これも神が仕組んでいることなのだろうか。
神威を持っているのだから戦え、と。
そうだとしたら、不本意だが神と一戦を交えることも考える必要があるな。
世の中に争いを振りまく神が良い神なわけがないからだ。
「さて……そろそろか」
耳にはいくつもの足音が入ってきている。
度々止まるのは死体を調べているからだろう。
たとえ死んでいても、確認する必要がある。
彼らは仲間だからだ。
けれど、そのおかげでこちらは時間を稼げる。
今もレイナ率いる騎士団が猛スピードで向かって来ている。
一秒の遅れがマグドリアには致命的となるわけだ。
「抜剣」
一言、俺が呟くと、騎士たちが音もなく剣を抜き放った。
反対側の階段には指示が送れないが、元々が精鋭である騎士の中でも腕が立つ奴らだ。
タイミングを見間違えるヘマはしないだろう。
「公子。どうでもいい質問をしても?」
「この状況でどうでもいい質問をするお前の神経を疑うよ」
「緊張をほぐすためですよ」
マーカスは能天気に告げるが、足音はすぐそこまで迫っている。
よくこの状況で口が開けるな。
お喋りというには図太すぎるだろ。
「……早く言え」
「ずっと気になってたことがあるんですが……公子はレグルスの三使徒の中で誰が一番お好みで? あ、俺のおすすめはもちろんレイナ様です」
「……」
本当にどうでもいい質問だな。
どのアイドルが好きか、みたいな質問を戦場でするなんてどうかしている。
恐怖でおかしくなったのかな。
本当にどうかしてるのは、ほかの奴らもその話題に乗ったことだ。
「そうだな。レイナ様一択だろ」
「いやでも、エルトリーシャ様の胸も捨てがたい」
「おい、こいつは裏切り者だぞ」
「なんてことだ。敵地で裏切り者に遭遇するなんて」
「いいから黙ってくれ……」
彼らにとってこの話題は非常にホットなものらしい。
頭痛を感じながら、俺は左右の手にある剣を握りなおした。
こんな話題を敵接触直前にすることになろうとは。
しかも士気がちょっと上がったのが気に食わない。
いや、そんなもんなんだろうか。レグルスの騎士たちはアイドルオタクならぬ使徒オタクだからな。
その話題を振っておけばとりあえず盛り上がれる奴らだ。
困ったことに。
「で? 公子は誰がお好みですか?」
「余裕だな……。じゃあ、教えてやる。外見だけならディアナ・スピアーズだな」
「……マジですか?」
「マジだ」
「おい、マジだって」
「凄いな。さすが公子だ。よくわからん」
「内面じゃなくて? 外見? それなら二択のはずなのに」
「いや、一択だろ。レイナ様だ」
はぁ。
ため息を吐きながら、俺は同情した。
こんな話をしている奴らにナルヴァ要塞を落とされようとしているマグドリア軍に。
だが、どれだけ適当でも。
こいつらは精鋭。
それは疑いようがない。
敵兵が階段に差し掛かった瞬間。
俺が合図を出すまでもなく、全員が飛び出した。
先頭にいた奴らは攻撃を浴びて、倒れていく。
混乱が収まる前にできるだけ倒したい。
「強化。武器強化……五倍」
だから一気に俺は前に出た。
鎧も受けの剣も関係なく、目につく兵士たちを斬っていく。
それが敵の混乱を更に増していく。
こうして、ナルヴァ要塞を巡る本格的な攻防が開始された。