第十九話 真紅の魔剣
10月21日。
夜。
出発の朝を控えて、城内は奇妙な緊張感に囚われていた。
騎士団には右の城への援軍と伝えられており、詳細を知る者は少ない。
最初こそ右の城を目指すが、途中で方向を変えてナルヴァ要塞に向かう。
そこから奇襲部隊とレイナがナルヴァ要塞へと接近。
騎士団は騎馬した状態で、待機する手筈になる。
問題の多くは修正された。
奇襲自体はおそらくうまくいく。
あとは、門を開けたあと、騎士団が到着するまで門を死守できるかどうか。
音もなく行動すれば、戦うことすらなく事を終えられるが、そう簡単にはいかないだろう。
門を開ければかなり音がするし、敵も間抜けじゃない。
すぐに兵が集まってくる。
そこをどう持ちこたえるか。
レイナの風の神威でバックアップされるため、騎士団はかなりの速度で突っ込んでくる。
長く持ちこたえる必要はない。
だが、一時的にではあるが極度の劣勢になることは間違いない。
数字上では三万対二十。
実際、起きてる兵士はその半数以下だろうし、駆け付けてくる兵士もせいぜい百か二百。
それでもこちらの何倍にもなる。
しかも拠点防衛のため、突撃のように馬で駆け抜けるわけにもいかず、その場に留まる必要がある。
どう考えても無茶苦茶な作戦だが、勝算はある。
そもそも、この世界の人間は空から敵が来るということを想定していない。
アークレイムなんかはラディウスとの戦闘経験から、対空防御もしっかりしているからもしれないが、ここはマグドリアだ。
賭けてもいいが、空は無警戒だろう。
「意表を突けば、敵は混乱する。混乱すれば、弱体化する。それがどれほどの効果を発揮するか次第か」
城のバルコニーから夜景を眺めつつ、呟く。
朝は早いからもう寝たほうがいいんだろうけど、眼が冴えている。
そんなわけで、俺は夜景観賞をしているのだ。
といっても、そこまで良い景色でもない。
せいぜい、暇つぶし程度のレベルだ。
「もうちょっと変わった景色が見れると思ったんだけどなぁ」
呟きながら、自分が贅沢を言っていることに気付き、苦笑する。
ここは前線だ。
何を求めているのだろう。
神秘的な景色など、望むだけ無駄だ。
そう思って、俺は自室に帰ろうとして。
固まった。
視界の端。
何かが上から下に落ちていったからだ。
凄い速さで。
「……気のせいだな」
微妙な沈黙の後、俺は何も見なかったことにした。
なんとなく人のような気がするし、あれだったら見覚えのある人のような気がしたけど。
気のせいだ。
そう自分に言い聞かせて、俺はもう眠ったほうがいいと判断する。
だけど、それはちょっと遅かった。
「わっ!」
「っ!?」
下から勢いよくレイナが飛び出して、俺を驚かせに来た。
大きくのけ反りバランスを崩して、尻餅をつく。
情けない恰好だが、それどころじゃない。
心臓がバクバクと大きな音を立てている。
よく悲鳴を上げなかったものだ。自分を称えたい。
「どうした? 寝れないのか?」
「……おかげ様で」
「なんだよ。ちょっと脅かしただけだろ?」
「ちょっと?」
とんでもない。
これが地球の遊園地なら大反響間違いなしだ。
落ちて行ったと思わせて、下から出現するなんて質が悪い。
「悪かったから、怒るなよ」
「怒ってない。呆れてるんだ」
「まぁ、そう言うなって。ユウヤを探してたんだぜ?」
「俺を?」
大事な作戦の前に俺を探すとは。
何か不安なことでもあったのだろうか。
レイナには万全の状態で作戦にのぞんでもらう必要がある。
少しの不安でも解消せねば。
「そうそう。お前の剣を選んでやろうと思ってな?」
「剣?」
俺は自分の腰にある剣を見る。
セドリックから貰った長剣がそこにはある。
せいぜい、五倍くらいの強化しかできないが、粗末な剣だと二倍にも耐えられないから、これでも十分良い方だと我慢していたのだけど。
「戦力の増強は作戦の成功率を上げるだろ?」
「そうだけど……武器庫にある剣は一通り見たぞ?」
「一般の兵用の武器庫だろ? あたしの武器庫に連れて行ってやるよ」
そう言ってレイナは俺に手を差し出す。
その手を握ると、俺の体は浮いた。
「どうせだし、夜間飛行の練習と行こうぜ!」
「ちょっ!?」
普通に歩いていくという選択肢はレイナにないらしい。
最上階よりはマシだが、ここだってそれなりの高さがある。
そこからレイナはかなりの速度で飛び立った。
◇◇◇
数ある天幕の中でも、一際大きい天幕の入り口にレイナは着地した。
「死ぬかと思った……」
「情けないぞー」
「いつも飛んでいる自分と一緒にするな! 人は生身じゃ飛べない生き物なんだ!」
俺は精いっぱいの抗議をするが、レイナは聞く耳を持たず、天幕の中に入っていく。
くそっ。
恐ろしいほどマイペースだな。
「はぁー」
深くため息を吐いたあと、俺もその後に続く。
すると、そこだけは別世界だった。
色とりどりの剣がそこには飾られていた。
「あたしのコレクションってところだな」
「コレクションって……」
「あたし自身、自分の腕で剣を使うことってあんまりないんだけどな。神威で振り回すから結構、あちこちから集めてんだよ。すぐ駄目になるから」
なんとなく言っている意味がわかる。
レイナは風の神威で容赦なく武器を振り回す。
人間の腕ではとても不可能なレベルの速度で、だ。
おそらくそれに武器が耐えられないんだろう。
