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使徒戦記  作者: タンバ
第三章 マグドリア編
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第十八話 嫌いな理由




 10月20日。



 この日もレイナの訓練は続いていた。

 昨日よりも精度は上がっており、落ちる者は皆無となった。

 人数も二十人に増えており、その上達ぶりは作戦の成功を予感させる。


 それを見て、ようやく将軍たちも動き出し、今日の夜にもライマン以外の二人が、二万ずつを率いて左右の城の攻略に向かうはずだ。


 まぁ、あくまでそれは陽動ではあるけれど。

 本命はレイナの騎士団。


 出発は二十二日の予定だ。

 奇襲が成功し、門を開け放っても中には三万の兵がいる。

 それなりに激戦となるだろう。


 分かれた軍は城を攻略した後は、その城で待機の予定だ。

 ナルヴァを攻略した後、集結命令が出ることになっている。


 あんまりにも集結が遅いと、各個撃破の対象になるし、かといって急げばいいという問題でもない。

 落とした城の防備を固めるのも大事だし、兵を休ませる必要もある。


 敵軍の位置はかなり正確に把握できており、それを元に計画は練られている。

 レグルス軍の情報収集能力を掻い潜る形で、別の軍が待機しているとか、こちらの予想外の速度で移動しないかぎり、各個撃破には至らないだろう。


 左右の城自体は大きくない。

 最悪、放棄しても問題はない。


 ただ、その二つを取られるとナルヴァ要塞が孤立する。

 そこだけが心配だ。

 放棄するなら城を壊すくらいの気持ちじゃないといけないだろう。


 ただ、城を壊すとなるとそれなりに手間だ。

 日本の城とは違い、石造りの城は燃えにくい。

 火をつけても城の機能をすべて喪失させるのは難しい。


 かといって、すべてを突き崩すには時間がかかる。

 アークレイムが開発していた魔法の爆弾みたいのがあれば、別だろうけど。


 ま、平気か。

 レグルス軍の密偵や隠密は優秀だ。

 彼らの目や耳を掻い潜って移動するなら、せいぜい一万。多くても二万だ。

 同数で城が落ちることはほとんどない。

 使徒でも出てこない限り。


 今のところ、使徒が出てくるという情報はないし、その心配も必要ないだろう。


 だから、あと心配するのはレイナが暗闇の中でも正確に二十人の奇襲部隊を浮かせて、着地させられるのかどうかだ。


 今日見たかぎりでは、浮かして着地はもう問題はない。

 あとは視界の問題だけと言ったところか。


「それも平気かな」


 呟きながら、俺は城の階段を上がっていく。

 今はお昼休憩中で、レイナは執務室にいる。


 午後からは俺を含めた奇襲部隊を浮かせて、目標地点に着地させる段階に移る。

 そのために十分な休憩時間を取っている。


 ただ、また無理をしていないか心配になったため、様子を見に来たのだ。


「あら? ユウヤ」


 レイナの執務室からアリシアが出てきた。

 手には山ほどの書類。

 もう完全に秘書状態だな。


「お疲れ。大変だな」

「平気よ。今日はこれで終わりだもの。作戦に集中したいから、仕事を持ってくるなって言われたわ」


 アリシアが苦笑しながら呟いた。


 アリシアの仕事はレイナが裁決するべき仕事を選定し、持ってくることだ。

 レイナに断られては仕事にならないのだろう。


「総指揮官だけど、同時に前線指揮官でもあるからな。どっちも完璧にとはいかないさ」

「ええ、わかってる。セドリックも前線に行くし、私はその穴埋めを頑張るとするわ」

「……安心した。ついてくるって言われたらどうしようかと思ってた」


 アリシアの性格なら騎士団に同行すると言い出してもおかしくなかった。

 ただ、適材適所という点でいえば、アリシアには後方にいてもらいたい。


 今回の作戦では魔法よりも剣のほうが役に立つ。

 門を開けたあとは、城砦内で白兵戦だからだ。


 あんまり魔法が出る幕はない。

 となれば、アリシアには後ろで兵糧の管理や、残った軍の維持に努めてもらったほうがいい。


「ついて行ってもいいんだけど……なんだかムシャクシャしそうだからやめておくわ」

「ムシャクシャって……なんでだよ?」


 前線は確かにストレスが溜まる。

 けれど、ここだって似たようなモノのはずだ。


 俺の質問にアリシアは小さく首を振って、ため息を吐いた。


「なんでかしらね。自分で考えなさい」

「俺はアリシアじゃないからわからんよ」

「はい?」


 正直な意見だったのだけど、それを聞いた瞬間、アリシアが眉間に皺をよせて睨んできた。

 おいおい。女の子がしていい顔じゃないぞ。

 男がガンを飛ばすときの顔だ。


「……考えます」

「よろしい」


 アリシアは笑顔で俺の横を通り過ぎて行った。

 怖かったなぁ。今の。


 ときたま、ああいう顔をするから困る。

 俺の前でも淑女の仮面をかぶっていて欲しいものだ。


 さて、入るとするか。




◇◇◇




 部屋に入ると、レイナがソファーでくつろいでいた。

 なんだか果汁水を持って、ふんぞり返っている。

 偉そうだから、ちょっと女王様っぽく見えてしまう。


「おー、ユウヤ。どうした?」

「様子を見に来ました。疲れているなら、無理はさせられませんから」

「まぁ、ちょっと疲れたけど平気さ」


 レイナは答えつつ、なんだか渋い顔で果汁水を口に含む。

 機嫌を損ねることを言っただろうか?


