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使徒戦記  作者: タンバ
第三章 マグドリア編
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第十九話 真紅の魔剣


 10月21日。

 夜。


 出発の朝を控えて、城内は奇妙な緊張感に囚われていた。

 騎士団には右の城への援軍と伝えられており、詳細を知る者は少ない。


 最初こそ右の城を目指すが、途中で方向を変えてナルヴァ要塞に向かう。

 そこから奇襲部隊とレイナがナルヴァ要塞へと接近。

 騎士団は騎馬した状態で、待機する手筈になる。


 問題の多くは修正された。

 奇襲自体はおそらくうまくいく。

 あとは、門を開けたあと、騎士団が到着するまで門を死守できるかどうか。


 音もなく行動すれば、戦うことすらなく事を終えられるが、そう簡単にはいかないだろう。

 門を開ければかなり音がするし、敵も間抜けじゃない。

 すぐに兵が集まってくる。


 そこをどう持ちこたえるか。

 レイナの風の神威でバックアップされるため、騎士団はかなりの速度で突っ込んでくる。

 長く持ちこたえる必要はない。

 だが、一時的にではあるが極度の劣勢になることは間違いない。


 数字上では三万対二十。

 実際、起きてる兵士はその半数以下だろうし、駆け付けてくる兵士もせいぜい百か二百。

 それでもこちらの何倍にもなる。


 しかも拠点防衛のため、突撃のように馬で駆け抜けるわけにもいかず、その場に留まる必要がある。

 どう考えても無茶苦茶な作戦だが、勝算はある。


 そもそも、この世界の人間は空から敵が来るということを想定していない。

 アークレイムなんかはラディウスとの戦闘経験から、対空防御もしっかりしているからもしれないが、ここはマグドリアだ。

 賭けてもいいが、空は無警戒だろう。


「意表を突けば、敵は混乱する。混乱すれば、弱体化する。それがどれほどの効果を発揮するか次第か」


 城のバルコニーから夜景を眺めつつ、呟く。

 朝は早いからもう寝たほうがいいんだろうけど、眼が冴えている。


 そんなわけで、俺は夜景観賞をしているのだ。


 といっても、そこまで良い景色でもない。

 せいぜい、暇つぶし程度のレベルだ。


「もうちょっと変わった景色が見れると思ったんだけどなぁ」


 呟きながら、自分が贅沢を言っていることに気付き、苦笑する。

 ここは前線だ。

 何を求めているのだろう。


 神秘的な景色など、望むだけ無駄だ。


 そう思って、俺は自室に帰ろうとして。

 固まった。


 視界の端。

 何かが上から下に落ちていったからだ。

 凄い速さで。


「……気のせいだな」


 微妙な沈黙の後、俺は何も見なかったことにした。

 なんとなく人のような気がするし、あれだったら見覚えのある人のような気がしたけど。

 気のせいだ。