「それにしたって、良く集めたな……」
ここにはちょっとした博物館だ。
飾ってあるのはどれも名剣ばかり。中には魔剣もあるようだ。
「好きなのを一つ選べよ。やるから」
「やるからって……そんな簡単にあげていいもんでもないだろ?」
「別にいいんだ。全部を使うわけじゃないし、飾っておくよりいいだろ?」
「それなら自分の騎士たちにあげればいいだろ? 士気が上がるぞ?」
俺の言葉にレイナは眉を潜めた。
どうやら俺はまたレイナの機嫌を損ねたらしい。
「いらないのかよ?」
「そういうわけじゃないんだけど……騎士たちに申し訳ない」
「あたしがやるって言うんだから、素直に受け取れよ! 騎士たちも文句は言わねぇよ!」
「そうかもしれない。けど、言葉に出さないだけで不満を溜めるかもしれないだろ?」
「それは……じゃあ騎士にも剣をやる。それでいいか?」
「それなら騎士たちと同じタイミングでくれ。俺が先に貰えば不満に思う奴だっている」
作戦前に士気にかかわることはしたくない。
レイナの騎士たちはエルトの騎士と同じか、それ以上にレイナを慕っている。
家族という表現はあながち間違ってはいない。
だからこそ、その関係性にヒビを入れるようなことをしたくない……のだけど。
「ごちゃごちゃとうるせぇ奴だな! あたしのは受け取れねぇってことか!?」
「そんなに怒るなよ……」
今にも火を吹きだしそうな勢いで、レイナが吠える。
地団太を踏み、自分の髪をわしゃわしゃとかき乱す。
しばらくそうしていたあと、 じれったそうにレイナは俺の傍に寄ってきた。
「あたしはユウヤに剣を贈りたいんだ! これは感謝の証なんだ! 受け取ってもらえないと困る!」
「困るって……」
「困る! 超困る! 受け取れ! 受け取れよー!」
駄々っ子のようにレイナはその場で転がりこんで、両手足をバタバタとさせる。
何をやってるんだ、まったく。
仕方ないか。
貰わねば失礼なときもある。
「わかった、わかったから子供みたいなことはやめろ」
「受け取るって言うまでやめないからな?」
「受け取る、受け取るよ」
「本当かっ!?」
勢いよく跳ね起きると、レイナが俺の前でぴょんぴょんと跳ねる。
レイナに尻尾でもあれば、かなりの速度で振っているに違いない。
基本偉そうなんだけど、構ってほしい性格だからか、どうも犬っぽい。
さすがに口には出せないが。
「なんか失礼なことを考えたろ?」
「いや、別に。ただ騎士には見せられないなって思っただけだ」
「別に見せても平気だろ。こんなんであたしで幻滅するような奴らなら、とうの昔に騎士を辞めてるさ」
「……信頼してるんだな?」
「言ったろ? あたしの自慢の騎士たちだって」
ニヤリと笑うレイナの顔は非常に魅力的だった。
その背中についていきたいと思わせる雰囲気がある。
なるほど。騎士たちが喜んで付き従うわけだ。
エルトとはまた違うが、レイナにもカリスマがある。
「じゃあ、その自慢の騎士たちにも剣を与えろよ?」
言いながら、俺は飾ってある剣に目を移す。
軽く触れば、どれもこれも二十倍から三十倍の強化が可能な物ばかりだ。
よくまぁ、このレベルの剣をここまで集めたもんだ。
そう思いつつ、俺はある剣を目にとめた。
強い赤色の宝石が柄の部分にはめ込まれた両刃の剣だ。
剣の種類としてはショートソードに分類されるだろう。
刀身の色はやや朱色だが、装飾はほとんどない。
その剣に俺は強い既視感を抱いた。
思わず手を伸ばすと、五十倍の強化が可能だった。
これは。
「名はレッドベリル。刀身は熱を発していて、どんな鎧も焼き斬ることができる。真紅の魔剣だな。あたしのお気に入りの一つ」
「……これを貰うって言ったら怒るか?」
「……ちょっともったいない気がするけど、別にいいさ。だけど、良い物あげたからな! あたしは感謝を示したぞ!?」
もったいないと思う気持ちはちょっとではないらしい。
かなり愛着のある物だったのかもしれない。だけどレイナは駄目だとは言わない。
本当に感謝を示すために俺へくれるらしい。
「ああ、ありがとう」
「……これはわざわざ参戦してくれたことへの感謝でもあるし、危険な任務につくことへの感謝でもある。けど……一番は気を遣ってくれたことの感謝だ。ユウヤのおかげで気が楽になった。だから……その剣は大事に使ってくれよ?」
「もちろん。助かるよ。これがあるなら使徒が出てきても戦える」
俺はレッドベリルを鞘に入れると、右の腰に差す。
それに対して、レイナは首を傾げる。
「左で使うのか?」
「ああ。今回は敵の数が多そうだし。二刀流で行こうと思ってな」
「慣れないことはしないほうがいいぞ?」
「レグルスの王都で戦ったときも二刀流だったさ」
「やったことあるのか。まぁそれならいいか」
二刀流というのは、剣を二本持っているから強いというモノではない。
左右の剣を両手で扱ったときと大差ないレベルで扱えてこそ、その真価を発揮する。
俺はそこまでのレベルには達してはいないかもしれないが、俺には強化がある。
多少の技量不足は補えるし、筋力不足に陥ることもない。
「良い貰い物だ。これは頑張らなくちゃだな」
「ああ、頑張れ。あたしも頑張る。難攻不落のナルヴァ要塞。あたしとお前で落としてみせるぞ!」
そう言ってレイナは不敵な笑みを浮かべる。
その笑みに釣られて俺も笑みを浮かべた。