「なにか?」

「それだ。それ。エルトリーシャにはため口なのに、どうしてあたしには敬語なんだ?」


 なんだ、そんなことか。

 さて、どう答えるべきか。


 ……。

 正直に言うか。


「エルトはため口でも怒らないので」

「あたしだって怒らねぇよ!」

「それと、本人からため口の許可をもらってますし。むしろ、ため口のほうが気楽だそうなので」

「あたしもそうだ! 二人のときはため口にしろよ!」


 難しいことを言ってくれる。

 エルトとは、エルトが使徒だと知る前から知り合っている。

 子供の頃だ。

 だから、その感覚で話せるけれど、レイナは違う。


 あ、でもディアナにも砕けた口調か。

 ならいいか。


 いや、でもなぁ。


「七万の兵を率いる総司令官に砕けた感じで接すれば、威厳を損ねませんか?」

「だから二人だけの時だ。それ以外のときは敬え」

「なるほど。無茶を言いますね。でも、まぁいいでしょう」


 佇まいを崩して、俺はそう答えた。

 それを見て、レイナが満足気に頷き、自分の横を叩く。


「こっち座れ! そして何か話せ」

「また無茶を言う……」


 言われたとおりにレイナの隣に座る。

 もちろん、それなりの距離を空けて。


 けれど、それが気に食わないようで、レイナのほうから距離を詰めてきた。


「近くないと話せないだろ!」

「近くなくても話せるだろ……」


 人の声は結構通るものだ。

 同じソファーの端と端なら、十分会話は成立する。


「さぁ、何か面白い話を頼むぜ!」

「面白い話と言われてもねぇ。エルトの話をしたら怒るだろ?」

「当たり前だ!」


 威嚇するネコ科動物みたいにレイナが歯をむき出しにする。

 本当にエルトとは合わないんだな。


「どうしてそこまで嫌うんだ? 昔、何かあったのか?」

「……」


 レイナは俺がエルトの話題を続けるのが気に入らないのか、そっぽを向いてしまった。

 どう見ても不貞腐れてる。

 一々、反応が子供っぽいな。


 まぁ、素が出ているということだろう。

 それが出ているということは、リラックスしている証拠だ。

 悪い事ではない。


「……別にこれと言って、何かあったわけじゃない」

「へぇ、興味深いな。なら、なんで嫌いなんだ?」


 俺の質問にレイナは答えない。

 しばらく黙ったあと、レイナはいきなり俺の膝のほうに倒れこんで、俺の膝を枕代わりにした。


 そうなると自然、俺の視線を下に向き、レイナが見上げることになる。


「いきなりどうした?」

「……膝枕とかされたことないから、試してみたんだ」

「男の膝枕なんて固いだけだろうに……それで感想は?」

「よく……わからない。親とかにされたことあるか?」

「まぁ、何回かは」


 記憶をたどれば、前世のときにも膝枕をされた覚えは確かにある。

 子供の頃、よく両親の膝を枕にして、うたた寝していたものだ。


「あたしはない。というか、あたしに両親はいない。物心ついた頃には戦場だった。生きるために何でもした。死体から物を剥ぎ取り、軍の食料を盗んだ。そんな生活の中で、気付いたら神威に目覚めてた。いつも死にそうだったし、何がキッカケかは覚えてない」

「……」


 人の膝の上で壮絶な身の上話をするとか、やめてほしい。

 俺はどう反応したらいいんだ。


「レグルスに保護されたのは十の頃だ。同時期にエルトリーシャも保護された。あたしには公爵の地位が与えられ、エルトリーシャはロードハイム家の養女となった」

「……それが不満だったのか?」

「当たり前だろ……。あたしだって家族が欲しかった。それだけならまだ我慢ができる。けど、使徒の騎士集めを同時期にやったとき、国内で名のある奴らはみんなエルトリーシャの下へ行った。ロードハイム家が古くからの名門だからだ」


 レイナは面白くなさそうに眉間に皺を寄せる。

 怒るというよりは不機嫌というべきか。

 いや、気持ちはわかるけど。


「だからあいつは嫌いなんだ。あたしが望んだモノはみんなあいつが持って行く。気に入らないだろ?」

「言いたいことはわかる。けど、レイナには……レイナを選んだ騎士たちがいるだろ?」

「ああ、あたしの自慢の騎士たちだ。騎士たちは家族のいないあたしにとって、家族なんだ。だから、大切にするし、絶対に守るって誓ってる」

「そうか……なら比べる必要はないだろ?」


 家族である騎士たちがおり、彼らが大切ならエルトと言い合いはしないほうがいい。

 騎士のことを引きずれば引きずるほど、騎士たちが可哀想だ。


「騎士たちのことはいいんだ。けど、あいつは胸はデカいし、神威は防御よりだし、ことごとくあたしが欲しいものを持ってる。だから嫌いなんだ」


 唇を尖らせてレイナは呟く。

 笑いそうになるのを何とか堪える。


 なんとも微笑ましい理由だからだ。

 結局、レイナはエルトが羨ましいんだろう。


 けれど、エルトはエルトでレイナを羨ましいと思っているはずだ。

 隣の芝が青く見えているだけの気がする。


「今の環境に不満が?」

「ないけどさ……」

「ならいいじゃないか。俺はどっちも素敵だと思うよ」

「そこはあたしだけ褒めろよ」


 言いながらもレイナは照れたようにはにかむ。

 自然と手が動き、髪を撫でるとレイナは目を閉じた。


「ちょっと寝る。時間になったら起こしてくれ」

「了解。それじゃあ、よい夢を」


 笑いながら俺は言うと、しばらく髪を撫で続ける。

 そうしていると、レイナはすぐに眠りに落ちて行った。

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