 そう自分に言い聞かせて、俺はもう眠ったほうがいいと判断する。


 だけど、それはちょっと遅かった。


「わっ!」

「っ!?」


 下から勢いよくレイナが飛び出して、俺を驚かせに来た。

 大きくのけ反りバランスを崩して、尻餅をつく。

 情けない恰好だが、それどころじゃない。


 心臓がバクバクと大きな音を立てている。

 よく悲鳴を上げなかったものだ。自分を称えたい。


「どうした? 寝れないのか?」

「……おかげ様で」

「なんだよ。ちょっと脅かしただけだろ?」

「ちょっと?」


 とんでもない。

 これが地球の遊園地なら大反響間違いなしだ。


 落ちて行ったと思わせて、下から出現するなんて質が悪い。


「悪かったから、怒るなよ」

「怒ってない。呆れてるんだ」

「まぁ、そう言うなって。ユウヤを探してたんだぜ?」

「俺を?」


 大事な作戦の前に俺を探すとは。

 何か不安なことでもあったのだろうか。


 レイナには万全の状態で作戦にのぞんでもらう必要がある。

 少しの不安でも解消せねば。


「そうそう。お前の剣を選んでやろうと思ってな?」

「剣?」


 俺は自分の腰にある剣を見る。

 セドリックから貰った長剣がそこにはある。

 せいぜい、五倍くらいの強化しかできないが、粗末な剣だと二倍にも耐えられないから、これでも十分良い方だと我慢していたのだけど。


「戦力の増強は作戦の成功率を上げるだろ?」

「そうだけど……武器庫にある剣は一通り見たぞ?」

「一般の兵用の武器庫だろ? あたしの武器庫に連れて行ってやるよ」


 そう言ってレイナは俺に手を差し出す。

 その手を握ると、俺の体は浮いた。


「どうせだし、夜間飛行の練習と行こうぜ!」

「ちょっ!?」


 普通に歩いていくという選択肢はレイナにないらしい。

 最上階よりはマシだが、ここだってそれなりの高さがある。

 そこからレイナはかなりの速度で飛び立った。




◇◇◇




 数ある天幕の中でも、一際大きい天幕の入り口にレイナは着地した。


「死ぬかと思った……」

「情けないぞー」

「いつも飛んでいる自分と一緒にするな! 人は生身じゃ飛べない生き物なんだ!」


 俺は精いっぱいの抗議をするが、レイナは聞く耳を持たず、天幕の中に入っていく。

 くそっ。

 恐ろしいほどマイペースだな。


「はぁー」


 深くため息を吐いたあと、俺もその後に続く。

 すると、そこだけは別世界だった。


 色とりどりの剣がそこには飾られていた。


「あたしのコレクションってところだな」

「コレクションって……」

「あたし自身、自分の腕で剣を使うことってあんまりないんだけどな。神威で振り回すから結構、あちこちから集めてんだよ。すぐ駄目になるから」


 なんとなく言っている意味がわかる。

 レイナは風の神威で容赦なく武器を振り回す。

 人間の腕ではとても不可能なレベルの速度で、だ。


 おそらくそれに武器が耐えられないんだろう。

 

「それにしたって、良く集めたな……」


 ここにはちょっとした博物館だ。

 飾ってあるのはどれも名剣ばかり。中には魔剣もあるようだ。


「好きなのを一つ選べよ。やるから」

「やるからって……そんな簡単にあげていいもんでもないだろ?」

「別にいいんだ。全部を使うわけじゃないし、飾っておくよりいいだろ?」

「それなら自分の騎士たちにあげればいいだろ? 士気が上がるぞ?」


 俺の言葉にレイナは眉を潜めた。

 どうやら俺はまたレイナの機嫌を損ねたらしい。


「いらないのかよ?」

「そういうわけじゃないんだけど……騎士たちに申し訳ない」

「あたしがやるって言うんだから、素直に受け取れよ! 騎士たちも文句は言わねぇよ!」

「そうかもしれない。けど、言葉に出さないだけで不満を溜めるかもしれないだろ?」

「それは……じゃあ騎士にも剣をやる。それでいいか?」

「それなら騎士たちと同じタイミングでくれ。俺が先に貰えば不満に思う奴だっている」


 作戦前に士気にかかわることはしたくない。

 レイナの騎士たちはエルトの騎士と同じか、それ以上にレイナを慕っている。

 家族という表現はあながち間違ってはいない。


 だからこそ、その関係性にヒビを入れるようなことをしたくない……のだけど。


「ごちゃごちゃとうるせぇ奴だな! あたしのは受け取れねぇってことか!?」

「そんなに怒るなよ……」


 今にも火を吹きだしそうな勢いで、レイナが吠える。

 地団太を踏み、自分の髪をわしゃわしゃとかき乱す。


 しばらくそうしていたあと、 じれったそうにレイナは俺の傍に寄ってきた。


「あたしはユウヤに剣を贈りたいんだ! これは感謝の証なんだ! 受け取ってもらえないと困る!」

「困るって……」

「困る! 超困る! 受け取れ! 受け取れよー!」


 駄々っ子のようにレイナはその場で転がりこんで、両手足をバタバタとさせる。

 何をやってるんだ、まったく。


 仕方ないか。

 貰わねば失礼なときもある。


「わかった、わかったから子供みたいなことはやめろ」

「受け取るって言うまでやめないからな?」

「受け取る、受け取るよ」

「本当かっ!?」


 勢いよく跳ね起きると、レイナが俺の前でぴょんぴょんと跳ねる。

 レイナに尻尾でもあれば、かなりの速度で振っているに違いない。


 基本偉そうなんだけど、構ってほしい性格だからか、どうも犬っぽい。

 さすがに口には出せないが。


「なんか失礼なことを考えたろ?」

「いや、別に。ただ騎士には見せられないなって思っただけだ」

「別に見せても平気だろ。こんなんであたしで幻滅するような奴らなら、とうの昔に騎士を辞めてるさ」

「……信頼してるんだな?」

「言ったろ? あたしの自慢の騎士たちだって」


 ニヤリと笑うレイナの顔は非常に魅力的だった。

 その背中についていきたいと思わせる雰囲気がある。


 なるほど。騎士たちが喜んで付き従うわけだ。

 エルトとはまた違うが、レイナにもカリスマがある。


「じゃあ、その自慢の騎士たちにも剣を与えろよ?」


 言いながら、俺は飾ってある剣に目を移す。

 軽く触れば、どれもこれも二十倍から三十倍の強化が可能な物ばかりだ。


 よくまぁ、このレベルの剣をここまで集めたもんだ。


 そう思いつつ、俺はある剣を目にとめた。

 強い赤色の宝石が柄の部分にはめ込まれた両刃の剣だ。

 剣の種類としてはショートソードに分類されるだろう。


 刀身の色はやや朱色だが、装飾はほとんどない。

 その剣に俺は強い既視感を抱いた。


 思わず手を伸ばすと、五十倍の強化が可能だった。

 これは。


「名はレッドベリル。刀身は熱を発していて、どんな鎧も焼き斬ることができる。真紅の魔剣だな。あたしのお気に入りの一つ」

「……これを貰うって言ったら怒るか?」

「……ちょっともったいない気がするけど、別にいいさ。だけど、良い物あげたからな! あたしは感謝を示したぞ!?」


 もったいないと思う気持ちはちょっとではないらしい。

 かなり愛着のある物だったのかもしれない。だけどレイナは駄目だとは言わない。

 本当に感謝を示すために俺へくれるらしい。


「ああ、ありがとう」

「……これはわざわざ参戦してくれたことへの感謝でもあるし、危険な任務につくことへの感謝でもある。けど……一番は気を遣ってくれたことの感謝だ。ユウヤのおかげで気が楽になった。だから……その剣は大事に使ってくれよ?」

「もちろん。助かるよ。これがあるなら使徒が出てきても戦える」


 俺はレッドベリルを鞘に入れると、右の腰に差す。

 それに対して、レイナは首を傾げる。


「左で使うのか?」

「ああ。今回は敵の数が多そうだし。二刀流で行こうと思ってな」

「慣れないことはしないほうがいいぞ?」

「レグルスの王都で戦ったときも二刀流だったさ」

「やったことあるのか。まぁそれならいいか」


 二刀流というのは、剣を二本持っているから強いというモノではない。

 左右の剣を両手で扱ったときと大差ないレベルで扱えてこそ、その真価を発揮する。


 俺はそこまでのレベルには達してはいないかもしれないが、俺には強化がある。

 多少の技量不足は補えるし、筋力不足に陥ることもない。


「良い貰い物だ。これは頑張らなくちゃだな」

「ああ、頑張れ。あたしも頑張る。難攻不落のナルヴァ要塞。あたしとお前で落としてみせるぞ!」


 そう言ってレイナは不敵な笑みを浮かべる。

 その笑みに釣られて俺も笑みを浮かべた。

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